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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
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(10)『高速の幻獣』(改稿済み)

 準備運動、数回の素振り練習、そしていつもは三回やる流撃――戦技用語でいわゆる連撃、それも文字通り流れるような動作で一連の技を()める攻撃だ――を一回終えたところで、トントンと肩を叩かれた。

 振り返ると、シャルルが立っていた。


「アルヴァレイさ――」

凶器(コレ)振り回してたってのに危ないだろうが!」

「ご、ごめんなさっ……!」


 何かを言おうとしていたらしいシャルルは、縮こまったまま何も言わなかった。その姿を見ていると、こっちが悪いことをしている気分になる。


「はぁ……で、どうかしたのか?」

「は、はひっ。その……お母さまがご飯だって……呼んでます……」

「あぁ、先に行っててくれ。コレ置いてからすぐに行くから」

「あ……わ、わかりました」


 シャルルは後ろの俺を何度も振り返りながら、裏口の戸を開けて中に入っていく。

 たぶん怖がらせてしまったんだろう。そんな感じだった。

 手早く鉤爪を外し、短剣を鞘に納めると、それらを革袋に放り込む。そして、裏口の前に立った時だった。


「ん?」


 ふと見ると、シャルルの描いていた魔法陣は、直径四十センチくらいになっていた。


「あれ? この形、どっかで……」


 見たことがあるような気がする。しかし、しゃがみこんで細部を確認してもやっぱりいつどこで見たのかもわからなかった。


「ま……気のせいか」


 俺は魔法陣には疎いし、身近に使える奴がいるわけでもないしな――――そう思いながら、立ち上がろうとした時だった。


「アルー、ご飯だって呼んでるでしょう」


 ガチャッ――ドンッ。


「え?」


 突然開いた後ろの戸に押し出され、魔法陣の上に倒れ込んだ。


 カッ。

 途端に視界が紫色に塗り潰された。淡い光、魔法陣の行使光だった。しかも、この紫色の光が表すのはシャルルが得意じゃないと言っていた高等魔法。

 空間転移魔法(テュアシュトラーセ)


「嘘、だろッ……!?」


 目の前が色彩を失い、全ての輪郭が消え失せる。

 そして世界が真っ白になった直後――。

 なんか黒いのが目の前にいた。

 現実逃避も兼ねて後ろを振り返ると、そこに薬局(ウチ)の裏口の戸はなく、何処に視線を遣っても見慣れたテオドールの光景はない。それどころか――。


「あれ……テオドール、だよな……」


 俺の倒れ込んでいた場所の数メートルほど後ろは切り立った崖のようになっていたのだが、眼下にはそのずっと向こうまで黒々とした森が広がり、さらにその奥には海に面した街が見えたのだ。


「じゃあやっぱりここ――」


 魔法陣の中心に書かれていた文字が脳裏によみがえってくる。


「――ハクアクロア……なのか?」


 背中に嫌な汗が噴き出すのを感じた。

 辺りを見回す。

 黒き森(シュヴァルツヴァルト)と同じく、黒い葉をしげらせた"悪魔の木シュヴァルツトイフェル"が立ち並び、恐ろしいほど静かだった。


 くるるるるっ。

 突如聞こえた何かの鳴き声に、再び現実に立ち返る。目の前に座っているこの動物、一度だけ見たことがある。

 黒く艶めく二本の美しい角。ゆうに三メートルは超えている大きさの割に、細身でしなやかなその体躯。大きさに似合わない鳴き声。バネのように強靭な足。宝石のような輝きを放つ黒い毛並み。そして、目の後ろに血のように広がる赤色の毛。

 騎乗可能な獣――飛獣・魔獣の一部の種を指し、俗に騎獣とも呼ばれている――の中では最高位に(たた)えられる大角鹿。


「ベルンヴァーユ……?」


 くるるるるっ。

 ベルンヴァーユは俺の問いに答えるように鳴いた。


「すげ……」


 と思わず感嘆の声をもらしつつも一安心。ベルンヴァーユならとりあえずさしたる危険はない。

 ベルンヴァーユは温厚な性格で危害をくわえない限りは襲ってくることはない。後は()()()()()()()に気をつけるぐらいだ。

 ていうかシャルル(あのバカ)、完成してる魔法陣を放置していくなんてうっかりで済まないぞ。

 しかも触っただけで発動するなんて、明らかな異常効率だ。結果的に暴走は起こらなかったものの、異常効率は失敗の一例。目視できるとはいえ、地雷のようなものだからな。

 さて、問題はこの事態をどうするかだ。

 場所は謎だらけのハクアクロア。

 この事を知っているのはシャルルだけ。

 結論――――。


「絶っ望的じゃねえか……!!!」


 シャルルがあの魔法陣を描き上げるのに約1時間半、つまり少なくとも一時間半は待たなければならない。

 この何があるかわからないハクアクロアの中でそれまで無事でいろと!?

 その時、座っていたベルンヴァーユが急に立ち上がり、耳をピクピクと動かした。何かを聞きつけたのだ。


 くるるっ。

 ベルンヴァーユは短く鳴くと、ダンダンッと足を踏み鳴らし、跳んだ。切り立った、はるか下の方に木々が見えるだけの崖から。


「なっ……!?」


 ベルンヴァーユの姿はすぐに崖下(がいか)に消え、俺は思わず地面に寝そべり、崖から頭だけを突き出す。

 呆けていた時間が長かったのか、落ちていく姿は一瞬だけしか見えなかった。

 黒き森(シュヴァルツヴァルト)の中に飛び込んだベルンヴァーユの姿は追えない。身体の色がトイフェルブラットと同じ黒で、しかも上からじゃ枝葉に紛れてわからないのだ。


「ん?」


 無駄と知りつつも、ベルンヴァーユの姿を探していた俺の視界に木の生えてない場所がいくつかある。その時、その内の一つに先程のベルンヴァーユの姿が現れ――――瞬く間に消えた。

 ……ちょっと待て。

 この崖直下の落下点からあそこまでどんだけあると思ってんだよ。目算でも……数キロはあるぞ!?

 今その距離を十秒、多く見積もっても十五秒前後で駆け抜けなかったか!? 五キロだったとしても秒速に直せば秒速約三百三十三メートル。

 音速並みだぞ。ベルンヴァーユが異常な俊脚を持っているのは有名な話だが、そんなに速いのって動物として大丈夫なのか!?

 そう思っている内にベルンヴァーユが黒き森(シュヴァルツヴァルト)から抜け出したのが見えた。


「速すぎだろ」


 一分経つか経たないかと言う時間で、ハクアクロア(どの辺なのかはよくわからないが)黒き森(シュヴァルツヴァルト)の中を駆け抜けたのだ。


「あのベルンヴァーユ……テオドールに向かってんのか?」


 なら乗せて貰えば良かったと思った次の瞬間には、乗らなくて良かったと思い直した。あんな奴の上に乗ってたら間違いなく何処かで放り出されている。ぼんやりと眺めていると、ベルンヴァーユはテオドールの高い外壁を二ステップで軽々飛び越え、街の中に消えていった。

 俺の視力では、目立っている黒い色を追うので精一杯だったが。


「てことは、あいつ野生って訳じゃないんだな……。誰かの騎獣ってことか」


 じゃあなんで黒き森(シュヴァルツヴァルト)にいたんだ?


「ん?」


 テオドールの外壁から黒い何かが飛び出した。たぶんベルンヴァーユだろう。

 この距離では相変わらず輪郭すら見えないが、どうやら黒き森(シュヴァルツヴァルト)に戻ってくるようだった。


(あれ……? 誰か乗ってる……?)

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