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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第4章『ヴァニパル戦線』
77/121

(13)『玩弄』(改稿済み)

 ヒュンヒュッ――。

 エルフリードの持つ短剣(ナイフ)が空気を斬り裂く音が連なる。しかしその刃が、ヘカテーの身体に宿るルシフェルに届くことはない。

 まるで最初からその攻撃の全てを読みきっているかのように、軽やかに鮮やかに(かわ)していく。それもわざわざ心を折るかのように、洗練されたエルフリードの動きを無駄ばかりの動きで。時折あからさまにくすくすと笑い、俺に向かって魅せるようなウィンクまで飛ばしてくる始末だ。

 ルシフェルのそんなふざけた態度に、エルフリードは表情に出てしまうほど、苛立ちと怒りを募らせている様子だった。そして殺意に翻弄されるにつれてその動きは鈍く輝きを失っていく。

 エルフリードは完全に、『見知らぬ敵(ルシフェル)』の術中に嵌まっている。

 そして本来なら気を抜けない遥かに高い次元の戦いを至近距離で見せられているにも関わらず、俺は頭の中でルシフェルと念話を交わしていた。


『何か気の利いた感想は?』

『お前、何やった……?』

『あはっ♪ ヤだな、そんな剣呑としちゃってさ~。“朽果つ剣は口の果てシュヴィークザーム・プラオダラー”、対象の理性と戦闘能力を相互作用させるだけの術式だよ。最近使ってなかったから、ちょっとうろ覚えだったけどね♪』

『お前、なんて無茶苦茶な魔法を……。しかも魔法陣(ルーント)もなしにかよ』

『私を誰だと思ってるのかな、アルヴァレイ=クリスティアース♪』


 最凶の魔法使いだと思ってます。

 当然だが、この遣り取りを知っているのはルシフェル・ヘカテーの主人格2人とその子人格11人、そしてその時々で指定した対象のみ。エルフリードにも聞こえていれば、無理にでも自分を抑えていただろう。

 現れた赤騎士は、俺とルシフェルに構わずエルフリードに向かって声を張り上げて何事か叫んでいる。


「エルフィ! 保証はないが、そいつはお前の仇じゃない!」

「保証がないなら黙っていろ、リクルガ! 貴様から斬り捨てるぞ!」


 リクルガ。

 そういえばそんな名前だったな、と納得する。鬼塚と同レベルの筋肉馬鹿――――ではなく馬鹿筋肉。どこぞの船の上で鬼塚と仲良く海に消えた敵将だ。


「その娘、中身はともかく前に見たことがある! おそらく『ティーアの悪霊』…………イビル=メビウスリングとは全く別モノの化け物だっ!」

「それなら私の過去を知っている理由が説明できないッ!」

「保証はないが、たぶん勘だ!」

「ムントッグランデエェェェ――ッ!」


 エルフリードが地面を殴り付けた途端、その手甲に魔法陣(ルーント)が浮かび上がり突如現れた地面の穴にリクルガの姿が吸い込まれるように落ちていった。


「エルフィィィィィ――ッ!」


 リクルガの声が穴の奥に消えていく。が、エルフリードはそちらに一瞥もくれず、目の前の敵に鋭い一撃を放つ。

 しかしルシフェルは後方に跳んでそれを(かわ)すと、堪えきれなくなったかのようにぷっと吹き出した。そしてケラケラと容赦も躊躇いもなく笑い始める。


「くッ……何がおかしいッ……!」

「くふふっ、ごめんね不真面目で♪ あ~ぁ、バレちゃった~。でも楽しかったでしょ? 楽しかったよね♪ そこの馬鹿の言う通り、私は『ティーアの悪霊』ルシフェル。気軽にルシフェル様って呼んでいいよ♪ 私は暇だったらお前をエルフィって呼ぶから」

「貴っ……様あぁぁぁぁぁッ!!!」


 エルフリードが吠えた。

 殺意と敵意を振り撒くように、周囲の空気を震わせる。そして、エルフリードの足が、わずかにピクリと動いた。


 ヒュッ……!

 風切り音が耳元で囁いた。


「動くな」

「……ッ!?」


 ヒューッと、ルシフェルの口笛が聞こえてくる。そして耳元には乱れた荒い息遣い。

 首筋には、冷たい刃が――。


「人質にされるのが好きだねぇ」

「黙れ」


 鬼気迫るエルフリードの声に、ルシフェルが薄ら笑いを浮かべて黙り込んだ。


「動けばコイツを殺す」

「元公爵家様が聞いて呆れる♪」

「黙れッ! ……はぁ……はぁ……」


 エルフリードの生暖かい荒い息が耳にかかり、足がブルッと微かに震えた。


「くふっ、私に人質なんて通用すると思う辺りが人間らしくて可笑しいよねぇ♪」

「化け物がわざわざ人と群れるぐらいだ。連れているコイツを見殺しには――」

「できる♪」


 言うと思った。


「私はソイツがどうなろうと知ったこっちゃないからね。ヘカテーが何も言わなきゃむしろ殺したいぐらい殺したい♪ ほら殺さば殺せよ、傭兵風情が。どうせなら殺さないでって泣いてあげようか? 何でもするからその人だけはって跪いてあげようか?」


 言葉とは裏腹の、まるでできるはずもないとでも言いたげな調子で笑い飛ばすルシフェルに、喉に突きつけられた短剣がプルプルと小刻みに震え出す。

 それを見たルシフェルは、スッと手のひらをエルフリードに向けた。


「動くな♪」


 途端、背中に感じていたエルフリードの身体が不自然に動いた。


「くッ……! 何をしたっ!」

「その女から離れてこっちにおいでよ」


 急にテンションの下がったルシフェルの声が低く静かに響く。この状況に早々と飽きてしまったようにも見えるが、もしかしたらあるいは――。


「一応、私の仲間なんだからさ。安全とまでは言わないけれど、そいつはもう――」


 ルシフェルの様子が、言葉が途切れたその一瞬を境に再び切り替わった。


「――無力だから♪」


 ルシフェルは弱い者でも強い者でも平等に見下し、弄び蹂躙する。特に理由も意味もなく、ただ自分が楽しむためだけに。

 俺はまるで無抵抗になったエルフリードの腕から抜けると、理性を踏み荒らすために執拗にくすくす笑うルシフェルにジト目を向けて非難しておく。

 エルフリードはまるで無数の見えない鎖に四方八方から拘束されているようだった。動けないわけではないようだが、あらゆる関節という関節の可動範囲が極端に限られているような状態だった。


「“相容れぬ暴論の正当性エーアリッヒ・リューグナー”。今お前を縛ってるのは私に対する敵意そのもの。私に服従でもしない限り、その拘束は解けないよ――――身の程知らずが」


 スーッとルシフェルの目が鋭くなり、凍てつくような視線がエルフリードを貫く。

 まるで貼り付けられたような、口角を釣り上げるだけの不自然な笑み。ヘカテーの姿をとってはいるが、瞳の色だけはルシフェルの赤い色に変化している。


 ゾクッ……。

 直接向けられているわけでもないのに、見るだけで背筋が震えた。


「あはっ♪ コイツ、どうしようか? 私は戦争なんかに興味はないけど、一応敵将の首は取っておくべきかなぁ」


 ルシフェルはゆっくりとエルフリードに歩み寄り、その首筋に右手を添える。しかしエルフリードは震えもせず、ただルシフェルを睨み付けていた。


「おい、ルシフェ――」

「冗談冗談、半分だけど♪ さてとそんな雑魚放っておいて早く先に行った2人に追いつかなきゃ。あの2人はアルヴァレイ、お前より弱いし。片方はただの生身だしね」


 あっさりと態度を翻してそう言いのけてみせたルシフェルは、つまらなそうに頭の後ろで手を組んで歩き出した。


「……っ」


 俺はまだ拘束が解けない様子のエルフリードに向き直った。彼女と、目が合う。

 さっき俺たちを攻撃し、今もなおおそらくこの女性の部下がルーナとヴィルアリアを追っているのだ。捕まれば捕虜か、その場で殺されることもある。

 戦争なんだから、()()()


「何してるのかな、アルヴァレイ=クリスティアース」


 ぎくり。

 思わず手にした短剣を取り落とす。


「くふふっ♪ ナニナニ? ヘカテーとはちょっと違うけど美人だし、女奴隷として手元に置いとく?」

「んなわけあるか」


 コイツの頭は相変わらず飛躍が激しいようだ。


「お前が殺す必要なんてないよ。それぐらいなら私が殺す。そのぐらいの血泥はもう被ってるし。……だけどそうだね。殺さない代わりに、付けておこうか」

「……何を?」


 再び歩み寄ってきたルシフェルにおそるおそる訊ねると、少し迷ったような表情を見せて、


「“所有者の刻印”」


 にっと笑ってエルフリードに顔を近づけたルシフェルは――


「な……」


 エルフリードの首筋に口づけた。

 ちゅぷっ、と艶かしい音が耳に届く。


「貴様……っ、何……をっ……!」

「じゃあね、()()()()


 俺の視界が淡い紫光に塗り潰された。


「え゛……いきなり……!?」


 空間転移魔法(テュアシュトラーセ)

 最後にエルフリードの獣のような咆哮が響き渡り、そして途切れた。

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