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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
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(4)『拒否する理由は』(改稿済み)

 母さんが一階に戻ると、少し緊張気味だったらしいシャルルがほっと息を吐いた。


「母さんもああ言ってるし、まぁ食べていけよ」


 このままシャルルを帰して母さんに何か言われるのも面倒なので、そう誘うと、


「あ、はい、それじゃ……あ、だ、ダメっ。ダメですっ!」


 シャルルは一度頷きかけてハッとしたように息を呑み、手をバタバタと振る。


「……なんで?」

「ご飯食べる時は……帽子を取らなきゃいけませんから」

「え? 帽子?」


 そう言われてみると確かに、シャルルは今も帽子を被っていた。

 白の質素な服と対称的な黒。

 円錐状の先は折れ曲がって右後ろ側に垂れている。くたびれてはいるものの、一目で上質な生地で作られているとわかるそれは、えっと……そう、なにかで出てきそうな典型的な魔女の被るとんがり帽(ヘキセンフート)だった。

 明らかに見てとれる特徴としては、シャルルのサイズに合っていないこと。斜めに被ってはいるが頭の半分近く、耳から上が隠れてしまっている。(つば)も幅広で、正直すごく邪魔そうだった。


「取ればいいんじゃないのか?」

「ダメですっ、これは……これだけはダメなんです!」


 ここまで拒否されると、悪戯心にも似た好奇心が取ってみたいと訴え始める。


「あひゃう!」


 とんがりの先っちょを掴んだ俺の手に即座に気づき、シャルルは帽子の(つば)を両手で握りしめ、大きな帽子に頭を埋めた。もう頭の上から3分の2ぐらいまで隠れてしまっている。そんなに入るのかよ。

 ていうか思ったより力強いなシャルル。

 疲れるのも嫌だし、俺が手を離すとシュバッと素早い身のこなしでシャルルが間合いをとった。


「怒りますよ、アルヴァレイさん!」


 シャルルはちょっとだけ頬を膨らませた。たぶん『怒ってるぞ』という自己主張のつもりなのだろう。なんか可愛いけど。


「何やってるのよ、あなたたちは」


 ドギクッ。

 振り返ると、お玉を持った母さんが戸のところに立っていた。とりあえず今度はお玉という安全圏内の調理道具(エモノ)であることに感謝しつつ、


「なんかシャルルが帽子を取りたくないから、食べないって……」

「帽子を?」


 俺と同じ常識的な反応。怪訝な顔でシャルルに視線を移す。


「アルは馬鹿ね」


 なんで俺……?

 母さんを見ると、なんか残念な視線が向けられていた。


「女の子はくせっ毛を男の子に見られたくないものなのよ」


 一人納得したらしい母さんはシャルルに歩み寄ると、


「帽子のことは気にしなくてもいいわよ。そういうことにうるさい人はちょうど今いないから」


 ちなみに父さんのことだ。俺と違い、クリスティアースの後継ぎとして最初から最後まで教育された父さんは礼儀作法などに少しうるさい。残念なことに、大抵母さんの『いいじゃないそのくらい』で一蹴されることが多いのだが。


「さ、冷めちゃうって言ったでしょ。行きましょ、シャルルちゃん。アル、あなたも早く来ないとここから突き落とすわよ」

「階段の下まで!?」

「違うわよ。裏通り(うら)まで」

「窓からかよっ!」


 ツッコミを口に出すなんてはしたない。

 そんなこんなで食卓についたわけだが。

 母さんの手によって次々と手際よく並べられる料理や食器類を落ち着かない様子で見つめていたシャルルが、ポンと手を叩いて外套の下で何やらごそごそやり始めた。

 どうやら何かを探しているようだ。


「父さんはまた?」

「うん、仕入れ。朝早くの船でお祖母ちゃんのところに行ったわ」

「ところでこの食器って三組だけ買ったんじゃなかったっけ?」


 流しにもう一組が放置されているのを見てそう訊くと、


「シャルルちゃんのために今買ってきたのよ、そんなこともわからないの?」


 いつもは金を無駄遣いするな節約しろとか言うくせになんてことを……。しかもこれを買った四軒隣の店ってまだ開いてない時間だよね! ご近所の噂になるような迷惑行為してたりしないだろうね!

 シャルルを見ると、ちょうどローブの中を覗き込むような感じでゴソゴソしてたかと思うと、ぱぁっと表情が明るくなった。

 そして、ローブの中から取り出した本をテーブルの下の膝の上に広げた。一瞬だけ見えたタイトルには、『八万』と大きく入っていた。それ以外は一瞬のことでよくわからなかった。

 ガタンとやや乱暴に椅子が引かれ、用意を終えた母さんが食卓に向かう。


「さ、食べま」

「あ、あのっ!」


 突然シャルルが母さんの言葉を遮った。そしてビックリして唖然としている母さんの前で、チラッと下に広げた本を見て、


「えっと……初めまして、私はシャルルといいます」


 シャルルさん?


「え、ええ。それは知ってるわよ」


 何が言いたいんだ? と俺は机の下で広げられた本を覗き込む。

 開かれたページには大きく『初めまして、私は◯◯◯といいます』と書かれている。その横には小さな文字で『◯◯◯にはあなたの名前、特にそう呼んで欲しいという呼び名を入れてネ♪』と書かれていた。なんだこれ。

 続きには『ふつつかものですが……』と書かれている。どうやら色々な台詞をパターン化して整理したもののようだな。


「ふつつかものですがこれからもよろしくお願いします。お、おかっ……お母さま」


 ページの上に会話文のタイトルが書かれているようだ。なになに……。


『朝早く相手の男性の家に行って、相手の母親に挨拶をするとき☆』


 『朝早く』→まあそこまで早くでもないけどあってる。

 『相手の』→何の相手だ? 意味不明につき保留。

 『男性の』→俺は男だし、普通にあってる。

 『家に行って』→あってる。

 『相手の』→これも同様に保留。

 『母親に』→あってるな。

 『挨拶をするとき』→何の相手かはともかくとして初対面の人に対する礼儀としては常識だろう。

 『☆』→無性に腹立つ。


 つまり人見知りのシャルルが人間関係構築のための足がかりにしようとしているわけだな、この本は。


「今、アルヴァレイさんとお付き合いさせて頂いてます」


 うん、なんか台詞おかしくない? 読んでるページが違うんじゃないかな?


「これからもよろしくお願いしますっ」


 そう言い切ったシャルルは満足そうな微笑みを浮かべて、本を胸元に抱えた。

 そのタイトルは……。


 『恋人とその周りの人に好印象を与える日常会話八万選』


 明らかに何かが間違ってますよね、人見知りのシャルルさん! 特にタイトルの最初の辺りが!

 母さんは絶句していた。

 たぶん今、母さんの頭の中では今朝の俺の部屋の光景がフラッシュバックしているだろう。母さんはしっかりしているように見えるが、結構勘違いが多い。間違いなくおかしなシナリオが頭の中で組み立てられているだろう。つまり俺ピンチ。

 何も知らない傍観者はシャルルだけを見て幸せそうな光景だと思うだろうが、シャルルの言動を母さんに釈明しなきゃいけないのは俺なんだからな……。

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