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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
18/121

(16)『不可抗力』(改稿済み)

「ア、アルッ、アルヴァレイさん……!?」


 気まずい刹那の沈黙を突き破り、シャルルの涙声が小屋の中に響く。


「ち、違うぞシャルル!」


 口をパクパクさせるだけで何も言えない様子のシャルルを見て、俺の頭の中にさっきは(よぎ)った程度だった妄想が鮮明にカムバック。

 俺の頭はアホなのか!?

 妄想を振り払うこととシャルルへの否定の2つの意味を込めて、ぶんぶんと激しく頭を横に振る。そして同時にシャルルの上から慌てて飛び退いた。


「今のは事故だっ、不可抗力だっ!」


 単調な弁解を繰り返す俺の前で、シャルルはバッと上体を起こすと、外套で身体を隠すように手で押さえながらズザザッと後ろの壁まで後ずさった。

 その拍子に被ったままでずっと外さなかった帽子が落ちてしまう程の勢いで――。


「え……?」


 何だ……アレ?

 初めて全貌が明らかになった金髪の下から伸びてるモノは……?

 まるで……動物の、耳、みたいな……。


「きゃうっ!」


 シャルルは叩かれた犬みたいな声をあげて、床に落ちた帽子を拾い、その中に頭を思いきり突っ込んだ。

 そして両手で帽子を押さえ、壁に寄りかかるように震え始めた。


「シャルル……今のって……」


 ピクンッ。

 俺が声をかけた瞬間シャルルは大きく震え、その後はぴくりとも動かなくなる。


「シャ」

「覚悟は……」


 俺の言葉を遮って、シャルルは言葉を(つむ)ぎ出した。


「覚悟はしてたんですけど……やっぱり自分から言い出す方が良かったです……」


 そう言ってゆっくりと、おそるおそるといった調子で帽子をとって下におろした。同時にさっき見たそれは夢や幻などではなかったことが証明されてしまった。


「それ……耳、なのか……?」

「……はい」


 シャルルの顔の横、ちょうど普通の人類と同じところに、先が尖り全体がクリーム色の毛に覆われた獣の耳があった。俺がそれをじっと観察しているとわずか十秒にも満たない間に、まっすぐぴんと立っていたかと思うと、上下に揺れ始めたりせわしない。


「えっと……耳飾り?」

「……耳です」


 現実逃避失敗、と同時に唖然。

 確かに種族ごとに身体に特徴が異なるのは分かる。例えば最も単純な身体をしている人間を基準にすると、魔族には角や羽の生えている一族もあれば、神族は総じて耳が尖っている。

 しかし、今までに獣の耳が生えている種族なんて、聞いたことも見たこともない。これまでの人生において、生物学的にも重要な医学書にすら目を通してきたのだ。まず間違いなく異常の範疇にある。


「シャルルって魔族?」

「……違います」


 比較的身体の作りが似ている神族と人間に対し、翼や角など魔族は少し変わった特徴を有するものが多い。

 そうでないなら、シャルルはいったい何なんだ?


「神族とか魔族とか人間とか、多分私はそういう(たぐい)のものじゃないんだと思います。あまり昔の記憶がないので、よくは分かりませんけど。そんな気がします」

「記憶喪失……とか?」


 記憶喪失の何を知ってるわけではないが、何らかのショックで記憶を失うことぐらいは知っている。それにしたって耳の異形に説明がつかないが。


「……わかりません」


 シャルルはそう言うとうつむいてプルプルと震え始めた。たぶん怖いのだろう。友達を、人間関係を失うのが。


「……アルヴァレイさん。私のこと、怖くなりましたよね?」


 なんで断定調なのに疑問系よ、お前は。


「……別に。言っただろ。ずっと友達だって。お前も頷いてたじゃねえか。今さらお前の方から撤回するなんて無しだぞ」

「しませんっ。したくない……したくないです……」

「そっか……ならよかった。まあでも、一言だけ言わせて貰うとしたら……ちょっと拍子抜けだったかな」


 自分が『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』だってことはもう自分からばらしてるわけだし。そんな奴がそれでも隠してたことなんてもっとやばいことぐらいしか思いつかなかったからな。


「拍子抜け……ですか?」


 俺は、驚いたように目を丸くしてくれるシャルルの反応に心を和ませると、


「あぁ、だから他にも隠してることがあったら、先に言っとけよ。いちいち驚くのも疲れるからさ」


 俺がそう言うと、シャルルは不思議そうでかつ嬉しそうな加えて躊躇うようなどれとも言えない混沌とした表情を浮かべると、何かの決意を目に秘めたように、力強くバッとローブを脱ぎ捨てた。

 そして、相変わらず短い腰巻きを留めるボタンに指をかけ、呆然とする俺の目の前で――外しやがった。


「ちょっ!」


 止める間もなくシャルルの手から腰巻きが離れ、重力に従ってパサッと床に落ちた。

 そしてその下にあった布の白が目に入った瞬間、


「何考えてんだ、お前!」


 思わず叫んで手で目を覆う。


「ちゃんと見て下さい! 私だって、はっ、恥ずかしいんですからっ!」


 ならなんでこんなことするんだよ。


「今見なかったら今度アルヴァレイさんの部屋でまた脱ぎますよ!」


 最悪レベルの脅迫だ! 母さんに見られたらどうなると思ってんだ、特に俺が!


「それでも駄目なら裏通りで脱ぎます!」


 既に度しがたい露出狂の台詞になってる、がしかし、そんなことをされたら俺は社会的に抹殺されかねない。


「わかった! わかったから!」


 ちくしょう見ればいいんだろ見れば! と半ばやけくそになりながらも、俺はおそるおそる目を覆う両手を外す。


 パタパタッ。

 バッと素早く目を覆う。

 うん、今の何かな。

 シャルルからの反応がないので、もう一度おそるおそる両手を外す。

 パタッ、パタパタッ!


「……尻尾……飾り?」


 シャルルのお尻から狐や狼の尻尾のような毛の束が生えていた。

 毛皮に詳しいわけではないが、艶のある毛並みにふわふわとした毛先を見ると、テオドールの市場で大量に見るような取引品とは明らかに違っている。あっちは安物混じりだが、こっちは貴族御用達クラスの一級品じゃないのか?


「これ……尻尾なんです」


 なんですか……。で、なんでシャルルさんのお尻にそんなものが生えてらっしゃるのでしょうか……。


「普通の人類には尻尾なんか生えてないよな……?」

「はい……今のところ見たことはないです……私だけこんなので……」


 悲しげにうつむくシャルル。

 なるほど、今まで深い人間関係を築けなかったのはこっちにも原因がありそうだ。


「……アルヴァレイさん。私のこと、怖くなりましたよね?」


 この子はさっきの遣り取りをもう一度繰り返す気なんですかね。


「ならないって言ってんだろうが。別に耳やら尻尾の有無で友達選んでるんじゃねえぞ。お前、俺の耳がそんなんで尻尾が生えてたらどう思うよ」

「親近感が湧きます」


 そういう話じゃねえよ。それはお前と同じだからだろうが。


「……まあいいや。要はお前も尻尾とかで友達選ぶわけじゃないだろってことだ」

「はい、もちろんです。私の『家族』にも手足が無いせいでどこから尻尾かわからない子がいますし」


 なにその蛇みたいな奴――――ん?


「お前、家族いるのか?」

「あ、えっと……血の繋がりはないんですけど、この森に住んでる同士、とても仲良しさんなので『家族』って呼ぶことにしたんです。皆でそう決めました」


 あれ?


「でも、この森って人は住んでないんじゃなかったか?」

「人じゃなくて動物ですから」


 さっき言ってたのはホントにホントの蛇さんかよ。俺、蛇嫌いなんだけどな。

 ていうか家族のことを話してる時のシャルルの尻尾、すごく嬉しそうに動いててなんか可愛い。ついてるのはシャルルのお尻なのに、小動物を愛でてる気分だ。


「こういう尻尾の動き方って、癒されるというか……なんか可愛いよな」


 さりげなく本心を暴露しつつ、素早い身のこなしでシャルルの後ろにまわる。そして、悪戯心にかられてその尻尾を掴んだ――。


「わひゃっ」


 途端、びっくりしたのかシャルルが可愛い声で鳴いた。

 なでなで。


「にゃにゃにゃ!」


 可愛かった。


「面白いな、これ……痛っ」


 尻尾で顔を思いきりはたかれた。シャルルは顔を真っ赤にして、バッと飛び退き、警戒しながらローブを拾い上げて羽織った。どうも尻尾を触られるとどうにかなるらしい。どうなるかはわからないが。


「怒りますよ、アルヴァレイさん!」


 もう怒ってるじゃん。

 とは言え、いつも丁寧で物腰柔らかな言葉遣いなので冷静さを欠くシャルルの姿は新鮮で、見ていて楽しい。可愛いというのは間違いないけれど。


「そう怒るなよ。そんなことより、シャルルの家族を紹介してくれよ。友達なんだからそんぐらいいいだろ」


 ホントに怒ってるっぽいシャルルの気を逸らせるために考え無しに言ったこの台詞。俺はその日の夕方までにかけて三十回ほど後悔することになる。

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