(17)『不審』(改稿済み)
「あのー。アプリコット……さん?」
場所も場合も憚らず、くるくるーっとその場で踊るように回るアプリコットに困惑しつつ、俺が代表して声をかける。代表してという割には、その実理由はヘカテーが思考会話で困ったように『どうします……?』と聞いてきたからなのだが。
「あぁ、ボクのことはアプリコットと呼び捨てでいいですよ? ぶっちゃけ普段ボクを“さん”付けするほどの常識人は周りにいませんし、ボク自身マトモな常識人とは言いがたいですしね。一応機界出身なので機人ではありますが、むしろ奇人で形容される時の方が多いですねっつってもボクのことなんかどうでもいいでしょうけど、ああじゃあコレはどうです? ボクの同僚には常識人はほぼいませんが、上司に鬼人がいるんですよ。おっと若干引かれ気味?」
1回口を開く度によく喋るなー……。
しかも自分の話したことを引き金に次々と際限なく話を広げていく癖でも持っているらしく、飄々とした語り口調が長々と続くためか、かなり耳に残ってしまっていた。
こんな個性、しばらく忘れられそうにない。
「じゃあアプリコット……、さっき久しぶりって言った?」
「あぁ、ハイ言いましたよ。あ、でもご安心を。ぶっちゃけそっちの感覚ではボクら初対面ですからっ」
親指立てて、いきなりしょうもないことネタばらししやがった……!?
じゃあ何で久しぶりなんだよ、と口走らなかっただけ自分を褒めてやりたい。
「それはアレですよ。出オチ期待の一発ネタってヤツです」
「お前はヘカテーかルシフェルか?」
人が何とか押し留めた台詞を心中から拾ってきやがって。
どんだけ器用なんだよ。いや、器用とかそんな次元の話ではないわけだが。
「あんな性格破綻者と一緒にしないで下さいよ、酷いですね♪」
「ルシフェルを知ってるんですか……?」
ルシフェルの名前にヘカテーが反応した。
少し怯えるような、それでいて怒るような複雑な面持ちでアプリコットを見つめる。
「んー、まぁそうですね。本人はボクのことは知らないと思いますけど、あなたたちってこの業界では結構有名なんですよ? アルヴァレイ=クリスティアース、ヘカテー=ユ・レヴァンス、ルーナ=ベルンヴァーユ。私は職業柄、性質柄、既に記憶に入力済みです。あっ♪ あっちにいるのはアルヴァレイの妹のヴィルアリア=クリスティアースですよね。あはは、やっぱ写真通りだ、一生懸命で甲斐甲斐しくて可愛いですねぇ」
ほのぼのと呟いて何を納得したのかうんうんと頷いてみせるアプリコット。
そこでようやく不審感を覚えた。むしろさっきの時点から初対面の皆のことを知りすぎてる。
「いやいや、あまり警戒する必要はないですよ。ボクが君たちのことを知ってるのは当たり前なんですから。衣笠紙縒特別遺失物取扱審査特例管理官のことは知ってるんですよね? ボクは紙縒とは別種の同類なんですっつってもどうせわかんないでしょうけど。まー、この時代でも“ラクスレルの人形師”ヘカテー=ユ・レヴァンス。“準不老不死の旧理保持者”ルーナ=ベルンヴァーユ。“真理”アルヴァレイ=クリスティアース。 ってあれ……? この時期はまだ薬師寺丸薬袋はいないんですね。彼女も旧理に失理で竜乙女だなんて、かなり特殊な存在ですからね。っと……あはは、呆気にとられてる顔を見るのは大概好きですけど、あなたたちのは格別ですね。まあ、データベース化されてるってことですよ。理解して貰うつもりはない上にむしろ理解してもらっては困りますけど、万が一理解しちゃった人は正直に言ってくださいね」
ニコリと笑って見せるアプリコット。
俺は案の定理解できていなかった。というより、あまりにも唐突な上に長々と早口だったため話についていけず、話の後半は耳に入ってすらいなかった。
「ルシフェルのことだけじゃない。なんで旧理のことまで知ってるの……?」
ヘカテーはルーナをかばうように前に出ながら、強い口調でそう言った。
こんな時に何だが結構面倒見のいい奴なのかもしれない。ルーナはそんなヘカテーの行動に目を輝かせたが、アプリコットはそれを面白がるような表情になった。
「さすがルーラー同士、仲が良さげですねぇ。ま、本当にボクのことは警戒しなくてもいいですよ。今、とある事情で衣笠紙縒管理官、略して『こよりん』を探してるんですよね。本当はもう1人ボロ雑巾と区別つかないくらいボロ雑巾然としたのがいるんですけどね。ここに来た途端ウザったいぐらいテンション上がっちゃって、そのまま銃器抱えてどっかいっちゃったんですよ。マジ危ないですよね」
ねぇっ、と謎の発言に対しての同意を求めてくるアプリコット。せめて判断材料をよこせ。
「いくら戦争が始まったからってありえませんよね」
「あぁ、そういうことか。確かにこんな戦争中に1人で出歩くのは危険だな。俺たちもこれから人探しだから、ついでにそっちも探してやるよ」
「いやいや、ナニ言ってんですか。危ねぇのはゴソゴソとゴキブリみたいに徘徊してるチェリーさんの方ですよ。あ、その雑巾の名前はチェリー=ブライトバーク=鈴音っつーんですけどね。人を解体するのが趣味ですから」
驚くほど自然な口調でしれっとそんな応答が帰ってきた。
静かに――――1拍2拍と深呼吸。
「いやいやいやいやっ!!!?」
人を解体するのが趣味って危ないとか言ってられる次元じゃないよ!? つかそんな奴がこんな場所にいるのかよ! 本能とは無関係な分、アルペガよりも性質悪いじゃねえか!
ダメだ、ルシフェル辺りと関わってる時点で手遅れかもしれないが、そんな危ない人間と関わりたくない。無関係でいさえすれば、少なくとも俺と俺の周囲の人間くらいは安全だからな。
「別の意味で早く探すぞ、ソイツ!」
どうもこうも俺はお人好しらしい。さすがにそろそろ俺も自覚してきたところではあったが。
「ちなみに使うのは大きな鎌だから安心してくださいね♪」
「何拠が安心なんだよ」
「いやいや、こう言っとかないとバレた時にバラバラにされるんですよねー…………身体」
「死ぬぞ!?」
いやはやどうして。初対面の奴とこんなに打ち解けているのかはまったくわからない。
だけどまぁ……シャルルの時にも使った理屈で言えば、ボケとツッコミを交わしたらそれはもう友達なのだ。
――――地味に面倒な理屈だったみたいだ。別に適当に言っていたつもりはないけれど。
「いやいや、ボクの場合は壊れるですけど、ボクの場合は壊れないんですよね、これが。ふっふー、これでも最新型なのです♪」
「何の話だよ……」
さっぱりわからない。壊す壊さないってのはルシフェルが好んでよく使う言葉だが、どうも違う意味で使っている気がする。
「あなたの知らない話ですよ、アルヴァレイ=クリスティアース。あと、ちょこっと気になるんですけど、さっきから頭の中でノイズが激しいのはヘカテー=ユ・レヴァンスの仕業ですかね? どうあがいてもボクの心は見れないよ。ボクはいわゆる特例種。あなたの能力の範囲外ですから♪」
ニコリと笑うアプリコット。
これ以上周りに人外を増やしたくないので冗談だと受け取っておこう。そして何となくヘカテーの機嫌が悪いような気がするが、気のせいだと思っておこう。
「アルヴァレイさん……? やけに親しげですけど、ホントに初対面なんですよね? 幼なじみとか昔付き合ってたって訳じゃないんですよね? 今さらそんなヒトが出てきたら私……」
殺気を撒き散らしながら微笑みを浮かべられるヘカテーさんにルシフェルと同じものを感じます、なんて思っていても口に出すと酷い目に遭いそうなので黙っておこう、なんて思っていてもヘカテーに対しては全く意味がなかったと気づいて心中土下座と言うものを試してみます。
「アルヴァレイさん……」
すっごく残念なものを見る目つきでため息を吐かれた!?
「あ、あながち間違いでも……」
「もう知りませんっ」
ぐぐぐっと視線を逸らしつつそう呟くと、ヘカテーは唇を尖らせてそっぽを向き、運悪く視界に入ってしまったらしいルーナのほっぺたを摘まんだり揉んだりして遊び始めた。
やめなさい。
「っとリィラさんを探さないと……。鬼塚はもう死にそうにないからいいけど、リィラさんは一応かろうじてギリギリ人類の範疇だと言えなくもないから、そんな殺人狂がウロチョロしてるんなら早く合流しておくべきだな」
「いやいや、ウロチョロじゃなくてガサゴソなのさ。あれ……? ゴソゴソだっけ? ねぇ、ゴキブリってどっち?」
「いや、そんなことを聞かれても知らないし、そんな音なんて個人の感覚に依るだ――――」
ヒュンッ……!
「――ろ……?」
突然、鋭く微かな風切音が聞こえた気がして、思わず首を傾げる。
何となく目視で周囲を確認し、異常が見られなかったから視線をアプリコットに戻すと……ん? アプリコットの後ろに誰かいる……?
その時、ずる……と微かに嫌な音がした。
次の瞬間、首を傾げるアプリコットの頬に、スーッと切り傷が入った。
「お、おい。アプリコット、お前……」
「アルヴァレイさん!」
背後から聞こえたヘカテーの叫び声と共にぐんッと強く後ろ襟を引っ張られ、バランスを崩して、ヘカテーを巻き込んで転んでしまった。
「何だよ、ヘカ……」
――――ぶしゅあああぁぁぁぁ!!!
尻餅をついたまま、ヘカテーの方に振り返ろうとした途端、何かの噴出音と共に顔に思いっきり何かがかかった。生暖かく、少し鉄臭い……ッ!?
目を剥いた。
さっきまで話していたアプリコットの身体に無数の線が走り、その間から血柱が噴き出す。そしてアプリコットの上半身は次々と形を失い、拳大の多数の肉片になって城砦の石造りの床に落ちた。
ぐらりと揺れたアプリコットの下半身は、べちゃっと生々しい音を立ててその血溜まりに沈む。
「――――誰がゴキブリですか~? 誰が~」
周囲から巻き起こる阿鼻叫喚を涼しげな顔で無視しながらその血溜まりの中に躊躇なく足を踏み入れてきた人物は、身に余る大きさの黒刃の大鎌を携えた幼い少女の姿をしていた。




