表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Knight's & Magic  作者: 天酒之瓢
第6章 飛翔騎士開発編
78/224

#78 彼の望む世界

 

 飛空船を使ったことで先行していたエムリスとエルネスティからやや時間を空け、銀鳳騎士団の本隊がフレメヴィーラ王国へと帰還した。

 オービニエ山地を越えて凱旋する幻晶騎士シルエットナイトの部隊を眺め、さらに彼らが勝利の報告を持ち帰ったことで、王都の民は興奮にわきかえっている。


 それと同時に、謎のヴェールに包まれていた“飛空船レビテートシップ”の正体が広く知らしめられた。

 空を行くことが可能なこの驚異の船の登場は、集まった民衆を残らず驚愕させるに十分だった。

 大空を進む可能性は、等しく誰もを魅了する。皆、いずれ訪れるであろう大いなる飛躍の時代を予感していたのであった。


 それら凱旋にまつわる様々な式典をこなし、銀鳳騎士団はようやくフレメヴィーラ王国における日常へと戻ってゆく――。




「それでは、帰ってきたところでさっそく“空飛ぶ幻晶騎士”の研究開発を、始めましょうか!」


 王国における銀鳳騎士団の拠点たるオルヴェシウス砦において、騎士団長エルネスティ・エチェバルリアは集まった団員を前に、高らかに宣言した。

 騎士団に所属する幻晶騎士を砦へと運び込み、一息をついていた騎操士ナイトランナーと鍛冶師たちはなんともいえない表情で顔を見合わせる。


「よし、お前らは作業始めとけ。しばらく戦はねぇだろうし、しっかり磨きこんどけよ」


 旅の垢を落とすのも、対象が幻晶騎士となればなかなかの一仕事だ。クシェペルカを出立するときにもそれなりに整備はおこなってきたが、やはり長距離を移動した後には十分な整備が不可欠である。

 親方ダーヴィドは手際よく部下たちを采配すると、顎をしゃくって中隊長たちを呼び出した。


「んで? ……まぁ大体、予想はついてたんだがよぅ」


 親方がコキコキと肩をならす横で、エドガーが難しい表情で腕を組みうなる。


「しかし既に飛空船について、陛下へと報告がなされたのだろう? 先の式典でも大々的に広めていたしな」

「おう。クソ忙しい間だったが、そりゃあもう頑張って資料まとめたからな」


 親方が力こぶをつくって力説する。

 ジャロウデク王国との戦いに平行して、鹵獲した飛空船に対する地道かつ徹底的な調査が進められてきた。今となっては銀鳳騎士団は、本家に引けを取らないほどその構造に習熟している。

 そしてそれを細大漏らさず資料としてまとめていたのであるが、それは戦争という厳しい状況下にあってかなりの難事であったといえた。


「ええ、式典での飛空船発表に先立って、陛下は国立機操開発研究工房シルエットナイトラボラトリへと、その開発について指示を下されたそうです。今頃、国機研ラボは上を下への大騒ぎになっていることでしょう」

「と、すれば西方諸国に出遅れないよう、我が国でも飛空船の研究開発が本格化するのだろう。となれば、キミの考えは周囲の流れとは外れることになる。いちおう私たちも陛下直属の騎士団になるわけだけど、なかなか大胆な行動だと思うね」


 もはや呆れの言葉もなく、ディートリヒはただただ諦めの境地にいる。

 エルはそんな彼の言葉にもっともらしく頷いているが、その場に居る誰一人として、それで前言が翻されるとは考えていなかった。


「なるほど。しかし忘れてはいけません、僕たち銀鳳騎士団が何者であるのかを」


 ぐっとこぶしを握り、エルは力説する。


「僕たちが受けた命令はただひとつ……更なる最新鋭“幻晶騎士”の開発です! そして、その命令は今に至るまで一度も変更を受けていません。つまり、継続して有効なのです!」

「おお、そういやそうだ。それなら仕方ねぇな」


 親方が思わず頷いている間に、横合いから伸びてきた手がエルの頭を鷲掴みにした。二回りは低い場所にあるエルの頭をわしゃわしゃとかき回しながら、ディートリヒは長いため息をはきだした。


「……はぁ。親方も、そんな簡単に説得されないでくれたまえ。それは少し屁理屈すぎはしないかい。それに飛空船の利用価値を思えば、陛下がどちらを重視されるかは明白だろう。ならば、どうするつもりだい? 明日にも飛空船を優先しろと命を下されるかもしれない」


 銀鳳騎士団は、その成立経緯からしてエルネスティのわがままを支えるためにあるような集団なわけだが、だからといって彼らも露骨に国の方針から離れることには抵抗を感じていた。

 なんといっても、彼らは国王リオタムス直属の騎士という立場にいるからだ。


「大丈夫です。僕とて、ただわがままだけで幻晶騎士にかまけようと言うわけではありません」

「えー。ほんとに? ……ほんとうに?」


 アディの疑わしげな視線にもひるむことなく、エルは鉄壁の笑みを崩さない。


「そうです。陛下が飛空船を重視されるというのなら、むしろそのためにこそ幻晶騎士が空を飛ぶ必要があるのです」


 エドガーは無言で隣に問いかけ、ディートリヒが肩をすくめる。

 双子たちも頭上に疑問符を打ち上げるなか、ただ親方のみが目つきを険しくしていた。


「なぜなら……。そうですね、既に皆さんも経験されたことでしょう。飛空船技術の登場により戦いの場所は陸上のみならず、空にまで広がりました。そこで例えば、幻晶騎士にて陸上で戦う時に飛空船に頭上を抑えられたとすれば、どうでしょう?」


 考えるまでもなく、それまでの経験から答えはすぐに導かれる。


「飛空船の攻撃能力を侮ることはできない。頭上からの攻撃は脅威だ、出来る限り先んじて飛空船を追い払うべきだな」

「そのとおりです。つまり、これからは空陸のどちらで戦うにしろ、まずは“空を制する”必要がある……」


 そこに、いつの間に指示したものか双子が黒板を持ってやってきた。

 エルはウキウキとした様子でチョークを振るう。下方に描かれた幻晶騎士の図、その上には船がある――彼は船を大きく丸で囲むとそこに“制空権”という文字を付け足した。


「それが“制空権”の概念になります。さてここで問題です、飛空船を排し空を制するためには、一体どうすればいいのでしょうか?」

「ふむ、エルネスティ。お前の言いたいことが見えてきたぞ。しかしそのためにこそ法撃戦仕様機ウィザードスタイルがあり、魔導飛槍ミッシレジャベリンがある。わざわざ幻晶騎士が空を飛ぶ必要はあるのか? ……その、お前は幻晶騎士が好きだからそうしたいのかもしれんが」


 困惑気味のエドガーを、エルの蒼い瞳が捉えた。その笑みが一段階深くなる。

 ふと、周囲の者たちはどこか空気の質が変わったかのような、そんな錯覚を感じていた。


「本当に……それだけで、十分だとお考えですか?」


 カツカツとチョークを鳴らしながらエルは黒板に書き足してゆく。飛空船に備わった法撃戦仕様機、それより放たれる、船を守る雷の盾。

 ジャロウデク王国との戦いにおいて現れた、近接防御火器群である。


「人の知恵はそんなに甘いものでしょうか。あの戦いの間ですら、既に対策は打ち出されてきました。今後はどんどんと、魔導飛槍も簡単には通じなくなってゆくことでしょう」


 何よりもそれをこの世界にもたらした本人だからこそ、彼は魔導飛槍に出来ることと出来ないことを良く理解している。

 それは飛空船に対し絶対の有利を約束するようなものではないと、既に悟っていたのだ。


「それに、お忘れかもしれませんが。一口に飛空船といっても、中にはあの竜の姿を模した戦闘艦もあるのです」


 それには、エドガーたちもたまらず表情を険しくする。

 飛竜戦艦ヴィーヴィル。たった一隻の船でありながら、その戦闘能力は幻晶騎士一個大隊以上に匹敵する。

 直接矛を交えたのはほとんどがエルのみであったが、その強さは誰もが十分に認めるところであった。


「そうかもしれないが……アレを作ることができるのはジャロウデク王国だけだろう。それだって、あそこまで痛手を負っては早々動き出すことはできまいよ」


 エルはディートリヒの言葉には頷きながらも、その考え自体は異なるものであった。


「ですが、一度なりと人目に晒した以上、いずれ模倣されることは避けられないでしょう。一度は勝利した僕たちだからこそ、いずれ相対した時のことを考えて、いったいどのように戦うべきか考えなければならないのですよ」


 対策を考える。それは交戦経験を持つ銀鳳騎士団にしかできない役目といえよう。

 返された問いに対し、ディートリヒは腕を組んで考え込んだ。

 基本的な対抗手段としては法撃戦仕様機、もしくは投槍戦仕様機ジャベリニアースタイルで撃つことがあげられる。だがそれだけでは到底墜としきれないことを、彼はよく知っていた。


「飛空船で空に上がって相手をするのは、厳しそうだね。ストールセイガーが墜とされかけたように、竜の船はむしろ空でこそ無敵だ。ならば、同型の戦闘艦を作ってぶつけてみる……いや、それはいくらなんでも無駄が多すぎるというものだね」


 ディートリヒはうなる。彼は色々な案を考えたものの、結局両手を挙げて降参を示した。

 すぐに思考を切り替えて、次は疑問を口にする。


「そこで仮に幻晶騎士が空を飛べたとして、アレと戦えると思うのかい?」


 幻晶騎士が空を飛ぶことができれば、確かに同じ土俵に上がることはできる。

 しかしそれだけでは対抗しきれない、大きな戦闘能力の差があることもまた事実だ。


「あの雷による防御は遠距離攻撃に対してかなりの効果を発揮します。本体の機動性もあわせて、遠くからの攻撃は無効化されやすい。ゆえにむしろ近接格闘にこそ勝機があります」

「なるほどねぇ。しかしその考えに一つ難点を言わせてもらえれば、イカルガに出来たからといって他の者にもできると考えるのはどうかと思うね。いやかなり本気マジで」

「そこはわかっていますとも。イカルガは僕が念入りに念を入れて入れすぎた特注品ですから、そのまま同じことをしろとは言いません。しかし通常の幻晶騎士とて、数を揃え陣を組み戦術を練れば果たして、竜の船に劣るものでしょうか」

「確かに、対抗手段の乏しさは考えられる。ならばとれる選択肢は多いほうがいい、か……」


 周囲のみなが納得しだしたところで、エルは黒板の文字を一度全て消し去ると、上機嫌で振り向いた。


「さて、これまでは飛空船を相手にした戦いばかりの話をしましたが。むしろ陛下にお話しするならばここからの話のほうが肝心かもしれません」


 まだあるのか、とは誰も言わなかった。こと幻晶騎士に関することならば、エルは考えすぎるほどに考えをめぐらせる。

 彼らもそれなりに長い付き合いを経て、その性質について十分に把握しているのである。


「飛空船の最大の価値は、その移動能力、輸送能力にこそあります。船を手に入れた人々は間違いなく、より遠くへと飛び出してゆくことになるでしょう。目指す先は西方諸国にフレメヴィーラ王国、まさかそれだけでしょうか? そんなことはありません。これらの世界が狭くなるのなんてあっという間です。ならば、次に目指す場所はどこか……」


 今度は黒板に、西方諸国とフレメヴィーラ王国の簡単な図が描き出される。

 すでに全員が次の言葉を予想していた。空を進む船、飛空船。その進路は、地形という要素に影響を受けにくい。ならば進む先は――。


「ボキューズ大森海でしょうか? それとも未知なる海の果てでしょうか? どちらにせよ確かなのは、その先は魔獣ひしめく世界だということです。飛空船だけでその先に行くのは危険すぎる、これを護る存在が必要です……それは、幻晶騎士をおいて他に居るのでしょうか?」


 エドガーが、ディートリヒが浅く息を吐いた。キッドとアディは、かつて学園で習ったとある授業を思い出していた。


「おわかりでしょうか? 既に僕たちは地上だけで満足していてはいけないのです。魔獣より人々の営みを護るためにこそ僕たちはいるのですよ、ね? 騎操士ナイトランナーの皆さん」


 それは、どうしようもなく止めを刺す一言となった。

 西方諸国ならばいざ知らず、ことフレメヴィーラ王国において騎士とは、騎操士とは、何よりも魔獣から人々を護るために存在する。

 幻晶騎士は人々を守る巨人の騎士である。巨大なる魔獣に突きつける剣であり、掲げる盾である。


 もしも騎士にならんとするのならば、その一歩目に与えられる決意の言葉だ。


「人が暮らす世界はいつだって広がってゆきます。船が空を飛び、それが加速しようとしている。次は空で戦うと言うのならば、幻晶騎士も、騎操士も変わらなければなりません。……いいえ、“僕が変える”。この世のどこまでだって、幻晶騎士と共に歩んで見せますとも」


 全員が、顔を見合わせる。

 これまでも常識から外れた言動の目立つ彼らの騎士団長であったが、これは“違う”と、彼らははっきりと悟っていた。

 今までのように既存の世界を拡張するだけでなく、エルは能動的に世界を変えようとしている。ただただ、彼の望む形へと。

 それがいかなる結果を招くものか、予測できる者などいない。ただひとつ、その場所に幻晶騎士があることは、確かであるようだ。


「……さすがはうちの団長様というべきかな。しかし騎操士としては、実に魅力的に聞こえる言葉だ」

「ま、俺たちゃあ“船大工”じゃねぇからよ。幻晶騎士いじってるほうがよほど性に合ってるな」

「了解した。異存などないよ、我らが騎士団長。ならば我々はこれまでどおりに、新型幻晶騎士の開発に全力を傾けよう」


 三者三様の納得を見せた彼らに、しかし騎士団長エルは、小さく首をかしげていた。


「いいえ? 幻晶騎士だけではないですよ。いっしょに新しい飛空船も作ります」


 間のぬけた空気が、その場を盛大に吹き抜けていった。

 動きを止めた三人を前に、エルは一人元気に黒板に新たな図を描き出す。


「幻晶騎士を、空に飛ばします。そうすれば、ともに行動する飛空船だって、そのままと言うわけにはいきません。創るのはどちらも、全部です。だから、僕たち銀鳳騎士団は。飛行型幻晶騎士及び、その母船となる船の完成を、目指しましょう」


 戦争から帰ってきたら、戦争が待っていた。

 親方は脳裏に浮かんだその文章を、なんとか言葉にすることなく溜息で洗い流したのであった。




 その後の話。

 銀鳳騎士団所属の幻晶騎士を整備し終え、一息をついた鍛冶師たちを何やらやたらと達観した表情の親方が待ち受けていた。

 それを見た瞬間、彼らもすぐに何が起こったかを悟った。いつものことだ。


「お前らも知ってのとおり、陛下は飛空船の配備に熱をあげていらっしゃる。しかぁし、俺たちゃ幻晶騎士を空飛ばすことになった。まぁた銀色坊主エルネスティの気まぐれだ。まぁ、お前らも薄々覚悟はしてただろ」


 周囲の鍛冶師たちにも動揺はない。親方の言うとおり、十分に予想できたことだからだ。


「まぁそれくらいは、やっちまうような気ぃしてましたぜ」

「なんせあの団長様だからなー」


 一同を見回し、親方は決意と共に腹に力をこめる。


「こないだの竜型飛空船との戦いだとよ、イカルガがなかったらヤバかった。むしろ、坊主がいなけりゃあヤバかったって言うべきだろうよ。俺たちの作った幻晶騎士は……法撃戦仕様機だって、大した力にゃならなかった。そいつはちいと、鍛冶師の名折れってもんだ」


 イカルガという機体自体は、彼らが作り上げたものだ。それがいかにでたらめな代物かは、彼らが最もよく知っている。

 同時に、あの機体の欠点もよく知っていた。

 イカルガは、その超絶的な性能を引き出すためにエルネスティと言う強力無比な騎操士を必須とする。他の誰も、その性能を引き出しきれない――いわゆる、欠陥品である。

 それは、鍛冶師としては誇らしくも少しばかり面白くない、複雑な心情を呼び起こすものだった。


「団長様はみんなで飛ぼうっつってんだからよ、ここはありがたく乗っかってやろうじゃねぇか」


 次は、エルだけではない。多くの騎操士が空へと挑むことになる。

 鍛冶師である彼らも新たな世界に挑戦するのだ。獰猛な笑みを浮かべた親方に、彼らの力強い声が続いた。


 沸き起こる歓声に自分も乗りながら、そこで親方はぽつりと、さらに重要な情報を口にした。


「しかもそのうえ、坊主は新しい飛空船まで設計し始めてる」


 びしり、と鍛冶師たちの動きが凍りついた。

 親方は言った、新しい幻晶騎士を創ると。“さらに”飛空船までも、である。地獄の同時進行、鍛冶師たちの熱すぎる夏が、再びやってこようとしている。

 これから何が起こるかを覚悟してしまい、どうにも一同の笑い声がどこまでも乾き始めたのであった。



 こうして異界の申し子エルネスティに率いられ、銀鳳騎士団の暴走が始まった。

 それは飛空船という新たな技術を取り入れるフレメヴィーラ王国に、更なる力を与えるものか、それとも混乱をもたらすものか。

 国王リオタムスがそれを知るのは、もうしばらくの時が過ぎてからのことになる。




 幸いにというべきか、銀鳳騎士団へと新たな命が下されることはなかった。

 国王は彼らの扱い方を心得ているというべきなのか。むしろ信頼が置けて素直に動く、国機研を重視していると見るべきか。

 ともあれ、銀鳳騎士団はその間に、自由自在に爆走を始めていた。


「まずは、基本から確認していきましょう」

「おう、基本をおろそかにするなぁいけねぇな。確かに大事だ。……しかしよぅ、それでこいつかよ?」


 彼らはまず、飛行型幻晶騎士の設計に着手していた。

 設計といっても、いきなり図面が出来上がるわけではない。これまでの機体のように単純な幻晶騎士の機能拡大としてみるには、飛行という要素は歪に過ぎる。

 それを為すためには、幻晶騎士に源素浮揚器エーテリックレビテータという新たな機構を組み込む必要があった。必然、大幅な形状の変更を強いられることは想像に難くない。

 そのためにも、まずは必要となる“機能”と“形”を、見定める必要があった。


 エルと親方は今、なんともいえない表情で空を見上げている。

 彼らの視線の先には、巨大な人型の影がある。脱力しているかのように手足をだらりと投げ出し、まんじりともせず空に浮かぶ幻晶騎士の姿。

 その背中には、とある装置を背負っていた。いや、背負っていると表現するには、その装置は大きすぎた。なにしろ幻晶騎士にも匹敵するほどの大きさを持っているのだ。おかげで背負っているのかへばりついているのか、さっぱりわからない状態である。


 彼らは、まずは最も単純で安直な方法を試していた。つまりは、飛空船用の源素浮揚器に幻晶騎士をくくりつけ、直接吊り下げる形で空に浮かべているのである。


「まぁ、確かに飛ぶっつうか、浮かぶっつうかは達成してるがよ。しかしこりゃあ何の役にもたたねぇな」


 なにかこう、ただ幻晶騎士がへばりついているだけの巨大な物体を眺め、親方はとても素直な感想を口にした。

 確かに空には浮いている、しかしそれだけだ。空中にあるがゆえにロクに動くこともかなわず、何かの刑罰にでも処されているかのようなその姿は、周囲に何ともいえない空気をかもし出し続けている。

 親方が呆れるのも致し方なし。


「ただ上昇したいだけならば、確かにこれでも可能です。わかっていたことですが、そも源素浮揚器とは浮揚力場レビテートフィールドの形成によって物体を宙に浮かせる装置ですから。動こうと思ってもこれ自体には推進力がないので、別に推進器を用意する必要があるのですよね」

「わかってんなら、なぜこれを試そうと思ったんだよ」

「ははは、この実験によって源素浮揚器の小型化も必須だと、判明しましたよ!」

「いや、そいつもだいたい予想はついてただろ……」


 呆れ顔の親方をよそに、エルは嬉々として色々なメモをとっている。

 果たしてこれは必要であったのか、親方は首を傾げるもエルを止めることはしなかった。ぶっとんだ発想で常識に喧嘩を売ったかと思えば、すぐにわかりそうなことまでも異様に丁寧に確認し始める、エルの速度ペースは余人には理解しがたい。しかしそれこそが彼の思考を支える方法なのである。

 それについてはひとまず置いて、親方も目前の光景から問題点の洗い出しに参加する。


「まぁ空中で歩くってわけにもいかねぇだろうしよ。しかし推進器っておめぇ、やはりマギジェットスラスタなのか?」


 この時点において空中で有効な推進器は二種類存在する、マギジェットスラスタと起風装置ブローエンジンだ。

 そのうち起風装置は、言ってみれば単に風を起こすだけの魔導兵装のことである。そこから推進力を得るためには、風を受ける帆を別に必要としていた。

 それは船であるならばまだしも、幻晶騎士にはそぐわないものだ。格闘兵器であるその性質から言って、要求される機動性にまったく足りていないだろう。

 そうなると必然、あとはマギジェットスラスタしか選択肢がないのである。


「ふうむ、何か新しいひらめきを得ないことには、そうなるでしょうね」


 ともあれ、一見無駄な実験ではあるが彼らの考えをまとめる役には立ったといえよう。

 こうして大まかな設計の方針は定まり始めていた。それは、親方の言葉に曰く。


「つまりだ、源素浮揚器を幻晶騎士に収まるくれぇ小さくして、さらにマギジェットスラスタ積んで、しかもそれが動くだけの魔力を供給する必要があるってぇことか? なるほど馬鹿野郎、無理言ってんじゃねぇよ!!」


 結論は、さすがの親方も鎚をぶん投げんばかりの代物であった。

 既存の幻晶騎士は、まさか空で活動することなど夢にも思っていない。そのため必要な機器のほとんどを今から盛り込まねばいけないのだ。

 幻晶騎士という人の形に、それらの機器全てを収めるのは少々どころではなく困難だった。


「いちおう、解決方法は二つほど思いついているのですが」

「おいおい、えらく準備が良いな。どんなもんだ? 聞かせてみろ」


 エルはむむむ、と悩んでいたが、やがて指を二本立てると、そこから指折り数えて話しだす。


「まずひとつ。イカルガと同じ機体に源素浮揚器を積みます。それならば、問題点は源素浮揚器の小型化だけに絞ることが出来ます」

「おう、却下だ。馬鹿野郎が! どっちかってぇとイカルガを増やすほうが難しいじゃねぇか!!」


 マギジェットスラスタを自在に操るイカルガの性能は、とりもなおさず皇之心臓ベヘモス・ハートという超絶の魔力転換炉エーテルリアクタによって支えられている。

 理屈の上では増やすことも出来るものであるが、残念ながらそれは量産という概念の外に存在していた。

 間違っても、飛行型幻晶騎士の一般普及を目指す彼らが採用できる方法ではない。


「でしょうね。そうすると、もうひとつは一応の“成功例”を参考にする、という案です」

「成功例だと? まさかもう飛行型が存在するってぇのか」

「いいえ。まぁだいぶと毛色が違うものですが……それはつまり“飛竜戦艦”のことですよ」


 源素浮揚器によって浮遊し、マギジェットスラスタによって推進力を得る。そのための出力を多数の魔力転換炉で補い、さらに巨体をもってその全てを収めきる――なるほど、それは彼らが目指すものを余さず備えているといえた。

 唯一の難点は、そもそもあれは飛空船の延長線上にあるもので、幻晶騎士とは始まりの地点から異なっているということだ。


「……たまに、おめぇの頭を全力でひっぱたいてみたくなるぜ」

「やめてください、果物みたいに弾け飛んじゃいます。ともあれ、どちらもそのままでは使えませんし、ここは何かしら大きな発想の転換が必要になってきますね」


 なぜかウキウキとしだしたエルとは対照的に、親方ははやくも表情に疲労の色を浮かべていたのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ