(22)『方針』
「この森にいたのがわかったのはそれなりに収穫だったけど、アルと会っちゃったって言うのはあんまり良くない状況ね」
朝食までの繋ぎにと皆で携帯食料を囲んで摘まんでいると、小さめの干し肉を口に放り込んだ紙縒が困ったように呟いた。
シャルルとの遭遇から間もなく元の場所に戻ってきた俺と紙縒はまずルーナとヴィルアリアを起こし、何も言わずにテオドールの大朝市――怒濤市で朝食を調達してきてもらうという名目で体よく席を外させた。
怒濤市は世界最大の商業都市テオドールの名物で、街の中心広場とそこから伸びる東西南北の主要道路、さらに枝分かれする中街道までも広がる桁違いに巨大な朝市だ。
ルーナも多少は慣れているだろうが、今まで人としての生活を殆ど送ってきていないために世情に疎い彼女だけでは少々不安が残る。その点、街に住んでいたわけでもないのに地図から正確に街の構造と現在位置が把握できるヴィルアリアに一緒に行ってもらえると安心できる、という旨の説明に疑う様子もなく快諾してくれた二人を見送ると、俺と紙縒はその間に残る全員にシャルルに遭遇したという報告をした。
最も強く興味を引かれていそうだったのはシャルルの事情を俺を通じて知っているヘカテーだったが、最も強く反応を示していたのはやはり久遠だった。本人の話によると家族の命がかかっているようだから無理もないが。
「それで? どうするつもりなの、アル」
仕切り直して俺の意見を聞いてきた紙縒に一度無言で頷いて見せると、未だに動揺を隠せずにいる久遠を一瞥して、自分の考えをまとめ始める。
「多分シャルルはもう森を離れてると思う。今更探しても隈無く探し切る頃には十中八九手遅れだな」
「同意見ね」
俺と紙縒の遣り取りを聞いた久遠の頭は見る見る下がり、悲愴感と言うべき鈍重な暗い雰囲気が周囲に漂い始める。最早その視線は絶望と現実の危ない狭間をさ迷っていた。
これはまずい。
「ま、まあでも、可能性がないわけじゃないし、今追いかけてもシャルルは基礎能力がずば抜けて高い上に魔法も使えるからな。本気を出されたらどうせ逃げられるし。それならシャルルがどんくさい可能性に賭けて多少でもこの森を探してみるのも悪くないと思う」
「そのどんくさい可能性ってのはどのくらい見込めるの?」
「二割方かな」
「作戦行動決行には考えられないパーセンテージね。とは言え次の当てがあるわけじゃないし、個人判断ならありかも。どちらにしてももし何かと遭遇した時にこの戦力じゃ不安ってのは残るけど」
どうもこの手の荒事や裏事情に詳しいらしい紙縒が思案顔で呻く。改めて考えてもこの森に来れるような戦力が揃っていないから致し方ないが。
「そうそう、稲荷はともかくとしてアンタは何処まで戦えるの?」
昨日の会話を思い出したのか、紙縒が久遠に話を振る。しかし突然声を掛けられて驚いたのか、挙動不審度が一時急上昇した久遠は激しく周囲に視線を泳がせる。
「アンタに話しかけてんのよッ」
「ひぅっ!」
紙縒に怒鳴られ、久遠は座ったままの姿勢でぴょこんと飛び跳ねた。
「こ、紙縒。怯えてるし、あんまり怒鳴っちゃ可哀想だよ」
見かねた康平が間に入ろうとした途端、さらに目付きの鋭くなった紙縒がぎろりと射抜くように康平を睨み付ける。
「あによ、康平。まさかこういうのが好みなの? か弱いし、線も細いし、優しくしといたら懐いてくれそうだもんね。精々仲良くしてればいいじゃない!」
「えぇっ!? 何でそうなるの!?」
突然不機嫌になってそっぽを向く紙縒に、康平は慌てふためくばかりで何もできない。下手に言葉を続ければ、火に油を注ぐことになりかねないからいい対処と言える。
基本的に不機嫌な女性には逆らうなというのは俺が旅の道中で学んだ教訓だ。
特に、ルシフェルやリィラのように機嫌が悪いと周囲に当たり散らす(物理)ほどじゃないが、紙縒もそういう時にキツい性格が表に出る人間だ。付き合いが長い康平もその辺りは勝手知ったるところだろう。
それに紙縒が中心になって話していた以上、康平が話を引き継ぐわけにもいかない。俺も男という共通点から火油の可能性は否めない。となると、やはり女の子の誰かに話を引き継いでもらうしかないな、と結論付けてよく考えると、選択肢はもうヘカテーしか残っていなかった。こういうことによく気がつくヴィルアリアは斯く言う俺自身が席を外させてしまったわけだし、ヘカテーに頼むしかないだろう。
というわけでヘカテーに視線を送ると、少し困ったように笑ったヘカテーは『仕方ないですね。わかりました』と言っているような表情で頷いてくれた。
「紙縒さん、それなら私は質問を変えるべきだと思いますよ」
「どういうこと?」
当事者の久遠を除いて現在唯一の同性だからか、あるいは仲がいいからか、紙縒は不機嫌など感じさせない素の表情でヘカテーに振り返った。
「戦えるかどうかではなく、一人で稲荷くんを護れるかどうかを聞くべきだと」
「あ、あぁ、そっちね……。た、確かに元々八人組じゃなくて、二人組二組と四人組って考えればそうなのかも」
こういう頭の切り替えに関してはさすがと言わざるを得ないな。リィラさんも見習って欲しいものだ。
尤もあの人はこと真面目な戦闘行為に関しては直前に何があろうが無関係で十全の実力を出せるのだが。よく言えば迷いがなく、悪く言えば冷徹なのだ。
「久遠さん、どうですか?」
「は、はい……。戦う、のは……苦手、です、けど……稲荷くんは、護り、ます……! 私は、お姉ちゃんっだからッ……!」
少し迷いはあるのだろう。
おそらく久遠は本当に戦いが苦手、もしくは怖いのだろう。だからこそ言葉が葛藤で揺らぐ。それでも言い切った。お姉ちゃんだからと、下の子を護ると言い切ってみせた。
そして、さっきまで事情を飲み込めないながらも恐々としていた稲荷の顔にも姉への信頼と期待が確かなものになっている。
上の子的にはそれで合格である。
「じゃあアリアとルーナが戻り次第少し森の中を捜索してみよう。もしまだいるならルーナも何か気がつくかもしれないし」
「あんまり意識しなかったけど、あの子目,鼻,耳,脚に高位魔法適性と揃ったスペシャルチート生物だったっけ……」
紙縒が半ば呆れるようによくわからない言語混じりの言葉を呟き始める。
大体言いたいことはわかるが。
世界広しと言えどここまで神に愛された優れた動物もそういないから無理もない。その中でもルーナは特に、ただでさえ高い能力を持つベルンヴァーユの身体で旧き理を背負う者になったのだ。同種の中でもずば抜けているだろう。
単純な身体能力だけなら、強力な旧理ルシフェルの力の余韻をその身に宿すヘカテーにも匹敵するらしいし。
「仮に何か危険種とか強力な野獣が出たら……ヘカテーと紙縒は頼りにしてる」
「なんかアルが微妙に情けないわね……」
「アルヴァレイさん……」
二人の可哀想なものを見る目が痛い!
「ふ、二人より弱いのは自覚してるからな。分を弁えてると言ってくれ」
「そういうのと男として情けないのとは違うと思うけど、その辺りどう?」
紙縒が容赦ない!
にやにやと意地悪く笑う紙縒がわかっててそう言っているのは明白だった。
「そういう意味まで含めて頼りになるの、アルしかいないじゃない? そこはやっぱり嘘でも護るって言った方がかっこよかったかなー、なんて」
「そう言えれば一番良かったんだけどな。一夜過ごしておいて説得力に欠けるかもしれないけど、この森は本当に危ないんだよ。俺が嘘でも楽観的でも護り抜くって断言できるのはアリア一人だけだ」
「出たナチュラルシスコン発言」
「またそれか」
大体しすこんって何なんだ。
どうでもいいが、さりげなく役に立たないとか男として情けないとか戦力外とかその辺りの意味の烙印を捺された康平が後ろの方で一人落ち込んでるぞ。




