逃亡…劇?
「そんなものを渡されてたんだね」
「あぁ。もし、悪魔に遭遇した時のためにって」
ガタゴトと音を立てながら頂上へと向かう。
「この空間って、悪魔には有害って言ってたけど、私たちには害はないの?」
「ないよ。俺と斎条とあの悪魔だけで他の人間が居ない事以外は普段通り」
そろそろ頂上というところにきて、
「じゃあ、並ばなくてもアトラクションに乗り放題だよね!」
「時間と悪魔に追われることを省いたら、完璧だ!」
そこから急激に滑降していき、二人の叫び声はこの閉鎖空間にこだました。
他のアトラクションも動いているものの人がいなければ、そんなに騒がしくはなく、静かなものである。
外のアトラクションで動いているものであるジェットコースターが一番の騒音を出すが、この二人のはしゃぎっぷりには負けていた。
最初こそ、八束が穂紀を引っ張って逃げていたのだが、ある程度、悪魔から離れた所で隠れた際にあの奇妙奇天烈ボールの事を話すと、穂紀がどういう頭のスイッチが入ったのか、「遊び放題だ!!」とはしゃぎだして、八束もはじめは止めていたが、穂紀のテンションに負けて、しぶしぶ付き合う事にした。
(これに乗ってるのがばれたら、悪魔にやられるんじゃね…)
八束は乗りながらにそう思っているに違いなかった。
そして、ジェットコースターが終わると、声を追ってきたに違いない悪魔がそこにいた。
だが、さっきとは違った雰囲気をまとっていて、目があった瞬間の第一声で危害がないことがわかった。
[それ、乗っても大丈夫なの?]
まさかの言葉に不意を突かれた八束と穂紀は、すぐに返事はできなかったけれど、両手で持っている大きな斧をどこかに置けば乗れることを伝えると悪魔は嬉々として斧を余所に投げ飛ばした。
投げられた斧のせいで従業員の待合部屋が潰れてしまって、流石に二人も顔を引きつらせた。
[これでいい!? 乗って良い!?]
「いいよ~。私の横に乗って、清水クンいいよね?」
「そうだな、俺は降りて一休み…ってなんで掴むの?」
「そっちこそなんで、降りれると思ったんですか? 後ろの席に座ってくださいね」
「あ、はーい…」
悪魔と八束が座席について安全バーを下ろすと、いいタイミングでジェットコースターが動き始めた。
「私は斎条穂紀といって、後ろに座ってるのが清水八束クン。あなたの名前はなんて言うの?」
[あたしはカリジナって言うんだ! 前はもう少し長い名前があったんだけど、おねぇちゃんに名乗っちゃダメって言われてて…、でもでも、今は代わりの名前がある!]
「そうなの。今はなんて言うの?」
[カリジナの後にアルマで、カリジナ・アルマっていう名前なんだ~♪ 今はご主人が居て、その人からもらった大切な名前。]
「アルマ…って、偶然? でも…あのね! カリジナちゃんのご主人ってもしかして!」
[頂上ついた~! 落ちてくよ~!!]
穂紀が聞きたいことは頭の中から抜け落ちるほどに、ジェットコースターは再び頂上から滑降していった。
ジェットコースターから降りて、二人はカリジナになんで、チュロスを盗んでいたかを聞いたところ、カリジナ曰く。
人が多すぎて、アトラクションに乗れずじまいでいじけて、チュロスだけでも楽しもうと思い、ついで人間に対する当てつけもしようと考え、盗み食いをしたらしい。
「そうだったんだね」
[あたしは普通の人間には見えないし、仕方無いのはわかっているけど、この世界で初めて遊園地っていう楽しいものがあるなら来てみたくて。でも、結局、お姉ちゃん達の言う通りだったから、つまらなくて、つい、見えないのをいいことに悪いことしちゃった…。]
カリジナの両サイドに座った二人。
八束は反省してうなだれている姿を見て、本当に悪魔なのかと考える。
姉のエバリエとは違って、カリジナは妹ということもあって幼く、悪魔というよりもラファのような天使に近い雰囲気がする。
姿は悪魔になるものの、まだ天使であると思える心がカリジナにはあるのかもしれないと。
穂紀はというと、純粋に反省しているカリジナを可愛いとそれだけを考えていた。
この子ともっと遊んで、可愛いところを見たいと。
「自分で悪いことしたってわかってて、反省もできているなら大丈夫だな」
「そうだね、カリジナちゃんが楽しめなかった分、この空間で私たちとあそぼ?」
[悪いことしたあたしだけど、遊んでいいの?]
「反省している子を怒るほど、俺は馬鹿じゃない」
「さ、行きましょ!」
[うん!]
許してもらえたことが嬉しくて、カリジナは満面の笑みを浮かべる。
お姉ちゃん達に敵だと教えられたこの二人だけれど、こんなに優しい二人となら一緒にいられると楽しむると思えたから。
満足げな八束と自由奔放さが増した穂紀に連れられて、悪魔のカリジナはこの遊園地を存分に楽しむことにした。
それから三人で3D体感型アトラクション、絶叫系アトラクションやファンシーな乗り物を堪能し、今は穂紀が乗りたがっていた観覧車に乗っている。
「この観覧車、けっこう高くまで上がるんだな」
[あれぇ? 八束兄ちゃんは観覧車が怖いのかな?]
「怖くねえし! ただ、ゆっくり上がり過ぎて逆に不安になってるだけだ!」
[人間はそれを、怖いって言うんだよ?]
「う、うっさいな!」
「八束クン、痛いところを突かれて、ご立腹だね」
[男のくせに女の子に当たるなんてサイテ~。]
「フン! どうせ俺は最低ですよ~!」
一緒にアトラクションを回ったおかげもあってか、カリジナは二人に危害を加えようとはせず、むしろ、心を開いて、ふざけ合えるようになっていた。
敵同士とは思えないほどに仲良くなった、いや、この場合、仲良くなってしまったというべきかもしれない。
「でも、よかったのか? この空間はお前の魔力を奪うものなんだが」
[あ~、なんかしんどいな~って思ってたらそれのせいだったんだ~。てっきり遊んで疲れてきたのかと思ってた。でもさ、人間もお金を使って、ここで遊んでるわけだし、魔力を使って、遊ぶのも同じかな。]
「そうか。なら、よかった」
まさか、こんなに仲良くなるとは思っていなかった八束はホッと心を撫でおろす。
あのボールを投げた張本人であるからこそ余計、悪い事をしたと思うところもあったのだ。
「仕方ないよ。初めて会った時は、カリジナちゃんは戦う気満々だったんだから」
[そうそう。あたしもまさかこんなにいい人間だと思ってなかったし、お互い様ってやつだよ。]
「二人ともフォロー、ありがとさん」
二人もお礼を言われて、まんざらでもなく笑う。
もうすっかり仲良しである。
「もう少し遊んでたいけど、そろそろしんどいから小さい姿になろうかなぁ」
「あ、まだ頑張ってくれ! ここで小さい姿になったら、現実に戻ったら、ここに乗ってる人と鉢合わせになっちまう」
「それは大変! カリジナちゃん、もう少し頑張って!」
「よくわかんないけど、降りたら小さくなる!」
それから観覧車を降りて、すぐに力尽きたかのようにカリジナはすぐに小さくなる。
カリジナが小さくなったことで、さっきまでの閉鎖空間が無くなり、空が少しオレンジになっていても、辺りは騒がしく、人で溢れ返る現実に戻った。
浮く事もままならないほどに魔力を消費したようで、穂紀の手に乗った。
元の現実に戻った事で、八束のスマホが騒がしい周りに負けないくらいの大きな着信音が鳴り響いた。
音だけで、なんとなくわかる気もするが、かけてきたのは夏実である。
それに出て、「もしもし」の「も」を発音した瞬間に開口一番に出たのは、怒鳴り声での一言。
「さっと出入り口に来い!」
たったその一言で通話は切れた。
詳しい内容とかは、会ってから聞く気なのだろう。
信頼されているにはされているのだろうが、八束にとってしてみれば、けだるくなる原因にはもってこいである。
「遅い! さっとでてきなさいよ!」
「仕方ないだろ、人でいっぱいだったんだから」
「二人とも大丈夫だった? いきなり二人と悪魔が居なくなって私たち、びっくりしたんだよ?」
「ごめんなさい。私たちは大丈夫です」
「居なくなった理由も聞きたいところなんだけど、あの悪魔はどうしたの?」
「その子は私の手の中で寝てます。それはもうぐっすり」
「え!? なんで、そんなことになったわけ!? 訳わかんないんだけど」
[ほんとね、なんでその子は、敵である貴方達と一緒にいるのかしら?]
「えっと、いろいろあって、仲良くなっちゃいまして~って…え?」
[あら、この子ったら、見かけないと思ったらそんなことをしてたのね~。あれほど敵だって教えてあげたのに、悪い子ね♪]
五人の会話にごく自然と入って来たのは、カリジナの姉であるところのエバリエである。
四人はすぐに構えたが、精霊達が居ない事を忘れていた。
[私も戦いたいところだけど、今日はそんな気分じゃないの。妹がお世話になちゃったみたいだし、お迎えにきただけ。それに貴方達を守ってくれるうっとうしいのも居ないみたいだし、生身の人間と戦う趣味も残念ながらアタシにはないの。]
本当にその通りのようで、今日のエバリエはあの際どい姿ではなく、ちゃんとした服装をしていた。
といっても、世間一般からすれば肌の露出は多いといえる服装には違いないが。
「この子を大人しく渡せば、戦わなくて済むって判断したらいいのか?」
[話が早くて助かるわ。さすがはリーダーと言ったところかしら。でも、体調管理は下手みたいね。]
「ほっといてくれ。渡すときに下手な動きはするかもしれないから、こっちは二人で渡させてもらうがいいか?」
[どうぞ、ご勝手に。]
穂紀と八束が代表でエバリエの所まで、渡しに行く。
エバリエは本当に何もする事無く、無言でカリジナをエバリエの手の中に渡した。
熟睡している妹をみて、少しホッとしたのか姉は軽く目を細めていた。
[この子自身には、何もしてないでしょうね?]
「してません! 遊園地で一緒にあそんだくらいです!」
[ここで? まあ、いいわ。この子の迎えも済んだことだし、帰らせてもらうわね。]
エバリエはあの黒い雲を出すこと無く、振り返って歩いて帰っていく。
どうやら、先の戦いで消耗した魔力が戻っていないようだ。
「あの! あんまりカリジナちゃんを叱らないであげてくださいね!」
穂紀が去りゆく背中にそう投げかけるが、反応はなかった。
「叱りはしなくても、怒りはしそうだな。でも、魔力うんぬんの事をなんて思ってるかわからないけど、妹が怪我もなく無事でいてホッとしただろうし、心配する事はないよ、穂紀」
「そう、だね」
その後は、帰りながら、八束は夏実にこっぴどく怒られていた。
なんで、ティナからもらったものの事を言わなかったのかとか、こっちがどれだけ心配したか等々を聞かれて、八束はただただ小さいなるばかりだった。
穂紀は穂紀で、友理乃と尋斗にカリジナと八束と一緒に遊んだ話をこれでもかという具合に話していた。
遊園地に来た事で、五人はまた一つ仲良くなったと締めくくるのも決まり文句な感じもしなくもないが、間違いなく言えるのは、穂紀と八束の距離が少し近づいた事である。
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「なんだか、良くない事が起きた気がする!」
「ンだよ、その根拠もない発言は」
遠くに離れていても、ラファには穂紀の心理的変化を感じ取れる事はまた別の話。




