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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
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(11)『森の魔女』(改稿済み)

 『ある種の天才(アホ)』シャルロット=D=グラーフアイゼンの致命的失敗によって、悪魔の山ハクアクロアに飛ばされた俺の前にいた幻の騎獣ベルンヴァーユ。

 わずかな時間を共に過ごしたソイツは突然立ち上がったかと思うと崖から跳んで、崖下に広がる黒き森(シュヴァルツヴァルト)に着地後、なんとわずか1分ちょっとで森の中を駆け抜け、5分もしない内にテオドールの中に飛び込んでいった。

 概算速度はなんと亜音速。正直、生物に出せる限界を超えてるだろとも思うが、ベルンヴァーユにとっては普通らしい。

 そしてこれまたわずかな時間で街から飛び出してきたベルンヴァーユは、その背に誰かを乗せていた。

 瞬く間と言う程は短くもないが、5分ちょっとで森の入り口に差し掛かるのを見て、さらに5分ほど経った頃にハクアクロアを登ってきたらしいそのベルンヴァーユは、再び俺の前で立ち止まった。

 というか予想できて然るべきだったのだが、ベルンヴァーユに乗っていたのは、この事態の主犯、シャルルさんだった。

 むしろ空間転移魔法(テュアシュトラーセ)の事故で強制的に飛ばされた先に、いかにも待っていましたというように座っていたベルンヴァーユがテオドールに行って戻ってきた。これだけの状況が揃っててすぐにわからなかった俺が馬鹿だった。

 俺はこの時までは本当に、ほっぺたをつねるくらいで許してやるつもりだったのだ。これも別に罰ではなく、ただシャルルの柔らかいほっぺたをいじりたいだけなのだが。正直1ヶ月シャルルのドジをことごとく流してきた俺には今さらこんなことで怒る気も起きない。笑って済ませるのもまあいいかという気分で、今回も軽く許すつもりでいた。

 シャルルの第一声を聞くまでは。


「どうして先に行っちゃうんですか?」


 俺、キレてもいいよな。


「シャルル、そっから降りてこっち来い」


 シャルルは何の疑いも抱いていないような無邪気な顔で、ベルンヴァーユから降りると、素直に俺の元に歩み寄ってくる。


「何ですか?」

「とりあえずそこに座れ」


 と手近な木陰を指すと、シャルルは首を傾げながらもそこに正座する。

 そして、俺もその目の前に座ると、


「この馬鹿ッ!」


 ビクンッ、と怒鳴りつけられたシャルルの肩が跳ねる。


「今回は俺で、空間転移魔法(テュアシュトラーセ)を母さんが見てたからよかったけどなっ! 俺じゃなくて、しかも誰も見てない時だったらどうすんだ!」


 俺が怒鳴りつける度に、シャルルはビクッビクンッと身をすくませる。


「ご、ごめんなさい……」


 さっきの第一声を聞く限り、どうやら自分が何をやったのかいまだに理解していなかったらしいし――それはそれで問題だが――母さんはともかく俺の不注意もあるわけだからこの辺で許してやってもいいよな。


「お、お詫び……させて下さい」


 俺がシャルルの頬をつねるために手を伸ばした時、うつむいていたシャルルは弱々しい声でそう言った。

 そういえば、なんでコイツはここまでお詫びにこだわるんだ?


「しなくていいよ。もう色々面倒だし」


 正直面倒なのは後でしなきゃいけないだろう母さんへの説明だ。


()()()()()()()()()()しな」


 俺がそう言った瞬間、シャルルがバッと顔を上げた。


「シャルル……?」


 思わず声を出してしまったのは、目の前のシャルルの様子がおかしかったからだ。膝の上の手を震えるほど握りしめ、目をカッと見開き、まるで聞きたくない言葉を聞いたような表情だった。


「その言葉……何処で……」


 普段通りの弱々しい声で、シャルルの呟きが聞こえてくる。いつもと同じ声なのに、何故かそれは聞き取りにくかった。


「なんで……」

「どうかしたのか……シャルル?」


 ピクッ――と帽子が揺れた。


「あ……い、いえ……その……」


 シャルルは何かを口ごもり、視線をさ迷わせた。何かを考えているような、いや、迷っているような表情だった。


「シャ――」

「アルヴァレイさん!」


 様子がおかしいシャルルをなだめるために、馬鹿明るい声で『シャルル、とりあえずテオドールに戻ろう。飯もまだだしさ!』と言おうと口を開いた瞬間、その言葉を遮るようにあのシャルルが叫んだ。

 普段と違う、それだけでこんなにも緊張をあおられるなんて。


「な、何だよ……」


 気圧されそうになった自分を隠しつつ、シャルルにそう問うと、


「ルーナに……ルーナに乗って下さい」


 ルーナ?

 首を傾げるのも抑えて、シャルルの指先を目で追う。その先には――。


「コイツ……ルーナって名前なのか」


 むしろルーナってコイツだったのか、って感じだ。人だと思ってた。

 なるほど。何処からなのかは知らないが、ベルンヴァーユの足ならテオドールまで1時間っていうのもあながち嘘でもなさそうだ。というかそんなにかかるのかすら疑問だな、さっきのを見てると。

 無理やり思考を別方向に切り換えると、シャルルの台詞をもう一度反芻(はんすう)する。

 『ルーナに乗って下さい』。

 察するに、俺の考え通りテオドールに向かう訳じゃなさそうだ。

 様子がおかしいのは初対面以来だが、このまま信じないというのも酷だろう。

 ハクアクロア(ここ)じゃ逃げ場も無いしな。悪い奴じゃないのもわかってる。

 ただ一応、理由(ワケ)ぐらいは訊いてもいいよな。


「どうしてだ?」

「見せたいモノがあるんです」


 即答。まるで俺の質問を予期していたように淀みない返答。いつもの健気(けなげ)なシャルルからは信じられないようなしたたかさだった。


「……わかった」


 誰ともなしに言っとくが、ビビったわけじゃないからな。

 言い訳じゃない。

 なぜなら――。



 ――秘密を共有していくのも友情を深める道の1つだから。

 最短でもなければ、最良でもない、どちらかと言えば(いばら)の道だが、それで得られるモノは大きい。


「必要なのは少しの度胸……か」


 俺は自分だけに聞こえるような小さな声でそう呟くと、体勢を低くして乗りやすくしてくれるルーナに歩み寄った。





 ドドッドドッと重い音を響かせながら、ベルンヴァーユのルーナの蹄が足下の地面を割り砕きながら走っている。


「絶対に角から手を放さないで下さい」


 普通なら、このスピードだとつかまってても振り落とされそうなんだけどな。ベルンヴァーユは素人では乗りこなせないというのは、この辺りから来ているのかもしれない。

 しかもこの森、前も後ろも右も左も似たような景色ばっかりでまっすぐ進んでいるのかもよくわからない。森の木々が勝手に避けていくようで酔いそうになる。実際には木々の間を縫うように走っているだけなのだろうが、そう錯覚してしまうほどに横に振られることも縦に揺れることもほとんど無かった(曲がる時は別)。度を超した速度とは、裏腹な快適さだった。

 そうこうしている内に、突然目の前が明るくなった。

 目の前にあったのは、木の生えてない、(ひら)けた小高い丘。薄暗い森から抜けたのだ。


 ドガッ。

 地面をえぐる音がしてルーナが止まる。

 えっと……さっきハクアクロアから黒き森(シュヴァルツヴァルト)に入るまで3分ほどだったから……えっと……何分だ?

 無駄なことを考えつつボーッとしていると、シャルルがルーナから飛び降りる。そのフォームの見栄えがよかったから、見よう見まねで後に続こうとするも、慣れもない素人ができるわけもなく、案の定落ちた。

 周りの状況もうまく掴めないままに振り向くと、シャルルは木造の小屋の前に立っていた。大きさだけ見れば小屋と言うよりは小さな家だったが。


「アルヴァレイさん」


 シャルル側を風上に、サァーッと風が吹き抜けていき、思わず目を守る。その一瞬で入った視界で、シャルルの帽子やローブがバタバタとはためいた。


「あなたは魔女が怖いですか?」


 魔女……?


「魔女……って『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』のことか?」

「はい。……彼女(ヽヽ)は『幻夜げんや狂客きょうかく』と呼ばれていたこともありますけど」

「知り合い……なのか」

「いいえ。でも()()()()()()()。どうですか、アルヴァレイさん。あなたは魔女が怖いですか?」


 そもそもテオドールの住人の中で、俺ほどあの『魔女』に同情的な奴はいないんじゃないかとも思う。

 正直、謎ばかりで特に事件を起こした話を聞いたことがないからな。

 ただ――。


「怖くないとは言い切れないけど――」

「そう……ですか……」


 シャルルはわずかに目を伏せると、悲しげで無理な微笑みを浮かべた。


「ちょっと待て。なんでお前が悲しいのかは知らんが理由を聞け理由を!」

「理由……?」


 ちくしょう。思わず口走っちゃったけど、『怖くないとは言い切れない』理由って何だよ! 考えろ、考えるんだ俺! いや、むしろ考えるな、感じるんだ。


「ほら、俺は黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女がどんな奴か知らないし、何もわからないんだから怖いのは当たり前だろ? もしかしたらいい奴かもしれないけど、もしかしたら悪い奴かもしれないし」


 口に出して改めて思ったけど、理由としては結構まともだな。うん、シャルルには悪いけど即席にしてはなかなかだ。


「何も知らない……ですか」


 何処か不満そうなシャルルの声に違和感を覚えた。

 シャルルは目を閉じ、何かを呟きながら何度も頷くと、


「見せたいモノがあります。どうぞ、中に入って下さい」


 そう言って、シャルルは目の前の小屋を指差した。


「それはいいけど……ここって誰の――」


 そう言ってシャルルの顔を見た瞬間――――ゾクン……ッ。

 背すじが凍りつくような感覚を覚えた。覚えた、というのはやや弱い。恐ろしいほどに衝撃的な感覚が、全身を貫いた。

 冷たい微笑。

 こんな――ここまで見た者に恐怖すら感じさせる表情があるものなのか……!? 


「ようこそ。『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』の居城へ」


 シャルルのゾっとするほど冷たい声は、静かに俺の耳に届いた。

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