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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第4章『ヴァニパル戦線』
79/121

(15)『天恵級』(改稿済み)

 俺とヘカテーがヴィルアリア・ルーナを見つけたのは、エルフリード=メルチェを戦闘不能にして30分近く経った頃だった。


「あ、お兄ちゃんっ。ルーナちゃんが!」

「アリア、何があった……?」


 人型になったルーナがまるで何かから隠れるように木陰に(うずくま)り、頭を抱えてびくびくと震えていた。

 服は着ておらず、普段羽織っているローブを頭から被っていた。

 アリアは道端にしゃがみこんで、明らかに様子のおかしいルーナを(なだ)めるようにその頭を撫でている、という状況だ。


「わかんないの……。急にこんな風になっちゃって……」


 尋常じゃない震え方だった。

 何とか落ち着かせようと思っても変わらなかったからか、アリアまで涙目になっていた。聞くと、10分近くこんな様子だったらしい。ブラズヘルの追っ手を撒いた後だったのは幸運だったな。

 ベルンヴァーユの俊足を見れば、諦めたくもなるとは思うが。


「おい、ルーナっ。どうした?」


 声をかけつつ、丸くなった背中を擦るが、震えるばかりで反応がない。


「アルヴァレイさん。これ、たぶん……」

「ヘカテー、何か心当たりあるのか?」

「たぶん自分より上位の存在に遭遇しちゃったんじゃないかと思います」

「上位の存在……?」

「食物連鎖、みたいなものですね。自然界にはそういう(くらい)があるんですよ。動物は人類より本能の占めるところが大きいので、自分より上位の存在には過剰反応することもあります。特に基本的に食べられる側の草食動物によく表れるんですけど」


 何かを思い出そうとするような思案顔になったヘカテーはわずかに首を傾げ、


「確かベルンヴァーユは上から三つ目の“天恵級(しょう)二位”ですから、それより上位……たぶん“天恵級正一位”の存在、ということになりますね」

「アリア、何か見なかったか?」

「な、何か……? えっと……」


 困ったように言葉に詰まるアリア。ルーナに異常が起きた時、気が動転して周りを見ている余裕はなかったのだろう。あるいは容態を見ることに集中していたか。後者の方が有り得そうだ。


「アルヴァレイさん、ルーナちゃんをぎゅーってしてあげてください」

「え?」


 何をおっしゃるヘカテーさん。


「抱き締めて安心させてあげるんです」

「何で俺なんだよっ。ヘカテーとか……」

「いいえ、今はアルヴァレイさんしかダメなんです。こういう時、天敵から守ってくれるのはお母さんか男性(オス)だって、自然界では決まってるんですっ。私もヴィルアリアちゃんも……その、まだお母さんにはなったことないですから……」

「な、なるほど……?」


 ヘカテーの意見は一理ある。旧理だけに。…………別にうまくもないな。


「ルーナちゃんをこんなままで放っておくわけにもいきませんし、砦にも早く行かなきゃですから……お願いします」


 俺はヘカテーの勢いに呑まれる形で、思わずこくりと頷いた。

 そしてルーナの方に向き直る。


「ルーナ、顔を上げてくれ」


 俺がルーナの頭、いつになく垂れてしまって元気のない耳と耳の間に手を乗せて、そう声をかけると――バッ。

 顔を上げたルーナは『うぅー』と声を漏らしながら、涙で潤んだ目で俺を見上げてきた。思わず怯んでしまうほど可愛い。


「アルヴァレイさん……?」


 ヘカテーのジト目が横からグサグサと突き刺さる。さらにアリアに突然ちょんちょんと肩をつつかれて振り返ると、


『は・や・く』


 と口パクで伝えてきた。

 ルーナはそんな様子の俺たちにさらに不安感を刺激されたのか、


「ふぇぇ……」


 ついに泣き始めた。

 その顔を見た瞬間、俺は自然にルーナを抱き締めていた。彼女の頭を胸元に抱き寄せるように痛くないような力加減で、かつ安心できるようにしっかりと。

 その時、ルーナの身体の震えが止まった。直に触れているから、それがはっきりとわかる。ルーナの感情も。


「怖かったな……」


 ルーナの艶やかな黒髪を優しく撫で、語りかけるように呟く。ルーナは黙ってこくりと頷き、さらに身を寄せてきた。

 ベルンヴァーユは亜音速で走れる脚と、それに耐えうる魔力を宿した強靭な身体を持つ動物。しかしそれらの能力で突出したからには、ベルンヴァーユはかつて想像もつかない過酷な環境で弱者だったのだ。

 しかもベルンヴァーユが選んだのは、追いつかれない内に逃げ切るという進化。つまり勝てないという結論。

 彼女らの本能にそれが刻み込まれているのなら、天敵に覚える恐怖はどれほどのものか想像もできない。

 そして、ルーナが()()()()()()()()のかもわかった。


「お前は優しいな、ルーナ……」


 アリアを守ってくれていたのだ。

 確かに今の彼女ではブラズヘルの兵士にせよ天敵にせよ、仮に遭遇してしまったら戦って守ることはできなかっただろうが、置いて逃げようとはしなかった。

 自分よりも弱い、守るべき存在だと思っていたのかはわからないが、ルーナはアリアのために本能に逆らったのだ。

 ルーナが自分から身体を離したのは、それからまもなくのことだった。

 ようやく落ち着いたらしいルーナの頭を軽くポンポンと叩くと、嬉しそうに頬を染め、顔を俺の手に擦り付けてくる。

 この辺、動物だな。


「ルーナちゃん、私たちが追いつく前に何を見たのか言えますか?」


 いきなりのヘカテーの質問にきょとんとしたルーナは、すんすんと鼻を鳴らした。


「天恵級正一位……そうですね」


 ヘカテーは再び思案顔になると、突然フッと薄笑いを浮かべた。


「竜族――」


 ビクッ!


「――とか?」

「……みたいだな」


 ルーナは言葉を聞いただけでわずかに跳ね、ちょっと不安げな顔で俯いた。


「正一位だとかなり大型か危険な種ですけど…………この辺りにはそんな種が住めるような環境はないはずです」


 納得のいかない表情で空を仰いだヘカテーは、スッと目を閉じて耳の後ろに手を添えた。何かを聞いてるのか……?


『うちの姉妹には竜殺し(ドラゴンキラー)の能力を持ってるのがいるんだよ』

『っ!? びっくりした……。お前、ルシフェルか?』

『他の誰に見えるってのさ、アルヴァレイ=クリスティアース♪』

『見えるだけならヘカテーだよ。で、ドラゴンキラー……って何なんだ?』

『前に竜の渓谷(ドラゴンバレー)に住んでたことがあってね』


 かの“悪魔の山(トイフェルベルグ)”ティーア以上に立ち入り禁忌(タブー)なところに住んでたのかよ、コイツら。


『身の程を弁えない竜族の相手を魔法でしてやるのも面倒になって作ったのがエヴァと竜殺し(ドラゴンキラー)なんだよ。竜の討滅に特化させたエヴァの耳は、周囲200キロメートルの竜族を探知できる』


 と言うことは、今のヘカテーはヘカテーの姿をしてるけどヘカテーではなく中身はエヴァってことか。紛らわしいな。


『それにしてもルシフェルお前、なんか元気ないみたいだな』


 返答が来ない。


『ルシフェル?』


 やはり返答が来ない。無視するつもりらしいな。さっきヘカテーがルシフェルの機嫌が悪いとか何とか言っていたし、深くは考えないことにしておくか。


「ッ!? 中型竜族の群れがいます! 場所は向こ……う……」


 伸ばされたヘカテーの手がゆっくりと下がり、言葉が途切れ途切れになる。

 ヘカテーが指差していたのは――――道なりの進行方向。


「アルヴァレイさん、急ぎましょう」


 ローア城砦のある方角だった。


「ルーナ、いけるか!?」

「あ……ぅ……は、はいっ!」


 少し躊躇いつつも力強く頷いたルーナは――――ゾワッ。

 髪がざわざわと伸び、綺麗な白い肌からも黒い毛が生え始める。自然と四つん這いになったルーナは、みるみる内にベルンヴァーユの姿に変わっていく。

 そして、完全に元の姿に戻ったルーナは、くるるっと特徴的な鳴き声で嘶いた。


「乗れ、アリア!」

「アルヴァレイさんも乗ってください。こんな状況ですから、私が走ります」


 ヘカテーが白銀色の長い髪を後ろで括りながらそう言ってくる。


「いいのか?」


 自分の並外れた身体能力を見せたくないと言っていたことを思い出してそう訊くと、


「はい。頑張れば、ルーナちゃんの最高速の7割ぐらいの速さはいけると思います」

「……わかった。ルーナ、ヘカテーに合わせて走ってやってくれ」


 俺がそう言って地面に落ちた荷物を拾いつつアリアの後ろに飛び乗ると、ルーナは頷くように頭を下げ――――ガッガッ……。

 地面を確かめるように足を数回踏み鳴らした。

 そして――ガンッ!

 地面を強く蹴って走り出した。

 ルーナよりスタートが少し遅れたヘカテーもすぐに追い付いてきた。

 ダダカッ、ダダカッ、ダダカッ……。

 ルーナの速さは既に並の馬以上。それについてくるヘカテーも、今更ながらに凄まじいと思い知る。


「ヘカテー」

「何ですか?」


 まだ俺の呼び掛けに反応する余裕もあるらしい。息ひとつ乱れてもいないし。


「さっき、ベルンヴァーユは上から3番目って言ってたよな」

「はい、天恵級正二位です。その上が正一位で下が三位ですね」

「じゃあ一番上って何て言うんだ?」


 ヘカテーはフッと笑うと、まるでその質問が来ることがわかっていたかのように、事も無げに答えを返してきた。


「――――摂理級、です」

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