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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
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(2)『最初の異常』(改稿済み)

 春風が二人の間を駆け抜けていく。


――大丈夫です、気にしてませんから――


 そんな冷たい言葉を投げかけてきた少女に気まずい思いをしながらも手を差し出し続けること十数秒。


「ちょっと急いでて、前見てなかったんだ。ごめん。怪我はない?」


 三度目の謝罪と絡め手で怪我を案じてみると、目の前の女の子はわずかに口元を緩めて、じっと俺の顔を見つめてきた。


 ――そのまままっすぐ視線を重ね、微動だにしない。


「えっと……」


 空気に困り、再び会話の糸口を開こうと無意味な声をあげる。


「あ、すみません。えと、大丈夫です」


 次に彼女が発したのはさっきとは違った優しい雰囲気の声だった。

 そしてとても綺麗な、可愛い声だった。女の子は地面に手をつくと、お尻を浮かせ、ゆっくりと力を入れて立ち上がる――――瞬間、女の子がよろめいた。


「危なッ……!」


 とっさに女の子の肩から首の後ろに腕を回し、その身体を抱き止める。


(うわ、軽っ()っさ柔らかっ……)


 と久しぶりに触る女の子の身体に(変な意味はない)目まぐるしく妙な感動を覚えながらも倒れないように支えてやると、女の子は顔を真っ赤にしながら体勢を整えて立ち上がった。

 女の子がちゃんと自分で身体を支えているのを確認してから、肩にかけていた手をそっと放す。


「あ、ありがとうございます……」


 律儀に頭を深々と下げてお礼を言う女の子は、その間もずっと帽子を右手で押さえていた。


「いや。まあ、あれだよ。ぶつかっちゃったのは俺の方だし」


 照れ隠し目的で指の先で頬をカリカリと引っかきながらそう言うと、女の子はまたじっと俺の顔を見つめていた。

 さっきと同様にまっすぐ俺と目を合わせたまま、微動だにしない。目立つ動きと言えばたまに目をパチクリ、それだけだった。


「……まえ」

「え?」


 女の子が何かを呟いたような気がしたから聞き返すと、


「あ、えっとなんでもな……あ、わ、私の名前はシャルロットというぇ!?」


 舌を噛んだらしい。

 思わず両手で口を押さえる仕草も可愛い。子供らしさという意味で。

 女の子は顔を真っ赤にするとパタパタと手を振って


「す、すいまふぇ!?」


 あ、また噛んだ。

 女の子は思うようにうまくいかないのが悔しいのか、足をトストスと踏み鳴らす。もしかしてコレ地団駄のつもりなのだろうか?

 なんか、なんと言うかすごい、可愛い……いやいやそうじゃなくて!


「お、落ち着いて話していいよ」


 そう言う本人が落ち着かない心に辟易しつつも目の前の少女――シャルロットをなだめてみると、地団駄(?)が止まった。


「ケホ、えっと……私の名前はシャルロットっていいます」

「さっきも聞いたけどね」


 噛んだからやり直したいんだろう。その気持ちはよくわかる。


「それで……その……まえ」


 後半になるほど声が小さくなっていき、最後の方は『まえ』しか聞き取れない。俺が、もっとちゃんと聞き取ろうとしてシャルロットに顔を近づけると――かああぁぁぁぁっ。

 帽子の下の顔が真っ赤になった。

 春とはいえ、今日はやや気温も高く日差しも強い。

 もしかしたら、さっきよろけたのも日の光に当てられたからかもしれない。そう思って、頬に手を当てて何事かぶつぶつ呟いているシャルロットの肩に手をかけ、店のひさしの下にできた日陰に導いてやる。

 すると、彼女は慌てたように肩に置いた手と俺の顔を見比べて、


「なっ、名前教えてくだひゃっ!」


 また噛んでる。なにをそんなにテンパってるんだろう。

 見ると、シャルロットの肩は震えていた。

 そうか――


(たぶん人見知りで俺のことが怖いんだな)


 怖いのか……。

 軽く落ち込みながら、何となく視線を泳がせてみる。


「あ、め、迷惑ならいいですから!」


 俺の沈黙をどうとったのか、シャルロットは手をパタパタと振る。


「あ、いや、迷惑じゃないよ。ごめんごめん。人に名乗らせておいて何も返さないほど失礼なつもりもないから。俺の名前はアルヴァレイ」


 自分から訊ねておきながら、彼女はパッと顔を上げて、不思議そうな顔で見上げてきた。


「えっと……姓はなんですか?」

「クリスティアース。ここ、俺の家」


 何を数えているのか指折り指折りぶつぶつ呟くシャルロットにそう返し、後ろを振り返って上を指差す。

 店の緑色の壁面にかけられた、大きく『クリスティアース薬剤院』と描かれた看板を。

 横を見ると、彼女はじっと看板に目を移しつつも、まだ何やらぶつぶつと口元を動かしている。


「……アース……。アル……イク……ス」


 端々(はしばし)に聞こえる音から、どうやら俺の名前を何度も呟いてるらしい。自分の名前を目の前で連呼されるというのはどこか気恥ずかしいものがある。特にシャルロットみたいな女の子の口から自分の名前が出るのは変な感覚だ。


「シャルロット?」


 声をかけるとピクンッと帽子が揺れた。


「す、すみません。シャルロットって呼びにくいですよね。シャ、シャルルで……シャルルでいいでッ!?」


 またまたまた噛んだ。この子、なんでこんな短い間の会話で四回も舌を噛めるんだ?

 シャルルは小さな舌がわずかに覗かせた。舌を冷やしつつ落ち着こうとしているのか、深呼吸数回の後にパッと顔を上げ、しかしすぐに頬をほのかに紅くして、うつむいてしまう。


「あのさ、シャルル」

「あひゃ!」


 帽子が再びピクッと揺れる。シャルルはハッとしたように帽子のつばを掴み、ギューッとかぶり直す。


「あ、いえ。な、なんですか?」


 声が裏返ってますよ、シャルルさん。


「えっと、やっぱどこか痛い?」


 もしかしたら強く打って腰とか足が痛いのかも、と思って尋ねてみたのだが。


「あ、いえ。身体の方は何にも」


 と普通に返され――――ん?


「身体の方は?」


 言葉遣いが気になった。


「いいえ。そのッ、何でもないです! え……っとさっき言ってた急ぎの用って何だったんですかっ」


 さっき?

 ああ、最初に言い訳したときのやつか。というか今シャルル、何か誤魔化そうとしてたよね。本人が隠そうとしたわけだからわざわざ言及はしないけど。


「なんか東地区に『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』がいるって聞いたからちょっと……」

「……………………へー」


 ゾクッ。

 背すじが凍りついた。

 今までの優しげな声からは想像も出来ないほどの冷たい声。

 人って声だけでこんなに怖くなれるものなのか!?

 シャルルの様子は明らかにさっきまでと違っていた。女の子としての可愛らしい顔からは表情は消え、視線からは寒気しか感じられない。まるで精巧な人形を見ているような、そんな感覚だった。


黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女……ですか。あなたもそう呼ぶんですね。アルヴァレイさん。それでどうするつもりだったんですか? 『魔女』にどんな用があるのかシャルルに教えてください」


 声だけで圧倒された。静かに呟いているような口調なのに、存在感とピリピリとした緊張を含んだ声。

 何だよ、これは! いったい何がシャルルの気に障ったんだ!?


「答えろ」


 聞くだけで凍えてしまいそうな、心臓を射抜かれてしまいそうな声だった。感じたことはなかったけれど、これが殺気というものなのかもしれないと本能的に感じてしまう。身体が芯から震えているようだ。

 息が詰まる。胸が苦しい。

 関わるとまずいと本能が告げる。思考力がどんどん削られ、半ばパニック状態。


「早く答えてください、アルヴァレイさん」


 シャルルは一歩近づいてきて、至近距離から俺の顔をじっと見つめてきた。さっきもあったような構図だ。でも、今回は抜き身の刀を喉元に突きつけられているような気分だった。いや、確かに首筋に冷たい何かが押し付けられているような感覚があった。実際は何も触れていないのに。

 極限状態で思考回路がめちゃくちゃになる。身体も強張り唇が震える中で、


「会いに……行こうとした」


 言ってから後悔するほどの無難すぎる答えを口走っていた。

 しかし、シャルルはその答えに一応納得したのか、鋭い眼光は少しずつ穏やかなまなざしに変わり、張り詰めた緊張感が消えた。

 そして、シャルルははっとしたように一歩後ずさり視線を落とす。


「ごめんなさい」


 何だったんだ、今のシャルル。あの尋常じゃない怒り方は。


「アルヴァレイさん。お詫びをしたいので……また来てもいいですか……?」

「あ、ああ……」


 生返事だったが、それで満足したのか彼女はわずかに口元を綻ばせると、無理に微笑んだ。


「では、これで」


 シャルルは突然駆け出した。そして五,六メートル離れたところで振り返り、小さく控えめに手を振ってきた。

 そして俺が気が付くと、彼女の姿は見えなくなっていた。


「なんだったんだ……?」


 余談だが、傍から見るとこの時の俺は女の子にフラれて黄昏ているようにしか見えなかったようで、そんな話がしばらくこの地区の噂になった。





 深い、深い森の中――。

 一人の怪物が目まぐるしい感情に押し潰されそうになっていた。


 胸のあたりが熱い。

 何だろう。

 何でだろう。

 わからない。

 わからないけど、なんだか嬉しい。

 でも、この熱さも、夜になると消えちゃうのかな……。

 もう嫌なのに。たぶん今夜も自分が抑えられなくなる。

 苦しいのに、やりたくないのに、どうしてなんだろう。

 気持ち悪くて、気持ち悪くなって。

 体中が熱くなって、意識が保てなくなる。

 でも、あの人はまた来ていいって言ってくれた。

 自分がわからなくて、いつのまにか…………。





 カチリと切り替わった。



 ……(コロ)ス……()ケ。

 ()ヲ――。

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