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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第5章『火喰鳥事変』
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(19)『思いがけない出会い』

「旅客七人に騎獣一頭、通ってよし」


 門番の軽装騎士に見送られて北側通用門を出ると、門のすぐ外に位置する門前広場にたくさんの人が(たむろ)していた。そしてその脇に寄せられた荷馬車、幌馬車、機巧車、魔術駆動車――――大小あれどここにいるのは皆行商人なのだろう。


「何これ? 祭でもあるの?」


 さっきまでいた街中以上の雑然とした空気にやや引き気味の紙縒が呟くと、ヴィルアリアが苦笑しながら「祭じゃないですよ」と否定した。


「テオドールでも個人信仰は自由ですけど、基本的には宗教活動自体が禁止されてますから。解釈によって神事にも成る祭事は処罰の対象なんです」

「よく知ってるな、アリア。ここに住んでたわけでもないのに」

「お兄ちゃん、こんなの初等学校の範囲なんだけど……」

「……あれ?」


 正直一度学門を離れれば、その手の知識は消えていく一方である。必要ないというわけではないが、どうしても旅生活に必要な知識に押されて薄れがちになるのだった。


「何処の国がどうとか何年に誰がどうしたとかそんなことより、どれが食べられる物で、何処が危険で、何が売れるのかって知識の方が必要だったからな……」

「お兄ちゃん、今までどんな生活してたの……?」


 信じられないものを見る目を向けないでくれ。連れがリィラさんに鬼塚と尋常じゃない身体能力(耐久性能)を持つ面々のせいで、ありえない悪環境での野宿も日常茶飯事だったんだ。

 それに文句一つ言わず馴染んでいたルーナとヘカテーの身体能力もいい加減人間離れしているが。

 なんてことを思いつつヘカテーの表情を確かめると、途端にさっと目を逸らされた。()()()()を実体験して、まったく不満を覚えないというのは無理があるらしい。

 この分だとルーナも内心不満があったのかもしれない。


「多分皆商人だよ」

「商人?」

「それも多分行商人ですね」


 アリアも周囲の状況を確認しながら、俺と同じ的確な判断を下している。わかる人も少なくはないだろうが、この門前広場に長々と留め置かれているのが大概その証拠だ。


「テオドールは出るのは簡単だけど、入るのはかなり厳しいからな。領内に店舗を持ってたらそれが身元証明になるけど、一見二見ぐらいじゃ、行商人は街の外で足止め食らうんだよ。審査が終わるまで」


 街でありながらどの国にも属さず、あらゆる政治的勢力が厳正に排除されるこの街が世界的に見ても特殊なのは言わずもがなだが、中でも取り分け特殊なのが入場の際の厳しい審査なのだ。


「ふーん、ヴァニパルとは大違いね」

共和国(ヴァニパル)商業特区(テオドール)じゃ成立様式が大違いだからな。元々あの国、ホントに何にもないしな」


 故郷とは言え、あまりいい点を付けられるような所ではない。個人的には周囲からの期待と落胆を受けて潰れた過去が尾を引いているのだろうが、今になってもそんな印象に流されるなんて我ながら女々しい。


「お兄ちゃん、大陸の最高学府のひとつがヴァニパルにあるんだけど?」

「知らん知らん」


 無論クリスティアース医薬学院のことだが、ほぼ本家勘当状態で学院も自主退学(受理されてないらしいが)した俺には何の関係もない学校だ。そもそも学門より皆とシャルルを探す旅をしていた方が楽しいし、自分らしい人生を送れていると思う。何より、その方が危険も多い分、生きているという実感が沸いて充実しているのだった。


「お兄ちゃん、それにしてもちょっと多いと思わない?」

「多分傷みの出る食料関係から先に捌いたんだろうけど……まだこの量ってのはまた多いな」


 交易荷物の運搬に使われる通用門は北だけでなく合計で八つある。今日に限って街全体の荷物量が多いのか、あるいは偶然この門の通行だけが多かったのか。

 いずれにせよ、この街の入場審査官もてんてこ舞いだろうな。


「まぁ、私たちには関係ない話よね。行くならさっさと行きましょ。人多過ぎて、久遠が今にも倒れそうな顔してるし」

「えっ!?」


 慌てて振り返ると、そこには地面に(うずくま)って口元を押さえている久遠の姿があった。稲荷に心配そうにされて「大丈夫」と譫言(うわごと)のように繰り返しているが、その様子は明らかに大丈夫ではないものだった。

 それで大丈夫なのか、姉。

 俺と康平で久遠を何とかルーナに乗せると、さらにぐったりとした久遠を後ろから支えるようにアリアが乗り、その後ろにいざという時の保険として康平が跨がる。

 妹を任せるには果てしなく頼りないが、今はとにかく先へ進むことを優先して俺は渋々許可を出した。


「ただし指一本でも触れたら殺す」

「えぇっ!?」

「お兄ちゃん、無茶言わないで! 手を離したら、康平さん、振り落とされちゃうかもしれないでしょ!」

「ベルンヴァーユは走行中に力場を作り出すから滅多なことがなけりゃ大丈夫」


 昔、シュヴァルツヴァルトで走るルーナから飛び降りたことはあったが。


「滅多なことがあるかもしれないじゃないっ! 過保護過ぎ!」

「わかった。じゃあ、ちょっとでも邪な気持ちでアリアに触ったら殺す」

「康平さんはそんな人じゃないってば! いい加減にして、お兄ちゃん!」


 結局怒ったアリアの剣幕に押された俺が折れ、紙縒から『しすこん兄貴』なる謎の称号を賜ることとなった。その意味を知るのは、もう少し先の話である。


「それにしても、やっぱりルーナ(このコ)って目立つのね」


 周囲の商人たちからルーナへ注がれる視線を敏感に感じ取った紙縒が、ルーナの背に手を添えて呟いた。


「まあ、あのテの人種からすれば一攫千金の宝で優秀な労働力でもあるから、当然っちゃ当然だろうな」


 そう返しながら、俺は条件反射的に昔のことを思い出す。

 シャルル失踪の発端となったルーナの誘拐未遂事件――――輸送船の船乗りガスクと同僚数名が共謀し、雇った傭兵と共にルーナを奪おうとした事件だ。

 誘拐未遂事件と言えば加害被害がはっきりしているのだが、実際に世間を騒がせたのはその後――――犯人一味が一人を残して惨殺され、アルペガ三頭と“黒き森の魔女”を討伐に来たエルクレスの帝国騎士団も一人を残して壊滅したという事件の方だった。

 当然、黒き森の魔女の悪名は全世界に轟き、挙げ句に根も葉もない噂までもがさも事実のように伝えられ、真実として扱われる始末。行く先々で聞いた話だからおそらくシャルルの耳にも入っていたはずだ。

 優しい彼女のことだ。それを聞いて、どれほど悲しく思っただろう。


「騎獣商人の間には“ベルンヴァーユは売れない”って言葉があるんだ」


 気が付くと、俺は無意識の内にそんなことを口にしていた。


「どういうこと? 優秀な騎獣なんでしょ? 高すぎて売れないとか?」

「い、いや……世界的にもベルンヴァーユの需要は桁違いに高い。王公貴族、大商人、教会幹部……ベルンヴァーユのためならいくらでも出すって連中は山ほどいるよ。そもそも需要に対して供給がまったく安定しない。最も稀少な商品だからな」

「ベルンヴァーユは売れない、って言うのはベルンヴァーユは二度と売れない、っていう意味なんですよ、紙縒さん」


 ルーナの背に跨がるアリアが、稲荷が落ちないように抱きかかえて後ろから支えながら口を挟んできた。


「ベルンヴァーユは非常に賢くて、高潔で忠誠心の高い生き物なんです」


 ルーナを見ていると最初の二つは若干怪しくなってくるが、少なくとも俺もアリアもそう教えられている。


「ルーナちゃんはそうでもないみたいですけど、普通は一度主として認めた者以外を背に乗せることはないんです。だから一度主を決めたベルンヴァーユはもう二度と売れない……買っても売れないことがわかってる騎獣はマトモな商人なら誰も買いません。この言葉はそういう意味なんです」

「つまり真っ当に悪党やってる連中は割に合わないから狙わないってこと?」

「一を聞いて十を知るって紙縒みたいなヤツのことを言うんだろうな……」


 凡人の俺では一生追いつけないぐらいに頭の回転が早かった。とは言え、そもそもベルンヴァーユの名前すら聞いたことがないということが驚きなのだが。


「まあ、目立ってるのはルーナだけが理由が無さそうだけどな……」


 ルーナを見る視線とは別に、訝しげに怪しむような視線を感じる。

 というのも当然のことだ。

 俺たちが向かうのは悪魔の棲む森シュヴァルツヴァルトと忌避される山ハクアクロアへと続く道。普通の人ならそのまますぐに北東のエルクレス国内に向かう道を選ぶところだが、その中で誰も好んで行こうとは思わない土地に足を向ける(稲荷(コドモ)まで連れた)若い男女の一団なんて、我がことながら怪しいにも程がある。

 道の先に他にも分岐点でもあれば話は別だが、地形の関係からかつては交易路として使われていた旧道と黒き森(シュヴァルツヴァルト)しか行き着く先がない。それらを目的としてなければ、テオドールから森の北側を経由して大陸西部へと抜ける新道を行く方が魔物の危険も少なく確実なのだ。


(これもシャルルの――――いや、黒き森の魔女の影響か……)


 誰も噂の舞台裏なんて知らない。

 興味すら抱かず知ろうともしない。流されるがままに恐れるだけで、自分たちとの境界線を作り出した気になっている。

 善良な一市民と殺戮を好む悪の魔女。その境も別の側面を考えれば、無知(ゆえ)の無意識の加害者と、己の裏人格とその破壊衝動に振り回される優しい少女。

 知らないからこそ仕方がないのかもしれないが、知らないからといって迫害が正当化されるわけではない。

 少なくともあの日涙した少女がいたことを知っている俺からすれば見当違いとは言わずとも不当極まりない扱いだった。


「とっとと行こう」

「そうね」


 どうもその手の視線が気に食わない性質(たち)らしい紙縒が同意すると、途端にルーナの足取りが少しだけ速くなる。

 ルーナも何かしら思うところがあったのかもしれない。何せ俺以上にシャルルと親しかったのはルーナなのだ。


「どうせ商業都市(テオドール)に来る奴らなんてのは人の腹探り合って金儲けしようなんて連中だ。少なくとも生涯関わり合いにはなりたくないな」


 誰へとなく吐き捨てるようにそう言うと、アリアから「お兄ちゃんはただ単に商売絡みがてんでダメなだけでしょ」と尤もな指摘を突きつけられた。放っといてくれ。

 しかし、鬱憤を晴らすつもりで口走ったその言葉は、その直後まるで見透かされたかのように軽く打ち砕かれた。


「――そんなことを言うもんじゃないよ、()()。ありきたりだけど、人の世は商売ありきで回ってる。誰一人として商人と関わらず生きていくことなんてできやしないのさ」


 気安い語調で背後から掛けられた声に振り向くと、そこには布を被せられた簡素な荷馬車が鎮座し、その上に馬車の主らしき人影が組んだ手を枕代わりに寝転がっていた。

 しかも俺はその人物を知っている。シャルル探しのためにテオドールを出る前から久しく会ったことはなかったが、二十歳も過ぎたこの年の俺をいつまでも「坊や」なんて呼び続けるのは()()しかいないのだから――。


「アンタ、誰――」


 威圧的に問い詰めようとする紙縒を俺が身振りで制止すると、その人物は少し笑うように口元を押さえて身を起こした。

 外套で全てを覆い隠した、如何にも不審な風体の女――――この人は昔から、驚くほど何も変わっていない。


「久しいね、坊や。何年ぶりかな?」

「いい加減に坊やはやめてくれませんか、ローラさん……」

「私から見たら、坊やはいつまで経っても坊やだからね。まぁ年増の戯れ言くらい軽く聞き流しなさいな」

「いや、今も昔も年齢不詳なのは変わってなさそうじゃないですか……」


 俺の言葉に雰囲気だけで微笑んで見せた女――ローラは荷馬車から飛び降りると、すたすたと早足で俺の元に歩み寄ってくる。


「んで誰なのよ、これ」

「あのね、紙縒。初対面の人にこれとか言うのはまずいと思うよ」

「康平は黙ってて」

「はあ……」


 論ずる間もなく一蹴された康平は溜め息を吐くと、ルーナの背から降りて紙縒の後ろに立つ。自分だけでも失礼のないように、とでも思ったのだろうか。


「さて、坊や以外は初めましてかな。私はローレリア=テンペスタレード。見ての通りかもしれないが、こう見えても商人だ。我が商会、どうぞご贔屓に」

「初めまして、どーも。私は衣笠紙縒、って素直に名乗ってはみるけど、顔も見せない商人なんか信用できるわけないでしょ」

「そこはご安心を。勿論商談の時は素顔くらい見せているからね」

「扱ってるのは何?」

「本職は()()()()だよ。副業で金貸しと情報屋も兼ねている。そのためか恨みばかりを買いつけてしまうようで、なかなか困っているよ」


 実際のところ自業自得のような気もするが、職業として成り立っている以上、その言葉で片付けるのは些か不謹慎だろうか。

 しかし本職と副業の選び方から考えると、妙に危ない橋ばかりを渡っているような気がしてならない。

 ちなみに彼女は俺やアリアの両親とは旧知の中で、今の持ち武器――鉤爪と短剣は彼女から手に入れたものだ。子供に渡すにはかなり使い勝手の悪そうな物なのだが、彼女はそういう意味では客を選ばなかった。


「ところで坊や、こんな大所帯でいったい何処へ行くつもりかな?」


 妙に勘のいいローラは核心を突くように躊躇いなくそう訊ねてくる。


「ちょっとした事情がありまして、今から旧道を通って大陸西部へ抜けようかと」

「何故旧道を?」

「とにかく急ぎで、わざわざギルドで護衛まで雇って今日ヴァニパルからこっちに来たばかりなんですよ」

「それは随分と忙しそうだ。呼び止めてすまなかったね。早く先を急ぐといい」


 嘘を交えての説明だったのだが、意外とすんなり信じてしまったローラさんは荷馬車の端に手をかけ、道を譲るようにその脇へ立った。


「ありがとうございます、ローラさん。また今度ゆっくり話しましょう」

「それにはまず坊やがあの家に普通に帰れるようにならないとね」

「うっ……知ってたんですか」


 どうやらシャルルを見つけるまでは無理そうだ。


「昨今の坊やよりは頻繁に会っているからね。まあ、あの二人も意固地な割に素直じゃないから、仲直りはあっさりしたものだと予想しているよ」

「そうだといいんですけどね……」


 ローラはまた微笑むような素振りを見せると軽やかに荷馬車の上に飛び乗り、がさごそと積み荷を漁り始めた。

 そして――


「お守りだ、坊や」


 シャッ……!

 反射的に目の前に伸ばした手が、銀色の光を放つ何かを掴み取った――――瞬間、その手に痺れるような痛みが走る。

 よく見ると掴んでいたのは刃渡りが親指ほどしかない小さな短剣のちょうど刃の部分で、直に握った手のひらには一筋の赤い線が浅く入っていた。


「まだまだだね。精進しなさい」


 しれっとそう言ってのけたローラは再び荷馬車の空いている場所に寝転がると、ひらひらと手を振って俺たちに先を促した。

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