ジャンケン王①
玉木久史は、小さい頃からジャンケンで一度も負けたことがない男だった。史上最強とも謳われ、知り合いの中では、誰も彼に勝負を挑もうという者はいなかった。
久史の戦術を支えていたのは、その類まれなる洞察力である。
彼はジャンケンの際、腕を振り下ろす直前に、相手の手の動きを凝視するのだ。
握り締めた拳から人差し指と中指が動けばチョキ、全ての指を開く動作であれば、パー、微動だにしなければグー。それを、ほんの一瞬の中で判断できてしまうのだ。
そうして相手の動きを見た上で、自分の出す手を決める。要するに、瞬間的な後出しジャンケンである……。
そんな奇跡的な技を持つ久史にとって、うってつけのイベントが開かれた。
『第一回、全国ジャンケン大会』
ルールは語るまでもないもので、単純にジャンケンで勝った者がトーナメントを進んで行き、最後まで残った時点で優勝だ。
商品は百万円と、王者の称号。
全国各地で予選会が行われ、勝ち進んだ猛者たちが今日の全国大会へと駒を進めていた。
その中においても、久史の力は他を寄せ付けないほどに圧倒的だった。
「勝者、玉木久史!」
歓声が沸き起こり、対戦相手が肩を落とす中、蝶ネクタイを締めた大柄なレフェリーによって、久史の腕が高く掲げられる。
「おめでとうございます、玉木さん!」マイクを持った司会者が、にこやかに駆けつけてくる。「これで決勝進出です。お気持ちをお聞かせください!」
久史は感情を表に出さず、ステージ上から周囲を見渡しながら、事も無げに言った。
「特にありません。目的はただ一つ、優勝のみですから」
余裕綽々なコメントに、再び客がざわめき立つ。
――ふっ。ちょろいぜ。
その場にいる全ての人間が、自分に注目していることがひしひしと伝わってくる。そんな心地良さを背に浴びながら、久史は悠然とステージの裏へ下がっていった。