友達
「どうしたの?リオン」
「えっ……」
「いや、何か仄暗い感じがしたから」
少し困った表情でオズが告げる。その言葉にハッとしたリオンは、歯切れ悪く地面へと俯いてしまった。
「別に……」
そう言われても、全く「別に」な表情をしていない。どちらかというと拗ねた様な、それでいて不安げな表情をしている様に見える。
そんなリオンに対して、オズの背後で一人ニヤニヤとしていたキリハがひょこっと顔を突き出した。
「リオンったらもぅ拗ねちゃって〜。初めてできた友達を取られるとでも思ったんでしょう?」
「んなっ……!」
「へ?」
キリハの言葉にこれでもかという程動揺するリオン。その珍しい動揺っぷりを見て、オズは思わず間抜けな声を出してしまった。
(つまり……二人で仲良くしてたから、機嫌悪くなったって事?)
そうなの?という意味を込めてリオンを見やる。その視線に耐え切れなかったのか、彼はバッと顔を上げて二人を睨み付けた。
「そうだよ嫉妬したよ悪いかよ?!こちとら生まれ持ったコミュ障のせいで友達なんてできた事ないんだよ!それに金髪だからって不良と勘違いされるし……ッ!」
勢いは凄まじいのだが、顔が赤いため如何せん迫力に欠ける。
「こ、コミュ障って……でもあの時、声掛けてくれたよね?」
。
そう。この世界に飛ばされ、勝手が分からず困っていたオズにわざわざ声を掛けてくれたのは、他でもないリオンだ。
あの親切さから分かる様に、リオンは凄く根が良い人だ。だから友達ができないという事はないだろう。
確かに多少素っ気ない所や笑みがぎこちない所はあるが、本人が思う程コミュ障ではない様に感じる。
それに、オズから見たリオンの第一印象は不良ではなく美少年。
だがオズの擁護虚しく、リオンの事に詳しいらしいキリハが「いやいや」と手を横に振った。
「実はあの時、リオンってばずーっとオズちゃんの後方をウロウロしてたんだよね〜。自分と年が近そうな子が困ってるのを放っておけないし、でも中々声を掛ける勇気もないしで」
「へ?そうだったのっ?」
全然気付かなかった。
少しの驚きと共にそう漏らす。対してリオンは、まさか自分の黒歴史が暴露されるとは思っていなかったのか、目を見開いて固まっていた。
しかもキリハの勢いはそれだけでは留まらず。
「それにオズちゃん勘違いしてるみたいだけど、リオンったら変わり種のコミュ障なんだから!挙動不審になる事はないんだけどその代わりずっと無言なんだよね〜。内心では焦ってるんだけどそれが顔に出ないから、お陰で一匹狼の不良扱い♪ 」
なんでそんなに楽しそうなんですかキリハさん。
ケラケラと笑いながら解説するキリハに問い掛けたい……が、一歩手前で留まった。何故なら固まっていた筈のリオンが、般若の如き形相でキリハを睨み付けていたからである。今なら鬼も裸足で逃げ出すであろう。
そしてオズの予想から寸分も違わず、プルプルと怒りに震えるリオンの拳がキリハへと埋め込まれた。
「こんのクソキリハァッ!!」
怒号と共に、勢い良く吹っ飛ばされていくキリハの体。そのまま何メートルか地面をスライディングした後、ポンッ!という可愛らしい音を立ててその場から消えてしまった。
「一生戻ってくんな!」
果たしてその言葉はキリハに届いたのだろうか……。
オズには分からないが、何回踏まれ殴られ罵倒されてもバッチこいな様子だったのでリオンの怒りなど気にしないだろう。確かああいう人種(?)を『どえむ』というらしいし、また踏まれに来るに違いない。
そんな事を考えながらリオンを振り向く……が、その瞬間。
全ての思考が止まってしまった。
リオンが何故か泣きそうだったからである。
キリハを殴った事で飲料を下げたのか、綺麗さっぱり怒りは消えている。だが代わりにその目は、隠していたものがバレたような気まずさに揺れていた。
彼に声を掛けるかどうか悩んでしまう。
だが戸惑いを隠せないオズとは裏腹に、リオンはしっかりと視線を定めた。その目の色は、揺れていてもやはり海の様に深い。
そしてその口からゆっくりと、だが確実に、言葉が紡がれた。
「今更だし、こういう事言った経験もないから様にはならないけど……オレと、友達になってください」
一瞬世界が輝いた。
目に映った世界はあまりにも綺麗で眩しくて、思わず何回も瞬きをしてしまう。
まるで体の中心を通った様に言葉は重く、だがじんわりとした暖かさを伴って自分の奥底へと降り積っていった。
数秒後……勢い良く頭を下げたままのリオンが視界に入ってきた。同時に、彼が放った言葉の意味が今になって解れてゆき一つの感情を呼び覚ます。
逆に、固く目を瞑ったリオンの唇は痛い程に引き結ばれている。
何をそんなに怖がっているのだろうか?
返事なんて、もう最初から決まっていたのに。
「もう、友達でしょ?」
ふわりと、彼に微笑み返す。
自然と口許が綻んでいった。
(そっか……)
初めて知った。
真っ正面から自分の気持ちを告げる事は擽ったいけれど、心はその分弾んでいくのだと。
「~~~っ!オズーッ!」
余程オズの返事が嬉しかったのか。リオンの顔はやっぱり泣きそうなままだが、幸せに満ちていた。
抱き着いてきた彼の、自分より幾つも低い頭をオズは柔らかく撫でる。直後、何故そんな行動を取ってしまったのか分からなくなったが、オズは直ぐに気が付いた。
リオンは少し、弟に似ている所があるのだ。
強がりな所。
恥ずかしがり屋な所。
不良に間違われる所も、酷く優しい所も一緒だ。
だからかまるで弟が居る様な感覚に陥る……が、自分を叱る事でそれから抜け出した。
一瞬でもリオンを弟と間違えそうになるなんて、どちらにしろ失礼な行為だ。それに、リオンが望んでいる感情ではない事に違いはないだろう。
また、リオンと弟では決定的に違う所があるというのに。
(友達が上手く、作れない……か)
人懐っこく素直なあの子は、友達を作るのが上手だった。人に不慣れな自分は、リオンと一緒で苦手だけど。
オズは思わず苦笑した。
───『ねぇ雪那。“友達”ってなんだろう?いつか俺にもできるのかな……』───
昔、弟にそう尋ねた事がある。
その時返ってきた弟の泣きそうな顔が、今でも忘れられない。
(いつかあの時の答えを、俺から伝えるから……)
だから笑って欲しいと思う。
この世界に飛ばされてから頭の中に浮かぶ弟は、いつも悲しそうな顔をしているから。
───友達になってください───
もう一度、ゆっくりとリオンの言葉を噛み締める。
初めて言われた言葉。そして初めて生まれた繋がり。
これからその繋がりは強く、そしてまた新たな繋がりを作っていくのだろうか?
暖かさを感じるそれに、オズは堪らなく嬉しい気持ちになった。




