三題噺【おしゃれ】【カレー】【泡立て器】
彼女のおしゃれの感覚は何かがおかしい。
真夏のくっそ暑い日に、真冬用のマフラーをぐるぐる巻にしているのが、最先端だと言い張っていたかと思えば、大盛りの牛丼を毎朝食べるのが、できる女の条件だと言い出したり。
その度に、脱水症状で倒れたり、朝から思いっきり吐いたりで、その流行も長くは続かないのだが、失敗する度に次の日にはすぐに、彼女なりの新しいおしゃれな流行を見つけてくるのだから、その点は評価してもいいかもしれない。
今も俺の目の前で、泡立て器でしっかりと泡立てたカレーを美味しそうに頬張っている。
正直、全く旨そうには見えない。
「食べないの? すっごい美味しいんだよー?」
一口あげる、という彼女の言葉を頑なに拒否している俺に対しての言葉だ。ありがた迷惑甚だしい。
「一緒に食べたら、もっと美味しいと思うんだけどなぁ」
寂しそうにそう呟く彼女に申し訳ない気もしなくはないが、そのカレーらしき物体を食う気にはなれない。
彼女はその奇抜な行動から、常に周囲から浮いていた。
学生の頃からずっとそうで、社会人になった今でもそれは変わらないようだ。
何度もその妙な流行を止めろ、と注意はしたのだが「私は私の好きなものをちゃんと好きでいたいの!」の一点張りで、聞く耳を持たなかった。
そんな俺も、学生の頃からずっと引きこもりだった。
簡単に言ってしまえばいじめが原因だったのだが、俺も彼女のように好きなものを好きだと胸を張っていられれば、変わっていたのかもしれない。
「どうかしたの?」
暗い顔をしていた俺に、彼女は心配そうな表情を見せる。
昔のことを思い出していた、というのは俺達の中では禁句だ。
お互いに学生の頃にはいい思い出なんて無いはずだから。
なにせ俺がいじめられた理由は、こいつと一緒にいたから、らしいから。
らしい、というのはいじめっ子連中がそう言っていたと彼女から聞いたからだ。
彼女の涙を見たのはあれが初めてだった。
ごめん、と繰り返す彼女に掛ける言葉は、何も出てこなかった。
好きなものを好きだと、言えれば、あの時伝えられたら、何かが変わったのだろうか。
俺は意を決して、彼女の食べるカレーモドキにスプーンを伸ばす。
意外そうな顔で彼女は、カレーモドキを食べる俺の顔を見つめいている。
「うん、好きかもこれ」
にへら、っとした顔で嬉しそうに笑う彼女に、やっぱり俺は好きだと伝えられなかった。
「うん。わたしも好き。......君と一緒に食べれたから」
俺は、そう、と呟いてそっぽを向いた。赤い顔を見られるのは恥ずかしかったというのもあるけれど、意気地のない自分は彼女にまっすぐ見つめられるのが辛かったというのもある。
このままじゃ、いけないんだろうな......。今を逃したら、またずるずると気持ちを伝えることなく、このぬるま湯に浸かり続けることになるだろう。
だから、少しでも、前に進みたかった。好きなものを好きだと、胸を張って言えるようになるために。
「......俺も、お前と一緒に食べたから、美味かった」
消え入りそうな声で、窓の外を向きながら言った言葉は、けれどしっかりと彼女に届いたようだった。
窓ガラスに映った泣きそうな、けれどとても幸せそうな彼女の顔が見えたから。
終わり
くぅ疲。




