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ピコピコ恋愛白書  作者: 不知火 螢
幼児編:おこちゃま期
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02

 食堂へと到着すると、大兄様に抱き上げられてフォックから降ろされた。流石に子供を一人乗せられる大きさの獣を食事する場所へと入れることはできないようだ。

 私が抱き上げられるとフォックはその大きさを変化させて、小型犬ほどのサイズになって食堂に入る。本当のフォックは超巨大な魔獣であり、その体長は大の大人が見上げるほどだそうだ。九本ある尻尾のうちの一本を軽く薙ぐだけで屈強な傭兵でもふっ飛ばすらしい。そんなすごい存在を使い魔にしているということは、大兄様はきっとすごい人なんだろう。

 ――使い魔が何なのか、よくわかんないけど。


「おはよう、ピコ。昨夜はよく眠れた?」

「あい!」


 にこにこと挨拶をしてくれるのは母であるアルマ・ファータ。いつも穏やかな笑みを浮かべていて、怒ったところを見た記憶がない優しい母である。

 貴族の女性でありながら育児も乳母や子守女中(ナースメイド)に任せっきりにはせず、自らもきちんと躾をしたり教育をしたりしている。


「では、いただきましょうか。今日の恵みに感謝を」


 私達が席に着くとすぐに給仕係が食事を用意し、あっという間に朝食の用意がされた。

 単に私がまだ顔を覚え切れていないだけかもしれないが、乳母や給仕を始め、廊下ですれ違った人たちも皆うちの使用人だとすると、うちは屋敷の広さといい使用人の多さといい、そうとういいおうちなのかもしれな。

 ……なのに、なんで父親が不在のま朝食が開始されてしまうのだろうか。

 私はまだうまく言えないので免除されているが、この世界での「いただきます」の代わりは「今日の恵みに感謝を」である。大抵は家長である父様が代表して感謝を口にして、その後外の人たちが「感謝を」と続くのであるが、今日はなぜか母様が感謝を述べた。


 ……そういえば、時々父様の姿を見ないな。母様も兄様たちも父様の姿を見せないことに疑問を抱かないあたり、よくあることなのかもしれない。

 今まであまり気にしたことなかったけれど、おかしいことのような、そうでもないような? まぁ、母様も兄様たちも特に何も言わないので、私が特に何かを気にする必要はないのだろう、きっと。

 とりあえず他の家族が気にしていないのだから父様のことはどっかその辺に投げ捨てておこう。

 気を取り直してスプーンを手にして食事に集中する。私は自覚のある食いしん坊で、大食らいだ。自分の限界まで食べて、お腹はポンポン、そんな状態で遊び始めるので吐いちゃうことも日常茶飯事と化している。

 昨日まではそんなことも特におかしいなんて思ったこともなかったが、前世の知識によると私は明らかに食べ過ぎである。到底こんな子供が食べる量ではない。

 ……まぁ、食べるんだけどね!


 まだうまく使えないスプーンとフォークを代わる代わる使ってご飯を口に運んでいく。まだ一人ではうまく食べられないので汚れた口の周りは隣に座っている母様が拭ってくれている。

 異世界のものとはいえ、せっかく大人の知識を意図せずに手に入れたので、みんなはどんな会話をしているのかなー、と密かに聞き耳を立ててみる。が。


「あぁ、ピコ、ほらこぼしてるわ」

「……ごめちゃ」


 べちゃ、とスープを派手にこぼし。

 では食べることに集中すると今度はみんなの会話が全く耳に入らない。


「んむー……」

「何だピコ、そんな面白い顔して」


 やりたいことが上手くできなくてむくれている私に、母様とは逆隣に座る大兄様が私の頬を突く。基本的に食事中はご機嫌なはずの私がむくれているので、大兄様なりの心配の仕方なのだろう。

 だがしがし、それはそれ、これはこれ!


「やぁや!」


 つんつんしてくる大兄様の指を、必殺のもみじハンドにてたたき落とす。

 私の抵抗に大兄様は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに破顔して私の頭をくしゃくしゃとなで回し始めた。


「なんだなんだ、いっちょ前に抵抗するようになったのか」

「やぁや! にぃちゃ、やぁにゃの!」

「こらルディ、ピコが嫌がってるでしょう」


 うりゃうりゃ、と若干乱暴に私の頭をかき撫でる大兄様。もちろん、私のことを可愛がってくれているのはわかっているが、それでも嫌なものは嫌なのだ!

 とりゃ、と座っていた椅子から飛び降りて行儀が悪いと分かっていても机の下を潜って正面に移動し、そのまま下の兄、小兄様の元へと駆け寄る。

 よじよじ、と小兄様の足をよじ登って膝の上に避難して一段落。


「ピコ、重い……」

「おもいにゃい!」


 まぁ、おそらく小学生中学年位と思われる小兄様にとっては、たらふく食べてお腹がポンポンになっている私は重いかもしれない。重いかもしれないけど、重いは失礼だ!

 ぺしぺしと胸を叩いて講義すると、「ごめん、悪かった」という謝罪の言葉を貰えたのでとりあえずよしとしよう。

 私が小兄様の膝の上に落ち着いたのを見届けた大兄様が「ピコをディックにとられたー」などと笑いながら言い、母様はそんな大兄様を困ったように笑いながら諫め、そして小兄様はとりあえず戸惑いながらも私のお腹に腕を回して落ちないようにしてくれた。

 私が膝にいることで自分の食事をとりにくいだろうに、邪険にしないでいてくれる兄に感謝である。


「にぃちゃ、しゅきー」

「……ん」

「なんだディック、照れてんのか? てかピコ、俺は?」

「にぃちゃ、やぁー」


 まだこの国の言葉で「大」と「小」という単語の発音が分からないので兄二人を呼び分けることはできないが、ニュアンスで伝わったらしい。

 好きと伝えた小兄様は少し照れたようにそっぽを向き、大兄様は「妹に嫌われたー」とおどけたように笑う。

 ……別に私は、嫌いなんて一言もいってないもーん。頭ぐしゃぐしゃにするから「やだ」って言っただけだもーん。

 ぷい、と顔をそむけて小兄様にぴと、とくっつく。そんな私に母様も大兄様も笑い、くっつかれた小兄様はどうしたらいいのかわからないと言った感じで私と大兄様を交互に見る。

 結局、困った小兄様に母様の元へと連れて行かれて自分の椅子に座らされ、そうして大兄様に優しく頭を撫でられて私は機嫌を直した。

 ……あれ、なんで私機嫌悪くなってたんだっけ?


 そんなようないつもと変わらない朝食の時間は平穏に過ぎ、兄様たちは登校の時間となる。


「にぃちゃ、いて、らちゃい!」

「あぁ、行ってくるよ」

「いってきます」

「二人とも、しっかりと勉学に励むのよ?」


 再び大型犬ほどにまで大きくなったフォックの隣に立って手を振り、兄二人のお見送りである。

 我が家にも自分の家の馬車はあるのだが、兄達は余程のことがない限りは学園の乗合馬車を利用しているようだ。そのほうが、他の生徒とも交流が持てるからとか、そういうことだろうか。

 ばいばーい、と二人が馬車に乗り込んで姿が見えなくなるまで手を振り続け、むしろその馬車が見えなくなるまでぶんぶんと手を振り続ける。


「さて、と。母様は父様の様子を見てくるから、ピコは好きに遊んでなさい。フォック、エリザ、ピコをお願いね」

「あい!」

「かしこまりました、奥様」


 思えば昨日の朝食後から姿を見ていない父様。一体どこで何をしているのかは不明だが、母様が父様の様子を見てくるというので、もしかしたら昼食には姿を見せるかもしれない。

 フォックの頭を一撫でして母様は父様の書斎と思われる場所へと向かっていく。

 そうして残されたのは私とフォック、そして子守女中のエリザのみ。フォックはこの後どうするのか、とでも言うかのように私を真っ直ぐに見つめてくる。


「お嬢様、どうされますか?」


 乳母のマーサよりも若いこのエリザが基本的に日中の私に付いており、朝や夜、昼寝の時間などにはマーサが付いている。こういうところひとつとっても、うちはそれなりに規模の大きなお家なのだろう。何人もの使用人を雇うのは上流階級の家庭のステータスであると、前世の知識が教えてくれる。

 ただし、扱いが主家のお嬢様と言うよりは親戚の女の子みたいな扱いになるときがあるのはこれ如何に。


「ん? んー……あち!」


 今日はどこに行こうかな、何して遊ぼうかな。昨日までは何してたんだったか。

 そんなようなことを考えていると、ふとフォックの奥に広がる庭園目が入った。

 そういえば庭園にはちゃんと行ったことがないかもしれない。あったとしてもそれこそ本当に生まれたての頃くらいではないだろうか?

 それに、これだけの規模のおうちならば庭園もきっと素晴らしいに違いない!

 なんてことを一度気になり出すとどうしても行ってみたくなるのは子供の性というものではないだろうか。

 そんなわけで、「庭」「庭園」といった単語が分からなかったので、庭園の方向を指をさす。


「庭園でございますか? そうですね、今の季節は色々な花が咲き乱れておりますから、きっと楽しいですね」

「ふぉきゅ、あち、あっち~!」


 エリザからOKがでたので、フォックにあっちに行くよ! と指を指しながら腰のあたりをぺちぺちと叩く。エリザがいるときはエリザの、マーサがいるときはマーサの許可がおりないと私は自由に動けないのだ。

 ……まぁ、元々一人じゃろくにどこにも行けないけどね!

 あっち、あっち~、とフォックの腰をぺちぺちしていると、それに抗議するように尻尾で私の腕を軽く払い落し、乗れとばかりに地面に伏せてくれた。本当、フォックはめちゃくちゃ賢い魔獣である。もしかしたら、今の私よりも遥かに頭がいいんじゃないだろうか?

 遠慮なくフォックの背中に跨がるとそのままフォックは優雅に歩き出し、エリザがそれについて歩く。


 庭園が近づくに連れて色とりどりの花々が視界に入り、その美しさに目を奪われる。庭園は(推定)貴族の庭園に相応しく、赤、青、黄色、橙、緑、様々な色が絶妙なバランスで庭園を彩っていた。

 園丁(ガードナー)と思われる男性がこちらに気づき、帽子を抜いで軽く頭を下げた。

 気にしないでー、と手を降ると何故かその上司と思われる男の人が慌ててこちらにやってくるのが見えた。

 うぬー、お仕事の邪魔をするつもりはないんだけどなー。


「お嬢様、こちらにおいでになるとは珍しいですね」

「あい! おはにゃみゆの! いー?」

「もちろんです」


 邪魔しないからお花見ていていいー? と訪ねると、笑顔とともに快諾を得られたので視線を見事に咲き誇る花々へと視線を向ける。

 ちょうど園丁が花に水をやるところだったらしく、園丁の手のひらには魔法で作られたと思われる水球が浮かんでいた。


「まほーでしゅ……」

「お嬢様、魔法を見るのは初めてでしたか?」

「ん? んー……わかんにゃい」


 見たことがあるような、無いような、その程度のレベルであるが、たぶんない。


「そうでしたか。お嬢様のおうちは、皆様はもちろんのこと、我々使用人も日頃から魔法をよく使っておりますから、これからはよく見る光景になると思いますよ」

「あい!」


 そうか、ただ魔力が高い家系というだけでなく、魔法を当たり前に様に使う家だったのか。

 まだうちがどういう家なのかはよくわかっていないが、今のエリザの言葉でとりあえず魔法が日常生活にとけ込んでいるということだけは分かった。

 でもとりあえず、エリザは幼児との接点はこれまでほとんどなかったんだろうか。ちびっ子にその説明は難しいと思うよ?

 そうこうしているうちに、園丁の作った水球はどんどん大きくなり、そうしてその水球を花壇の上に移動したと思ったら火災用のスプリンクラーの様に花の上に一気に水が降り注がれた。


「にゃー……」


 その光景は、きっとこの世界の、少なくともこの世界の人間にとっては当然の光景なのだろう。

 エリザはなにも言わないし、フォックだってなんの反応もない。園丁は当然のように水やりの光景を見ている。

 しかし、私は違う。

 昨日までの私なら特に何かを考えることなく当たり前のように見ていたかもしれない。だが、今の私はその光景をとても神秘的だと感じ、目が釘付けとなっていた。


「きえー……!!」


 花壇はとても広いので水やりは一度では終わらずに二回、三回と続けられる。

 その途中、狙ったのか偶然なのかは不明だが、虹が現れた。

 今日は晴れており、太陽の光も十分、そこに水があれば虹が作られるのはおかしなことではないのだろう。


「しゅごい、しゅごーい!!」


 そうして虹に夢中になり、見てみて、あれ凄いよー! とエリザに目を向ければ実に微笑ましげに私を見下ろしていた。

 そしてもう一度視線を花壇へと向けたとき。


「……ん?」


 どくん、と心臓が一度、大きく高鳴ったと思った直後。


「っ!?」

「お嬢様!!」


 突然の激しい頭痛と吐き気、めまいに耳鳴りとが一度に起こり、フォックの上から転がり落ちた。

 エリザが何か叫んだな、と思ったがそこで意識はとぎれてしまった。

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