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ピコピコ恋愛白書  作者: 不知火 螢
幼児編:おこちゃま期
3/38

03

 頭がぼんやりとする。ゆっくりと目を開けるとそこは見慣れた天井が広がっていた。


「…………?」


 どうして、部屋で寝ているのだろう?

 確か、兄様二人を見送った後に庭園に行って、そこで花を見てたら、えーっと、んーっと……


「目が覚めたか」

「……んー? とーちゃ!」

「あぁ、ピコ……! 良かった、本当に良かった……!」

「あーちゃ?」


 こて、と首を傾けるとそこには昨日の朝から姿を見かけなかった父様の姿があり、父様の姿を視認した直後、誰かに力いっぱい抱きしめられた。声からして、きっと母様だろう。

 なんだなんだ、どうしてこんな切羽詰まったように感じの母様に力いっぱい抱きしめられているんだろ? っていうか、何が起こったんだったっけ。

 確か、花を見ていたら園丁が水をあげるために魔法を使って、それで虹が発生して……


「ちゃおいた?」


 初めて見たまともな魔法と、それで作られた虹に感動して興奮してぶっ倒れた、というところかな。

 なるほどなるほど、それならば母様が心配するのも頷ける。

 あれ、でも、なんで倒れたんだろう? 普通、興奮しすぎて倒れるものだっけ? ……あぁ、でも、私はなんか昔からよく倒れるというのがうっすらと記憶にある。

 あれあれ、ってことは、実は私ってば病弱だったりする? 健康体そのものだと思い込んでいたけれど。違うのかな。でもこの心配ようは、ただ事じゃないよね。


「……さぁ、ピコ、エリザが心配していたわ。元気な姿を見せてあげて?」

「ん? あい!」

「マーサ、エリザをこちらへ」

「はい、奥様」


 ひとまず安心したらしい母様の体がゆっくりと離れていく。一瞬だけ見えた母様の目の端には涙らしきものが見えたので、よほど心配をかけてしまったらしい。そして、母様の視線に釣られて入り口を確認すると、そこには乳母であるマーサの姿が。

 そういえば、エリザの目の前で倒れたのだからエリザが心配していないわけがない。まだエリザのことを深く知っているわけではないけど、目の前で仕え先の家の娘(それもおこちゃま)が倒れてなんとも思わないほど冷たくないことは知っている。


「まーしゃー」

「「マーサー」ではございませんよ、お嬢様」

「んー?」

「お嬢様、お体は大丈夫でございますか?」

「ん? あい! えいじゃー?」

「ただいま連れてまいりますので、しばしお待ちくださいませ」

「あい!」


 一旦マーサが部屋を出て、次に入室した時には泣きそうな顔のエリザが一緒だった。


「えいじゃー! まーしゃ、おいゆー!」

「お嬢様……!」


 マーサにお願いしてベッドから降ろしてもらい、入り口で立ち尽くしているエリザの元へと駆けて行き、たかったのだが。


「お嬢様!」

「あえ?」


 何故か全身に力が入らずにぺちょ、とその場で潰れるように倒れてしまった。

 そんな私の様子を見て、エリザが駆け寄りそうになったけれど自分が私の世話を焼く資格はない、とでも思ったのだろうか。伸ばした腕をそのまま引っ込めて、元々泣きそうな顔だったのがついには見ていられないほど顔をくしゃっ、と歪めた直後に手で顔を覆ってしまった。

 エリザ泣かないでー。むしろ、これでもか! というほど構い倒してくれていいのよ?


「お嬢様、申し訳ございません、わたくしが、ついて、いながら……!」

「えいじゃ、わゆいにゃいよ?」


 エリザは悪くないのよ、私が勝手に興奮して倒れたのよ?

 そう伝えたいのだが、体がいうことをきいてくれない。話をするのはなんの問題もないのに、全身に力が入らない。

 うーん。困った!


「そうよ、エリザ、貴女は悪く無いわ。だから自分を責めるのはおやめなさい」

「奥様……」

「エリザ……マーサ、それからフォックも、話を聞いて頂戴。今回娘が倒れたのは感情の昂ぶりをきっかけに魔力暴走を起こし、本来ならば体外へと噴出されるはずの魔力が制御を失い体内へ留まったことが原因のようです」

 

 ぺちょ、と倒れてからそのまま動けずにいた私を抱き上げた母様の言葉に、マーサとエリザの二人が一斉に私に視線を向ける。実は父様の足元に伏せていたらしいフォックまでもが私を見上げていた。

 どうやら私が倒れたのは魔力暴走、とやらだったらしい。しかし、一般的な魔力暴走ではないようで、マーサもエリザも驚いたような顔をしている。

 体の外に魔力が出て行かなかったことが原因で私は倒れた、と。ふむ。

 ……それってまずいの? いや、まずいから倒れたんだろうけど。

 ……まずいの? ……まずいのか。


「本来ならば喜ぶべきピコリットの魔力の高さは、今回ばかりは災いとなりました。魔力の暴走を抑えるのに、私とシュトルツの二人がかりになってしまった……」

「成長するにつれ、色々と好奇心が湧いて感情が昂ぶることが多くなるだろう。マーサ、エリザ。お前たちはピコリットの魔力暴走の場に居合わせることが多くなるはずだ。もしピコリットが魔力暴走を起こしたら直ちに私とアルマを呼ぶよう、心得てほしい」


 ぽす、と父様が私の頭を軽く叩き、マーサとエリザに視線を向けると二人は頭を垂れて「かしこまりました」と了承した。

 ふむ、つまり私は感情が昂ぶると魔力の制御ができなくなって暴走する、と。全く自分で制御している自覚はないけれど。感情の昂ぶりってことは、興奮だけじゃなくって恐怖とか混乱とかでも起こりそうだなぁ。

 でも父様も言ってたけど、ただでさえこれから生活範囲が広がって色々なことに興味が出てくる年頃だというのに、前世の記録を継承してしまったおかげでますますこの世界に興味津々なのだ。そりゃぁ、いろいろと感情が昂ることもあるだろう。

 でもなぁ、なんか魔力暴走を起こす度に倒れて父様と母様に手間を掛けさせるわけにはいかないしなぁ、うむむ……

 いやいや、だからって自我が芽生えたばかりのおこちゃまの好奇心を抑えるなんて、誰にもできないし。

 ううむ。


「今はまだ私とアルマでなんとか抑えられているが、ピコリットはまだ二歳。これからまだまだ魔力は成長するだろう。一体、いつまで抑えられるか……」

「ん? ………あーちゃ!」

「どうしたの? ピコ」


 何やら父様がとても深刻な顔し、部屋全体が重苦しい空気になっている中、「そうか、私は二歳だったのか」とか、「二歳児の好奇心舐めんなよー」とか、「思ったとおりに喋れるようになるまでまだ数年かかるかな」とか、「てかまだ成長するんだ、そうだよね、だって二歳だもんね」とか、そんなどうでもいいようなことを考えていた時、私はとても重要なことに気が付き、母様に声を掛けた。

 それまでちょっと悲しげだった母様の表情が、私を安心させるかのような優しい笑みを浮かべたそのときだった。


 ぐー。


「おにゃか、へちゃ!!」


 盛大にお腹がなり、空腹を訴える。


「おやちゅ~! ごあーん!!」


 食べたいのー、お腹減ったのー!! と元気よく主張する。

 ぶっ倒れたのは朝食直後だったと思ったが、実は倒れていた間にお昼になったんだろうか? 室内だから太陽の位置とか見えないしなぁ。この部屋って時計あったっけ? いや、そもそも時間の概念ってどうなっているんだろう? 十二進法でいいの? 一日は二十四時間?

 ……とりあえず、お腹の空き具合からして、お昼前と見た! たぶん、おやつの時間前だ!!

 おなかが減ったら、おやっつ~♪


 深刻な話をしていたはずなのに、その深刻な話の中心人物であるはずの私が呑気に空腹を訴えている。そんな空気に大人たちも思わず笑みが溢れた。

 だって、おなかが減ってたらいいことなんてなんもないのよ? おなか減ってたらイライラするし、集中力もなくなるし、考え事もまとまらないよ! 気分は落ち込むし、思考も悪い方に、悪い方にいっちゃうからね!

 ……あれ、なんの話してたんだっけ。

 ま、いっか、ごはん、ごはん、おやつ、おやつ!


「そうね、まだ少し早いけれど、おやつにしましょう。シュトルツ、貴方も朝食と摂っていないのだから、ピコと一緒に何か召し上がりますか?」

「……そうだな、軽く食べるとしよう」

「おやちゅ~!」


 おやつの時間なんだぜ~! とテンションが上がり、母様に降ろしてー、と身を捩って合図する。


「ピコ、貴女はまだ体力が戻っていないんだから抱っこのまま!」

「んむー……」


 おっと、そうだった、私ってば魔力暴走で倒れたんだった。

 でも今ならなんとなく食欲が何とかしてくれそう!

 でも現実は自分で動くことは叶わず、降りることは諦めた。しかたがないのでそのまま母様にしがみついてこのまま移動することを了承を行動で示す。今の体力ではフォックから落ちないように自力でバランスを取ることも難しいだろうからね。

 私が抱っこのままであることに納得したのが通じたのか、母様はそのままエリザが開けてくれたドアを通って食堂へと移動する。父様もそれに続き、夫婦で何やら私には理解できない小難しい話をしながら歩いていく。

 私はというと、母様に抱っこされていることによりいつものフォックの背中よりも視界が高くなったのをいいことに周りをキョロキョロと見回していた。普段私が見ている風景とは違って中々面白い。

 今朝見かけた塔の絵以外にも高価そうな壷だったり、何に使うのかよくわからない謎の道具っぽいものだったりと色々とあった。

 なんか面白ーい!


 食堂に着くと事前に話が通っていたのか、父様のための軽食と私用のおやつ、それから母様のお茶が差し出された。

 先ぶれってやつ?


「ピコは本当に食べることが好きね」

「私もアルマもさほど食べないのだがな」

「ルディもディックも平均的な食欲よね。本当、どうしてピコだけこんなに食べるのかしら?」


 もきゅもきゅとおやつとして出てきた口いっぱいに頬張り、両親の会話に聞き耳をたてる――事はしない。今朝失敗したばかりだし、そんなことよりもいますべきことはこのケーキを心いくまで堪能することだろう。

 美味しい。めちゃくちゃ美味しい。おそらくは幼児用に甘さは控えめに作られているとは思うのだが、そんなことは全く気にならないほどにとにかく美味しい。今朝の食事も美味しかったが、いい腕の料理人がいるみたいだ。

 ものを食べるとは生きることである。生きることとは食べることである。

 食べるものも元は生きていたものである。元は生きていたものを私達は生きるために食べるのである。

 すなわち、目の前の食べ物とは真剣に向き合うことが食べ物への礼儀なのである!


 ケーキを一皿食べ終えると私がリクエストしなくても二皿目が当然のように出てきた。昼食前にこんなに食べていいのかと思わないでもないのだが、よく考えたら私はいつもこれくらいペロリと平らげた上で昼食は昼食で普通に食べる、脅威の胃袋の持ち主だった。

 大人としての知識がやはり明らかに食べ過ぎであると考えるのだが、それでも今の私は客観的に見てもおでぶちゃんではない。移動はフォックに乗っての移動が多いからちびっ子特有の運動量が多いというわけでもなさそうなので、単に燃費の悪い体なのかもしれない。

 あるいは、前世では全く概念のなかった魔力が存在しているから、その魔力関係で代謝が良いとかあるのかもしれない。

 ――ないかな?


 満足するまで食べたら体力も回復したのか、それとも単に時間経過で回復したのか。とにかく自力で駆け回れるようになったので真っ先にエリザの元へと向かった。

 フォックは乗れと言わんばかりに私を凝視してきたけれど、フォックに乗ってエリザの元に向かった私がまだ体力が戻っていないと勘違いをさせてしまいかねない。私が「大丈夫だよ~!」とアピールするには自力で行くのが一番である。

 私の部屋へと戻る途中、何度か道に迷いかけたけれど、その都度フォックに軌道修正されて部屋にたどり着く。


 ――うち、広すぎね? と思ったのは内緒である。


「えいじゃ~!」

「お嬢様……!」

「えいじゃ、あしょぼ?」


 にぱー、と今の私に出来る限りの最大限の笑みを浮かべて足にしがみつく。

 ほららほら、エリザ、貴女のお仕事はマーサの補佐として私の面倒を見ることでしょう? ならば、遊び相手もお仕事の一環だよね? 私が倒れたことなんて気にしなくっていいんだよ? エリザは悪くないんだよ? だから遊ぼ?

 伝えたいこととは色々あるけれど、その術を持たない私は必死にエリザに好意を見せることしかできない。

 両腕を上げて抱っこをねだり、恐る恐る私を抱き上げたエリザの首に両腕を回してぎゅぅ、と抱きつく。

 はじめは少し体が強張っているようだったけれど、徐々に強張りがとれていくのがわかった。


「……お嬢様、これから、何をいたしましょう?」

「こえ! こえよんじぇ~」


 部屋の棚に綺麗に並べられた絵本達の中で、一冊だけ無造作に置かれている絵本。あれは、私のお気に入りの絵本である。

 精霊や聖獣、魔獣なんかが一杯出てくる子供向けの絵本で、何度読んでもらっても全く飽きないという、魔法の絵本である。いや、本当に魔法がかかってるわけじゃないんだけどね。

 そのうち自力で読めるようになるんだ! 読んでもらうのも楽しいけど、自分で読むのも絶対楽しいよね!

 私が絵本を持ってくると、エリザは笑顔で受け取ってくれた。

 床に伏せたフォックをソファ代わりにして寄りかかり、その隣にエリザが座って絵本を開く。何度も何度も繰り返し読んでもらっているこの絵本は、兄達が幼いころからある絵本ですでにボロボロなのだが補修してこうして私に受け継がれた。

 フォックに似ている魔獣が描かれているページできゃっきゃとはしゃぎ、精霊たちが集まっている神秘的なページでは食い入るように見つめ、結末はわかっているのに最後までドキドキとしながら物語に入り込み、「おしまい」とエリザが絵本をぱたんと閉じると私はそれまで余韻に浸るようにフォックにしがみついてもふもふを堪能するのだった。

 あー、楽しかった!!

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