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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第5章『火喰鳥事変』
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(3)『悪霊は失踪した』

 ヴァニパル共和国“林業と医療の町”フラム、クリスティアース本家――――。


「……」


 屋敷の縁側に腰掛け、久々にのんびりとした時間を過ごしていた俺は、これからのことに考えを巡らせていた。

 フラムに帰ってきて1日が経過。特別何をするわけでもなく過ごしたものの、明日の朝あるいは昼にはここを発ち、シャルル探しの旅に戻るつもりだ。

 今の和やかな日常とは別に、俺の中にある日常――――大変だけど楽しくて、危険だけど面白い仲間との旅路だ。

 そんな風にありきたりな言葉で表してしまうと、青臭くて少し気恥ずかしいぐらいだが、それでも日々成長し、前進していることを実感できる。

 そんな感覚が好きだった。


「このままだと前と一緒で考えるわけには行かなくなりそうだけどな……」


 口元を引き攣らせ、思わず呟く。

 今まで通りついてきてくれると言うリィラ、鬼塚、ヘカテー、ルーナは問題ない。

 問題なのは他の3人ほどだ。

 『楔を抜かれた悪霊』ルシフェルからは「それで私の気が紛れるならね」と曖昧な答を返ってきていて、アプリコットとチェリーも途中まで――首都ヴァニパルまで一緒についてくるという。何だかんだであの2人、紙縒と康平を探す努力をしておくらしい。

 別に拒むわけではないけれど、別に嫌なわけではないけれど、むしろ仲間は多い方が嬉しいけれど――――。

 問題はあの3人の性格にある。

 アプリコットとチェリーはまだ短い付き合いだが、ローア城砦とレインの森、そしてフラムに帰る時の道中を見ていただけでも、ある程度のことはわかってくる。

 3人とも凄まじく扱いづらいのだ。付き合いづらいと言い換えてもいいが。

 凶悪な悪戯好きで無慈悲なルシフェル。

 親しみやすい愉快犯アプリコット。

 血を見ると興奮する戦闘狂チェリー。

 極めつけに、3人とも相当人間離れした戦闘能力を有している辺りが何とも厄介で、暴走なんてしようものならそれを止められるヤツなんていない。

 そして俺の最後の希望、ガダリアさんはいくつかやらなきゃいけないことがあるとかで、これからの予定は未定だそうだ。


(まとめられるわけないっ……!)


 大体マトモな人類が俺しかいないぞ。

 1人無力感を感じつつ、ため息をひとつ吐いて後ろに倒れ込む。


「こんなところにいたんですか、アルヴァレイさん?」


 ――――とそこで背後から、つまりは部屋の中からそんな声が聞こえてきた。

 上体を倒したついでにそっちを振り向くと、部屋の奥の(ふすま)を開けて入ってきた白い人影が視界に映り込む。


「ヘカテーか……。どうした?」

「あ、えっと……。ルシフェルを探してるんですけど、見ませんでしたか?」

「ルシフェル?」


 ちょうど今考えたこともあって、朝からの記憶を思い返すのが一拍遅れる。


「えっと……」


 最後に見たのは今朝だった覚えがある。でもその時はヘカテーもいたわけだし、特に意味のない情報だろう。


「いや、見てないな」


 上体を起こしながらそう言うと、「そうですか……」と何処か不安げな顔で呟いたヘカテーは部屋を横切り、俺の隣に同じように腰を腰を下ろした。


「アルヴァレイさんはどうかしたんですか? こんなところに1人で……」

「あぁ、まぁちょっと考え事。明日からのシャルル探しのことで色々な」

「……そうですか」


 途端にヘカテーの声色が冷え込んだ。

 さりげなく見ると、ヘカテーは純白の絹糸のような髪をくるくると指先でいじりながら、何処か拗ねたような顔をしている。


「ヘカテー……さん? なんか怒ってらっしゃいます……?」

「好きな人が他の女のことを考えてるのに気分が良くなる女の子はいないですから」


 思い切った直球でそう返ってくる。

 一瞬思考停止したものの、『確かに告白に近いものは受けてるからな……』と、その時のことが脳裏を(よぎ)る。

 俺はヘカテーに好かれている、そのことはもう自覚している。正直好きになってもらえるようなことは何一つした覚えがないのだが、それでもヘカテー本人がそう言っている以上は事実なのだろう。


「……ごめん」

「いいんです。アルヴァレイさんに悪気がないことはわかってますから。これは私のわがままですから、アルヴァレイさんはどうか無視してください。そうすれば私も、心置きなく一喜一憂できますから…………()()()()()()()()


 ヘカテーは自分の身体に巻き付けられた黄金の鎖の端を手に取り、それに物憂げな視線を落としてぎゅっと握る。


「私も、シャルルさんとはやっぱり会わなきゃいけないですから……」


 何かの決意表明をするようにふとそう呟いたヘカテーははっと目を見開いて、振り返った。そしてすぐに視線を逸らし、慌てた様子で「えっと、その……」と呟く。

 どうやら口が滑ったらしい。


「具体的には、何を考えてたんですか?」


 ヘカテーは若干上ずった声色でそう言った。かなり無理があったが、その無理に付き合ってやることぐらいは俺にもできる。


「シャルルが意外と動き回ってるなって思ったんだよ。アリアに聞いたらここにも確かに一度来てたらしいし、アプリコットも会ったことがあるって言ってただろ? ただ逃げるだけだったら俺に繋がりかねないここに来るわけがないし、多分アイツも何かやってるんだと思う。だから下手に入れ違いになるよりは、何処かに当たりをつけて、そこで待つのも方法としてはありだよな、ってさ」

「じゃあ、例えば何処で待つんですか?」


 そこまでは全く考えてませんでした、とは言えなかった。どちらにせよ読心能力を持つヘカテーには伝わるだろうが。


「アルヴァレイさん?」


 ヘカテーが首を傾げる。


「うん。いや、まあ……つまり、そういうことだよ。残念ながら」

「1人で納得されても全然わからないですよ……。アルヴァレイさん、アルヴァレイさん。人らしく人らしい会話しましょ?」


 人外に人らしくって言われた!?


(――ってあれ? ヘカテーには伝わって、バレてるはず……だよな?)


 俺が浮かんだ疑問を口にする前にヘカテーは何かを察した顔になり、納得したようにポンと手を打った。


「アルヴァレイさん。言うのを忘れてましたからどちらかといえば悪いのは私ですけど、今の私に人の思考を読み取る能力は残っていないんです。あれは元々ルシフェルの、“他の人格と言葉を介さずに意思疏通を図る力”ですから、一体化していた私にも同じことができた、それだけなんです」

「あれ? でもあの後でも普通に話しかけてきてなかった? その、頭の中で」

「ルシフェルが近くにいる時は回路が開くみたいです。ガッドに訊いたら、今の私とルシフェルの身体はまったく同じものらしくて、近ければ近いほどその存在自体も近づいて互いの異常性も共有されるようになる、ということらしいんですけど……」


 要するに詳しい仕組み事態はさっぱりわからないらしい。


「急にルシフェルの能力(チカラ)がまったく使えなくなったから、さっきルシフェルを探してたんです」

「そういうことだったのか……」


 特にヘカテーを疑っているわけでもないのだが、少なからず俺にも流れている学者の血が即座にその言葉の検証を始める。

 ヘカテーを見る。

 ヘカテーを見つめる。

 人間離れした繊細な造形の為されたその容姿は、ふと意識し始めると際限なく見惚(みと)れてしまうほどに美しい。華奢な肢体も(たお)やかな所作も、理想的かつ身近な女性らしさを印象付けている。

 儚げな弱々しさを思わせる外見に対し、その中身は色々な意味で(したた)か。その実、他者を寄せ付けないほどに完璧なわけではなく、相応の弱点があることも、親しみやすく好感を持てる要因だろう。

 未だに恋人というものに縁遠く、周囲の人間離れっぷりに振り回されていることもあってあらゆることに一人前という自信なんて持てない俺だが、そんな俺を好きだと言ってくれるヘカテーとそういう関係になれれば、それはきっと幸せな――――


「そろそろお願いだから止めてくれ、あぁ、恥ずかしい……」

「今、何を考えてたんですか!?」


 いきなり縁側からずり落ちて失意体前屈に移行した俺に対し、ヘカテーはバッと自分の身体を抱くようにして引く。

 はい、正直その辺りまで色々生々しい想像してました。

 とにかくこれでヘカテーの言葉が間違いじゃないことは納得する。彼女の性格上、俺が今していたような想像を読み取って平然としていられるとは思えない。

 俺は再び縁側に腰掛けると、


「ルシフェルが結構自分勝手にふらふらする癖があるのは今に始まったことじゃないけど、ヘカテーにまで何も言わずに何処か行くのは…………らしくないな」


 初めてだな、と言おうとして咄嗟に言葉を変える。初めても何もこれまではそんなことはありえない状態だったのだから。

 とそこで、巨大な丸太を運んでいる筋肉ダルマが庭先に現れた。


「ぬ、貴様らこんなところにいたのか」


 声をかけるか否か躊躇っていると、先に向こうが気付いて声をかけてきた。


「その丸太をどうする気だ?」


 嫌な予感を覚えつつ鬼塚にそう(たず)ねると、案の定「丸太?」と太い首を捻った鬼塚は自分の担いでいるものを今思い出したというような顔で、


「昼飯だ」

「俺の仲間(ツレ)に幼虫さんの仲間はいなかったと思うんだが」

「食わんか?」

「誰が食うか」


 相変わらずの残念鬼塚頭にヘカテーの困ったような微笑みが視界の端に映る。

 その瞬間――――ゴッ!


「めぱっ……!」


 謎の呻き声を上げた鬼塚の巨体が、物凄い勢いで引っくり返った。

 地響きを立てて動かなくなった鬼塚をよく見ると、何処からか飛来もとい襲来したらしい()()がその顔面に深々とめり込んでいる。


「何をアホなことをやっている、鬼塚」


 凛と響く声に振り返ると、()()を投げた直後のような姿勢のリィラが少し離れた縁側に立っていた。

 今、あの煉瓦見えなかったぞ……?


「リィラさん、いくら鬼塚でも――」


 ピシッと煉瓦にヒビが入り、直後ボロボロと小さな破片となって砕け散る赤煉瓦。

 そして何事もなかったかのようにむくりと起き上がった鬼塚の顔面にはアザひとつ出来ていない。

 やっぱりコイツ、人じゃない何か別の生物だ。

 多分、ティーアからマルタ城塞まで付いてきていた例の気味の悪いイカと近い生命体だ。忘れてたけど、まさか今もついてきているわけではあるまいな、筋肉神。


「鬼塚が、何だって? アルヴァレイ」

「何でもありませんよ」

「何でもないとは何事か。俺はこの通り、筋肉だッ! おお、テイルスティング、久しいな。何時ぞや貴様の言っていた通り、(まき)を拾ってきたぞ」

「大抵のことは10秒で忘れるお前がこのテの仕事を完遂するのは珍しいが、鬼塚……それは一般的には丸太という。燃料よりは建材に近い部類の木材だ」


 鬼塚、それ何処で拾ってきた。

 いや、この際鬼塚は無視しておこう。


「昼食に(まき)って、リィラさん、何かやるんですか?」

「ああ、いい肉があったから焼こうと思ってな。お前の妹に訊いたら焚き火も問題ないという話だから直火だ」

「はあ……直火なら別にいいですが」


 この人は料理と名の付くことはからっきしで、荒っぽい直火焼きしかできない。

 道中野宿も多かったから、この人の直火調理を何度も経験しているのだった。


「不服なら鬼塚に調理させるが」

「不服なんてとんでもない」


 鬼塚の調理は既に調理ではない。

 リィラに「それはお前が加工するんだろうな?」と暗に命令された鬼塚が、巨大な丸太にその太い指を突き刺し、引き裂くように解体し始める。

 斧等の刃物を使わずに素手で丸太を解体できるのって絶対この人だけだろ。


「そういや、鬼塚。ルシフェル見なかったか?」

「む?」


 作業のついでに聞いてみたはいいものの、人選を間違えたと即座に後悔する。こういう時の鬼塚は本当に期待通りだからな。たぶん知らないだろう。


「ロード=ブラズなら少し出てくるとかほざいて、今朝方出掛けて行ったが」

「人の話を正しく理解しろ」


 無理な相談かもしれないが。

 というかガダリアさん、朝から姿が見えないと思ってたらいないのか。


「ルシフェルだよ、ルシフェル。どう聞いたらガダリアになるんだよ」

「ティーアの悪霊ならコイツの中にいるのではないのか?」

「それ以前に現状を把握しろ」


 ヘカテーもニコリと笑顔を取り繕って、鬼塚から1歩後ずさる。


「リィラさんは知りませんか?」

「む、どうかしたか、小僧」

「なぜお前が返事する、鬼塚。お前にはたった今訊いたばか――」


 ツッコミの最中に鬼塚の身体がくの字にひん曲がって吹っ飛んだ。


「ぬぉおおおおおおおお――ッ!!!」


 背中から地面に叩きつけられても尚何かに引きずられているような勢いでごろごろ転がってクリスティアースの敷地を区切る木製の柵を突き破った鬼塚は、そのまま街道に出て土煙を上げながら停止する。

 その腹から、またも赤煉瓦の破片がぼろぼろとこぼれ落ちた。

 ざわざわとその周囲に集まった通りがかりの人たちは、ぴくりとも動かない鬼塚の顔を覗き込み――――何故かほっとしたような顔でそのまま通り過ぎていく。

 あの耐久性がいつのまにかフラム住民の共通認識になってるとでも言うのだろうか。

 そして20秒と経たない内にむくりと起き上がった無傷の鬼塚は、首を捻りながら破れた塀から敷地内の庭に戻ってきた。気がつくと隣からいなくなっていたヘカテーは、鬼塚と入れ違いに通りへ出て「お騒がせしました」と頭を下げながら、瓦礫や木片の後片付けをし始めた。

 甲斐甲斐しいな、と思いつつ俺も手伝いに出ようとすると、通りのヘカテーから「任せてください」と先手を打たれた。


「いつお前はリィラ=テイルスティングになったんだ?」

「む、すまん。ついな」

「つい、で私を(おとし)めるな」


 戻ってきた鬼塚がリィラとそんな遣り取りを交わしている。


「それと、アルヴァレイ。あの悪霊なら今朝、門のところでボーッと突っ立っていたのを見たが、奴がどうかしたのか?」

「ルシフェルが……?」


 背後でヘカテーが、そう呟いた。もう戻ってきたのか。

 振り返ると、思案顔で庭に残っていた瓦礫を端っこの方に寄せたヘカテーは、はっとした表情を浮かべると突然駆け出した。靴を放り出し、縁側から部屋の中に飛び込んだヘカテーはそのまま慌てたように(ふすま)をピシャッと開けると、廊下のほうに姿を消した。

 ここまで3秒。

 目で追うのがやっとの駆動を体現する身体能力は、ルシフェルと分離した今でも健在みたいだな――――と思った次の瞬間には、よほど急いでいたのかもう(はや)息を切らしたヘカテーが再び廊下から姿を現す。その顔は、見るからに青ざめていた。


「ルシフェルの荷物とお金が全部なくなってました……。もしかしたらルシフェル……ここから出てったのかもしれませんッ!」

「出てった!?」


 ルシフェルが出て行った……?

 いや、出て行ったこと自体には驚かない。元々ここは俺やヴィルアリアの帰る場所であって、ルシフェルや他の皆の帰る場所ではないからだ。

 俺が驚いたのは、ルシフェルがヘカテーから離れた、ということだ。


「今朝出ていったのなら、今から追いかければ……!」

「待て、アルヴァレイ。この中にあいつの足に追いつける奴はいない。ルーナの足なら追いかけることはできても、魔法を使われていたら不可能だ。何処に行くかがわかっていなければ追いかけても追いつける訳がないだろう。第一あの面倒くさがりが足で移動しようなんて最初から思うはずもないが」


 リィラの制止で多少頭が冷える。

 ルシフェルが行きそうな所なんて俺には彼女と出会ったティーアぐらいしか思いつかない。

 ヘカテーは、ルシフェルが出ていった理由がわからないからか、何処に行ったかわからないからか、酷く混乱した様子で泣きそうになっていた。

 ルシフェルが何を考えているのかはわからないが、アイツがヘカテーとの縁を切る、なんてことを考えるとは思えない。そうなればやはり追いかけてもらうことが目的。


「アイツを探すなら、まずはティーアに行くしかなさそうだな……」


 思わずそう呟き、ため息を吐く。

 『悪魔の山(トイフェルベルク)』ティーアといえば、これまでの道を逆戻り、そもそも大陸を一度渡らなければならない。単純に戻ると一ヶ月はかかりそうだ。

 少なくともヘカテーと行った場所、ヘカテーとの思い出がある場所にルシフェルはいる、はず――。

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