死と戦いの終わり
「……てん、し?」
思わず近づこうとして、左頬に剣先が刺さった。
痛さに驚いて、顔をそらし、頬に軽く手を添えると、その手に軽く血が付いた。
「ほ、のり……、なんで?」
改めて、八束をかばった天使を見る。
そこには、見慣れたセミロングの髪。
大きな天使の翼とは不相応にも感じられる小柄な身体。
「さえちゃん、もうやめよ」
水鏡をあだ名で呼ぶ柔らかい声と優しい口調は、穂紀そのものだった。
「本当に、穂紀なのか?」
翼で八束の視界は狭く、穂紀が自分に刺さった刀を抜いたのか、水鏡が抜いたのかはわからない。
言えることは、穂紀の返り血が八束に降り注いだのは間違いなかった。
「八束君、お疲れ様。あとは私が何とかするからゆっくり休んで。……八束君?」
穂紀のねぎらいはむなしく、八束は友達の返り血を浴びたことで気絶してしまった。
「穂紀、なんでそんなこと」
黒い刀を水鏡から取ったことで我に返った水鏡は不覚にも穂紀を刺してしまい、足から崩れ落ち俯いた。
穂紀は黒い刀を少し離れたところに優しく置き、一瞬でカリジナに戻り、エバリエ同様に結界を張った。
「これで指令は達成だね。よかった」
「でも、穂紀。アンタの血は……」
「そうだね。でも、大丈夫」
そう微笑む穂紀とは裏腹に、傷口から静かに白い服を紅く染めあげていく。
「いやっ! 穂紀まで居なくなったら私っ」
「だから、大丈夫だよ」
手で顔を覆った水鏡を優しく包むように抱きしめる。
翼はさらに大きく包み込む。
「さえちゃん、大変だったね。仕送りがあったとはいえ、一人で暮らして。でも、一人じゃなかったんだね。エバリエさんとカリジナちゃんにはお礼言っておかないとね」
「ほのり……」
「二人が居なくなったらまた一人になっちゃうから嫌で、しちゃったんだよね」
「うん。あの子たちが居なくなったらって思うと私、寂しくてさみしくて……」
「うんうん、そうだよね。家族を奪うような事してごめんね」
「こっちこそ。ごめんなさい、穂紀。あんなことしちゃって、しかも……そんな助かりようのない傷まで……ううっー……」
「ふふ、さえちゃん。これからは一人になっちゃ駄目だよ。一人で大丈夫な時は良いけど、辛い時、寂しくなった時はあたしだけでもいいから。二人で居るのに、たくさんの人と居ることに慣れていってね」
「でも、穂紀はもう……ほのり、穂紀っ!!」
すがるように穂紀に泣きつく水鏡は、それはもう子供のようだった。
「だから、大丈夫だよ。だって……」
あたし自身は死んでないからねっと言った穂紀は、徐々に消えていった。
その跡には、胸に刺し傷あるの天使の人形が落ちていた。
「伝え終えたんですねぇ♪ いやぁ、いい仕事をしてくれましたね。想いを伝えるちゃん、お疲れさまでしたー。おー、見事な刺し傷ですねぇ」
いつの間にか現れたラファは、天使の人形を抱き上げ、刺し傷をまじまじと見ていた。
「うっ……ひっく、どういうことなの?」
「あ、これですか。これはズバリ、想いを伝えるちゃんです! 女の人が使えるタイプで、こっちが想いを伝えるくん! 男の人バージョンになってます。つまり、その人に変わって想いを伝える身代わりですね♪」
懐からタンクトップに短パンを履いた天使の人形を取り出して、ドヤ顔で水鏡に見せびらかす。
「……じゃあ、穂紀は無事なの?」
「無事ですよ~。おーい、穂紀~♪」
八束が突き破った窓があるクラスを見ると、ラファの身振りに気づいて、大きく手を振る穂紀の姿があった。
「良かった。もうこれでもう……戦わなくていいんだね……」
八束との戦いが初陣だった水鏡には、悪魔の力を使っての戦いは厳しかった。
穂紀の身が安全だった事、自分の過ちが最悪な状況にしていない事に安堵した事で気を失うように眠りについた。
「あら、二人とも伸びちゃいましたか……。あれ、これってラファが運ばないと行けないんでしょうか? ……なにか精霊界便利アイテムは~……無いですよね~。ほのり~!! 手伝って~!!!!」
気絶した八束、疲れから寝てしまった水鏡、暴走して力を使い切ったカリジナの三人をティナから回収キットを預かっていた穂紀は、それを使って、エバリエとともに教会へと送った。
すると、黒い雲の間から陽の日差しが差し込み、それが戦闘の跡を元に戻し、黒い雲は完全に消え、雲のない綺麗な青空も戻ってきた。
「何事もなくてよかったね、ラファ」
「うん、ほのりもお疲れ様♪」
そう話していると、チャイムが鳴り、穂紀は「戻った時チャイムが鳴る確率高いよ~!」と嘆きながらクラスに戻っていく。
ラファは穂紀を追いかけず、軽く俯く。
そこには、友人であり、宿り主の前では見せたことのない顔だった。
――― 教会 ―――
「お疲れさまでした。八束君、君のおかげで。君たちのおかげであの子たちを連れて帰れます。あとは……いえ、今はまだいいですよね。もう少しだけ報告せずにいましょう……。親愛なる神よ、友と家族のために命をかけて戦ったこの子達に祝福と暇の休息と……別れを受け入れる準備を」
ステンドグラスに描かれた女神に祈りをささげるティナの頬には、一筋の涙が流れた。




