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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
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(9)『魔法陣』(改稿済み)

 シャルルと出会ってからの一ヶ月を語るには、どれだけの時間がかかるだろう。ただ出来事や行動だけを坦々と並べ立てるのなら、さほど時間はかからない。半日もあれば言い尽くすには十分だろう。

 シャルルと一緒にやったことは、数だけ数えればその程度のことばかりだ。

 ただし実際に語ることになった時、そんなつまらない話はない。シャルルのことを語るにはその時の心情まで語らなければもったいないからだ。もちろんシャルルの、ではなく俺の、だが。

 つい笑ってしまうような失敗。

 何処か外れた返答の数々。

 シャルルに教えた多くの常識。

 シャルルに教えられた数少ない雑学。

 ドキッとしたこともあったがそれはあれ、仕方ないことだ。

 よくわからない支離滅裂な反応、仕草。

 どれもこれも一言で済ませるには惜しい思い出ばかり。

 そんな感じにシャルルと共有する記憶のノートを書いていたとすれば、あるページを境にそこから先は一味変わった文章が数ページ。その先は白紙になっているだろう。

 驚きと異常。

 絶望と切望。

 恐怖と後悔。

 そして、悪夢のような夜を経て、シャルルはいなくなってしまったのだから。






 ある日のことだった。

 その日は忘れようにも忘れられない。その日を境にして、シャルルの秘密が俺の日常(世界)に組み込まれたのだ。

 その朝も、シャルルはいつものように俺を起こしに来た。

 しかし、いつもと違っていたのは、シャルルは俺が起きたのを確認すると用事があるからと言って帰っていった。

 その帰り際に、


「お昼頃にまた来てもいいですよね?」


 形式こそ了解を得る質問になってるけど、お前ダメって言っても来るつもりだろ。どうせ後で来るんなら、わざわざ起こしに来なくてもいいような気もする。それを言うと、なぜかシャルルは泣きそうな顔で怒るから口には出さないけど。


「ああ。どうせなら飯食わないで来いよ。ウチで一緒に食おうぜ」

「ホントですかっ? ありがとうございます。とても嬉しいですっ」


 そう言って柔らかく微笑んだ。


「それでは私もなにか、おみやげを持ってきますね」

「ああ」


 できればマトモなものを頼む。

 前にもシャルルがウチでご飯を食べることになった時にお土産を持ってきたのだが、その時はよくわからない木の実十数個だった。シャルルは『美味しいですよ?』と無邪気に食べ進めていたが、異常に甘ったるくて後味がしょっぱく種の周りは異常に(から)いそれを一口ずつ食べた俺と母さんはそれだけで諦めた。

 シャルルの手前、残すわけにもいかず何とか一つ食べきって、後は世間話で時間を稼ぎつつシャルルが食べ終わるのを待っていたほどだ。

 シャルルはいつものように黒い影と共に消え、俺は朝御飯の後で母さんに捕縛された。

 ちなみにその影の正体は未だに不明。一度だけシャルルに訊いてみたが、『いくらアルヴァレイさんでもまだ教えられません。こういうのには段階がありますから』と意味深な発言で拒否された。


「たまには店の方を手伝いなさいよ」

「ちょっと待った。一昨日(おととい)昨日(きのう)もちゃんと手伝ったよね、俺……」

「あんなの手伝った内に入らないわよ」


 理不尽だ。五,六時間は働いたのに。

 そんなこんなで慌ただしかった午前中――だいたい四時間程度――が終わり、仕事からやっと解放された。


「あ~、疲れた……」

「手伝ってくれてありがとね、アル。助かったわ」


 四時間前の台詞と噛み合ってない。

 結局手伝いになるかならないかの基準ってなんなんだ、と思いつつも部屋に戻り、鉤爪と剣の入った革袋を持ち出してくる。

 シャルルもまだ来ていないようだし、母さんが昼食を作り始めるのもこれからだから、例の日課を先に片付けてしまおうと思ったのだ。

 そして裏通りにつながる戸を開けた直後だった。


「何やってるんだよ……」


 そこにはシャルルがいた。

 薬局(ウチ)の裏口に背にして、足を投げ出すように座り込み、せっせと何かに没頭しているようだ。

 端から見てチョーク石で道に落書きをしている子供にしか見えないのは、本人に言わない方がいいだろう。

 加えて言うなら、シャルルは俺に気づいていないようだった。声をかけているのにそれが聞こえないとは、よほど作業に熱中しているのだろう。

 俺はシャルルに歩み寄り、気づかれないように手元を覗き込む。


「え?」


 そこにあったのは複雑な幾何学模様やいわゆるミミズがのたくったような文字で構成された魔法陣(ルーント)だった。

 直径二十センチくらいだが、中に書いてある文字は読めない。確かかなり古い時代の文字だったような憶えがある。

 管理様式も今は非効率的とされて使われなくなった古い形式だった。

 かと思うと、中心にある円の中に描かれた小さな文字はちゃんと読める。


 ハ……ク……ハクアクロア?


 ハクアクロアと言うのは山の名前だ。

 そこを中心に(くだん)黒き森(シュヴァルツヴァルト)が広がっているため、人がほとんど寄りつかず、学者ですら敬遠するため半ば秘境のようになっている。噂では亜竜(リザード)類の巣窟になっているとか独自の生態系があるとか色々と囁かれているが、誰も確認しに行こうとはしない。これもあくまで噂だが、時のエルクレス王が調査隊を派遣したことがあり、その時は一人として帰らなかったらしい。

 でもなんでそんな物騒な場所の名前が魔法陣に組み込まれてるんだ?


「シャルル」

「わ!」


 俺が声をかけつつ肩に手を置いた瞬間に、過剰反応したシャルルはペタンと尻餅をついた。おい、それが俺を戦技で投げ飛ばした奴の反応かよ。

 シャルルはプルプルと震えながら、おそるおそるゆっくりと振り返り、


「わっ!」


 またビックリした。シャルルお前、俺だってちゃんとわかってるだろ。なんでそれで驚くんだよ。


「ア、アルヴァレイさんですか。私、ちょっとびっくりしちゃいました」


 うん、見ればわかる。


「何をしてたんだ?」


 と、シャルルの手元を指差して言うと、


「も、もしかして見ちゃいましたっ!?」

「今、もう見てるだろ!」


 この至近距離で見ない方が無理だ。


「これはその、アルヴァレイさんをビックリさせようとしていたんです。先に驚かされちゃいましたけど」

「俺を?」


 何のためにそんな暇なことを。


「お前、いつからいるんだ?」

「一時間くらい前です」


 いるなら顔出せよ。店の方にいたから、全然気づかなかった。


「もうすぐ飯ができると思うぞ」

「はい、わかりました。じゃあそれまでに終わらせる気で頑張りますね」


 一人息巻くシャルルに『それで何をする気なんだよ』とツッコむ気にもなれず、再び魔法陣に向かったシャルルから逸らした目は、自然と左手の革袋に向いた。


「暇になりそうだしな……」


 ただ眺めてるだけだと。

 シャルルから数メートル離れたところに立ち、左手に鉤爪を装着する。

 ちらっとシャルルに視線を遣ると、時折思案顔で手が止まりながらも、地面のタイルの上に魔法陣を描いていく。その顔は真剣そのものだった。

 魔法陣(ソレ)、後でちゃんと消せよ。


「やるか」


 シャルルのことはとりあえず気にしないでおく。集中しないと怪我するからな。真剣だけに。

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