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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
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(5)『模擬戦技』(改稿済み)

「で、シャルルはなんで来たんだっけ?」


 朝食を終えて、母さんが食器類を洗うカチャカチャという音に耳を遊ばせつつ、俺はなぜかカチコチに固まっているシャルルにそう訊ねる。

 すると、シャルルは強張った表情からぷくーっと頬を膨らませて、


「怒りますよ、アルヴァレイさん」


 拗ねたような声でそう言ってくる。

 いちいち仕草が子供っぽいな、コイツ。見た目はそこまで子供っぽくも見えないから、逆に子供っぽさが助長して見える。

 というか本当に忘れちゃったんだよ、なんでシャルルがここにいるのか。母さんが料理によくわからん薬でもいれたんじゃないかと思うぐらいだ。

 ちなみに、たまにあるから怖い。


「えっと……怒るのはいいとして教えてくれると助かるな」

「恩返――じゃなくてお詫びです」


 返される恩はない。


「そういや、そうだったっけ?」

「結局、私まだ何もできてないです」


 そんなこと言われてもな。


「私は何をすればいいでしょうか?」


 そんなこと聞かれてもな。


「別にお詫びなんていいって言ってるだろ。何のお詫びかもよくわかんないし、昨日はむしろ俺の方が悪いんだからシャルルも気にしなくていいよ」

「そういうわけにはいかないです!」


 俺の言葉に反発してガタンと椅子から勢いよく立ち上がったシャルルは、


「ア、アルヴァレイさんにあんな事しちゃったなんて言いふらされたりしたら困るんです! なんでもしますから! 絶対に言わないで下さい! お願いします!」


 大声でそう(のたま)った。

 視線を感じる方に目を遣ると、洗っている途中だったらしい洗剤水溶液の(したた)る包丁を携えた母さんが、俺にジト目を向けてきていた。


「あんな事とは……?」


 声色が怖い。

 母さんの声に『アルヴァレイさんのお母さまがいたのを忘れてました……』みたいな顔をしたシャルルは、


「あの、えっと違っ、そのっ、アルヴァレイさんがっ、えとっ、乱暴、私っ、じゃなくて! そのっ、アルヴァレイさんがっ、じゃなくて、アルヴァレイさんをっ! ってあれ、どっちでしたっけっ、そのっ!」


 落ち着けシャルル。

 お前は『私がアルヴァレイさんに乱暴なことをしちゃった』と言いたいんだろうが、このままお前の言葉を無理に繋げていくと、一歩間違えれば『アルヴァレイさんが私に乱暴した』って解釈にもなりかねない。そうなると、母さんの手に持つ包丁が俺に向く可能性があるんだ。


「アルヴァレイさんは悪くないんです!」

「なんでこの最悪のタイミングでその台詞に戻ってくるかな、お前は!?」


 アホの子か!

 思わずそこまで叫びかけたところ、俺の怒鳴り声でシャルルがビクッと震えたのを見て何とか踏みとどまる。


「アル。どういうことなのか今すぐに説明しなさい。先ほど人道に反することはしていないと言っていましたね」

「だからそれは……」

「婦女暴行も犯罪ですよ」


 静かすぎて逆に恐怖を増長させる修羅の手の中で、ギラリと包丁が光る。


「ふじょ、ぼうこう……?」


 お前が首を傾げるな、シャルル。お前はどちらかと言えば暴走婦女子だ。

 そんなツッコミを能天気に入れながら、少しずつ焦りに支配されていく俺の頭は言い訳を考えるため高速回転し始める。


「俺は何もしてないよ!」

「犯人は皆そう言うんですよ、アル」


 素直に反論したら、考えうる台詞の中で最悪の答えが返ってきた。

 息子の無実を信じるどころか犯罪者確定かよ。それでも親か――――などと叫びかけた言葉を飲み込んだ時、シャルルがくいくいっと袖を引っ張ってきた。


「アルヴァレイさん、ふじょぼうこうって何ですか?」


 なんでそんな単語の意味を無邪気な顔で聞いてくるんだよ。お前にはまだ早いと思うんだけどな。


「シャルル……」


 シャルルの両肩をガシッと掴むと、正面からまっすぐ目を見据える。

 そして、なぜか顔を真っ赤にして『ダメ……お母さまの目の前ですし……私たちはまだ昨日会ったばかりで……』とよくわからないことをブツブツと呟くシャルルに、


「意味は知らなくていいからとりあえず否定しておいて。頼むから」


 それさえ否定できればこちらからは何の要求もない。お詫びもいらない。ていうかそもそも原状回復さえ出来れば元々求めてない。

 シャルルはきょとんとしてから、本当にわかってるのか心配になるような表情でこくんと頷き、


「アルヴァレイさんはそんなことしてませんから大丈夫です!」


 母さんにそう釈明した。

 今にも暴走して、物的証拠やら論理的推測やらを完全に無視して俺に切りかかりかねない様子だった断罪処刑人(しかも身内)はまだ釈然としないといった感じで包丁を下ろし、怪訝な目を俺に向ける。

 そして、どこか気になるため息をいて、『遺伝ね……』と静かに呟いた。意味はよくわからないが。


「アルヴァレイさん、これでいいんですか?」

「いやもうホント。これだけでよかった」


 とりあえず様子を見る限りは許してもらえたのだろう。

 あるいは様子見といったところか。


「――さて、俺は今日の分の鍛練でも済ませてくる」


 急に気まずくなってしまった空気から逃れるようにそう切り出すと、即断即決有言実行。善は急げとばかりに立ち上がった。


「たんれん?」


 ところですぐに、袖引きシャルルさんに捕まった。

 間が悪いというか何というか――――シャルルってまさか頭の方が弱いのか? 理解力がないと言うよりは無知なだけみたいだけど。

 少なくとも賢い印象が湧かないのはその幼い言動(ゆえ)だろう。

 何となくここで振り払っていくのも気が引けたので、俺は母さんの方をちらっと見てシャルルの方に向き直る。


「シャルルって戦技って言ってわかる?」

「戦技……ですか? えっと、昔、傭兵さんや大道芸の方々が使ってたのを見たことがあります」

「え、えーっと、まあ、それかな」


 そうか、本物を見たことがあるのか……。

 シャルルの返しを聞いた途端、思わず萎縮してしまう。

 俺の戦技は何だかんだ言っても我流なのだ。だから戦技とは名ばかりで、その実単純な体術を駆使した戦闘技術の初歩に過ぎない。

 たぶんシャルルが見たという本物とはかなり違うだろう。

 そもそもこんな商業都市で戦技の指南が出来るといったら、それこそエルクレス神和帝国の国立騎士団ぐらいだろう。戦技をかじった程度(しかも我流)の子供に指南してられるほど暇な方々じゃない。

 もちろん、子供の少ないテオドールにおいて、習い事としての戦技の道場がないことも問題なのだが。


「戦技、見せて貰ってもいいですか?」

「えっ?」


 シャルルの突然の申し出に、思わずたじろぐ。


「いやでも、まだまだ修行中だし……」

「いい、ですか?」


 なんでそんな真剣な目付きなんだ……?

 さっきまでの何処かふわふわした雰囲気は何処に行ったんだよ。


「見せてあげればいいじゃないの、減るものじゃないんだし」


 母さんが無責任にそんなことを言ってくる。

 いや、母さんは何もわかってない。全然わかってない。減るものじゃないと言ったけれど、たぶんかなりの高確率で減るんだよ――――自信が。

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