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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第5章『火喰鳥事変』
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(16)『探し人の名前』

 船がテオドール港に接岸すると、甲板で息も絶え絶えになってぶっ倒れていた俺と康平の元に、ヘカテー・ヴィルアリア・ルーナ・久遠(くおん)稲荷(いなり)と、見覚えのあるヘカテーの服に着替えた紙縒(こより)がやってきた。

 ヘカテーの姿を見つけた途端、俺の足首に枯れ枝のような脆い感触の牙で噛みついていた“朴龍(ぼくりゅう)”は攻撃を取り止め、空中でくるりと回転しながら甲板をしゅるしゅると這っていくと、ヘカテーの足元の木板の中に溶けるように消える。

 するとヘカテーは俺に歩み寄ってきて肩に掛けていた荷物を一度甲板の上に下ろすと、すっと手を差し出してきた。


「ほら、立ってください、アルヴァレイさん。船を降りますよ」

「三時間走らせといて無茶言うなよ……」


 動かそうとするとそれだけで膝関節が軋み、筋肉が上下とは別方向に引っ張られたような痛覚が走る。

 こんなに疲れたのは――ヴァニパル戦線の時か。案外近かったな。


「ちょうどいいですね。これから、まず薬局に――アルヴァレイさんのお家に行くんですし、筋肉痛の痛み止めでも貰いましょう」

「……あ゛」


 三時間もの間逃げ回っておいて今さらだが、俺にとってはむしろ船を降りてからの方が問題だということを思い出す。


「もしかして忘れてたんですか……?」

「え、いやぁ……」


 呆れたような表情で見詰めてくるヘカテーの視線が胸に痛い。


「お、俺は疲れてるし、今はほら、立てないから先に行ってていいぞ」

「アルヴァレイさん、そうやってお家に帰らないつもりですか……?」

「うっ……いや、あ、後で絶対行くって。必ず行くから」

「わかってて嘘を吐く人は“信じさせなきゃいけない”っていう心理が働きますから、“絶対”とか“必ず”とかよく使いますよね。でも“嘘”って言葉を連想しやすい“ホント”って言葉は使わないんです」

「その雑知識を突然披露した理由は何でしょうか……?」

「わかってますよね……?」


 じーっとまっすぐ目を合わせようとしてくるヘカテーから顔を逸らし、チクチクと痛い視線に堪えていると、ヘカテーの後ろから冷ややかな視線を俺に向けていたヴィルアリアが「はぁ……お兄ちゃんのばか」とため息を吐いて俺の方に歩み寄ってきた。


「お兄ちゃん、鍛えてるって言ってる割に情けないね。康平くんに負けてるよ?」

「何っ……!?」


 振り返ると、確かに康平は今にも立ち上がろうとしているところだった。その隣にはいつだったかに見たことのあるメイスを右肩に担いだ紙縒が仁王立ちしている。


「早く立ちなさいよ、康平!」

「そ、そんな無茶な……。も……足、がくがくで……」

「早く立たないとぶん殴るわよ」

「わ、わかったから少しだけ待っ――」


 紙縒に比べたら、ヘカテーもアリアも大分優しい方らしいな。


「毎日鍛練は欠かさないって言ってた割に大したことないんだね、お兄ちゃん」

「いや、このぐらい平気……っ」


 さすがに見るからに鍛えてなさそうな康平に負けるわけにはいかない。


「こうやるんですよ、ヘカテーさん」

「わかりました……♪」


 ヘカテーとヴィルアリアが小声でひそひそ何かを話しているのをよそに、俺は力を入れると痛む足を無理やり動かし、ふらつきそうになりながらも何とか立ち上がる。


「どうだ……!」

「では早めにアルヴァレイさんの御両親のお店に行きましょうか」

「……ッ!?」


 しまった、と後悔してももう遅かった。


「嵌めたな、アリアっ!?」

「何のことか、アリアわかんなーい」


 しれっととぼけて見せるヴィルアリア。


「いつの間にそんな計算高く……! そんな子に育てた覚えはないぞっ」

「お兄ちゃんに育てられたどころか、遊んでもらった覚えもほとんどないもんっ」


 べーと舌を出して見せたヴィルアリアは、拗ねたように突然駆け出し、一人でさっさと船を降りていってしまう。


「子供かよ……」


 まぁ、俺からすれば何処まで行っても子供――もとい、妹でしかないのだが。

 ヴィルアリアだけを放っておくわけにも行かず、今の俺には立つより難しい歩き出すという試練を経て何とか他の皆と一緒に船を降り、街の居住区に向かい始める。


「ところで紙縒と康平は何であの船に乗ってた……乗ってきたんだ?」


 俺が気になっていたものの聞きそびれていた質問を紙縒にぶつけてみると、


「そこなのよね」


 と紙縒は不思議そうな顔で首を傾げた。


「ここだけの話、さっきの船にはうちのギルドのお得意様が乗っててね。ブラズヘルの残党があの船で何かしようとしてるって情報が入ったから、あの船に頑張って乗ったんだけど何も起こらなかったし……」


 ブラズヘルの残党……って言っても、確か最前線の兵士は全員行方不明って話じゃなかったか……?

 あるいは、例の薬師寺丸(やくしじまる)薬袋(みない)のように裏で暗躍していた部隊の生き残りがいるのだろうか。


「誰からの情報だったんだ?」

「匿名希望だってさ。ブラズヘル側にいたから名前を出せないのかもって思ってうちのアタマもひとまずその情報を信じることにしたんだけど……。この様子じゃガセだったみたい。でも、なんか納得がいかないんだよね……。結局服濡らして疲れただけじゃ気に食わないっていうのもあるんだけど」

「確かに何か引っかかるな……」


 紙縒と康平、前に世話になった二人と偶然にも同じ船に乗り合わせた。

 これは本当に偶然なのか……?


「あ~あ、バカみたい。こっち来たことなかったし、せっかくだから色々見てから帰ろっかな。任務中の費用はギルド持ちだし服ボロボロだからその経費ぐらい出るでしょ。あんなことしたんだから、そのぐらいは付き合いなさいよ、康平」

「どっちにしろ付き合わせるつもりだったでしょ、紙縒……。それにあれはわざとじゃ……僕のせいでもないし」

「私のせいじゃないから康平のせい」

「いつもいつもホントに理不尽だね……」


 前も思ったが、康平にはホントに親近感が湧いてくる。それはもう火山の噴火の時の溶岩みたいに次から次へと湧き出てくる。

 今は俺の周りにいた理不尽の元凶たるリィラとルシフェルはどちらもいないが。

 港の入り口で待っていたヴィルアリアとも合流し、一行が俺の意思なんて完全に無視してクリスティアース薬局に向かい始めると、自然と足が重くなる。


「アルの家ってここからどのくらいの距離にあるの?」

「すぐそこですよ♪」


 ヘカテーが、まるで自分の家を案内しているかのような調子で先導する。

 必然と言えば必然だが、ヘカテー、紙縒を先頭に、その後ろをルーナ、久遠、稲荷、ヴィルアリアが続き、最後尾に俺と康平の似た者同士。女の子比率が高いのも相まって、男子勢の立場が弱い。

 ヴァニパルに置いてきた二人が加わっても悪化していただけだろうから文句を口には出さないが。

 隣でとぼとぼと歩く康平の姿が妙に印象に残る。自分を客観で見るとこんな感じなのだろうか。


「あ、あれですよ」


 そうこうする内に着いてしまった。

 もう少し心の準備とか逃げ出す準備とかする時間が欲しかったのだが、港から歩いて五分という商売柄おいしい立地条件は俺にとっては優しくなかった。


「ほらほら、アルヴァレイさんとアリアちゃんが一番前に来なきゃですよ」


 気遣いのつもりなのか絞首台の最後の一押しなのか、一番後ろにいた俺はヘカテーとヴィルアリアに無理やり押し出され、わずかばかりの抵抗も虚しく半ば突き飛ばされるような形で店の中に滑り込んだ。


「いらっしゃ――」


 奥の椅子に座って新聞を読んでいたらしい父さんが顔を上げ、お客さん向けの挨拶が途切れる。


「――帰れ――」


 俺の顔を見た瞬間に刺々しい追放宣言に言葉を変更した父さんはさらに視線を横に移動させ、


「――よく来たね、アリア!」


 満面の笑顔で立ち上がり、娘の突然の来訪を歓迎する言葉を嬉しそうに叫んだ。

 前に来た時より扱いが酷い。前は丁寧なお断りといった感じだったが、既にただの拒絶になっている。


「これはこれはまた大人数だねー。えっと七人か。これは居間じゃあ狭いだろうし……」


 たぶん数えられていないのは俺だろうな。今さらながら泣けてくる。


「ま、とにかく上がって上がって。二階に空き部屋があるから。母さん! アリアが来てくれたよ!」


 朗らかに笑いながら、奥に引っ込んで母さんを呼びに行く父さんを見送り、とりあえず逃走も兼ねつつ速やかに二階に案内する。

 二階の空き部屋、ということは多分綺麗さっぱり片付けられた俺の部屋なんだろうな――――などと嘆きつつ階段を上がると、一応俺の部屋は残っているようだった。大きな錠がついて封印されていたが。

 そしてその隣の部屋の扉が開いていて、中を覗くと空き部屋だった。多分、ここのことなんだろうと思いつつ、他の皆を部屋の中に招き入れる。


「ここって何の部屋だったっけ……?」


 そういえば開いているところを見た覚えがない。

 全員が部屋の中の思い思いの場所に陣取るのを確認してヘカテーの隣――壁際の床に腰を下ろすと、ヴィルアリアは俺の隣に自然に腰を下ろし、紙縒と康平は窓際に、稲荷は久遠とルーナに挟まれるように入り口の近くにそれぞれ座り込んだ。


「さてと……」


 一息吐いていると、ヘカテーが(おもむろ)に手を口元に持っていき、コホンと咳払いをした。そして、周りの皆の顔をゆっくり見回すと、ニコリと一度微笑んで――――口を開いた。


「どうしましょうか?」

「そこからか!」


 本当に『まず』来ただけだった。


「アルヴァレイさん、せめてテオドールに来た時だけでもお家に顔を出しておかないと、本当に縁切られちゃいますよ?」

「縁……!? 縁切りって、ちょっとお兄ちゃん……何やったの!?」

「ま、待て、落ち着け、アリア!」


 そういえば話してなかったな、と思いつつ隣で怒っている(?)ヴィルアリアを宥めようとした時、


「あ、あの……!」


 突然、はっきりとした大声で久遠(くおん)が叫んだ。


「私を黒き森(シュヴァルツヴァルト)に案内してください!」

「え?」

「そう言えば、くーちゃん人探しの……あれ?」


 途切れることのなかった久遠の明確な意思表示に、少なからず反応を返してみた俺とヴィルアリア、あるいはここにいる全員の脳裏に一つの疑問が浮かぶ。

 俺は一瞬で、何処となくその次に久遠にすべき質問に辿り着いた。


「久遠、まず聞け。黒き森(シュヴァルツヴァルト)()()()()()。けど……君と同じような()()()()いたことがある。その上で――それを理解した上で、君に質問がある……。探し人の名前は、何だ……?」


 俺の様子が変わったのに気付いたのか、久遠が一瞬ぴくっと震えた。

 が、姿勢をわずかに崩しながら、久遠はその探し人の――――()()()()()を告げた。


「“旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)”、シャルロット=D=グラーフアイゼンです」

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