(9)『自己紹介はツッコミと共に』
「久々に満足するまで食ったな」
食事を終えて、港近くの宿屋に取っておいた旅団用の多少広い部屋に入るなり、上機嫌なリィラが開口一番そう言った。
「リィラさんの満たされた腹の代償は空っぽの俺の財布ですけどね」
堪えきれずに説教に入ろうとすると、若干殺気のこもった目で睨まれ、一瞬怯む。
「細かいことは気にするな、アルヴァレイ。大体お前は褒賞金をほぼ丸々貰って懐は潤っているはずだろう」
「人数多いとはいえ褒賞金の半分食い散らしといて何言ってるんですか。大体その辺りが適当なリィラさんや鬼塚に任せられないから俺が管理してんのに」
ちなみに、ルーナに至っては金銭感覚自体がない。人化できるとはいえ、彼女はあくまでも動物だから無理もないが。
「清算した時の店のお姉さんの引き攣った顔見ましたか!? いや、給仕してくれてた時から後半ずっと笑顔が引き攣り気味でしたけどね!」
「やっぱりアルヴァレイさん、ずっとあの女性見てたんですね」
「そ、それは今関係ねえヨ」
何処か不機嫌そうなヘカテーのジト目に思わず声が上ずった。
「あのお姉さん、優しそうな美人さんだったね、年上に弱いお兄ちゃん?」
「え゛」
何だかんだで『久しぶりにテオドールのお母さんとお父さんに会いに行きたい』と少なくとも俺には拒否不可能な理由でついてきてしまったヴィルアリアまで、俺に呆れたような視線を向けてくる。
非常にマズい事態だった。一旦話の軸が逸れてこっちに非難の矛先が向いてしまうと、分が悪い以上に居心地が悪い。
「ボクも年上好きですよ、お兄ちゃん♪」
「お前の兄になった覚えはねえよ」
ぴょんと跳ねつつ、俺の左腕に飛びついてきたアプリコットの額に軽く手刀を打ち込むと、それで怯んだアプリコットは慌てた様子のヘカテーに引き剥がされて、部屋の隅に引きずっていかれた。
それを愉しげな笑みを浮かべて眺めていた身長130センチほどのチェリーは俺に振り返りながら見上げてきて、
「年上の嫁が欲しいなら、私様の姉を紹介してやろうか、アルヴァレイ=クリスティアース~なのです~。そうすれば一件落着で私様のお義兄ちゃんになれるのですよ~」
「妹はアリアだけで手一杯だよ……」
ていうかチェリーの姉ってどんなのかまったく想像できないんだが。
完全に場を乱されてリィラへの説教は諦めた俺は、入り口の扉の脇で縮こまって立っている着物の女の子――火喰鳥久遠とその弟、稲荷に視線を遣る。
ちょっと見ただけでさっと目を逸らされるが、食事の最中に(目の前の食べ物に夢中の稲荷から)何とか聞き出したところによると、久遠は極度の引っ込み思案だという話だったから気にしないでおく。
「そんな硬くならなくても、楽にしてていいよ……っても無理な話か。じゃあ雑談も兼ねて改めて全員自己紹介しとくか」
「確かにいくつか聞きたいこともあるし、アルヴァレイにしては悪くない案だな」
「俺にしてはって何ですか」
一番最初に同意の声を上げたリィラは、部屋の隅に陣取って腕立て伏せに没頭している鬼塚を見流しつつも、部屋の中に4つ据えられた寝台の一番端の寝台に腰を下ろした。そして腰に帯びていた長剣を鞘ごと外し、留めていた革帯を丁寧に素早く巻き付けると脇に置く。
4つしかないっていうのに、自分だけで4分の1占拠する気だな、この理不人。
「あの……久遠さんと稲荷くんで端のひとつ使っていいですよ」
よく気のつくヴィルアリアが久遠にそう勧めると、久遠はびっくぅっと過剰反応の挙動で身を竦めた。
が、すぐにハッとしたような表情を浮かべると、慌てたように胸の前で手を振り、
「ご、ごめん、なさっ……いっ……! で、も……お金っ、ない……ですしっ」
「気にしなくていいんですよ。困った時はお互い様ですし、久遠さんたちはお客様ですから、変なところで寝かせたら申し訳なくて私たちが寝られなくなっちゃいますよ」
これ以上の遠慮を完全に封じ込めている、申し分ない模範解答だった。
「で、も……」
久遠はいい言い訳が思いつかないもののまだ若干後込みしている、という様子だったが、久遠に歩み寄ったヴィルアリアが何かを耳打ちした途端に素直にこくりと頷いた。そして稲荷を連れ、一列に並べられた内の窓際の寝台に2人で腰かけた。
とは言っても疲れが限界に達したのか、稲荷は既に船を漕いでいるが。
さらに久遠たちの隣の寝台をヘカテーとルーナが取り、残ったひとつはヴィルアリアが使うことになった。
というのも
「まったくこれだから人は融通が利かないのです~。ベッドがないなら出してやればいいだけのことなのですよ~」
とチェリーが何処からか寝台を転移(?)してきたため、アプリコットと2人で共用することで収まったのだ。
無論、女子陣と同じ寝台を使うわけにもいかない俺は適当にその辺で寝ることになりそうだったが。
ちなみに鬼塚は――
「俺に床で寝ろと言うのか?」
「鬼塚。この試練に耐えられるのはお前の筋肉だけなんだ。他の者には厳しすぎる。お前に任せてもいいか?」
「任せろ!」
これまた決まったような応酬をリィラと交わして即座に納得した。その直後、腕立て伏せを再開しようとしたためか憐れ部屋の外に蹴り出されていたが。
そしてようやく自己紹介兼雑談の時間が始まった。
「これで三度目だけど、俺はアルヴァレイ=クリスティアース。こっちが俺の妹のヴィルアリア。呼び方はアルとアリアでいいよ……いいよな?」
「うんっ……。よろしくお願いします、久遠さん!」
にこりと笑いかけるヴィルアリアに、久遠も少し頬を緩めて頷いた。
――以下、ツッコミどころ満載の面々の自己紹介が続いていく。
「私もアルヴァレイ同様さっき名乗りはしたが、リィラ=アスティアルス=テイルスティングだ。他の化け物連中と違って私たちはただの人類だから間違えるな」
人は人でも“半分人間やめました”な身体能力を誇る理不人です。
「ルーナ=ベルンヴァーユ……です。よろしくお願いします」
ルーナは、ヘカテーの背中に隠れて顔だけ出してそう言った。ヘカテーの方が少し小柄だからどうしたって隠れられないことに気づいていない辺りがルーナらしい。
「私はヘカテー=ユ・レヴァンス。一応今はちょっと外れてるだけでただの神族です。少し前までは旧き理を背負う者でしたけど」
ちょっと外れてるだけでもただの神族とは言えない気がするんだが。
「どうも初めまして。ボクはアプリコット=リュシケー。この度天国から落とされた狂気と混乱を司る天使です」
だからデタラメ言って、無意味に場を混乱させるのはやめろ、馬鹿。
「私様は地獄の拷問機械から生まれた魔改造型断罪兵器、チェリー=ブライトバーク=鈴音。お見知りおきやがれなのです~」
「お前らの自己紹介それしかないのかよ! 一字一句変わってねえぞ!?」
ツッコミを口に出すなんてはしたない――――と思わずツッコミを入れてしまったことをヴィルアリアの座るベッドに突っ伏して後悔する。変人連中は反応したら負けだとわかっていたはずなのだが。
「リィラさん、鬼塚を――」
気を取り直して最後の1人を――――と依頼すると、リィラは何処となくめんどくさそうに立ち上がると、部屋の扉を開けた。
途端、少し広めの廊下のど真ん中で嫌な光沢を放つ巨大なイカ状生物と組んず解れつがっちり組み合って、おそらく力比べをしている鬼塚の姿が部屋の中の全員の視界に映り――――瞬く間にリィラがバタンッと勢いよく扉を閉じた。
名状しがたい気まずい空気に、部屋の中の人知を軽く超越した能力をその身に顕す猛者たちが揃って押し黙る。
そんな中、ついさっき自ら人類だと明言していたリィラが徐に自分の寝台に戻り、その上に置いてあった自身の剣を手に取った。
そして、
「所用で少し出てくるが、すぐ戻る」
「い、いってらっしゃい……」
リィラが今度は少しだけ開いた扉の隙間をすり抜けるようにして部屋を出ていった直後、無数の風切り音と重い衝撃音が扉の向こうから聞こえてきた。
いつまでついてきてるんだよ、筋肉神。
そして5分後――
「貴様の自己紹介の番だ、鬼塚」
鬼塚の頭を片手で掴んで引きずって入ってきたリィラは、持ち前の超人的な馬鹿力任せに鬼塚を部屋の中央に放り捨てる。
ずべちゃ、と一瞬不安になる音を立てた鬼塚だが、例によって例のごとく10秒と経たない内にむくりと起き上がった。
「む、ここは何処だ?」
厳つい顔に大真面目な表情を浮かべた鬼塚が、まるで戦場の最前線にでもいるかのような険しい目付きできょとんとしている他の面々をぐるりと見回す。
「貴様の裁きを下す部屋だ」
「なんと!?」
扉を閉めたリィラが、若干疲れたようなため息を吐き嘘を吐く。
「おのれ筋肉撲滅同盟の根回しか。よほど我が筋肉の――」
「能書きはいい、鬼塚。貴様も筋肉の端くれならまず自己紹介ぐらいこなしてみせろ。そうでなければ全力で殴るぞ」
「む? テイルスティング、お前さん何をいきなりキレておるのだぷるぐぷぁ」
瞬く間に距離を詰めたリィラの剣の柄が鬼塚の鳩尾に食い込み――もとい、めり込み、真面目顔だった鬼塚の喉から謎の擬音が漏れた。
「リィラさん、気持ちはわかりますけどその辺に。久遠さんが怖がってますし」
稲荷だけでも寝ててよかった。
「鬼塚、笑いながら自己紹介だ」
「ふははは、俺は鬼塚石平。頭脳明晰にして――」
「頭脳焼失の間違いです」
咄嗟に修正する。
「筋肉神を友に持つ選ばれた筋肉!」
「アレが神かどうかには疑問通り越して否定しか残りません」
むしろ魔物って聞いた方が納得だ。
「それがこの俺、鬼塚石平だ!」
「この通りさっき名乗ったことすら覚えていないため、巷では脳まで筋肉でできてるんじゃないかと真しやかに断言されてます」
自分で言っておいてなんだけど、そんな巷は嫌だ。
「この世界にはまだまだ未知の領域も多いが、だがしかしそれを加味してもまだまだまだまだ筋肉が足りん! この世界を構成する、一大要素である筋肉が――」
「そんな世界嫌です」
大体見たもの聞いたもの片っ端から忘却の彼方に投げ捨ててるくせに、未知も何もあったもんじゃない。
「それが我が――」
演説終了――――もとい、強制終了。
リィラの剣の鞘に頚椎後背部を強打された鬼塚の巨体がぐらりと傾き、リィラがその服を掴んで強く引き、再び開けた扉の外に放り捨てる。よたよたとしながら廊下に誘導された鬼塚は「ふぬぐっ」とよくわからない呻き声を上げて壁に頭をぶつけ、どだーんと倒れて動かなくなった。
鬼塚が何の変哲もない一般人だったならそれ相応の同情と態度が――――ある以前にそもそもこんな排除の仕方はしないわけだが、あいにく鬼塚が鬼塚である以上、手加減する段階はとうに過ぎている。
どうせ数分で起き出すだろうし。
「酒だ、アルヴァレイ! 酒を持ってこい! 朝まで呑むぞ!」
「1人で呑め」
自棄気味のリィラに、俺は当然の台詞を叩きつけた。




