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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
3/121

(1)『運命交差』(改稿済み)

 第一章です。

 感想・意見などあったらよろしくお願いします。

 パクス海に面した貿易港湾都市、テオドール。


 地理で言えば世界に名高い大国、エルクレス神和(しんわ)帝国沿岸に位置する、世界的に類を見ない大規模な港湾施設を備え、“世界に知らぬ者なし”とまで評されるほどにまで成長した経済特別地区だ。

 その国際貿易都市としての発展を支えてきた、他には無いテオドールの特殊性――――その代表とも言えるのがテオドール特別自治法という法律だった。


 ・軍事力の不介入

 ・商業活動の自由の保証

 ・土地権利の個人所有の禁止

 ・他国の法律の不適用

 ・商業契約書類の厳重管理及び提出義務

 ・地域内における犯罪者及び未遂者の永久追放

 ・不法統治支配者及び未遂者の永久追放

 ・他国籍商業ギルドの排除


 この九つの条文からなる法律だ。

 テオドールが建設された新暦256年から一度も改定されること無く適用されてきたこの法律はテオドールでの経済活動を飛躍的に活発化させている。

 また、千八百年以上の長期にわたりその名を世界に(とどろ)かせてきたテオドールは現在は世界中の全ての国から保護されている。

 国によってはテオドール内での貿易による利益を失うことは、国が傾くきっかけにすらなりかねないからだ。その『異常な依存』が全世界共通法という信じられない規模の法律の存在を裏付けていた。





 俺の名前はアルヴァレイ=クリスティアース、と自分一人だけ名乗るのはどこか気恥ずかしいし、そもそも誰に対する名乗りなのかもわからない。

 五年くらい前まではパクス海を隔てた対岸にあるヴァニパル共和国はフラムという街に祖母や妹と共に住んで、向こうのとある学校に通っていた。しかし諸事情(というよりただの私情)あって、両親が二人で薬屋を営む商業都市であるテオドールにやってきた。

 テオドールでの経済活動は基本的に自由で、来れば誰でも商売ができる。しかし、テオドール特別自治法により、商売はできても住むことはできない人はたくさんいる。一国レベルの後ろ楯があって初めて住むことができる。

 金の問題ではない。

 信用の問題だ。

 要するに得体の知れない奴がテオドールの一画で店を構えることは許可できない、というわけだ。

 何かをやらかしたら、国そのものの信用にも関わる。

 だから国もテオドール入りしようとする商人を出国の時点で選んでいる。両親はそれを通ったわけだが、当然といえば当然だろう。

 自分で言うのは高慢に聞こえるかもしれないが、クリスティアースという名前はそれだけで、大きな意味を持っている。代々の当主はもちろん、クリスティアースの血を引く者は皆が皆、商才か医才のどちらかあるいはその両方に長けていた。

 つまり、遺伝子的に優れているということだ。これはある意味奇跡に近いというか、正直この世界の創造神は明らかに配分を間違えていると思う。



 しかしそれでも俺は、クリスティアース家という、いわゆる()()が嫌いだった。


 別に物心つく頃から嫌いになったわけじゃない。

 正確には初めて挫折を経験した、十歳の時からだ。

 医療に関する技術と溢れる商才を遺憾なく発揮した先人たちが築いた財力に囲まれた環境が、たまらなく嫌になった。

 理由もなく嫌っているわけでもない。ただひとつだけ俺にはそれに値するちゃんとした理由というものがあった。


 クリスティアース家の歴史で類を見ない、俺だけの特異――――肝心な部分が遺伝していなかったのだ。

 残念なことに、俺は一般人よりも商の才に恵まれず、利益が絡むとどうも失敗する。

 その上、先人たちと同様に幼い頃から当主(現当主は俺の祖母に当たる)から直接医学に関する教育を受けたにも関わらず、医才もほとんど見られなかった。

 勉強の年数にして一年分の差が開いているはずの妹にも追い抜かれた。

 それだけが理由ではないが、後継ぎとしてはほとんど見放されたようなもので、医薬学院すら辞め、周りからの感傷に堪えかねて親のいるテオドールに来たというわけだ。


「はっ、はっ、はぁっ!」


 家の裏通りで、律動的なかけ声と共に小剣を振るう。

 左手の鉤爪から伸びた四本の刃爪が黒々とした光沢を放ち、右手の短剣の白刃が日の光にキラキラと輝く。

 これでも長男。小さい頃は期待されていただけに、医術も商業の才もないとわかったその時に、クリスティアースとしての自分から全力で逃げ出し、元々興味のあった武術――――戦技を始めた。

 完全に我流だが、三,四年前に比べれば相当サマになっていると思う。

 何もかもが新鮮で、あれからはちょこちょこと小さい怪我をしつつも六年が経った。身体もちゃんと筋肉がつき、自分でも自信あり、当初周りに与えていた危なっかしさは半減しているはずだ。

 だからこそ今、井戸端会議に興じている主婦たちは四,五メートルほどしか離れていないところで平然としていられるのだから。

 (はた)から見れば、まるで俺が見えていないかのような――そんな違和感を覚える絵面だろうが、俺にとってはある意味信頼の証なのだ。


「ふうっ……」


 汗がすごい。

 その場に腰を下ろし、次いで慎重に鉤爪を外し短剣を鞘に納めると、ようやく服の袖で顔の汗を拭う。


「さてと、今日は終わるか」


 海から流れてくる潮風にしばらく微睡(まどろ)むと、ゆっくりと身体を確かめるように立ち上がり、店――前述の通り、クリスティアースの血を引く父さんは商才に恵まれていたので、祖母の協力で薬局を営んでいる――の裏口の扉を押し開けた時だった。


「――東地区に黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女が出たらしい――」


 店の方からそんな言葉が聞こえてきた。

 どうやら店で働いていた母さんと客が話しているようだ。


 黒き森(シュヴァルツヴァルト)とはテオドールの北に位置する山、ハクアクロアの麓に広がる広大な森の名前だ。その名は森の木のほとんどを占めるトイフェルブラットという木に由来する。

 太陽の光の下で黒く見える葉を持つこの木は、堅すぎて木材として使えず樹齢が異常に長いため、別名“悪魔の木シュヴァルツトイフェル”と呼ばれているからだ。

 そして黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女、というのは母さんが子供の頃あるいはそのずっと前から、その森に住んでいるという謎の人物のことで、テオドールでその名を知らないのは赤子だけと言われている。まあそりゃ、赤ん坊は知らないだろう。言葉もわからないだろうし。

 いつも黒い外套で身を包み、人前にめったに姿を現さないのだが、はっきり実を言ってしまうと男なのか女なのか、神族か魔族か人間か、本当に魔法が使えるのかどうかさえまったく不明だという。

 樹海ともいえる黒き森(シュヴァルツヴァルト)に住んでいるために不気味だとされ、いつの間にか不穏な二つ名が付いただけじゃないのかとも思うが、あの魔女に関しては色々とヤバい噂も立っているのでなんとも言えない。


「相手にとって不足はない!」


 この時の俺はどうかしていたんだ。

 悪いものを食べたか……というのは毎日ご飯を作ってくれている母さんに悪いから無しにして、たぶん春の陽気に当てられていたんだろうと思う。後からどれだけ考えても、どうしてその結論に至ったかがわからないのだった。

 しかし、俺がテオドールに来てから今までにも何度か姿を現したことがあり、その時には何事もなく帰ったという話だったのを聞いていたこともあるだろう。


「東地区か……あまり言ったことはないけど、まあ大丈夫だろ」


 テオドールは計画的に造られた都市。

 建物は整然と立ち並び、障害さえなければずっと遠くまでまっすぐ続く街道が見える。要するに道を知らないものには迷いやすいが、道を知ってさえいれば間違えにくい都市構造をしているのだ。

 俺はその造りゆえの楽天的な台詞を吐いて、丈夫な革製の袋に剣と鉤爪をしまう。鞘のある短剣と違って、鉤爪はその形状からして刃の保護ができないため、普通の袋では裂いてしまうからだ。

 それに街中でこんな凶器(もちろん自覚はある)をそのまま持って歩いていたら、明らかにそいつは危ない奴だから離れるべきだと思う。

 俺は裏通りから店の中を通り抜け、


「こら、アルッ! 店の中を走るのは――」


 母さんの怒声をさらっと聞き流して、表通りに飛び出す。

 その時だった――


「うぉっ!?」


 ――どんっ!

 何かにぶつかった。その何かは俺に力負けして「あぅっ……!?」と短く声を上げながら、整備された石畳の街道にすてんと転がる。


「あ、すいません」


 とりあえず謝って視線を下げると、そこで釘付けになった。

 頭に耳まで隠れるような深めの帽子をかぶり真っ白な丈の長いローブを羽織った――――


(うわ……女の子だ……)


 やらかした、という思いが強くなる。

 基本的に両親と同様、国から派遣されるような形でテオドールに店を構える商人たちばかりのテオドールは、子供の数がさほど多くない。

 確か総人口の一割にも達していなかったから、およそ二百人前後だろう。この規模の都市にしては珍しいかもしれないが、世界中の金の集まるところだけあって治安がおおよそ最高とはいえないのだった。

 しかも今現在、そのほとんどは小さい子ばかりでほとんどが学校のある北地区にいるため、なかなかに子供を見ること自体が少なかった。ましてや年の近そうな女の子なんて見るわけもない。


 しかも目の前にいる少女(十四歳か十五歳と見た)は、端的に言えば可愛かった。

 幼さがわずかに残っているものの、細く白い手で頭の帽子を押さえる仕草に似合わないぐらい顔立ちは整いつつあり、尻餅をついたまま不機嫌そうに深い緑色の瞳を瞬かせながらこっちを見上げ、頬を膨らませている様子は子供っぽいわりに――



 ――って、あれ? 観察すればするほど外見以上に幼い印象が浮き立ってくるのはなんでだろう。


「ごめん。えっと……大丈夫?」


 もう一度謝りつつ、その女の子に手をさしのべると女の子はパチパチと目を瞬かせてその手をジッと見つめ、次いでジトッとした視線で見上げてきた。


「大丈夫です。気にしてませんから」


 そう言った女の子の口調には、言葉の端々どころか全体にめいっぱい棘が入っていた。


 これが俺――アルヴァレイ=クリスティアースの人生を語る上で、最もありがちで、それでいて最も劇的な出会いだった。

急展開すぎてついていけない、と思う方もいるかと思いますが、もうしばらく付き合って貰えると嬉しいです。

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