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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第5章『火喰鳥事変』
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(14)『不注意と不運の二重奏』

 俺が目を覚ますと、視界が透き通るような青い空の色に占められていた。

 十秒近くぼんやりとしてようやく腕や背中に伝わる硬い木の感触で自分が寝ていることに気付き、身体を起こす――


(いた)ッ」


 ――直前で身体のあちこちに痛みが走り、思わず脱力したせいで後頭部を甲板で強打し、悶絶する。


「だ、大丈夫……!?」


 不意に誰かの声が頭上から掛けられ、手が目の前に差し出される。

 俺はその手の持ち主の顔に視線を泳がせ――――気を失う直前に見た光景を思い出して、思わず苦笑する。


「久しぶり……ってほどじゃないか。また会ったな、()()。空から降ってくるなんて、何かあったのか?」

「あはは……うん、紙縒がちょっと」


 線の細い優しげな表情で「困ったね」と笑う康平の手を借りて起き上がると、俺はまず自分の名前を確認する。

 アルヴァレイ=クリスティアース。

 すぐに思い出せたし、痛みはあるものの大したことはなさそうだな。頭を打って痛みがない方がむしろ怖い。

 甲板でヘカテー、ヴィルアリアとちょっとした世間話をしていた時、突然名前を呼ばれた気がして振り返ると、目の前の中空に狗坂康平が浮かんでいたのだ。

 いや、浮かんではいなかったのだが。

 咄嗟(とっさ)に康平を受け止めようとした――もといヴィルアリアを(かば)った結果、思いっきりぶつかって甲板で転倒、そのまま気を失ったみたいだな。

 そこから先は記憶がない。


「紙縒も来てるのか」

「うん」


 かなり過保護にしてたようだし、康平だけでこんなところにいるわけがないか。


「俺、どのくらい寝てたんだ?」

「えっと、まだ5分も経ってないよ」

「ヘカテーとかアリアは?」

「ヘカテーさんはさっき紙縒と一緒に下に降りていったよ。ヴィルアリアさんもさっきまでアルヴァレイくんの容態を診てたけど、ついさっき紙縒の方を見てくるって下に降りていったけど――」


 下ということは、一室取った部屋か。

 久遠が人が近づく度にビクビク挙動不審になって、その様子を心配したのかつけ込めると思ったのか逆に何人も集まってくるから、空き部屋を貸してもらったのだ。

 早朝に空いてしまっていた部屋で稼ぎが出るからか、船長の髭面のおっさんは快い返事を即答していたが。

 康平の言葉通り、俺たちは二人で甲板から下に潜っている階段を降り、そのまま年季の入った船内の廊下を進む。

 俺たちの部屋は甲板から一階層降りた、船の舳先側にある。部屋といっても、ヴァニパル・テオドール間の四時間程度の時間を潰すためのもので、中には何もない。それでも元が商品用の倉庫としても使われるだけあって頑丈な鍵がついており、荷物を置いたりと結構便利に使えていたが。


「ここだよ」


 俺は康平の方に振り返りながら、少し大きめに作られている木の扉を指し示し、その取っ手に手をかけて押し開けた――――瞬間、何故か康平の表情が凍りついた。


「ん?」


 康平の変化を不審に思った俺は、その直後何の気なしに、躊躇(ためら)いも疑いも用心もなく振り返り――――同様に目の前の光景に背筋と顔の筋肉が凍りついたように硬直し、引き攣った。

 部屋の中には、康平の証言(?)通り、衣笠紙縒の姿があった。

 だが、何故だろう。

 久しぶりに見る紙縒は一糸纏わぬ――――わかりやすく言えば服も下着も何も着ていない状態だった。そしてその隣には下着姿のヘカテーがいて、こっちに振り返ったヴィルアリアと三人揃って呆然とした表情で俺と康平の方を見つめている。


「えっと……」


 どうするか考えているようで考えられていない俺の頭は、何故かそんな愚にもつかない声を漏らすような指示を出した。

 紙縒にとってか俺たちにとってかは見方によるが、救いがあるとすればそれは、紙縒の両手が隠すべき所をしっかりと隠していたことだろう。とは言え紙縒の顔は羞恥で真っ赤に染まり、ヘカテーのこめかみにはあからさまな青筋が走っていたため、その救いがあろうがなかろうがあまり関係はないだろうということは的確に悟った。


(ん……?)


 俺の目が、紙縒の裸体の一点に吸い寄せられる。彼女の右脇腹、そこにある火傷のような裂傷のような、大きな傷痕に。


「お兄ちゃん、早く出てってーッ!」

「康平!」


 ヴィルアリアと紙縒にそう怒鳴られるまで、紙縒やヘカテーの綺麗な肌や、整った顔に思わず見とれていたことは否定しない。

 たぶん、否定したところで誰も聞く耳を持たないだろうし――――とか何とか考えながら扉を引っ張って勢いよく閉める。

 バターン、とかなり大きな音にその階にたむろしていた大多数が俺と康平の方に迷惑と疑問の混じった視線を送ってくる。

 その視線に応えることはできず曖昧に笑ってごまかすが、心臓の鼓動は激しく脈打ち汗が止まらない。

 もちろん冷や汗の方だが。

 俺が嘆息しつつ扉に背を預けると、康平もすぐ隣に、扉を背にして腰を下ろした。

 ギィと扉が軋む。


「あはは、大変なトコに遭遇しちゃったね。一度叩いた方がよかったかも」

「大変なのはこの後の説教――調教かもしれないけどな。それにしても……お前、さっきの見たか?」

「み、見たって何を……?」


 頬を赤くしながら聞き返してくる康平に、俺は慌てて「そう言うんじゃなくてっ……!」と取り繕い、紙縒の傷のことを訊いてみると、


「右脇腹の傷痕……?」

「知ってるか?」

「……ううん、知らなかった。右脇腹の傷……何だろう……」


 深刻な表情でぶつぶつ呟きながら、思案顔で俯く康平の反応にしまったと後悔する。

 もしかしたらわざわざ隠していたかもしれないことを安易に口にしてしまうなんて、考えなしにもほどがあるだろ、俺。


「そ、そう言えばアプリコットってヤツが二人を探してたけど、知り合いか?」


 あからさまになってしまったのは諦めて話を逸らすと、康平は「え?」と不思議そうに顔を上げた。


「アプリコット=リュシケーって言ってたかな。『天国から落とされた狂気と混乱を司る天使です』とか何とか言ってたけど」

「ううん……憶えはないかな。その人、どうして僕らを探してるか言ってなかった?」

「いや、聞いてなかったと思うけど、あぁ、それともう一人――」


 俺がチェリーの話もしておこうかと思った時、康平が姿勢を変えようとしたのか扉にもたれた瞬間――――ミシミシ。


「「ミシミシ……?」」


 嫌な予感よりも早く、バキッと思いの(ほか)軽くてあっけない乾いた音が耳に届き、刹那――――背中に感じていた扉の抵抗がなくなった。

 身体が重力に従って落下するような感覚を覚えながら、ただ何となく、何者かの陰謀を感じずにはいられなかった。


 ドォンッ。

 扉ごと部屋の内側に倒れた拍子に脇腹に取っ手が食い込んだが、その激しい痛みに悶える暇もなく、予想の範囲内の光景が目に飛び込んでくる。


「あ……アンタたちッ……」


 右足を下着に通し、下ろしたような体勢で硬直する紙縒。今度の光景には先ほど紙縒の手や腕がもたらしていた救いはまったくない、完全に無防備な状態だった。

 顔を真っ赤にする紙縒。その目元には大粒の涙が光り、ぷるぷると震え出したその手から下着が足元に落ちる。


「我、ヘカテー=ユ・レヴァンスが血の盟約により命ずる――」


 ヘカテーの怒りに震える声が部屋の中に静かに響いた。


「ヘ、ヘカテーさん、何をしようとしてるのですかっ……!?」

「長きを生きた朴の木の精霊よ、形代(かたしろ)に依りて姿を現せ――――“朴龍(ぼくりゅう)”!」


 俺の呼び掛けも無視したヘカテーの足元の木の床が膨らみ、全長1メートルほどの蛇のようなものが現れた。その身体には木目のような模様が走り、その頭には小枝のような角が二本生えている。

 魔法って超便利?


「今のは不可抗力だ!」

「不可抗力でも罪は罪です!」


 理不尽だ、とも思ったが結果的に紙縒には悪いことをしてしまったので、それ以上の抵抗はせず、地を這うように飛びかかってきた木の蛇――朴龍(ぼくりゅう)の牙を避けて、隔てる扉のなくなった部屋の入り口から外に飛び出す。


「わわわ……!」


 俺が逃げたせいで次に狙われたらしい康平も転びそうになりながらも部屋から飛び出してきて尻餅をつく。

 そしてその時、俺と目が合った。

 お互いにこくりと頷き合うと、俺の差し出した手を掴んだ康平はすぐに立ち上がり、一目散に逃げ始める。


「捕まえて、朴龍ッ!」


 後ろから聞こえる叫び声を聞き流して、全力疾走した俺たちは階段を駆け上がり、甲板に出る。

 それから船がテオドールに着くまでの3時間以上の時間、俺と康平は朴龍相手に甲板でかくれんぼだか鬼ごっこだかよくわからない逃走劇を続ける羽目になった。

 後が怖い、なんて事は考えなかった。その時の俺はヘカテーのこの笑顔こそ最上級の恐怖だと信じて疑わなかったのだから。

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