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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第1章『黒き森の魔女』
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(8)『彼女が住んでいるのは』(改稿済み)

「そう言えば、シャルルってどの辺に住んでるんだ?」

「えっ!?」


 帰り支度と称して、慣れた手つきで俺の寝床を綺麗に整えるシャルルに少し頭の隅に引っかかっていた質問をぶつけてみた。ぶつけてみたというほど乱暴でもなく、投げかけてみたというのが正解だけど。


 ――とはいえ、そんなに驚くことか?

 いくら広々と広いテオドールとはいえ、俺も案外色んなところを回ってみたりしているのだ。それでいて今までに会ったことがなかったから近くに住んでないことはまず間違いないだろう。

 最近はこの付近にも誰も引っ越してきていない。

 これはどんな誰でも必要とする薬を売る商店の優位性といえばいいものか、酒場と同じくらいに情報源には事欠かない。特にどちらかといえば寡黙な方の父さんと違って、母さんは凄まじく社交性の高いお人である。

 そういう経緯でおそらく近隣の街か、あるいはそのテの噂収集網の外側にある街の外れ辺りだろう。

 ――という思考回路を辿ってきての質問だったのだが。


「え、えっと、黒き森(シュヴァルツヴァルト)……の近くです!」


 黒き森(シュヴァルツヴァルト)

 確かにあの森の北側には街があるって聞いたことがある。


(でも、あれってテオドールでたんまり儲けた商人やエルクレス貴族など富裕層が居を構えるから、豪邸が立ち並ぶ居住街じゃなかったっけ……?)


 シャルルに視線を向けると――――まあ、納得できるか。物を知らないのも貴族の子女ならありそうな話だ。

 一度そう思うと、物腰の柔らかさも言葉遣いも、ちょっとした仕草にも気品や育ちの良さがうかがえる気がする。

 しかしたとえそうだとしたら、なんで貴族の子女がこんなところにいるのかという新たな疑問も生まれてくるのだが。


「――ってお前そんなところからわざわざ来てんのかよ! 遠いだろ!」

「……?」

「不思議そうな顔をするな、ってああそっか。お前、空間転移魔法(テュア・シュトラーセ)が使えるんだったっけ」

「はい、あまり得意じゃないですけど」

「得意じゃないのかよ!」

「はい、成功率は低めなのでこの街に来る時は使ってないですよ」


 成功率の低い魔法を俺の部屋に入る(たび)に使ってたのかよ、この天才アホは。この調子で通われたりしたら俺は毎朝命がけのギャンブルライフじゃねえか。


「でも魔法使ってないってことは、誰かに送ってきてもらってるのか?」

「はい、ルーナちゃ――ルーナっていう子にここまで」

「それでも時間はかかるだろ?」

「はい、かかります」

「ならわざわざ来なくてもいいのに。別に来いなんて言ってないだろ。まったく……どれだけかかるかわかってんのか?」


 徒歩なら丸一日、馬で十時間ちょっと――――馬車なら十二時間はかかるだろうな。


乃至(ないし)一時間ぐらいはかかりますね」

「嘘だろ!?」

「えっ? あ、でも急げば三十分ちょっとで着けますっ」


 シャルルは何を言ってるんだ?

 なんでだろう、シャルルの言葉が理解できない。

 黒き森(シュヴァルツヴァルト)の北にある街から一時間弱? 急げば三十分ちょっと? 普通に考えてありえない。

 何キロあると思ってんだよ。


「ま、いいや」


 思考放棄。

 シャルルがどうやってここに来てるかは考えるだけ無駄と仮定しよう。

 その仮定を証明するのは少しばかり後になりそうだが。


「それではさようならです、アルヴァレイさん。また明日も来ますね」


 シャルルはそう言うと、窓を開けた。

 少し冷たい空気が部屋の中に入ってくる。そして、シャルルは瞬く間にそこから一階の屋根の上に出ると、窓を閉めた。

 普通に玄関から帰れないのかよ、そう思っていると、シャルルは窓の向こうから小さく手を振ってくる。

 俺が手を振り返すと、シャルルは柔らかく微笑んでくるっと向き返る。

 そして、指を口に(くわ)えた。


 ピィーッ。

 朝のテオドールに高い音が響き渡る。

 その数秒後――――ギュンッ!!!


「!?」


 一瞬だけ見えた黒い何かが窓枠に狭められた視界を右から左へ横切って、それと同時にシャルルの姿が消えた。

 思わず窓に駆け寄って――――バンッ!

 急いで開けた窓から上半身を乗り出し、シャルルと黒い影の消えた向かって左側へ視界を広げる。

 しかし、既にその視界にはシャルルと黒い影の姿はなかった。


「……何だったんだ、今の」


 窓を閉めつつ、一人ごちる。


(カラス……? はあんなに速くないし、そもそもカラスの大きさじゃない。馬……? よりずっと速かったし、漆黒の毛並みを持つ馬なんて――)


 ――ありとあらゆる商品が集まるこの街ですらなかなか見ることはない。

 ダメだな、情報が少なすぎて考えが纏まらない。


「――アル!」

「うぉあ!」


 背後から突然母さんの怒鳴り声。

 ……今って戸に付けてある鈴の音聞こえたか!?


「ご飯だって言ってるでしょう」


 手鍋やお玉や包丁が飛んでこなかっただけで運がいいと思ってしまった俺はもうヤバいと思う。基準がずれているのだ。


「あ、うん。今行く」

「またシャルルちゃん来てたの?」


 窓の鍵を閉める俺に後ろから母さんがそう訊ねてきた。


「うん、なんか起こしに来るのが好きだからなんだって」

「起こしに来るのが好きだから?」


 振り返ると、母さんは首を傾げたまま曖昧に微笑んでいた。


「それはたぶん語順が違うわね」

「は? 語順?」

「何でもないわ。早く降りてきなさいよ」


 母さんは意味不明な言葉を言い残して、早々と部屋を出ていった。


「語順……。語順……?」


 母さんが何を意図して言ったのかがわからない。

 まぁ、後でゆっくり考えるか。





 ――それからというもの、シャルルは度々家に来るようになった。


 度々、というのもおかしいのかもしれない。

 何故なら『今日は来なかったな』という台詞が自然に口をついて出るほどに、シャルルがウチに来る頻度が高いのだ。

 出会ってから来なかった日はまだ数え上げられるほどしかない。

 起こしに来ただけ、用があって来た、など理由は様々だったがよく飽きずに来るもんだと感心する。

 まあ友達に飽きる、なんてありえないことだとわかってはいても、普通毎日来るか?


 でも俺は気づいていなかった。シャルルという異常に。

 そして、この時の俺はまだ知らなかった。


 シャルルと出会った瞬間、むしろシャルルとぶつかった瞬間から、引き返すことのできない異常(ルール)の巣窟の中に足を踏み入れ、もとい引きずり込まれていたことを。そして、これからの人生(日常)は全てがそれ中心に揺れ動くことを。


 そして、思いもよらなかった。


 あらゆる異常との出会いの全てを経てすら、その発端であるシャルルとの出会いに感謝するようになることを。

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