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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
19/121

(17)『家族紹介』(改稿済み)


 今日の教訓。

 口は災いの元とは古人達もよく言ったもんだよ。この世の個人的な(いさか)いの内、おそらく八割程度は口から出た言葉が原因じゃないかと思う。残り二割は金銭その他だが、如何せん金は注意と心がけでなんとかなりそうなもんだが、口の方は感情が邪魔をして制御しづらいのだから厄介だ。

 突然ですが問題です。

 アルペガという動物が目の前にいるとします、と言うかいます。

 あなたならどうしますか?


 この答えを知らないあなたはきっと幸せ者でしょう。

 模範解答:今すぐに世界中の神様に祈りながら、全速力で逃げます。それでもまだ生還できる確率は五割いくかどうか。

 現実逃避はここまでにしておこう。


 おかしい。何がおかしいって、もちろん今俺が置かれている状況がだ。

 突然だったとはいえ、友達の家に来ただけなのに、何で危険指定S級のアルペガ俺の周りを歩き回ってるんだろう……。

 しかも三頭も。一頭だけですぐに討伐令が下るような危険な飛獣なのに。

 アルペガに関しては補足説明をしなければならないでしょう。急に口調が丁寧になったのはアルペガを刺激しないようにするためなので、ご容赦を。

 まず白い毛並みの虎を思い浮かべてください。そこに胴体と同じくらいの大きさの鳥のような白い翼、鷹や鷲のような猛禽類の鋭い翼をつけてください。太く鞭のようによくしなる尻尾を根元から二本に分けて生やしてください。最後に頭から尻尾の先までを三,四メートル程度にしてください。

 おそらくアルペガそのものが頭の中に想像できているはずです。

 ちなみに性格はきわめて好戦的、かつ獰猛。生命力が強く、ちょっとやそっとの怪我じゃききません。飛獣という分類通り空も飛べます。その巨体に似合わず素早くて、とても賢いです。そして、もちろん肉食です。専門家でもあるいは……。

 ただ、世界でも限られた山地にしか生息できず、現在300頭ほどにまで数が減り、絶滅の寸前です。それだけに、目撃情報も少ないのです。はずなのですけれど。

 シャルルは背中に乗ったり、頭や身体を撫でたりしてはしゃいでいるが、俺は少し離れたところで正座していた。


「大丈夫ですよ、アルヴァレイさん。皆とっても優しい、いい子たちですから」


 ぐるるるるるるるっ。

 俺には、低く唸って『こいつ誰だ、近づいてみろ。すぐに噛み殺してやる』的に威嚇しているようにしか見えないけどね。


「シャルル、こいつら……この方たちのことはもう分かったから別の家族を紹介してくれ。出来ればもっと可愛い奴を」


 小動物的な奴をよろしくお願いします。


「可愛い……ですか?」


 ぐるぉおんっ!


「いや、そのっ! 確かにアルペガ様たちも十分に可愛らしい」


 ぐぉおおおぉん!


「いえ、とても素晴らしくっ、カッコいいですっ! 勇猛で雄壮でいらっしゃいますです、はいっ!」


 なんで俺は言葉が通じてるのかすらわからない動物に精一杯媚びてるんだろうね。


「それではこちらです、アルヴァレイさん。じゃあね、皆。また後で」


 ぐおぉん。

 ぐるぉん。

 ぐるるるぅ。


 シャルルに対しては甘えたような声出しやがってコイツら……。

 ギンッ。


「なんでもないです!」


 視線だけで人殺せるだろコイツら。睨まれた時、死んだと思ったぞ。


 途中で用を済ませたらしいベルンヴァーユのルーナが合流し、ルーナに乗って、シャルル曰く『すごく可愛い子たち』のところにやって来た。やって来たのだが……。


「シャルルさん……この子たち……そんなに可愛いですか?」

「はい! とっても可愛いです!!!」


 この子たちというのはウサギのことだ。ここには四匹いるようだが。

 確かに木の実を頬張っていたり、立ち上がってキョロキョロしているウサギは可愛いと思う。ただし、体長四メートル超えなんてありえない小動物的なウサギでの話だ。


「なんでこの森の動物はこんなでかいのばっかりなんだよ……」


 しかも可愛いってのも疑問しか浮かばない。シャルルの美的感覚を疑うね。どこが可愛いんだよ、このやたら目付き悪いガンつけウサギ。しかも木の実を頬張るっつっても、一匹につき木一本分の木の実食ってんじゃねえか。いつかこの森滅びるぞ、こんなんはびこらせてたら。


「変なこと言わないで下さい。ちゃんとこのくらいの子もいるんですよっ」


 シャルルは頬を膨らませて、手を三十センチほど開いて見せた。確かにそれなら小動物ぐらいだ。どう悪く見たってこのウサギどもよりはマシだろう。


「俺、そいつ見たいなー」


 つい棒読みになってしまったのは、それでもなかなかシャルルの感覚を信用しきれない俺の心の現れだった。

 まさかそれは鎌首もたげてとぐろを巻く蛇の高さではないだろうなと。





 ……キレるぞ。


「シャルル……確かに今までに比べたら、だいぶ低くはなってるけどさ……。普通は高さじゃなくて、長さだよなぁ!」


 鎌首どころか太さ30センチじゃねえか、この大蛇ぁ! まさかとは思ってたけど、本当に常識を知らないのか。


「そうなんですか?」

「ハハハ……いつか『無自覚は人を殺す』って格言にならないかな……」

「可愛いですよ?」

「いい! ソイツを俺に近づけるな!」


 蛇嫌いなんだよ、ちくしょう!

 テラテラ光る皮も不気味だしっ。口開けた時の緊張感なんて一生味わいたくないしっ。子供の頃に蛇がネズミを丸呑みにしてんの見てからトラウマ級の衝撃なんだよ、蛇って!

 とりあえず蛇から全力で遠ざかったそれからも、色々なシャルルの『家族』を紹介されたが、まともに和めたのは数種類だ。後はでかいか鋭いか怖いか、できれば思い出したくもないくらいだ。

 そして、いつも通り日が沈む前にルーナがテオドールまで送ってくれたのだが。


「シャルルがここまで来るなんて珍しいよな。何か考えてるのか?」


 何故かは分からないが、今日は急にシャルルがテオドールまで送ると言い出したのだ。最初もそうだったし、それから何回か黒き森(シュヴァルツヴァルト)に来た時も、帰りはルーナだけでシャルルと別れるのはいつも森だった。


「別に何かあるわけではないです。ただ一時の気の迷いですから」


 なんかまるでそれが悪いことのような言い方だな、それ。


「では、また明日」


 シャルルはルーナの上に(またが)ったまま、角の間から顔を出して、小さく手を振りつつそう言った。


「ああ、また明日な。絶対に母さんに顔出して来いよ。部屋に入る前にな」


 シャルルは嬉しそうに微笑んで、


「はいっ、明日も絶対に来ます。それじゃ帰ろっ、ルーナ」


 シャルルがルーナの頭を撫でると、ルーナはくるるっと鳴いて、身を翻し地を蹴った。そして瞬く間に亜音速。心配になるほどの速さで表の大通りを駆け、その姿はすぐに見えなくなった。

 相変わらず速いよな、ベルンヴァーユ。


「アルくん」

「はい?」


 突然背後からかけられた声に振り返ると、そこには背が高い、あごひげを生やした男性が立っていた。聞いたことのある声だなと思ったら、ウチによく顔を出す常連客だった。確か運輸業専門の船長だとか言っていた気もする。確か名前は――。


「――ラスクさんでしたっけ?」

「おいしそうな名前だけど、俺の名前はガスクだよ」

「名前覚えるのは苦手なんで、すいませんガスクさん」

「いや、いいさ。たまに間違えられるんでね。大抵何故か皆ラスクだけど」


 何の用だろう。はっきり言って、ガスクさんに話しかけられるような心当たりは全くない。店番ぐらいはしたことあるが、そもそも回数が少ない上、話をしたのもせいぜい一回程度。それも十秒ほどの他愛ない儀礼上の会話だけで中身はない。よってガスクさんとはあまり接点がない。

 そんな考えが顔に出たのだろう。ガスクさんは自分から口を開いた。


「ははは、別に用ってわけじゃないんだけどね。さっきここにいた可愛い子って……アルくんの彼女かい?」


 ……なんで俺の周りの大人は、俺とシャルルの関係を勘違いするんだろう。母さんといい、ガスクさんといい。


「シャルルとはただの友達ですけど……それがどうかしましたか?」

「なんだ、お似合いに見えたからからかってやろうと思ったのに」


 性格、悪っ。とは口に出さない。早くあっち行ってくれないかなぁと思っていると、ガスクさんは急に辺りをキョロキョロと見回し、グッと顔を寄せてきた。


「ところであの子が乗ってたのってさ、ベルンヴァーユだよね」


 この人はひげが似合わないなぁ、と無駄なことを考えていた俺は、突然の話題転換に戸惑いつつも、


「えっと……ルーナのことか。はい、そうですよ」


 俺の肯定の言葉に、ガスクさんはあごひげをさする。


「へーぇ」


 ガスクさんはそう嘆息するように呟くと、俺に背を向けて、さっさと港の方に歩いていってしまった。


「何なんだ……?」


 確かにベルンヴァーユを見たと言えば、酒の肴ぐらいにはなるだろう。商業都市とはいえ、ベルンヴァーユの取引は滅多にあることじゃない。見たことのある人間は少ないからな。

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