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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第5章『火喰鳥事変』
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(6)『激戦、そして和解』

「くふふふっ♪ 試す価値はあるかもしれないよ、鳴けない小鳥(レジストハート)。貴女の刀、その影を――」


 楽しげに跳ねる語調に反して、人格を壊されたかのような陰のある笑みを浮かべたルシフェルの姿が再びどろりと崩れて波打ち、ゾワゾワと揺れ始めた赤い髪が毛先から色彩を失っていく。

 そして赤から灰色に、白い髪以上の劇的な色彩変化を遂げた瞳に微かな光が宿り、ルシフェルから『構成抜刀(ナンバリング)』の能力(チカラ)を持つ鳴けない小鳥(レジストハート)に身体の支配権所有が切り替わる。


「私、否定、名前、鳴けない小鳥(レジストハート)。私、名前、ティアラ」


 表に出るや否や、ティアラは単語のみで話す独特の喋り方でそう呟いた。


――ティアラ? くくふっ。


 本来貰った名を()()するような台詞を鼻で笑ったルシフェルは、本来は奥の手である身体の内側からの肉体操作を使ってティアラの両手を腰だめに構えるよう動かさせる。


――あの男に貰った名前か。気に入ってるみたいで結構だけど、今は戦う方を優先しろよ、鳴けない小鳥(レジストハート)


 ルシフェルの露骨に不機嫌そうな声に一瞬思案顔を浮かべたティアラは、不服そうにしながらも頷いた。そして身体中から殺意が形象化したような闇を立ち上らせる目の前のノウェアに視線を送る。


――鳴けない小鳥(レジストハート)、覚えとけ~♪ お前の力は――刀はこういう相手に役に立つんだよ。


私の鳥籠(マイン・ケッテ)……?」


――早く抜かないと………………死ぬぞ。


 唐突に緊迫感を増したルシフェルの声がティアラの頭の中に響いた瞬間、ノウェアの姿が(かす)んだ。

 そして、それが残像だと気付いた頃には、既にノウェアの攻撃は終わっていた。


「――殺害(サツガイ)……『辻斬(ツジギ)リ』――」


 瞬く間にティアラと交錯して背後まで駆け抜けたノウェアの手元で、薄く鋭く変形した闇が元の(もや)のような形に戻る。

 次の瞬間、ティアラの身体が斜めに走った空間の亀裂に引き裂かれ、二つの大きな肉塊に分かれた――。


 カシャーン……!


 ――ように見えた。

 二分されたティアラの身体が震えるように揺れ、鋭い破片に分離して砕け散る。


「……?」


 ノウェアは振り返ると首を傾げ、砕け散った破片のひとつを拾い上げた。それは一辺が鋭く磨き上げられた金属片――


()れ、()()()()秘乃太刀(ひのたち)嘘偽りの逸話語りファオルペルツ・エーレ』、不可能、斬る」


――斬ることができない、斬られることしか能のない刀。だけどほら、騙された♪


 ノウェアの背後に立つティアラ、その頭の中に響く()も可笑しそうなルシフェルの声に触発されるように、ティアラの口元がわずかに笑む。


――さすが私とシンシアに続いて汎用性の高さ第三席、欠けた刀の乃鍛冶(ラックスミス)


「構成抜刀『十六夜月(ブラッディ・)に舞い散る紅蓮(シックスティーン)』」


 ティアラの手に余るほどの大きさの大太刀が現れ、その刀身に炎の揺らめきのような模様が映り込む。

 まるで最初からそこにあったかのように自然に――不自然さを感じるほど自然に、その手の中に収まっていた。


殺害(サツガイ)……『鉤裂(カギザ)キ』……!」


 ノウェアの手元で闇が鉤状に変化し、再びその姿が霞む。しかし今度はその瞬撃を紙一重でティアラに(かわ)され、互いに鉤爪と大太刀で打ち合った。


封印(フウイン)、『影縫(カゲヌ)イ』」


 打ち合った瞬間に弾けるように周囲に散った数片の闇が大きく形を変え、鎖となってティアラの大太刀に絡みつく。


「闇……似る、私」


 無数の鎖が地面にどんどん食い込みながら、刀身が見えなくなるほど後から後から絡みついて大太刀を一所(ひとところ)に固定していく。


「私、感じる、不安、常時」


 ティアラは、胸にわずかな痛みを覚えながらぽつりと呟いた。

 誰かに(すが)っていないとその存在すら保てなくなり、やがては完全に消えてしまう。それはティアラだけにとどまらず、『ティーアの悪霊』の主人格『ルシフェル=スティルロッテ』以外はみんな()()()()()によって創り出された人格だから。

 創られなければ、痛みを感じることも、孤独を嘆くこともなかった。それでも、創ってもらえて良かったと思いたい、と本人たちは考えていた。

 大切な誰かの(そば)にいて、傷付くことも孤独を感じることもないまま、普通の人と同じような幸せな生き方がしたい。勿論この世が幸せだけじゃないことぐらい、陰惨で陰鬱な過去も持つ彼女らは実体験から思い知っている。

 それでも嬉しさや幸せや安らぎだけを感じていたい、と願っているだけだった。

 それはきっと闇だって同じはず、とティアラは考えていた。ルシフェルはきっと「その幸せを感じられないから――痛みしか感じられないから“闇”って呼ばれているのに」とでも笑うのだろう、とも。

 闇を助けるつもりがあるわけでもない。ただの惨めな仲間意識なのだろう。

 思考の海から現実に意識を戻したティアラがふと手にしていた大太刀に目を遣ると、縋りつく(しがらみ)のように絡みついた闇の鎖の塊は驚くほど肥大し、傍目(はため)には手放す他ないと思えるほどには取り返しのつかない状態だった。

 しかし、ティアラは悲哀に満ちた目でその鎖を見つめると、その主ノウェアにも同じ目を向ける。


鳥籠(ケッテ)


 その瞬間、ぴんと張っていた鎖が緩んだ。鎖は刀身をすり抜けるように容易く切断され、地面や他の鎖とぶつかりあって乾いた金属音をその場に響かせる。

 そして、それを見たノウェアが何らかの行動を起こす前に、ティアラは(つたな)い言の葉を紡ぐ。


「質問、貴女、持つ、大切、人?」

「…………?」


 ノウェアの動きが止まる。

 特異な言葉遣いをするティアラの言葉が、その微妙な意図の違いまで通じるかどうかは疑問なところがあるが、それでもティアラはノウェアの反応から通じていると見做した。


「貴女、推奨、安心。私、否定、発言、全て、関係、アルヴァレイ=クリスティアース、お姉様」

「…………」


 ティアラの言葉に対しても、(うかが)うようにしながらじりじりと間合いを詰めてくるノウェア。攻撃性だけはまったく警戒心を解く様子のないその態度に、ティアラは短くため息を吐いた。

 そして個人的な嗜好で、まったくと言っていいほど殆ど使わない現代文法に合わせて、


「私は貴女に危害を加えるつもりはない。私は、ルシフェルお姉様のアルヴァレイ=クリスティアースに関する発言全てを否定する。本来の、話の通じるシャルロット=D=グラーフアイゼンの方を出せ」


 言外に「今はまだ太陽の出ている時間帯でありお前のいるべき時間ではない」と含ませると、ノウェアは何処か狼狽(うろた)えるような素振りを見せた。

 話が通じていなくても、理性がないように見えてはいても、言葉は通じていた。


「信じるとは期待しない。それでも貴女の主が――シャルロットがアルヴァレイ=クリスティアースともう一度会いたいと言うのなら力を貸す。お姉様が何を言おうと、私は貴女が好きだから」


 そう、ティアラはシャルルと仲が良かった。

 正確に言えばティアラが仲良くなったのはシャルルではなく、アルヴァレイの主観から構成されていた悪霊第13人格の『シャルル』なのだが、ティアラにとっては『シャルル』もシャルルも同じことだった。


――黙って見てたらお前、案外存外滅茶苦茶やるよね、鳴かない小鳥(レジストハート)……。


「依頼、保持、沈黙、お姉様」


 頭の中に響いてくる呆れたようなルシフェルの台詞を「お姉さまはちょっと黙っててください」とばっさり切り捨てるティアラ。

 その目の前では、しゅるしゅると吸い込まれるようにノウェアの身体の周りから闇が消え、殺伐と纏っていた空気が穏やかに緩んだかと思うと、元のシャルルの人格が表に戻ってきた。


「貴女は、誰ですか……?」


 ティアラの大太刀十六夜月( ブラッディ・)に舞い散る紅蓮(シックスティーン)と同様に、持ち主の身体の大きさに対してアンバランスな大きな杖奇跡を司る神杖ミスティック・クリエイションをティアラに向け、シャルルはおそるおそるといった様子で問いかける。


「私、名前、鳴けない小鳥(レジストハート)。私、呼び名、ティアラ。私、誓約、貴女――」


 一拍置いて、ティアラはシャルルに微笑みかけた。


「私、同行、達成、目的、再会、アルヴァレイ=クリスティアース、貴女」


 そう言った瞬間、ティアラの意識はルシフェルに押し退けられ、姿もそれに伴ってルシフェルのものに変化した。その途端、ルシフェルに襲われたばかりだったシャルルは思わず一歩下がる。


「は~ぁっ」


 ルシフェルは大げさに大きいため息をついて、手を前に突き出した。


「めんどくさいことになった……」


 その手は、まるで握手を求めるかのように差し出され、顔を上げたシャルルが見たのはルシフェルのゆがみからほど遠い笑み。その表情はまるで妹の約束を仕方なく守ろうとする姉のようだった。

 この場にアルヴァレイがいたら、こう思っていたことだろう。


『ルシフェルは何だかんだ、こと妹人格に対しては甘く面倒見のいい性格だからな。ある意味素直じゃないってことになるんだろうけど』


 シャルルがおずおずと差し出された手に少し触れると、ルシフェルはパッと手を引いて、


「無理しなくても、それだけできれば十分だよ」


 頬の赤みを隠すようにそっぽを向いてそう言った。

 これが『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』と呼ばれた人外と、『ティーアの悪霊』と呼ばれた人外の、運命に引き寄せられるような奇跡による邂逅だった。

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