(22)『夜明け』(改稿済み)
肉が引きちぎられる音が、ピチャピチャと何かが滴るような音が、無慈悲にもこの辺り全体に響きわたる。
「あ……うぁっ……」
呆然としていた女騎士は、今生き残っているのは自分だけだと悟り我に帰ったのか、必死に足を引っ張り始めた。しかし、身体の芯まで恐怖を刻み付けられ、震えが止まらないような状態でまともな力が入るわけもなく、その足が抜けることはない。
ザッ。
「ひっ……!」
シャルルが女騎士に向かって一歩踏み出す。その表情におよそ感情はなく、繊細な顔立ちも相まって、精巧な人形を見ているような気分だった。
「オ前タチハ、『シャルル』ノ大切ナ『家族』ヲ殺シタ……」
ザッ。
「く、来るなっ!」
「『シャルル』ノタッタヒトツノ願イヲ踏ミ躙ッタ……ッ」
ザッ。
シャルルは女騎士の目の前に立ち、見下すように静かに見下ろすと、
「八ツ裂キ……死ヲ以ッテ『シャルル』ノ想イヲ殺シタ報イヲ受ケロ……」
シャルルの手がピクンと震え、スッと持ち上がる。
手を槍のように静かに構えたその延長線には、女騎士の心臓が捉えられている。殺す気だ、そう思った時だった。
「やめろ! シャルル!」
その声の直後は、まるで時間の流れが止まったような感覚だった。
動物たちは急に静まり返り、シャルルの腕は女騎士の胸部アーマーに触れることなく、直前で止まっていた。この制止の声がなかったら、間違いなくシャルルの腕は女騎士の胸を貫いていただろう。
その場に響いていた全ての音は消え、動くものはひとつとしてなかった。
そこで初めて、俺は今叫んだのが自分だと気がついた。思わず、なんて感覚はない。いつのまにか俺は叫んでいた、らしい。
時の流れが回復したように、女騎士の身体がぐらりと傾き、乾いた金属音を響かせて地面に倒れ込む。シャルルはその音にピクッと身体を震わせ、脱力するように腕をだらりと下げる。
そしてシャルルからして声のした方向、すなわち俺に視線を向けてきた。
「ドウシテ止メル……?」
シャルルの声には、今にも立てなくなりそうなほどの殺気が込められていた。
「止めるに決まってるだろ、シャルル! なんで殺した!? なんでこんなにもたくさんの人を殺したんだよ!」
どうして殺したか?
いやいや、それじゃねえだろ。
そんなことが言いたいんじゃねえだろッ!
「何やってるんだよ! どうしてこんな酷いことができるんだよ!」
違うだろ、俺! そんなことを言いたいんじゃないだろ! ここで言ったこと、あながち間違いではないと思う。でも違うだろ。
言うべきことはそれじゃないッ。
「なんでこうなる前に俺に言ってくれなかったんだよ!」
その時、シャルルの目から涙が一滴、零れ落ちた。
遠目だったが、ちょうど日の出が始まって射し込んできた光にキラリと光ったそれは俺の目にはっきりと見えた。
瞬間、張り詰めていた緊張感と、この場を支配していた殺気がぷつんと風船が割れるようにはっきりと消え失せた。
「アルヴァレイ……さん? ルーナ……え? 私……私は……」
シャルルはハッとしたように周りに目を遣った。そして、自分の両腕を、血に塗れた両手を見た。
「あ、ああ……私、私ッ……なんで! どうしてアルヴァレイさんがここにッ……い、いやああああああぁぁぁ!」
シャルルは血に塗れた両手で頭を押さえ、金切り声をあげながらその場にへたり込む。そして、突然腕を地面に振り下ろした。
地面がボゴッと陥没する。
「なんでッ! なんでッ! なんでッ! なん……でッ……」
シャルルの叫び声は、急にか細くなり途切れた。それと同時にシャルルはふらっとよろけるように地面に倒れ込んだ。
パニックで気を失ったのだ。
「シャルル!」
思わずその崖の上から飛び下りようとした。て言うかほぼ確実に自殺行為並みにダイブしちまったんだけど!?
と思ったその瞬間、襟首を何かにグイッと強く引っ張られた。
「うわっ」
俺の身体が宙を舞う。ぐるんっと空中で大回転するような軌道を描いて振り回され、柔らかな衝撃と共に気がつくといつのまにかルーナの背中に乗っていた。
だんっ。
ルーナが地面を蹴って、跳躍する。
俺はその勢いで滑り落ちそうになり、慌ててルーナの角を掴み、半ば保険つきの自由落下気味に滞空し、コンマ数秒前に着地したルーナの背にポスンと着背する。
「シャルル!」
ルーナから飛び降りると、シャルルの元に駆け寄り、抱き起こす。助け起こした顔は青ざめていて身体も冷え切っていたが、気を失っているだけのようだった。
シャルルをその場にそっと寝かせると、おそらく騎士団唯一の生き残りであるもう一人、倒れている女騎士も助け起こす。
兜を外すと赤毛の凛々しい女性の顔が現れた。こちらも顔色はかなり悪いが、気を失っているだけのようだ。
シャルルと同じようにその場に横たえると、改めて周りを見回した。
あれだけいた動物たちはルーナ以外皆いなくなっていた。残ったルーナもシャルルの周りをうろうろ歩き回っているだけだ。困惑しているのか心配しているのかはよくわからないが。
「何が起こってんだよ……」
生きている二人を静かに見下ろしながら、この後どうするかを本気で考え、俺は静かにため息をついた。
赤毛の騎士の女性は気を失っているのをいいことにテオドールまで運び、医療院の前に寝かせてきた。要するに放置してきた。心苦しくはあったが、後数分もすれば医療院も開く時間だ。朝とは言え今日は多少暖かいから、風邪の心配は特にないだろうし。
シャルルだけならともかく、一人の子供に過ぎない俺にはあの人の面倒まで見きれない。友達だけで精一杯なのだ。
シャルルの家は壊れてしまっていたので、とりあえずシャルルは自分の部屋まで連れてきた。
起こしてしまわないように気をつけながら、両手の血をお湯で綺麗に洗い、顔に飛び散った血痕も拭いとってやると、心なしか穏やかな表情になったのでベッドに寝かせ――――やっと一息つけた。
「はぁ……」
どっと疲れた。今の今まで頭の中は自分が何をやっているのかもわからないぐらい混乱していたのだが、やっと頭の中を整理するだけの時間が作れそうだ。
足は筋肉痛でずきずき痛み、肉体の疲労は既にピークに達している。鍛練や店の手伝いですらこんなに疲れることはほとんどなかった。今の状態では歩くことすらままならないだろう。
ただ、それ以上に疲弊しきっているのは、混乱の最中にも正確な判断をするために必死ですり減らした精神力の方だ。
「考えるのは……後だな……」
少し――――休みたい。
ベッドにもたれ掛かるようにして、座り込む。まさか同じベッドに入って寝るわけにもいくまい。
そうしている内気づかない内に、いつの間にか眠ってしまった。




