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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第4章『ヴァニパル戦線』
85/121

(21)『美しくも異質な竜』(改稿済み)

「はーっ、久しぶりにいい運動になったぜ~」


 コキ、コキッと首を鳴らしながら、『竜殺し(ドラゴンキラー)』こと福音の鎮魂歌エヴァンジェル・レクイエムがゆっくりとこっちに戻ってきた。

 その姿は全身、無数の竜族の赤々とした鮮血にまみれ、何故かその左手にはへし折ったらしい細い黒角を2本握り、何処から出したかそして何が入っているのか乳白色の大きな袋を肩に担いでいた。

 見た限り、少なくとも()()運動をしたようには見えない。断じて。


「お疲れさまですっつーか、そこまで疲れちゃいないでしょうけど一応活躍を(ねぎら)っておきます」

「いやはややっぱりばれちゃうか~。ご明察、別に疲れちゃいないけどって、そいえば誰さん?」


 エヴァは近くに来ると袋を手放し、袋はペチャリと生々しい音を立てて石畳に落ちる。袋自体は普通の革のようだが、中からは赤い液体が染み出してきている。

 何が入ってるって言うんだよ……。


「アプリコット=リュシケー、通りすがりの人外ですよ。ちょっとばかし天使の属性入ってますけどね」

「天使!? すげー!」


 目をきらきらさせて喜ぶ他者の血にまみれた少女。

 どう考えても誰もが違和感を覚える光景だ。あるいは恐怖か戸惑いか。どちらにしろ、とりあえず血だけでも落とせ。

 ――とそんなことを考えていると、たった今気づいたという(ふう)にエヴァが俺を見て、


「うおおぉぉぉっ、久しぶりじゃねえか!」


 何処かで聞いたような台詞を吐いて、手を差しのべてきた。

 これは握手か。やだなぁ、血まみれの握手なんて。しかもそれ竜族のだろ? ただでさえ体内の蓄積魔力が高いって言われてる竜族の、しかも目の前のコイツに殺されたばかりの血、なんか恨みとか入ってそうだ。

 人よりも崇高で達観した思考を持つと言われる竜族だが、だからこそ戦争だから仕方がない、なんて小さな理由で納得できる連中じゃなさそうだし。

 ニコニコと無邪気な笑顔のままでずっと手を差し出し続けるエヴァに根負けし、仕方なく手を差し出してやると、パシッと握ってエヘヘと嬉しそうな声を上げる。

 そして――――


「えっと、名前なんだっけ?」


 地味にショックなことを言い出した。ヘカテーは前にちゃんと教えてあるって言ってたんだが。


「俺は――」

「待って今思い出すからッ! えっと、ほら! カマボコ!」

「今のところお前から名前を賜った覚えはねぇよ!」

「いや……カツオブシ?」

「海産物の加工食品がそんなに好きか?」

「じゃあカツオブシムシ」

「地味に誰も知らなそうな選択ご苦労様ですが、お前の予想に反して俺は人類だよ」


 なんでこんな凄惨な光景を見ながら、お前のボケに突っ込まなきゃいけないんだ。思わずため息を()きそうになって、2人の前だったから何とか抑える。

 2人の、というかアプリコットのだが。どうやって弄られるかわかったもんじゃない。


「俺はア――」

「あ、思い出したってか今聞いた! アンタがアルヴァレーか~!」

「さりげなく間延びした感じになってた気もするけどお前に限ってはもうそれでいいや」

「で、どっかで会ったっけ?」

「お前もうちょっと黙ってようか!?」


 最後のはツッコミじゃなくて嘆願に変わっていた。

 それが聞き届けられたのか、あるいは役目を終えたからか、短髪はさーっと流れるように腰の辺りまで伸び、色も白銀に変わり、身長も少し縮んでヘカテーの姿に戻った。


「お疲れ」

「ありがとうございます、アルヴァレイさん。実感としては私何もしてないんですけどね」

「ここにいるってだけで変わるんだよ。ありがとな。アプリコットやチェリーもそうだけど、ヘカテーがいたから助かった」

「そ、そんなことないですよっ」


 顔を真っ赤にして照れるヘカテー。でも、事実だからな。

 ブラズヘルが竜族を味方につけるなんて、まったく情報はなかったらしいし。


「で、その袋は?」

「エヴァのことですから、その……たぶん竜の身体の一部かと」

「竜の一部? ……ってまさかそれ」

「これとか……『ニーズヘッグの角』です」


 手に持っていた黒い角を見せてくる。


屍咬竜(しこうりゅう)ニーズホグ。個体数は少ないですが、中型竜種の中では武器や防具の素材として性能が高いので、高価で取引されます」


 アプリコットからそんな説明が割り込んだ。

 聞くと、袋の中には角・牙・鱗・甲殻・翼・(トゲ)・尻尾など、色々高価なものだけを見繕(みつくろ)って入れてあるらしい。

 さすがに血の臭気に当てられて中を覗く気にはなれなかったが、竜の渓谷(ドラゴンバレー)に住んでいた頃、エヴァは仕事をした後にこうして生活資金を稼ぐために素材を剥ぎ取るのが習慣付いたらしい。

 お金がなくても生きていくのは簡単だが、お金があった方が色々便利だから、だそうだ。 


「ま、それはともかくアルヴァレイ=クリスティアース。助かるかどうかはまだわかりませんよ。勝負は終わる最後の最後まで何があるかわかりませんからねっつーか、ぶっちゃけさっきのあなたの台詞はフラグです。上はまだ交戦中みたいですしね」


 アプリコットが少し歩を進め、眩しそうに目を細めながら上空を見上げて呟く。


「で、アレは何なんだ?」


 翼もないのに砦の城壁より遥かに高い位置を自在に浮遊・高速移動しながら魔法のような光弾を放って、次々と竜族を撃ち落としていく巨大な黒の人形。あの中にはさっきの殺人幼女チェリーが入っていたはずだが、アプリコットやエヴァ、延いてはルシフェルや『夜のシャルル』のように、明らかに人として発揮してはいけない領域の戦闘能力で暴れ回っていた。

 高笑いすら聞こえてくる。


「チェリーさんの元の姿、みたいなもんですね。実際はかなり違うんですが、説明したところで間違いなく理解できないのでこんぐらいの感覚で。ま、ルーナ=ベルンヴァーユに擬人態と獣態のふたつの姿持ってるみたいなモンですよ。わかるように言うと、飛行能力を持った超威力の砲台ですね」

「無茶苦茶だな……」

「滅茶苦茶ですよね。ちょっとハッピーなトリガー入ってるみたいですし」


 残念ながらあなたもその無茶滅茶側です。

 心中でツッコミを入れつつ、ルーナとアリアの様子を見にいくかと崩れた外壁から砦の中に戻ろうとした時――――ドンッ!!!

 突然衝撃が走り、砦全体が大きく揺れた。


「ちゃー、ちょいメンドいことになったっぽいですよ、おふたりさん」

「どういうことだ?」

「つまりですね。1匹だけいる大型竜種がなんか怪しく外れてますよね~って話しましたよね。アレにチェリーさんが撃墜されました♪」


 くるりと俺たちの方に振り返り、にこりと笑って楽しそうにそう言ったアプリコットの背後に、黒い何かが落ちてきて激しい爆音と共に飛散した。


「お? もしか粉々?」


 振り返って砦の外に散らばった残骸を眺めたアプリコットは特別焦る様子も見せず、外の広場にゆっくり歩み出た――


「そんなことはありえないと未だわかっていないのですか~?」


 ――ところで直径30センチほどの風船のようなものに掴まったチェリーがふわふわと降りてきて、アプリコットに向かって大鎌を振り下ろす。


「スプラッタ注意ですよ?」


 などと言いながら、紙一重でその鎌の刃を避けたアプリコットはまだ地面に着かないチェリーの足を掴んで、地面に叩きつける。

 ホント、この2人の触れ合い方って何かおかしいよな。何処がとは言わないけど。言いたくもない。


 ずぅぅぅぅんっ…………。

 頭上から再び、衝撃が響いてきた。


「んで、どうしたんですかっつーか早く早く報告義務~」

「見た方が早いと思われるのです~? と言いますか~」


 ギュンッ!

 チェリーの大鎌が霞んだ。


「「……ッ!?」」


 気がつくと、俺とヘカテーは無抵抗でその長柄の薙ぎ払いを受け、砦の前の広場に投げ出されていた。


(いた)た……」


 そして顔を上げてぎょっとした。

 目の前の建物、ローア城砦の上に巨大な竜が鎮座していた。

 ティーアで見た鏃尾竜(リンドヴルム)やそこらに転がっている他の竜とは形状が大きく異なる。

 今回ローアに攻めてきたのはほとんどが翼と腕が一体化したような姿のいわゆる翼竜(ワイバーン)という奴だったが、目の前の竜はまるで巨大な蛇のようだった。

 頭の高さは7、8メートルといったところの身体の大きさに比べて、2対4本の手足は極端に小さく、1対の翼は極端に大きく頭の10メートル近く上にその翼爪が見える。

 かなりバランスの悪い形をしているはずなのだが、苔むしたような色の鱗や大きな(とび)色の瞳、そして蛇とは大きく違う身に纏ったオーラに対して、美しいという感想を抱いている自分がいた。


「どうして……」


 隣のヘカテーが呟く。


「どうしてあなたがここに……」


 大きく見開かれた目は、その明らかに異質なその竜に向けられていた。

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