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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第4章『ヴァニパル戦線』
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(16)『アプリコット=リュシケー』(改稿済み)

「な、何があったの……?」


 アリアがルーナの背中からストンと降り、目の前の光景に呆けた様子で呟く。

 俺たちがローア城砦に着いた時、既に砦は敵の襲撃の受けた直後という悲惨な有り様だった。

 砦のあちこちから黒煙が上がり、屋根や物見の塔、通用門に通じる入り口付近は激しく崩壊し、瓦礫が積み上がっていた。

 見る限り、第一波を何とか退けたところのようで敵の姿は無いが、至る所で負傷した兵士たちの呻き声が耳に絶えない。


「あ、わ、私……手当てしてくるっ!」


 慌ててそう言ったアリアは纏められた荷物の中から婆さん(ヴェスティア)から借りてきたらしい医務カバンを引っ張り出し、手近な負傷者に駆け寄っていく。

 特殊な魔法がかけられたあのカバンは、どんな 仕組みか医薬品や治療のための器具、治癒魔法の媒体などこと医療に関係するものをほぼ無尽蔵に呑み込み、さりげなくその薬効を高める効果を持つ。

 ちなみにクリスティアース家に伝わる、家宝のひとつでもある。

医薬学院首席のアリアは、経験こそ少ないが手当てを始めとする治療術から、植物などの薬効を用いる薬術、魔法により自然治癒を促す治癒術とあらゆる医術に高い才能を発揮している。

 おそらく衛生兵として召集されたのはアリアだけではないはずだから、夜にはほとんどの負傷兵が戦線復帰できるだろう。


「俺たちはリィラさんと鬼塚を探そう。あの2人のことだからたぶん無事だとは思うけど、一応念のために」


 後でそれで難癖付けられても嫌だし。

 ちなみにリィラさんはたまにそんなことを愚痴ってくる人である。主に機嫌の悪い時に酒を呑んだ場合だが。

 俺の言葉にルーナと同じタイミングでこくりと黙ってうなずいたヘカテーは入ってきた入り口の方を指差し、


「私は外を探しますから、アルヴァレイさんとルーナは砦の中をお願いします」


 俺は、そう言って外に出ようとしたヘカテーの肩を掴んで引き留める。


「外は俺がやるよ。外の方が危ないだろうし、ヘカテーやルーナは女の子だから怪我させるわけにはいかない」


 少しいいところを見せようとした俺の目の前で、ルーナはぶんぶんと勢いよく首を横に振って何やら目で訴えてきた。


「……えっと?」

「わ、私がやります……私は死ねませんから、その分安全です……」


 理由と結論が論理破綻を起こしているルーナの発言に、幼子をたしなめるようにルーナの頭を軽く小突いたヘカテーは目を閉じて静かに首を振る。


「それは安全とは言わないですっ。その代わりルーナちゃんは戦えないですから、やっぱり一番戦える私がやるべきです」


 何故か少し誇らしげに胸を張るヘカテーの目の前で、俺は鉤爪と短剣の入った革袋を掲げて少し揺すって見せる。


「俺はこの武器があるけど、2人はないだろ。ここは武器がある俺が……」


 ぺちんぺちん。

 耳に入った音のする方に視線を遣ると、ルーナが自分の脚を叩いて口をへの字にしてアピールしてくる。


「私、脚速いです。いざとなったら逃げらる……らるれますっ」


 『ルーナには今度ちゃんとした言葉の勉強させるべきか』という脳内会議は強制的に終わらせるとして、ともかく2人とも互いに譲る気はないらしい。

 まさかこんな議論をいつまでも続けるわけにもいかず、一瞬妥協が頭を過る。

 彼女たちの案に折れるか、あるいは行動を共にするか。いや、別に遊びで来ているわけではないし、子供でもないのだからずっと一緒にいられるとは限らない。

 上からの命令次第では男の俺だけが単独行動になる可能性も高い。

 それなら今の内に単独行動に慣れておく、というより経験しておくのは得策だな。


「あの……アルヴァレイさん」


 二人は確かにそれぞれ突出した能力、ヘカテーなら驚異的な身体能力と魔法、ルーナなら亜音速級の俊足などを持っているが、さすがに頼りすぎるのは何かダメになる気がする。間違いなく。


「アルヴァレイさん、私たち、ここの指揮系統には入ってませんからっ」

「え?」

「私たちは正式な召集を受けたわけじゃありませんから。どの国にも住民登録はしてませんし……私の場合は1000年前の登録帳が今も生きていれば話は別ですけどね」


 最後の方になるほどボソボソと聞き取りづらくなる。


「だからずっと……その、ずっとアルヴァレイさんのそばにいます。私が守ってあげないと、アルヴァレイさんはすぐにやられちゃうと思いますから」


 こくこくと隣で頷いて同意しているルーナの頬をつまんで軽く引っ張る。


「ふぇ……あうあえいふぁん……」


 何故怒られているのかがわからないのだろう。戸惑いを浮かべたまま涙目で訴えてきた。

 少なくとも機動力専門で戦いにならないルーナにすぐにやられるとか言われたくないんだよ、などと思いながらそのもちもちとした頬から指を放し、余韻に浸ってみる。


「アルヴァレイさん、子供ですか……?」


 ハッと気がつくと背後からヘカテーのジト目が俺を射抜いていた。見なくてもわかる。そういう空気が漂っているのだ。

 その時だった。

 急に視線を感じた。


「どうかしたんですか、アルヴァレイさん」


 そう言った途端、俺の思考を読み取ったのか、ヘカテーは急に真剣な目で辺りを見回し始める――――が、すぐに不思議そうな顔で首を傾げた。


「なんか感じたか?」

「あ、えっと……はい。でもなんか……変な視線でしたね」

「変?」


 ルーナもきょとんとしている。


「私たちを見ていることをわざと知らせるための……いえ、まるで強制的に感じさせられた視線……みたいな感じでしょうか? ルシフェルも妙な力を感じたって……」

「ふむふむ、つまり意識的に捉えられる感覚が第一世界(ファースト)の常識に沿っているルシフェル=スティルロッテには、その監視者の力の正体までは形容できないわけですね」

「「「……ッ!!!?」」」


 突然、俺たちが立っているそのちょうど中心から、にょきっと人が生えてきた。

 いや、おそらく俺にもヘカテーにもルーナにも気づかれないようにしゃがんだまま中央に移動し、いきなり立ち上がったのだろうが――――


 そんなこと不可能っ……だろッ!?


「はいは~い。久しぶりですね、お三方」


 立ち上がってそう言ったのは綺麗な茶髪に赤い目を持つ少女だった。

 歳は俺よりもひとつふたつ下に見える。素直そうで利発そうで、どちらかというとルーナに似た雰囲気を纏っている。しかしその表情にルーナのような子供っぽさはない。

 どことなく模造品を見る時の違和感のような感覚を受ける、というのが第一印象だった。


「いや、誰……?」

「あぁ、申し遅れました。というか初対面ですけどね。ボクの名前はアプリコット=リュシケーつってフルネームを嬉々として口走るほど名前を気に入っちゃいないけど」


 そう言ってウィンクすると、アプリコットと名乗った少女は弾けるような笑顔になった。

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