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ピコピコ恋愛白書  作者: 不知火 螢
幼児編:おこちゃま期
1/38

01

 六歳で運命の出会いを果たし、二十六歳で最愛の恋人と結婚。

 これは、そんな少女の恋物語の一部である。




「さぁ、お嬢様。そろそろお休みの時間ですよ」

「……やぁ!」

「いけませんよ、お嬢様。しっかり眠らないと、大きくなれませんよ?」

「やぁ、やぁやー!」


 ふと、まどろみの中にあった意識が浮上する。


「……?」

「お嬢様?」


 ――ここは、どこだろう。

 ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと周囲を見回す。視界に入るのは一目で高価であるだろうとわかる、品の良い調度品。

 見覚えは――ある。ここが見慣れた部屋であることに間違いない。間違いはない、のだが、記憶が非常に曖昧で、何がおかしいのか、全く分からない。ただ、それでも何かがおかしいことだけは分かった。


「……?」

「お嬢様? どうされました?」


 おかしいな、なんか変だな。でも何が変なんだろう?

 そんなことを考えて首を傾げていると、私を抱き上げている女性が声をかけてくる。

 この人も、誰だろう。

 私を抱き上げて戸惑った様に眉尻を下げている、壮齢の女性。

 顔に見覚えはあるし、名前も知っているはずなのに、それでも知らない人という感覚が付き纏う。

 彼女は……私の、乳母(ナニー)、だっけ?


 ――あれ、私って、乳母がいるような年齢だったっけ……?


「どうかしたのか?」

「ピコが、何かした?」

「ルディウス坊ちゃま、ディック坊ちゃま。そろそろお休みの時間ですので、お嬢様をお部屋へとお連れしようと思ったのですが、なんだか突然ぼんやりとされまして……先程まではいつもとお変わりなかったのですが……」


 目の前の乳母らしき女性をぼんやりと見ていると、今度は二人の少年が視界に入ってきた。

 焦げ茶の髪に私と同じ濃い翠の瞳をした少年と、薄い茶色に同じく薄い翠の瞳を持つ少年。

 ルディウスとディック。少年たちの名前。私の――兄たちの名前。


 ……うん? 私に兄なんて、いたっけ?

 っていうか、私の目の色、濃い翠だったっけ?

 ……あれ?


 記憶に混乱が見られるけれど、それでもこの少年たちは間違いなく私の兄たちである。

 上の兄がルディウスで、下の兄がディック。どちらも私とは年が離れていて、二人とも心配そうに乳母に抱かれている私を見つめている。


「ピコ、どうした?」

「おなかすいたの?」

「……にぃちゃ?」


 女性から私を受け取り、自分の顔の前まで抱き上げる上の兄。

 ピコ、は私の名前。正確には、ピコリット。それが、私の名前。


 ――私の名前、だよね?


「どうした?」


 改めて上の兄の顔をじぃっと見つめ、やっぱり知っている人のような、知らない人のよう。とりあえず、もの凄く好きー! という感情が湧き上がる。それが兄だからなのか、なんなのかは、ちょっと分からない。

 兄であることには間違いないはずなのに、それでも私に兄がいることに違和感がある。


「……んー?」


 何かがおかしいのは分かるのに、何がおかしいのかが分からない。

 それがとにかく気持ち悪くって、んむー、と眉根を寄せる。


「よし、ピコ、もう寝ろ。眠いんだろ?」

「ん? んー……ん」


 兄が私をしっかりと抱き直し、私も考えることを放棄して兄の胸にぴと、と頭をくっつけて力を抜く。とくん、とくん、という兄の心音がとても安心できて、一気に眠気が襲ってきた。

 うん、たぶん、もの凄く眠い。


「坊ちゃま、私がお運びします」

「あー、いい、いい。なんか、ピコの様子変だし。このまま寝そうだし、俺が運ぶ」

「俺もいきます!」


 上に兄が乳母にそう答えて、私を抱っこしたまま私の部屋へと連れて行く。下の兄も上の兄の後を追ってついてくる。

 そのまま私の部屋の扉を下の兄が開け、上の兄がそのまま私をベッドへと座らせて靴を脱がせてくれた。


「じゃあ、あとは頼んだ。おやすみ、ピコ」

「おやすみ」

「かしこまりました」


 兄が私を運んだとはいえ、まだ私は寝間着に着替えていないし、一人で着替えもできない。すでに眠気が襲ってきているとはいえ完全に眠りにつくまで一人にするわけには行かないし、当然ながら乳母も職務を放棄することなく私の部屋へとついてきている。

 おやすみ、と兄二人が笑みを浮かべて代わる代わる私の額へと唇を落とし、静かに部屋を後にした。私はそれをぼんやりと見送り、「ではお嬢様、お着替えしましょうね」と乳母に着替えさせられる。

 着替えた後にすぐに横になり、掛け布団を掛けられて目を瞑った後に私はすぐに眠ってしまったらしい。





 翌朝、一晩ぐっすり眠ったら眠る前の混乱、違和感が嘘のようにスッキリしていた。


「……にゃうほよ」


 どうやら、今の私は二つの記憶があるらしい。正確には、二人分の記憶、というべきか。私のものでないこの記憶はきっと、前世の記憶。あぁ、でも記憶はあってもそれに付随する感情までは伴っていないから、記憶というよりも知識……いや、記録といったほうが正しいのかもしれない。

 昨日から私が違和感を覚えていたのは、この記録のせいなんだろう。確かに、記録の中の「私」には兄はいなかったし、乳母なんているような家庭ではなかったし、そもそも記録の中の最後の「私」は成人した大人だった。

 私は「ピコリット・ファータ」という名前で、ファータ家の末娘。二人の兄がいて、かろうじて自我は芽生えているが言葉すらまだまともに発音することができない年齢なので、乳母に日頃の生活は全部面倒を見てもらっている。

 つまり、私はお子様であるということだ。

 一晩眠っている間に、今の私の人格に前世の記録が融合――というよりも、引き継ぎが完了したようだ。ベースは今の私の人格のままで、そこに前世の記録が追加導入されたようなものである。

 私は「ピコリット」である。これには間違いない。ただ、本来ならばこんなおこちゃまが持つはずのない思考力やらなにやらを持ってしまったのは、大人としての知識を唐突に持ってしまったからだろう。

 思考は日本語――前世で使っていた言語になるのはまだ色々と知らない言葉が多いからである。きっと。


「うにゅぅ……」

「おはようございます、お嬢様。どうされました?」

「ん? んー……ごあん!」

「……いつも通りのお嬢様で、安心しました」


 昨夜は突然降って沸いた前世の記録に少しばかり混乱して様子のおかしかった私を心配してくれていたのだろう。私を起こしにきた乳母――マーサははいつも通りの私に安堵して笑みを浮かべた。私は食いしん坊で、食べることが大好きである。

 マーサに着替えさせられ、手をつないで食堂へと向かう。


「にいちゃ!」

「ピコ、大丈夫か?」


 食堂へと向かう途中で上の兄を見かけて嬉しくなり、私はマーサの手を離して兄に駆け寄った。兄の足下には、兄の使い魔である九本の尾を持つ狐、フォックが座っていた。

 ちなみに、使い魔とは何なのかはよくわかっていない。分かっていないが、前世の知識から想像するに、兄と契約した力のあるナニカという感じなんだろう、きっと。

 私は年の離れた二人の兄が大好きで、いつも隙あらば遊んで貰おうとしている。兄たちも年の離れた妹である私を殊の外可愛がってくれている。可愛がってくれるからますます兄たちに懐き、自分に懐いてくる年の離れたイ網を兄たちはますます可愛がり、そして私は~、という循環が出来上がり大変良好なきょうだい関係が出来上がっている。


「ん? にゃに?」

「……いや、何でもない」

「んー? ふぉきゅ、もふもふー」


 マーサ同様、昨夜の様子のおかしかった私を心配してくれていたのだろう。兄がじっと私を見下ろしていたが、うまく説明するすべを持たない私はとりあえず理解できない振りをする。

 ごめんね、兄様。

 ぐりぐりと少しだけ乱暴に頭を撫でられた後、大型犬ほどの大きさのフォックにもふっと抱きつく。これはフォックヘの私の愛情表現で、毎朝の日課でもある。

 抱きついた後にフォックの後ろに回りこむと、私の意図を察知してフォックが床に伏せた。私はそんなフォックのよいしょ、と跨って背中に乗る。

 フォックはちょろちょろと歩きまわって何をしでかすかわからない私のお目付け役のようになっており、私の移動手段にもなったりしている。

 兄の使い魔であるはずなのに、気づけば私と一緒にいる時間のほうが長い気がするのは、多分気のせいではないはずだ。


 私を落とさないようにゆっくりと立ち上がったフォックは、私がいつもどおり首のあたりの毛をしっかりと掴んだのを確認したのち、食堂へと向かって歩き出す。

 それを微笑ましげに見ていた兄様やマーサもフォックに続いて移動する。移動の途中で下の兄とも合流し、兄達が私にはまだ理解できない単語や知識盛りだくさんで色々話をしていたり、ときおり私に話しかけてくれるので返せる範囲で言葉を返したりする。

 そういえば、今までは何も考えずに二人とも同じように「にぃちゃ」と呼んでいたが(本当はたぶん、兄様と呼びたかった)兄が二人いる以上、どちらの兄のことを指しているのかを区別して呼ぶようにしなくては。

 名前をとってルディ兄様とディック兄様、とか? うーん、なんかしっくりこないなぁ。大きい兄様と小さい兄様ってことで大兄様と小兄様、とか。

 ……あ、案外いい感じかも。


 我がファータ家はおそらく上流階級、それも貴族なのだろう。部屋数がやたらと多く、屋敷そのものも非常に大きい。敷地面積だけで一体どれくらいあるのだ、という程に、大きい。そんな屋敷の中をフォックに乗ったまま移動し、あちこちに視線を向ける。

 食堂へと向かう最中にも、私が今現在家族と認識している人以外の人とすれ違うので、彼らはきっと使用人なんだろう。


「うにゅ~? にぃちゃ、にぃちゃ、あえ、にゃーに?」


 そうしてあちこちへと視線を忙しなく動かしていると、目に入ったのは並べて壁に掛けられた五つの額縁。

 一番右には緑の森の中に建てられた真っ白な塔、その隣には全体的に薄暗い森の中に建てられた黒い塔、真ん中には空に上下が逆の状態で浮かぶ緑の塔がそれぞれ描かれているのだが、残りの二つの額面の中には何の絵画も納められていない。

 三枚の絵はそれぞれ描いた人が異なるのか、タッチが全て異なっている。黒い塔が描かれている絵など、絵画というよりは子供の落書きに近いクオリティである。残りの二つの額縁は空っぽのまま。おそらくは五枚そろって意味をなすものだと思うのだが、なぜそんな不完全な状態のものを飾ってあるのだろうか。


「これは、俺も気になってました。兄上、これは何ですか?」

「あぁ、「魔法使いの塔」を描いたものだな」

「とお?」

「「魔法使いの塔」って、あのおとぎ話の?」

「そう、絵本にもなっている五人の魔法使いの塔。言い伝えによれば、普通の人には見ることのできない不思議な塔だ」


 ふむ? つまり、普通の人には見えないけど、特定の人ならみれて、その特定の人たちが描いた絵、ということだろうか。

 下の兄も納得したような、していないような。そんな微妙な顔をしている。


「じゃあ、どんな人ならば見ることができるのですか?」

「うちにある過去の文献をみる限りは、魔力が極端に高い者なら見ることができるらしい。実際、この絵を描いた先祖たちは、複数人で同じ場所にいたのに塔を見れた者はこの絵を描いた三人だけだったらしい」


 ふむ、つまり過去のご先祖様たちの中でこの「魔法使いの塔」なるほのを見れたのは三人だけ。そして黒の塔をみた人物はやたらと絵心のない人だった、ということだろうか。


「うちは相対的に魔力が高い人間を排出しやすいからな。その中でも群を抜いて魔力が高い者がいてもおかしくない」


 なんと、我が家は魔力が高い家系だったらしい。前世の知識やらなにやらを継承したのが昨夜のことで、それ以前は極々ふつうのお子さまだったから分からなかった。

 この世界の知識のことはこれからおいおい学んでいくとして、とりあえずこの「魔法使いの塔」のことは覚えておいて損はなさそうだ。なにせ、物語として語り継がれているのだ。きっと、桃太郎とか、かぐや姫とかそういうレベルでメジャーな話なのだろう。


 ……それにしても、魔力が高い家系、か。


「……にゃふふふふ」

「なんだなんだ、いきなりどうしたピコ」

「にゃんもにゃーよ?」


 魔力が高い家系、ということは、その一人である私もきっと魔力が高いということである。

 この世界には魔法があるということは知っていた。ただ、昨日までの私と今日からの私は同じだけどちょっと違う。

 いや、昨日までも私も元々そういったものも大好きだったが、今は理解するだけの知識が多少なりともある。おまけに、感情や性格なんかは引き継いでいないので今の私の人格に殆ど影響はなかったのだが、ただ一つ「幻想的なもの大好き!」という嗜好だけは引き継いだ。いや、今の私も元々そういうものが好きだった記憶があるのだけど、ますます大好きになってしまったのです!

 ま、自我が芽生えるってこういうことだよね!!

 私もそのうちに魔法が使える日が来るのかな! なんて、ウキウキとしているとちょっと怪しい行動になってしまったのか上の兄、大兄様に怪しまれてしまった。

 抑えきれない笑みを浮かべながら、私はごきげんでフォックに乗って食堂へと向かうのだった。

改稿前はこちら →  http://ncode.syosetu.com/n4587cy/1/

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