(19)『人型搭乗操作式機動兵器』(改稿済み)
砦全体が大きく揺れる。何かが崩れるような音が唸るように響き、それと共に重なり合った地響きが足元から伝わってくる。まるで地震のような感覚だった。
そして熱気と共に、噎せるような臭いが漂ってくる。
スンスンと、最初からわかっていることをわざわざ確かめるような顔で鼻を鳴らしたアプリコットは、外の轟音や震動すらまるで気にしないような笑みを浮かべて、くくっと笑った。
「まさしく人が焼ける匂いですね。おおかた火の力を持つ飛獣か、魔獣か。もしくは――」
――化け物か、とアプリコットはニコリと笑ってそう言った。まるで飛獣や魔獣では、化け物と形容するに値しないと言うように。
俺は視界の端に驚いた様子を見せながらも治療を続けるアリアの姿に感心しつつも、とりあえず無事だったことにホッとする。
「どうします? チェリーさん。これってボクたちが手ェ出していい感じですかね? ボク的には火は苦手なんで壊される前に殺したいですが」
「私様的にはどうせ怒られるの黒乃ですし~。この私様がいることに気づいている分際で退かないなど~、少しばかり分を弁えろと苛立ちを覚えてしまうのですよ~」
チェリーは口元を歪め、ふふふふふ……と嘲るような笑みを浮かべた。
「そんじゃ、ルーナ=ベルンヴァーユとアルヴァレイ=クリスティアースは下がってて下さい。放っとけばチェリーさんが片付けてくれますから」
「私様に全て押し付ける気なのですか~?」
「だから火は苦手だって言ってんじゃないですか、少しくらい人の話聞いてくださいよ」
「お前が人か~?」
「人のこともとい人外のこと言えますか、チェリーさんも」
「だから鈴音様と呼べと言っている~」
「まったく落ち着いてりゃそれなりにカッコいいんですけどね、この腐れ殺人鬼。っつーか早く行ってくださいよ、主戦力」
持ち上げながら貶し蔑みながら褒める謎の台詞と共に、アプリコットは突然チェリーの背中を蹴り飛ばした。まるで無抵抗に吹っ飛ばされたチェリーはドンッと近くの石壁を突き破り、瓦礫と一緒に砦の外の通路に転がった。その途端、外から響いていた破壊の声音が大きくなる。
舞い散った粉塵に光が反射し、外の様子がよく見えない。
「さて、と。ヘカテー=ユ・レヴァンスはどうしますか? まぁ、ぶっちゃけルーナ=ベルンヴァーユとアルヴァレイ=クリスティアースに人外相手は無理だと思うんですが。外で大暴れしてんの、十中八九竜族の端くれですし」
『竜族』と聞いた瞬間、ルーナの肩がビクンッと跳ねた。見ると今にも泣きそうな顔でヘカテーの後ろにささっと隠れている。このまま1人で置いていくのは厳しそうだ。
竜族となると、竜殺しの能力を持つというヘカテーの――というかエヴァの力は使えるはずだ。
ルーナはいざという逃げ足としてアリアの傍に待機させておくべきか。
壁に開いた穴に向かって歩きながら準備運動のようにぐるぐると腕を回したアプリコットは、外に出る数歩手前でくるりと振り返った。
「んじゃ、あとでごちゃごちゃ言われるのも面倒なんでとっとこ片付けてきますね」
爽やかな笑顔と共に外に飛び出していくアプリコットの背に、何とも言えない危なっかしさと嫌な予感を覚えつつ、鉤爪は下手すると危険かと考え短剣だけを引き抜く。
「え? アルヴァレイさん、来るんですか?」
「泣くぞ?」
「え゛……そんな目で見られても……」
困って助けを求めるように辺りをきょろきょろと見回すヘカテー。
泣いていいかな、割と本気で。人目もはばからず大声で泣いていいかな? いや実際には体面もあるし泣かないけどさ。
「ア、アルヴァレイさん、私の膝でですか……? それとも腕の中? ま、まさか……もしかして胸の中……?」
ぎゅっと目をつぶり、どうぞっ! とばかりに両手を広げて待ちの姿勢に入るヘカテー。
「誰が泣くか! わかっててからかうな!」
「あ、からかってるのはわかるんですね。これもわからなかったら私ちょっと自信なくすところでした」
そして何処となく、本気で残念がっている様子のヘカテーを残して、俺も砦の外に出る。
右手にはさっき引き抜いた短剣。いつも数々の戦場を共に駆け抜けてきた――というほど、これまで特別役に立った相棒ではないけれど、俺と同じく発展途上にある武器だ。
しかし――――そんな物は役に立たないということを数秒後に思い知った。
グォオオオオオオオオオオッ! ヴォアァグヴォォォォォォォォォッ!!!
幾重に重なる無数の咆哮が、空気をびりびりと震え上がらせる。
圧倒的な威圧感。なるほど確かに、ルーナでなくてもこれは無理だ。本能的に、コレは無理だと、頭の中に危険信号が響き渡る。
一頭や二頭ならティーアで空気だけは経験しているものの、俺の目の前には、もう数えるのも躊躇うほどの成竜が視界を覆い尽くしていた。
地上を闊歩する竜。
上空を旋回する竜。
滞空したまま竜息撃を吐く竜。
驚くほど統制の取れた動きで砦全体を囲み、無類の存在感を以って場を支配していた。
我ながら、さっきまでの俺は甘く見ていたかもしれない。いや、していた。
こんなもん勝てるわけがない。
「これだけの竜がどうしてブラズヘルなんかに――」
ふと気がつくと、外で待機・警護していたはずの兵士たちはすでに誰一人動く様子はなかった。
「うッ……」
胃が絞り上げられるような感覚に思わず前屈みになり、こみ上げる吐き気を必死で抑える。
酷い、あまりにも凄惨な光景だった。
外に残っていた兵士たちは、無数の竜のブレスによって全員焼かれていた。
面影も残さず、ただ赤黒いだけの何かに――――変わり果てていた。
戦闘区域及び掃討対象確認完了。個体数計測――エラー確認。
……ちッ。
「アプリコット~、個体数計測は任せたのです~」
「いい加減広域レーダーのお手入れぐらい済ませといてくださいよ、ポンコツ」
「そこまで自虐に入る必要はないのですよ~?」
「チェリーさんのことに決まってるじゃないですか」
チュイーン、ガシャンッ、バスンッ!
自身内部の高次元兵器格納庫の中の複関節機械腕を背部武装展開用エジェクターから外部に引き出し、展開前にその先端に着装しておいた大口径マグナム自動拳銃“DESERTEAGLE”を隣で高精密レーダーを展開するアプリコットの頭に向けて発砲した。
何の躊躇いもなく。躊躇う理由がない。
今使用したデザートイーグルの使用する50口径マグナム弾に限らず、アプリコット=リュシケーという私の同僚はあらゆる物理攻撃をすべからく無効化するからだ。
見かけ上は頭が吹き飛んでいるように見えるが、ノーダメージ。
現に私の隣では、1秒足らずの内に元の姿に再生したアプリコットは私に向かって悪態をつきながら嬉々として個体数計測の作業に戻っている。
「はいはい、出ましたよ、チェリーさん。周辺空域内に109体の中型竜と1体の大型竜種を確認しました。殆どが有翼蛇竜と翼肢竜ですね。中型は大したことないですが、この大型竜だけちょっと桁違いですね。マトモな竜とは考えにくいです。勘ですが」
「Tanks~」
「h抜かないで下さい、意味変わりますから」
戦車ですか、などと悪態をつくアプリコットの話など無視して戦況情報把握完了。
彼我戦力比較終了、現在最も適した兵装を検索しています――――――――――検索完了。
「特殊兵装起動展開、“山桜桃”」
「うっわ、大人気ねぇですね、正気ですか?」
「同じ字で大人気の方なのです~」
大きさの問題で身体の武装展開用エジェクターから引き出せないため、次元間移送コンテナで輸送。直接空間中に実体化させる。
人型搭乗操作式機動兵器“山桜桃”。
私好みの黒色特殊外装に覆われたそれの搭乗用ハッチの昇降補助に手をかけ、軽く跳躍してその中に身体を滑り込ませると、途端に搭乗者を感知した“山桜桃”が起動開始した。
そしてシートが数センチ後方にスライドし、同時にハッチが自動的に閉まり始める。
「えっと――」
シート右横のパネルをぽちぽち操作し、コックピット前面に220度広角主観モニターに外部映像を表示する。
「基本制御機構確認。三次元複合レーダー起動、目標自動捕捉。モード確認『目標掃討』。兵装確認――――」
右腕“RGブレードライフルJACKAL”
左腕“デュアルハイレーザーライフルLINDWRUM”
右肩“四連高機動ミサイルランチャーSEIRENE”
左肩“グレネードキャノンGREMLIN2”
両腿“βパルスライフルHOUND”
「現行使用。通常動作確認――――」
目の前に並んだ左右2本の操縦桿に触れて軽く動かすが、馬鹿馬鹿しいと即座にテストを終える。
「――動作良好」
私の中に格納されているものは、私かあるいはアプリコットが整備調整しているものばかり。
特に繊細なハード管理を要求される特殊兵装に関しては手は抜いていない。特別遺失物取扱課のバックアップ担当の整備班は信用していなくても、アプリコットは信用できる。
故に動作不良は起こり得ない。
「人に向かって誤射はマジ勘弁してくださいね、チェリーさん」
ローカル通信回線からアプリコットのため息交じりの声が聞こえてくる。
「私を誰だと思っているのですか~?」
「チェリーさんはともかく“山桜桃”は最新鋭機ですから、そっちは信頼してます。ところでとっとと終わらせてくれませんかね? 今んトコ物理障壁も保ってますけど、いつ壊れるかわかりませんから」
「お前の絶対防御が抜かれたところを見たことがないのですが~?」
「翼開いてりゃ話は別ですけどね」
アプリコットの雑談に応じながら、腰背部の武装展開エジェクターから太いケーブルを無造作に引き出し、シートの左斜め後ろにあるプラグに差し込む。
今さらな話だが、私は人の姿をしているもののその正体は兵器格納庫。内部には熱核融合炉も積載しているため、身体を動かす電力にも“山桜桃”を動かす電力にもまったく困ることはない。
“山桜桃”は後背部のプラズマ推進器以外にも脚部・後背部の推進剤燃焼加速器を併用した混成動力ユニットをエンジンに採用しているから、電力さえあればいいというわけじゃないけど。
「準備はオーケイですよ~?」
アプリコットにそう報告しつつエンジン出力を上げていくと、特殊装甲板の隙間が徐々に濃いピンク色に染まり、さらに赤い色へと変化していく。
私はこの、黒と赤の色調が好きだ。見ると、気分が高揚する。
「期待はしませんが気を付けてくださいね、チェリーさん」
扱う感覚を取り戻すように右手のブレードライフルを左から右に斜めに振り下ろし、さらに左手のレーザーライフルを持ち上げて具合を確認すると、アプリコットの合図を待つため両腕を下げて待機姿勢に移る。
ちょうどその時、私の準備が終わるまで砦の全域を覆っていたアプリコットの固有術式機能、絶対防御物理障壁が明滅して――
「行け」
――消えた。
ドン……ッ!!!
ブースターを吹かし、急加速する。
高度上昇20……30……。
白刃が煌めく。風切音と共に振り抜いた、右手のブレードライフルが一番低い高度で滞空していたワイアームを横一文字に薙ぎ払う。
「……残り109」
空中で二つのパーツに分かれて落ちていくワイアームに一瞥くれると、さらに近い位置にいたワイバーンに向けて左手のデュアルハイレーザーライフルの狙いを引き絞った。
「くっく~、皮肉な名前なのです~」
引き金を引くと同時に放たれたLINDWRUMの名を持つ水平二連の極高出力レーザーが、ワイバーンと運悪くその向こうにいたワイアームを纏めて消し飛ばした。




