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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
14/121

(12)『カミングアウト』(改稿済み)

「私の名はシャルロット=D=グラーフアイゼン。そして……『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』は――」


 こくん、とシャルルは息を呑んだ。


「――私です」


 小屋の中に入った途端、シャルルは俺にそう告げた。

 なんとなく変だな、と思いつつも、最悪の事態として想定はしていたからだろうか。シャルルの告白に対して、さほど驚きを感じていなかった。

 心拍数も正常、呼吸も正常、ただひとつだけその適応力だけが異常だった。

 確かに俺は大抵のことは受け入れる性質(たち)だけど、さすがに限度もあるだろうと思っていたが――――まさか際限なしに受け入れるつもりじゃないだろうな、俺。


「シャルル、とりあえず――」


 目の前で静かに佇むシャルルに、


「――これ」

「ダメです」


 まだ何も言えてない。


「縄を……」

「イヤです」


 とりつくしまもないとはこのことか。俺はただ、両手を頭の上で柱に拘束するこの縄をほどいてほしいだけなのに。


「なんでこんな縛ったりするんだよ」

「アルヴァレイさんを怖がらせるためです。食べちゃいますよ」


 そう言って口をパクパクさせるシャルルの姿は怖さとは完全に正反対の滑稽さで、むしろいつも通りの子供子供した可愛らしささえある。

 ていうかシャルル、何がしたいのかは知らないが、それを言っちゃったら全然怖くないだろう。今はある意味怖いけど。


「ガオーです」


 可愛い。牙を剥いているつもりなのだろうが、お前の犬歯はほとんど尖ってないからな? さっきのおかしくなったシャルルからどんだけ幼児逆行してんだよ。


「シャルルが『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』だったのはとりあえずわかったけど、どうして俺をここに連れてきたんだ? わざわざ連れてきてまでそれを知らせる必要あるのかって思う」


 正直、一番それが知りたかったし、今はそれが一番怖い。

 今まではシャルルを世間知らずの箱入り娘か何かだと思っていたから結構衝撃的なカミングアウトだったけれど、それを知る知らないで何かが変わるとも思えない。そもそも友達なんてそんなもんだろ。そいつの秘密を知ってるかどうかで心変わりする友達なんて今まではいなかったしな。ヴァニパルには馬鹿すぎる秘密を隠し続けている友達やつもいたけど。

 とにかく、シャルルが昔から噂されているような『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』じゃないことぐらいはもうわかってる。ついでにシャルルが宣言通りの16歳じゃないことも貴族の子女なんかじゃないこともわかってる。貴族の子女に対する『生まれのいい奴は大抵やなヤツ』って認識を変える必要もなさそうだ。あと気になるとすれば、シャルルが本当は戦技歴何年かということぐらいだ。

 今のこのシャルルすら演技だったら、どうしようもないんだが、なんとなくそこまで器用そうにも見えない。

 俺は友達(シャルル)を疑いたくはない。シャルルがもし残虐な魔女だったらなんて考えたくもない。今までの時間が嘘だったなんてことも考えたくはない。

 ただどんなに言葉を並べ立てても、言い訳で飾り立てても、結局のところ怖いものは怖い。だから、この質問をすることもかなり覚悟してからのことだった。

 それなのに――――シャルルはなぜ黙ってるんだ?

 どうして何も言わない。俺が望む答えを一言言ってくれれば全てが終わって、今まで通りに戻れるだろうに。

 シャルルは少し間を置いて、スッと俺の足を指差した。


「――震えてますよ」

「え?」


 見ると、俺の足は確かに小刻みに震えていた。ずっと不安定な立ち姿勢を強制されて疲れているのか、あるいは無意識の内に覚えた恐怖からくるものか。


「アルヴァレイさん。私が魔女だってわかったら怖いですか?」


 真面目な声色――どうやらシャルルは本気で俺の本心を聞きたいようだった。

 俺でもよくわからない、まとまりのつかない本心。どう答えるかによって俺とシャルルの関係が大きく変わってしまうのなら、俺はたぶん卑怯者なんだろうな。


「……確かに怖いことは怖いよ」


 その言葉を聞いたシャルルは、射抜かれたように後ずさった。


「やっぱり……ア、アルヴァレイさんもそうなんですよね。あ、当たり前です……よね。私は……『魔女(トイフェル)』なんですから」


 シャルルは震える声で自嘲する。


「違う」


 俺は――――卑怯だ。

 この一ヶ月間シャルルを見てきて、その性格はだいたい把握してる。どう言えば納得しやすいかもだいたいわかる。

 だから卑怯なんだ。シャルルの願い通りに本心を口に出したりはしないから。


「何が違うんですか?」


 シャルルの切実な想いがわかるから辛い。その辛さが本人の比じゃないこともわかるのに、俺は本心から否定することができなかった。


「俺は、シャルルが『魔女』って呼ばれてることを怖がってるんじゃない。シャルルが本当の魔女だったらって考えると怖いだけだ。今のそのお前が俺を油断させるための演技で、本当は残酷な性格を持つ危険人物だったらって思うと怖いんだ」


 嘘だ。

 隠しきれない本能的な恐怖が俺を饒舌(じょうぜつ)にしている。


「嘘ですね。声が震えてますよ……。でもありがとうございます。嘘でも嬉しいです。やっぱりアルヴァレイさんは優しい人です」

「そんなんじゃ――」


 優しくなんてない。ただ逃げているだけだった。

 こんな話を普通にしている自分が怖い。なんで自分はこんなにも、自分を客観視できるのかもわからない。俺が途中から考えていたのは、話を早く切り上げてテオドールに戻りたい、それだけだった。曖昧で安直な答えを返し、シャルルを都合よく言いくるめることで早く解放されたかったんだ。


「最初に……」


 悲しげに目を伏せていたシャルルがそう切り出した。


「最初に会った時、アルヴァレイさん言ってましたから……。『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』に会いに行こうとしたって。だからです。それだけです……」


 そう言って言葉を切り、シャルルはテーブルの上に置いてあった儀礼用の小剣を手にとり、手の中でくるくると回し始めた。

 お前、小剣(ソレ)をどうするつもりなんだ……?

 嫌な予感を完全否定できない自分が大嫌いになりそうだった。

 シャルルは小剣を順手で持つと、俺に歩み寄ってくる。

 そして俺は、身構えた自分を後悔した。


「私が『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』シャルロット=D=グラーフアイゼンです。恐ろしくておぞましい魔女です」


 投げやりにそう言ったシャルルは、背伸びをしてさっきイヤと言っていた縄をその小剣で切った。


「こうでもしないと……話を聞いても貰えないと思ったんです」


 俺ははっきりと気づいた。

 彼女は、シャルルは魔女じゃない。ただこの森に住んでいるってだけで怖がられてはいるけれど、か弱くて優しくて怖がりで、ちょっと不器用な普通の女の子なんだ。

 そう思って気がつくと、さっきまで感じていた恐怖は全て消え去っていた。

 本心を、出せそうだった。


「シャルル、友達って何かわかるか?」

「……わかりません」

「わからないのかよ!」


 話が進まないじゃねえか。


「ま、正直俺もよくわからないんだけどな。曖昧だけどこんな感じのものなんだな~ってのはわかってる」


 シャルルの表情は強張っていて、俺が何を言おうとしているか、その意図が読めていないようだった。


「俺の友達にはな、本名を明かさないくせに親友だと思ってる馬鹿がいる。でもそんな奴でも友達だとは思ってるんだ」


 親友とは思ってないが。

 親友なら名前ぐらい教えろよ、って本気で腹立つ。


「友達なんていくつも形があるもんだろ。俺が友達だと思ってる奴にはな、他にもこんな奴がいる。周りからの認識を気にして余計で見当違いな勘違いをして、それで暴走して無駄な杞憂をしてる馬鹿が」


 俺の友達は馬鹿しかいない。


「そんな人がいるんですか……」


 お前だ、馬鹿。


「シャルル、余計な心配しなくてもいいぞ。お前は俺の友達なんだから」


 これは隠す必要のない本心だ。

 その言葉を聞いたシャルルは1、2拍の()を空けて表情を和らげた。

 ていうかうっすら目に涙が溜まってさえいる。察するに、シャルルが魔女と言うことを知った奴は最低の反応しかしなかったのだろう。

 だからこそシャルルはぶつかっただけという俺との出会いも大切にしようとしていたのだから。

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