リオン
今、季節は冬に近づいているらしい。
チラホラと降り出した雪を見て、吹雪はほぅ……と息を吐き出した。
確かにくしゃみを連発するはずである。
吹雪は元来寒さには強い方ではあるが、それでも風邪は人並みに引くのだから。
「流石に、この服装だけじゃ冬は厳しいかな……?」
皆が外套とか首巻きをしている中着物一枚でも案外平気なので問題ないかもしれないが、万が一、という事は考えておいた方がいいかもしれない。
「でも、俺お金も何も持ってないしな……」
今最大の悩みの種に唸りながら対策を考えるも、やはり世間知らずなこの頭では良い考えも出てきそうにはない。
これを確かオワタwwというんだっけ?と現実逃避をしながら後ろの壁に凭れる吹雪だったが、そこで激しい違和感に襲われた。
腰に。
腰に、まるで無理矢理何かを押し込んだ様な感触があるのだ。
その感触に、吹雪は驚きながらも急いで帯の内側を探る。
「えっ?これって……」
するとそこには、古びながらも立派な紙と確かな質量を持った小さな袋が丁寧に収められていた。
それは何処からどう見ても地図と、お金である。しかも地図の方は、かなりの規模で描かれており吹雪にも理解できるような分かりやすさだった。
いつ、誰に入れられたのかなんて考えるまでもないだろう。
「間違いない、あの時だ……」
寧ろなぜ、今まで気がつかなかったのか。
あの、イオとかいう幼女とキスしている間に入れられたに違いない。
あの奇妙な腰の痛みに、吹雪は納得した。と同時に、こんな着物の内側にまで手を突っ込んできているなんてやはり不埒者だとも思った。
「……ッ!///」
駄目だ。もうあの幼女の皮を被ったキス魔の事は考えないようにしよう。
どういう意図があってわざわざこんなものを託したのかは知らないが、吹雪は有難く二つとも使わせてもらう事にした。
これで会いたくない、という吹雪の意思はいつか潰える事が決定したが、その時までは心の保養のためにも忘れさせてもらう事にしよう。
××
「えっと、どれが1番良いんだろう……?」
詳細な地図のお陰で商店街にまで来る事ができたはいいが、目の前に並べられた衣を見て吹雪は悩み声を上げた。いろんな種類の物が並んでおり、自分ではどれが良いのか分からない。
そんな吹雪を見ながら、微笑ましそうに店主が吹雪へと声を掛ける。
「御客さん、どんな物をお求めで?」
「え?えっと……」
正直、それが分かれば悩む事はないのだが。
どうしようかと吹雪が答えあぐねていたその時、視界に明るい金色が飛びこんできた。
「オレはこの外套が良いと思うけどな」
「へ……?」
その美少年は、1つの布を片手に吹雪へと微笑み掛けた。
そう。美少年である。
髪の毛はまるで錦糸の様な金色。目の色は知的さを感じさせるような深い海色で、年恰好の割に大人びた顔立はよく整っている。微笑んだ表情は少し固いものの、それすら様になっていた。
この世界には、美形が多い様な気がしてならない。
「格差社会ってこれなんだね、雪那……!」
「は?」
××
「わぁ……!ぴったり!」
買ったばかりの外套を着物の上から羽織ると、違和感なくすっぽりと着こなす事ができた。腕を通す所がない分、袖が引っかからなくて動きやすい。フードで髪と目を隠す事もできるのでこれから悪目立ちする事も少なくなるだろう。
「へぇ。似合ってるじゃんその色」
枯れ草色、というらしい事を吹雪は目の前にいる美少年から教えてもらった。年柄年中目立たずに行動でき、且自然の景色に溶け込める色だから旅にはオススメなんだとか。
ただ吹雪自身は初めての試みな為か、クルクルと回りながら外套の裾を眺めている。それはまるで、新しい玩具にはしゃぐ子どもの様。
そんな様子を物珍しげに見ながらも褒めてくれた美少年に、オズはとびっきりの笑顔で頭を下げた。
「ありがとう。君のお陰だよ!」
そもそもこの外套を選んでくれたのはこの美少年に他ならない。
もちろん、いきなり見知らぬ美少年に話し掛けられた事には驚いた。寧ろモデル勧誘や幼女の件があったばかりなので、この世界の人は何処か感性がおかしいのかもしれないと警戒していたぐらいだ。
だがそんな警戒は要らず。
あの後美少年は、吹雪の大きな独り言に対して引く事なく、逆に友好的な態度で接してくれたのである。さらに外套を無事購入した後も、こうやって着方を教えてくれている。
これを親切と言わずして何と言うのか。
まぁ。早速幼女のお金を使う事にはなってしまったが(くれたんだから仕方がない)、これも有効活用の内だ。今度また会う機会があれば、出世払いで返そうと思う。
……働けたらだけど。
「そりゃどうも」
親切で言葉の一つ一つに人の良さが表れているが何処かそっけない。その態度に吹雪は人見知りなのかな、と首を傾げた。
「てかお前、結構目立ってたぞ」
「へ?」
急に言い聞かせるように告げられた言葉にもう一段階首を傾げる吹雪。
そんな何も分かっていない様子に呆れたのか、美少年は溜め息混じりに口を開いた。
「だから、ずっと嫌に目立ってたっていってるんだ。変な奴に目付けられても知らないぞ?」
「あぁ。そういうことならもう……」
手遅れです。とは言いにくい。
よって心の中だけで、既にいろんな人種に襲われましたと告げておく事にした。
そんな吹雪のやけに生暖かい表情に怪訝な反応を示しながらも「まぁ。気をつけろよ」と身を案じてくれる美少年に、何て良い子なんだろうと涙ぐむ思いがする。
そうやって1人感動からぐすぐす言わせている最中、美少年は思い出したように吹雪を振り返った。
「そういえばお前、今から何処へ向かうつもりだったんだ? 見た所旅慣れてるってわけではなさそうだが……」
そういえば今後について全く決めていなかった。再び現実が襲い掛かり、吹雪はしおしおとした様子で言葉を返した。
「いやその、いく宛はなく……」
「そうなのか?まぁ……予想はしてたけど」
吹雪の返事を聞いて、美少年は顎に手を当てながら暫し考えるポーズを取った。「でもそれなら……」などと呟いた後、決意を固めた顔で吹雪へと衝撃的な一言を告げた。
「何なら、一緒に旅をしないか?」
「え、ぇぇ"ェ"ェェェええッ?!」
美少年の誘いに盛大な裏声で応える吹雪。
それとは逆に、声に驚いた美少年は「嫌だったか……?」と心配そうに吹雪を伺ってきた。それはどこか、心持ち不安そうにも見える。
その表情を読み取ったため、吹雪は慌てて首を振りながら美少年の手を掴んだ。
「全然嫌じゃないよ!寧ろ、そう言ってくれて心強いっていうか安心した!」
「お、おぅそうか……?」
ブンブンと美少年の手を振りながらお花でも飛びそうな笑顔で微笑む吹雪。それに美少年は若干引きながらも、嬉しそうにはにかんだ。
「良かった……実はオレも1人って何だか怖くてさ。しかもこの性格だから、中々とっつきにくいんだわ」
「性格って……もしかして人見知りとか?」
「お。分かった?」
「何となく」
意図せず視線がかち合い、途端二人で吹き出した。
そうやってしばらく笑った後、とりあえず自己紹介しようという事になり吹雪はもう一度微笑んだ。
「俺はふ、───オズっていうんだ」
ふーん?いかにも魔法使えそうな名前。と呟く美少年に吹雪──否、オズは内心焦った。もう少しで、本当の名前を出してしまう所だったからだ。
呼ばれて反応する分には問題ないが、自らオズと名乗るのにはしばし慣れが必要だろう。
「性格負けしてるけど、オレはリオンっていうんだ」
長い付き合いになりそうだしこれから宜しく。そう手を差し出してくる美少年──リオンに「君はまるでライオンみたいな名前だね」と手を差し返す。
すると「コミュ障だけどな」という眩しいばかりの苦笑が返ってきたのだった。