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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
8/121

(6)『戦技歴3年』(改稿済み)

 薬局裏路地――。

 母さんの鶴の一声(?)で、シャルルに俺の戦技を見せることになってしまったんだが――


(逃げ出したい……)


 ――()()()()はなんだろう。


「おい、シャルル」

「どうかしましたか、アルヴァレイさん」


 シャルルは少し笑みを(たた)え、わずかに首を傾げて促すような視線を送ってくる。


「その……確か『戦技を見せる』って話だったよな?」

「はい、いつでもいいですよ」


 俺と共に裏通りに出てきたシャルルは、なぜか俺と対峙するような位置に立ち、見たこともない構えをとっていた。

 要するに、鍛練をただ見ているだけ、ではなく――。


「戦技を見せて貰うならこうするのが一番ですから」


 ――だそうだ。

 つまり、戦技訓練試合の相手をする、と言っているのだ。

 何処か上から目線で。


「いや、でも俺の戦技は武器使うし……」

「当たり前です。無手試合以外で武器を使わない戦技なんてありません」


 正論で言い返すこともできない。


「どんな武器でも使っていいですよ」

「シャルルが武器持ってないだろ。俺だけなんて使えないって」

「私は元々無手流派の戦技なんです。それに護身術ならちょっとだけ自信ありますから大丈夫ですよ」


 それ以前にシャルルみたいな女の子と戦うわけにはいかないと思うが。

 いくら自信があるとは言ってもシャルルはおそらく俺より年下だし、俺は始めて七年になる。子供の頃からやっていたとしても、技術にそれほどの差はないだろう。そうなれば後は身体能力の問題だ。

 となると、一応聞いておいた方がいいだろうな。


「シャルルは戦技を始めてどれぐらい?」

「さんびゃ――三年くらいです」


 俺の半分以下なのに自信満々に堂々と言い放った。

 三年なんて戦技歴で言えば初心者もいいところ――――それなのに野試合に誘うなんて、もしかしてシャルルって好戦家なのか?

 トロそうに見えるのに。


「アルヴァレイさん?」


 気がつくといつのまにか間合い――もとい至近距離に近づいていたシャルルが心配そうな顔で俺を見上げていた。

 確かに誰かもしくは何かと戦って、実力を試したいと思ってはいたけれど、なんでよりによって年下の女の子なんだよ。

 確かに妹の友達――つまり年下の女の子と戦ったこともあるけど、彼女(あれ)は俺より強いから完全に別モノだし。


「私とじゃ……ダメですか?」


 シャルルは涙ぐみながら、弱々しい調子でそう言った。

 そこまで野試合がしたいのかよ。


「わかったわかった……。だけど武器は使わないからな。怪我なんかさせたら大変だろ」

「使ってください」

「……は?」


 シャルルは、訳のわからない発言に混乱していた俺は、手に持っていた革袋――短剣と鉤爪の入ったそれを指さした。


「それ、武器なんですよね。大丈夫ですから、使ってください」

「いやそんなこと言われても――」

「使ってください」


 シャルルがいっそう強い口調で同じ文末を繰り返す。もう何を言っても揺るぎそうにない――――どうあっても自分からは退かず、俺に武器を使わせるつもりのようだった。

 意外と頑固なんだな、シャルルは。


「はぁ……」


 ため息ひとつ。

 俺は袋を開けると、中に手を突っ込んで無造作に短剣と鉤爪を取り出す。


「それ……爪、ですか?」


 驚いたような顔で、シャルルが静かに呟いた。ご近所さんや親以外に見せたのは初めてだから、結構期待通りの反応に思わず口元が緩む。

 してやったりって感じだ。

 でももう子供じゃないし、わざわざ見せびらかしたりはしない。

 シャルルに頷いてみせると、無言で左手に鉤爪を装着する。細長い棒を握り込んだ拳の手の甲に付属のベルトで固定するのだ。

 そして、短剣を鞘から抜いた。


「アルヴァレイさんからどうぞ」


 どっちから先に動けば怪我がないように動けるかと真剣に考えていた俺はシャルルのその言葉に逡巡(しゅんじゅん)迷い、


「シャルルから来て」


 女性優先というつもりではなく、ただ単に経験が4年ぐらい違う俺の方が反応が速く、加えて上手く攻撃を捌けるんじゃないかと思っただけだった。

 いざとなれば、シャルルを傷つけないよう鉤爪を使わないように引いておくことも出来る。その自信もある。


「……わかりました」


 シャルルが再び見慣れない構えをとる。

 両手を身体の横に自然に垂らし、足はわずかに前後に開いただけで、一般的な戦技の型のように大きく開いてはいない。

 重心は低く、しかし攻めにはあまり向いてなさそうな構えだった。


「あ、そうでした。お願いします」


 突然シャルルが構えを解き、そして一礼した。大きく頭を下げる慣れない仕草もどこか子供っぽい。シャルルに(なら)って俺も頭を下げる。

 そして、頭を上げた時だった。


「もう始まってますよ、アルヴァレイさん」


 声は聞こえる――――それなのに、目の前からシャルルの姿はなくなっていた。まるで陽炎のように、かき消えて――。

 背中に小さくて柔らかな何かが触れた感触。途端に世界が反転した。


「――え?」


 ドスンッ。

 思ったよりも軽い音。しかしその衝撃は、思いの(ほか)強い。

 肺が潰れるかと思った――いや実際に、気がつくと肺から空気が全て押し出されていた。


(な……にが……ッ!?)


 叩きつけられた背中の激痛が、じわじわとぼやけて薄れてくる。


「嘘、だろ……ッ」


 俺をひっくり返したっていうのか!? シャルルより身体の大きい俺を!? しかも一瞬で背後に回って!?


「大丈夫ですか? アルヴァレイさん」


 仰向けにひっくり返ったままの俺の顔を見下ろすように、シャルルが俺の頭の隣でしゃがみこんでいた。


「シャルルは……戦技を始めて……どれぐらい……だったっけ?」


 『……』の一回につき荒くなった息を整えようと息を吐きつつ、気づけばさっきと同じことを訊ねてしまっていた。


「あの、えっと、たぶんその――――二十年ぐらいですっ!」


 十七年分増えてんよ、シャルルさん。


「シャルル今何歳(いくつ)?」

「えっ!? えっとっ、あっ!」


 ガサゴソ。パッ。

 シャルルは突然、例の『恋人とその周りの人に好印象を与える日常会話八万選』を取り出して、目の前でパラパラと大急ぎでめくり始め、


「おっ、女の子に年を尋ねるのはよくないわー」


 違和感を通り越して、最初から何処か変わっているシャルルならむしろ普通か――というぐらいの棒読みだった。

 それでホントに好印象を与えられるとでも思ってんのかエセ商品め。自分で聞いておいてなんだけど、そんなもん常識みたいなものだろ。


「で、何歳?」

「はうぇあっ……じゅ、十六です?」


 どうして疑問形なんだよ。それとわずか十秒ちょっと前の言葉と明らかに矛盾してることに気付こう。

 十六年の人生で二十年分の鍛錬が出来るわけないだろ、常識的に。


「気を使わなくていいからさ。戦技始めてどれぐらい?」

「さんびゃ――三年くらいです」


 結局そうなのか。

 というか今のって本当に戦技なのか? シャルルは空間転移魔法(テュア・シュトラーセ)を使えるって言ってたし、もしかしたら戦技と言っておきながら魔法を使ったのかもしれない。

 というかそう信じたい。

 とはいえ、習得まで平均して十年以上かかると言われる結構高等な魔法で、一説では才能も関係しているらしい。そう考えるとこの年で使えるシャルルはその時点で天才の類なのかもしれないが。


「アルヴァレイさん……今、何か失礼なこと考えませんでしたか?」

「断じてッ――」


 ――考えていないとは言い切れない。


「ところでシャルル」


 ジトっとした目で見下ろしてくるシャルルに何気なく、それとなく話を切り出す。さっきから気にはなっていたことだが。


「なんですか、アルヴァレイさん」


 首を傾げるシャルルの無邪気な表情が眩しくて、俺は一言心の中で謝って、


「その、見えてる」

「みえてる?」


 俺の言葉を意味を斟酌するように繰り返し、その言葉の意図を探るように視線をあちこちにさ迷わせたシャルルは、最後に視線を下に向け――ボッ!

 俺の言葉の意味を完全に理解したのだろう。

 シャルルの桜白色だった顔が一瞬にして真っ赤に染まった。

 彼女は丈の長い外套の下に当然服を着ていたのだが、その身に着けていた腰巻きは黒色の魔女帽や外套とは別方向に丈が合っておらず――――つまり比較的短めだったのだ。

 元から短い上にしゃがんだりしたものだからさらにたくし上がり、言葉通り『見えてる場所』にいた俺の視界には真っ白な下着が――ゴスッ。


 ゴスッ?


「っ()ぇ!」


 羞恥が不運にもシャルルの理性と行動をスパンと切り離し、慌てた様子で立ち上がったシャルルの足が思いっきり俺の顔を踏みつけた。


「あ、わ、あわわっ、あわわわっ」


 気が動転しているのか、うまく言葉が出てこないようだ。


「ご、ごめんなさっ! な、なんで言ってくれないんですか!? い、痛かったですよね、み、見られちゃった、見られ……そのっ、ごめんなさい! アルヴァレイさんはひどいですっ!」

「落ち着け」


 蹴ったことを謝りたいのか、下着を見た俺を罵倒したいのか、どっちもごちゃ混ぜになってて訳がわからんことになってるぞ。

 今、自分でも何言ってるのかわかってないだろ、お前。

 ちなみに、立ち上がるとさらに全体像が見えてしまっていることにも気づけ。お前の足に踏みつけられたままの俺は顔を(そむ)けようにも(そむ)けられない。

 ホント困った。本心から。


「見られちゃった……もうお嫁に行けない……ううん、行くしかない」


 なまっちろい白い肌の足を俺の視界に晒しながらブツブツと何かを呟き続けるシャルル。

 その姿にわずかな心配と大いなる戦慄と心ばかりの疑問を(いだ)きつつ、俺は目を閉じて握っていた短剣を手放して、空いた右手の人差し指でシャルルの足首のあたりをトントンと叩く。


「シャルル、とりあえずどいてくれるかー?」


 目を閉じた真っ暗な視界の中で、シャルルの足から解放され、気配が少し遠ざかる。おそるおそる目を開けると、シャルルは少し離れたところに立っていた。

 そしてシャルルは、俺が身体を起こすのと同時に、


「あ、あのっ! 結婚してくださいっ!」


 なぜそうなる。

 シャルルの言葉の意味を二度考えて硬直した俺に、シャルルはすごい剣幕で畳み掛けてきた。


「見られちゃいましたから! 全部見られちゃいましたからっ! もうアルヴァレイさんのところしかお嫁に行けませんっ!」

「いつの時代の理論だよっ!」

「そんなに昔じゃないですっ! お年寄り扱いしないで下さい!」

「してねぇ!」

「じゃあ八百歳扱いしないで下さいっ」

「そんな人類いねぇっ!」


 ゴィンッ!


「っ()ぇッ!?」


 突然の後頭部の激痛に振り返ると、背後の地面にはガランガランと音を立てる――――片手鍋?

 そして視線を上げると、そこには母さんが立っていた。


「いきなり何――」

「うるさい」


 あまりの理不尽に文句のひとつもぶつけてやろうとした瞬間、端的な正論で遮られた。欠片も言い返せない。

 言い返せない?


「母さん、口で言えばいいのになんで投げたの……?」


 母さんはスタスタと片手鍋に歩み寄るとそれを拾い上げつつ、


「何の話をしてたかは知らないけど、熱くなってるみたいだったから」

「じゃあなんで俺だけなんだよ……」

「シャルルちゃんは可愛いじゃないの」


 なんて理不尽な。それでも親か。


「で、あなたはなんで地べたにへたり込んでるのよ。戦技を見せてあげるんじゃなかったの? シャルルちゃんに」


 い、言えない。シャルルに引き倒されたなんて、絶対に――。


「あの、それですけど……」


 話すのかよ、シャルル。


「わ、私が……その……ごめんなさい!」


 シャルルはなぜか顔を真っ赤にして母さんに頭を下げ、帽子から覗く短い金髪を(ひるがえ)して駆け出した。


「シャルル!?」


 シャルルがものすごい勢いで走り去った後、母さんと俺は目を見合わせ、互いに首を傾げた。


「アル、あなたシャルルちゃんにまた何かしたんじゃないでしょうね」

「またって何だよ」

強制猥褻(きょうわい)

「してねぇ!」


 ゴィンッ!


「アル、うるさい。ご近所の迷惑を考えなさいよ」


 声よりその凶器(片手鍋)の金属音の方が大きく鳴ってるのに!?


「店開けるわよ、手伝いなさい」

「……シャルルは?」

「あれは大丈夫よ。ただ恥ずかしがってるだけだから」


 そう言い残して、母さんはスタスタと店の中に入っていく。

 俺はシャルルが駆けていった裏通りの奥の方へ視線を向けると、


「ま、いっか」


 そういえば結局鍛練ができてないな。また後でやり直すか。

 それにしても、シャルルはなんであんな丈の長い外套を着込んでるんだろう。もう春なのに――――暑くはないのだろうか。

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