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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第5章『火喰鳥事変』
104/121

(5)『闇VS悪』

 前半がシャルルを中心に据えた三人称。

 後半がルシフェルを中心に据えた三人称です。

 黒き森(シュヴァルツヴァルト)――。

 長い時を過ごした故郷のひとつに戻ってきていたシャルルが、名残惜しそうにしながらも森の出口に向かっていた道中、突然の衝撃と土煙がシャルルの目の前に降ってきた。


「なっ……何っ?」


 舞い散る砂塵に()せる暇もなく、シャルルは吹き荒れる暴風に(あらが)えず、尻もちをついた。土が目に入ってしまったのか、目に痛みを感じたシャルルが思わず目を(こす)って再び目を開けると、辺りの土煙が完全に消えているのに気付いた。

 そして同時に、落ちてきた飛来物の正体を視界に捉える。


「だ、誰っ!?」


 目の前にはひとりの少女が――(いな)()()()()()()()()()がいた。

 胴体と頭、足は普通の少女。

 銀髪に端正な顔立ちも綺麗な瞳の色も人のものに相違ないのに、明らかにソレが人じゃないとわかる顕著すぎる異形が一瞬にして目を釘付けにした。

 何しろ背中に生えた棒きれみたいな大きな何かに加えて、その地に着くほど長く、太い両腕には見るからに固い竜鱗がびっしりと生え並んでいた。これで人と言い張るのは無理がある。

 シャルルが手にした奇跡を司る神杖ミスティック・クリエイションを強く握り直し、その少女から感じる威圧感に思わずごくりと喉を鳴らした時、その少女の輪郭がぐにゃりと歪んだ。

 肌の表面が波紋のように揺れたかと思うと、崩れるように形が変わっていき、巨大な腕と背中の物は跡形もなく消え失せ――――最後には別の姿が残った。

 赤い髪に、薄い褐色の肌、魔族のような姿の少女――――しかしシャルルは、その姿に何処となく違和感を感じずにはいられなかった。 

 赤い色の目はギラギラと光り、その表情は険悪な(よろこ)びに満ちていた。


「初めましてね♪ シャルロット=D=グラーフアイゼン!」


 その少女がその名前を呼んだ瞬間、シャルルは息を呑んだ。

 無理もない。

 初対面の相手に教えてもいない名前を呼ばれるなんて思いもよらない。

 さらに、シャルルはただでさえ人との関わりを最小限に抑えている。何処かでシャルルの名前を知ろうにも、知っている者なんて早々いないはずなのだから。


「あれ? 驚いた? それならよかったぁ♪ これで驚かなかったら――――うん……アハッ♪」


 少女の口元に、狂気じみた笑みが浮かぶ。


「――殺しちゃうところだった♪」


 シャルルは、ゾクッと背筋が凍りつくのを感じた。

 (ゆが)んだ笑み――――(いな)、笑顔とは思えないほどの悪意と殺意を含んだ口元の(ゆが)み。これまでに見たことがない、邪悪を通り越してどう形容すればいいのかわからないほどの凶々(まがまが)しさをそこに感じていた。

 動物的な感覚を持つシャルルの警戒する様子に気付いたのか、その少女はくすくすと可笑しそうに嘲笑すると、「どうしたの? ねぇ?」とトゲを含んだ言葉を投げかけてくる。


「あ、貴女(あなた)は誰ですかっ! どうして私の名前を知ってるんですかっ!」

「うんうん、そこそこ面白、じゃない、いい反応だね~。でもそんなことよりさ~。アルヴァレイ=クリスティアースって――――知ってる?」


 ドクン、と心臓が跳ねるのを感じた。

 瞬時にシャルルの脳裏に浮かぶ過去の記憶、大切な――最も大切な思い出の一片。

 彼の記憶が、甦る。


「なん……て……?」

「アルヴァレイ=クリスティアースを知ってるかって言ったんだけど? ねぇ、『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』。シャルロット=D=グラーフアイゼン」

貴女(あなた)は誰ですか!? アルヴァレイさんとはどんな……!」

「私の名前はルシフェル=スティルロッテ。人類には『ティーアの悪霊』って呼ばれているけど。アハッ♪ 以後お見知りおきをって言っていい?」


 言葉は通じているのに話が通じていない、とシャルルは思った。


「…………」

「え~、関係ぃ~? ん~、さぁね~。シャルルちゃんにはそんなん関係ないと思うよ? あの男は今、ヘカテーとくっついてるし♪」


 何となくではなく、確実にシャルルの心中に湧き出る嫌悪感。それを何と言えばいいのか、シャルルは上手く言い表せる言葉を探す。人の神経を逆撫でする――――それどころか(なた)(のこぎり)でまとめて削り取っていくような嫌悪感、とでも言えるのだろうか。

 絶大な殺意の塊であるノウェアを宿し、今やその人格に近しく触れることのできるシャルルですら、怯み恐れを抱くほどの悪意が黒き森(シュヴァルツヴァルト)に満ちていた。


「あぁ、それと安心していいよ? あの男は、アルヴァレイ=クリスティアースはシャルルちゃんの望み通りに綺麗さっぱり忘れて、今を別の()と謳歌してるよ。アハハハッ♪ よかったね、忘れて貰えたよ? シャルルちゃんがそう望んだんだから、もっと嬉しそうな顔すればいいのに」

「アルヴァレイさんが……そんなの嘘ですっ! アルヴァレイさんがそんな――」

「本人もそこそこ苦しんでたんだけどねぇ~♪ ()()()()()()()に会ってフラレたんだって。可哀想にね。それで私の家族()()()ヘカテーを紹介してあげたんだよ♪ ん? ん~、何? その顔、意外♪」

「私はそんなことっ……!」


 『アルヴァレイさんとは会ってすらいない。忘れられたいなんて、そんなこと思ったこともない』

 そう言い返そうとした瞬間、シャルルは目の前に立っている人影を見て再び息を呑んだ。


「わ、たし……?」


 そこにはシャルルが――――シャルロット=D=グラーフアイゼンの形をした何かが立っていた。


「面白いでしょ~♪」


 口元に歪んだ笑みを(たた)えて。


「この姿で近づいたんだぁ♪ あの男、最初はめちゃくちゃ喜んでたけどね。探してたらしいからさぁ? でもこの姿のまま“私はもうアルヴァレイさんのことは何とも思ってません。私のことは忘れてください”って言ってやったらそのまま帰っていったよ♪ あの時の顔。見せてあげたかったぁ~」

「アルヴァレイさんに……」

「うん?」

「この私じゃなくて……」

「どうしたの、シャ・ル・ル・ちゃん?」


 ――――()()()が?


 シャルルの心に、どす黒い攻撃性が――憎いというただそれだけの感情を起点にして生まれ、それは日の出ている間はシャルルによって押さえ込まれているはずのノウェアを目覚めさせた。

 唯一の(たが)――シャルルの意識が、身体から切り離される。 

 全身から溢れ出るように靄状の闇が噴き出し、敵意を反映するように鋭く形を変えていく。


「へー、それが中身かな? ノウェア……アハッ♪ 案の定、旧い時代の言葉だね♪ ()()()()()()()()くせに図に乗るな!」





 シャルルと対峙するルシフェル=スティルロッテは、アルヴァレイの記憶を覗いた時から裏のシャルル――つまりノウェアに興味を抱いていた。

 しかし今。挑発に挑発を重ねてその中身を引き出してみれば、下手すると自分以上に世界から外され、殺意と悪意と害意によってのみ塗り固められた存在である可能性が高い、と本能が告げていた。

 ルシフェルは、内心焦っていた。


「コロス……ヤツザキニ……」


 何となく感じる力は、ただの旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)とは比べ物にならないほど膨大だった。旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)というだけではない。

 よくわからないが、()()()()まで付随している。

 あの薬師寺丸(やくしじまる)薬袋(みない)のように。


()()キ……『七千切(ナナチギ)リ』ッ!」


 ノウェアの姿が霞む、その一瞬を人外の動体視力で捉えたルシフェルの中で、長い間眠っていた動物としての生存本能がルシフェルの身体を無理矢理動かした。

 無理な駆動で身体が軋む――――が、次の瞬間さっきまで自分の首があったところを通過した闇の刃を視界に捉え、戦慄すると同時に心の内から『偽りの神の全知全能デウス・エクス・マーキナー』シンシアを表に放り出した。


「久しぶりのシャバだ~♪ ってなわけですが、()()()()です。個人的には貴女(あなた)に恨みとかないんですけど、まぁいいですよねっ」


 シンシアの出現と同時に地面から生え出た光輝く巨大な(いばら)が、瞬く間にシャルルの――ノウェアの身体を巨大なツルで絡め捕った。


「高速展開拘束魔法、『白薔薇の餌付け』はお気に召しましたか? まぁ、召されても困るんで、とっとと天に召されてしまってください」


 シンシアは光属性の断罪魔法『天の采敗』を掌に展開し、即座にノウェアとの間合いを詰める。これを当てれば、闇の眷族であるノウェアの身体は易々貫通し、確実に心臓を止めることができる。

 ――が、その瞬間再び生存本能が(うず)き、身体が勝手に後ろに跳んだ。


拷問(ゴウモン)、『(ムサボ)リ』」


 噴き出す闇。

 ノウェアの身体中から立ち上る黒い闇が、光の(いばら)に群がり、瞬く間にそれを食い尽くした。


殺害(サツガイ)、『鎌鼬(カマイタチ)』」


 本体から切り離され、刃状に伸びた闇がシンシアの首筋を掠めた。

 遅まきながら危険を感じたルシフェルは、シンシアが痛みを感じる前に身体の支配をシンシアから取り戻した。シンシアを、痛覚から(かば)うために。

 あの男に会うまでは、そんなことはしなかっただろう。どんなに変わっていないつもりでも、いつのまにか変わっている。そういう意味ではルシフェルも、わずかながら人に近づいていた。


 ザクリ……。

 一拍の間を置いて、首の肉がゆっくりと割れ――――ブシュアアアアアアアアッ!!!

 ルシフェルの首筋から鮮血が噴き出す。


「ッ…………!」


 何度でも言えるが、ルシフェルは人じゃない。特にヘカテーの身体から分離された後のルシフェルに、人たる要素はひとつたりとも残っていない。つまり今さらこの程度の傷でどうこうなりはしないのだが、今のルシフェルにとって、自分がどれだけ傷つこうがそんなことはどうでもよかった。

 首から噴き出す血を無理やり手で押さえ、その一瞬を境に皮膚を再生する。元々人格毎に身体を作り替えているルシフェルにはこの程度のことは造作もない。


「思った以上にヤバいかも~?」


 それでもルシフェルは口元の笑みを崩さない。

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