学ばなければ旅はできぬ
絶対王制大陸イドリーンス。
王族を忠実なまでに慕う国民と、国民を決して見捨てない王族の住む国。これまで二世代に渡り存続してきた王族は、他国より歴史が浅いながらもそうして至上最も豊かな国土を生み出してきた。
現在そのイドリーンスを治めているのは、女王『威狙・ラスティス・イドリーンス』。その賢明な手腕と類い稀なる強さにより、大陸は長年平和を保ってきたと言っても過言ではない。実際、王族の力を恐れてかイドリーンスに戦争を仕掛けてくる国はなかった。それ程までにイドリーンスの王族の力は凄まじく、また異質なのである。
この世界の種族は『人間』『精霊』『悪魔』の大きく三つに分類されている。
この三種族は互いに深く関わり合いながら生存しており、特に人間と精霊は魔力のやりとりをする事で共存関係を保ってきた。一般的に『魔法』と呼ばれる力によって。
厳密にそれはどういったやりとりなのかと言うと。魔力を受け入れる器のある人間が大気中に存在する精霊から魔力エネルギーを貰い、それを変換し、魔法として放っているという物である。放たれた魔法は大気中に魔力の粒子となって満ち、精霊にとって住みやすい環境を作っているのだ。
反対に、人間と悪魔は共存というよりも契約という形で結ばれる事により『呪術』を行使できるようになる。
種族的に精霊と悪魔は真逆の存在として相入れないものなのだが、稀に強過ぎる願いを持った人間は、悪魔と契約を交わしてしまう事があるのだ。ただそれは、願いを叶える代わりにその代償を請求される、といった具合にとても危険だと言われている。
もちろんそのようにして邪悪な力を持つこと事態が危険だという事もあるが、何より人間は精霊と共存関係にあるため、悪魔と契約を交わす事は違法とされているのだ。
まぁ。その法を潜り抜ける人間が僅かながらも存在する事は、確かではあるのだが。
さて。その二つの力とは別に、人間には『心威』と呼ばれる力を行使する者が存在する。
元来人間の本質とはそれぞれあるモノの形を型どっており、一人としてそれが同じ者はいないと言われている。心威とは普段人間の奥底に潜むその本質を外へと放出する事で、自分特有の力を使うことができるようにするものなのだ。
もちろんこれ等どの力とも関わり合いを持たず平穏に暮らしている者も沢山いるが、この心威という力を使える者はあまり確認されていないため、戦う術を身に付けたい者の多くは魔法を極めようとするのだとか。
そして、此処イドリーンスの女王はまさに心威が使える数少ない人物でもある。
「───で、王族ってどなた?」
「オズって本当に何も知らないんだな」
街を出る門へと向かっている途中。
この国、果ては世界の仕組みについてさえ何の知識も持たないオズのため一から丁寧に説明していたリオンは、その無知さにほとほと呆れていた。その顔は、最早呆れを通り越して尊敬すらしているように見える。
「お前よくそれで、今まで生きてこれたよな」
「えへへ。そうかな〜?」
「褒めてない」
何の力も持たない自分がどれ程危ない橋を渡ろうとしていたか知らずに、のほほんと微笑むオズ。
そんな彼を一言で切って捨てたリオンは、案外やっかいな旅のお供を拾ってしまったと思いながらも、人の好さが災いしてか彼の疑問には逐一応えていた。
「あのなぁオズ。王族っていうのは、この国で一番偉い血族の事なんだ。国民から慕われ普段御目に掛かる事も滅多にない、やんごとなき人々ってな」
「そのやんごとなきっていうのはよく分からないけど、つまり話す時は敬語使わなきゃいけない人って事だよね!」
「お前、今後一切王族の事口にしない方がいいぞ」
絶対不敬罪で処罰される。と言いながら何処か遠くを見つめるリオンに、まるでそんなの知った事かとオズは声を弾ませた。
「じゃあじゃあ、その王族って人達の特徴教えてくれない?ほら。出会す前に逃走できるように!」
「何で悪い事してないのに逃げ出すんだ?」
前途多難である。
「はぁ。……王族は皆一様に金色の目を持っているから見分けは付きやすいぞ。しかも今は、その威狙っていう女王しかいないからなぁ……。結婚相手もまだ決めてないみたいだし、当分はこのまま一人だろうな」
深い溜息の後、リオンは王族について詳しく語り出した。それを聞き、オズは不思議そうに首を傾げる。
「何で?その女王さまは結婚する気がないって事?」
オズからしてみれば、女王はまるで結婚自体には興味がないように聞こえたのである。
だがリオンは、そんなオズに苦笑を返しながら「いや、そういうわけではないらしい」と口を挟んだ。
「一応今までで、国中から相手候補が大量に名乗りを上げた事があったんだ。それは王族からの御触でもあったから、結婚する気は多いにあるんだろうが……。そこまでした上、結構な綺麗所が多かったにも関わらず結婚してないとなると、余程結婚云々とは別の何かに手を拱いているのかもしれないな」
まぁ肝心の『何か』がオレ達庶民には分からないんだけど。と肩を竦めるリオンに、オズはあんぐりと口を開き固まっていた。
「え、えと。国中から名乗りを上げたって、女王さまは誰だっていい……ってこと?」
そんなのおかしいよ、と言うオズの意見は最もだ。
この世界の価値観がどうかは知らないし、お見合い結婚だって確かに存在するが……女王のやっている事はただの選抜だ。お見合い結婚の様なちゃんとした話し合いもそこにはない。しかもその相手は大量で、その人達がお城へ出向く様子は参勤交代さながら。
もし現代の日本でそこまでやってしまったら、いろいろとアウトな気がする。てか、誰がやるんだそんな事。
オズからしてみれば結婚自体自分とは縁遠い話なのに、一気に二倍増で難易度が高くなるような内容だった。
そんなオズの表情を見て、珍しくもニヤリと顔を歪めるリオン。そのまま内緒話をする様に声を潜め、悪戯さを含んだ声音で呟いた。
「実は此処だけの話。女王は産まれた時、何かに呪われたらしい。それ以来、その呪いが徐々に女王を蝕んでいるんだとか」
「の、呪い……?」
「そう。だから噂では、その呪いによってそれこそ結婚を邪魔する障害ができてしまったんじゃないかって言われてるんだよ」
「へ、へぇ……」
「でもあの時集められた相手候補は皆、その障害を突破できなかった。中々相手も見つからないし、だから見境ないってのが一説」
そう締めくくり、リオンは顔を離した。
やはり難易度が高い。
会う機会はないだろうが、恋愛に対してある意味今の話よりも凝り固まった意識を持つ自分は、王族とはソリが合わないだろう。
顎に手を当てながらうーんうーんと唸り声を上げるオズ。そんな彼がおかしいのか、リオンはクスクスと笑う。
「オズって無知なクセして、恋愛にはお硬いんだな」
それは自分でも分かっているのだが、長年積み重ねてきた意識というものは大いに影響する物で。やはりそんな自分が誰かを好きになってしまう事なんてないのだろうと思う。
でももし。もし、そんな自分の定義すら変えてしまうような恋に落ちてしまえたら、……。
自分の中にある矛盾した感情に、オズは人しれず胸を抑えていた。