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Knight's & Magic  作者: 天酒之瓢
第5章 大西域戦争編
75/224

#75 巨大兵器見聞録

 飛竜戦艦ヴィーヴィルによる破壊の嵐がクシェペルカ軍めがけて吹き荒れるのを背後に感じ、エドガーとディートリヒはほんの微かに注意力をそがれていた。

 彼らと相対する連剣の騎士は、恐るべき洞察力をもってその僅かな隙を見逃さない。


「はっ、俺っちを前に余所見かぁっ!?」


 それは隙というにはあまりにもか細い間であったにも拘わらず、ディートリヒが気づいた時には既に死者の剣(デッドマンズソード)は大剣の間合いまで接近していた。


「くっ、冗談じみた動きを!」


 一拍にも満たないような出遅れが招く窮地を想像し、ディートリヒが我知らず叫ぶ。

 グスターボは己の機体の剛力を十分に把握していた。それゆえに優先して狙うのは、同系統の格闘用機であるグゥエラリンデのほうになる。戦法が似通っている以上、単純な力の差が埋めがたいのである。

 致命の威力をもって振るわれる死者の大剣を、グゥエラリンデは受け流すので精一杯となっていった。


「そこまでだ、俺もいることを忘れてもらっては困る」


 アルディラッドカンバーが駆けつけるまでに多少の間があった。なぜなら、エドガーはデッドマンズソードの背後へと回り込んでいたからだ。

 挟み撃ち。数の利を生かすもっとも単純な戦法であり、同時にひどく効果的なものである。いかなる達人であっても前後からの同時攻撃を凌ぐのは至難の業だ。特に、両方ともが十分な実力を持っている場合には。


「しゃあらっくせぇーい! 何人こようとも、俺っちは止めらんねぇーよ!」


 しかしそんな常識知ったことかと、気合の雄叫びとともにグスターボは操縦桿に増設された引き金(トリガー)を弾く。

 瞬間、アルディラッドカンバーに向けて、デッドマンズソードの背面が“弾けた”。そこにずらりと装備されていた剣や戦棍メイスを構えて、“多数の腕”が飛び出したのだ。

 それを目にした瞬間、心当たりを覚えたエドガーが目を見開く。


「これはまさか、可動式攻撃腕スタッバーストリッシャかっ!」

「あの戦いで倒れた奴らはみぃんな、この死者の剣とともにある! 喰らいなぁ!!」


 彼の悪夢のような予想は的中した。

 蠢く数多の腕が武器を振り回し、背後からのアルディラッドカンバーの攻撃を押し返す。駆動に綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューを用いているため、振るう勢いはかなりのものだ。

 続々と飛び出す攻撃から逃れるため、エドガーはいったん飛び退った。


 この装備はかつて、銅牙騎士団の主ケルヒルト・ヒエタカンナスの機体“ヴェイロキノス”に搭載されていたものである。

 エドガーは、かの銅の蛇との戦いにおいて、この装備の弱点についても把握していた。

 可動式攻撃腕は、多数の補助腕サブアームによって構成されている装備である。その機能というのは基本的に定められた動きを行うだけの単調なもので、自由度などないに等しい。出力自体は構造によりある程度強化できるが、魔導演算器マギウスエンジンによって制御される以上、動きまではいかんともしがたいものだ。

 つまり、落ち着いてみればどこから攻めて来るかがある程度予測できてしまう。エドガーにとっては十分に対処できる攻撃でしかなかった。


「驚かせてくれる。しかし、一度見せてしまったからにはもう通じない。その装備、決して万能ではないぞ!」


 再び、アルディラッドカンバーが攻め立てる。エドガーの動きを察知したディートリヒも強引に大剣を押し返し、攻撃へと転じていた。

 紅と白、二機の中隊長機による同時攻撃は熾烈を極める。グゥエラリンデは大剣の攻撃を受け流すことに専念し、その間にアルディラッドカンバーが鋭く切り込んでゆく。

 アルディラッドカンバーの可動式装甲フレキシブルコートによる防御は、最大攻撃力を持つ大剣の直撃以外は防ぐことが出来る。それゆえに可動式攻撃腕による嵐のような連撃の中へも、果敢に踏み込んでいった。


 徐々に不利へと傾く状況の中、グスターボは自身も苛烈な攻撃を繰り出しながら、反比例するような冷静な思考で機をうかがっていた。


「わかってるぜぇ、お前らが簡単にくたばりゃしないなんてよぉ。だからこそ、さぁ、“この時”がきたぜぇ」


 そのうちに、エドガーとディートリヒはデッドマンズソードの動きの変化に気づいていた。

 一撃の重さは変わらず、しかし徐々にその動きが守備を意識したものとなってゆく。グスターボの操縦は荒々しくも、実に緻密であった。


 一対の大剣を荒々しく振るいグゥエラリンデの攻撃を弾き返す。のみならず可動式攻撃腕は巧みに動き、アルディラッドカンバーの攻撃すら全て捌ききっていた。

 単調な動きしか出来ないはずの補助腕をまるで思い通りであるかのように振舞わせているのは、ひとえにグスターボの戦闘技術によるものである。攻撃の機会を捕らえる能力が、あまりにも突出しているのだ。

 彼ら二人の実力をもってしても攻めきれない、明らかに“異常”な力を持つ敵に、エドガーは戦慄すら抱く。


「機体も強力だ、それ以上に騎操士ナイトランナーが恐ろしいな。しかしこの動き。何かを、待っているのか……!?」


 すぐにエドガーは恐るべき予感へと辿りつき、表情を苦々しげに歪めた。

 アルディラッドカンバーとグゥエラリンデの攻撃の手が鈍ってゆく。両機ともに魔力転換炉エーテルリアクタは限界運転を続け、苦しげな吸排気音を響かせている。

 これまで全力の戦闘を続けてきた“三機”は当然、魔力貯蓄量マナ・プールが大きく減っている――はずだった。


「気づいちまったか。すまねぇなぁ、ガッチリと叩き潰したかったんけどよぉ。あんまりお前らばっかかまってるわけにもいかねぇんよ」


 デッドマンズソードの原型となった“ズーティルゴ”という機体は、強力だが燃費に致命的な欠陥を抱えていた。

 それを補うために、デッドマンズソードは常に源素供給器エーテルサプライヤを使用して過剰運転を続けることで、無理矢理に全力を出している。それは、逆に言えばデッドマンズソードは通常の機体よりもはるかに長く、全力を出し続けることが出来るのである。


 今、状況は明白であった。

 魔力マナの底が迫り、動きを鈍らせる白と紅の騎士。果てに死を控えながらも、未だに力漲らせる死者の剣。

 双方全力を出してすら拮抗するのが精一杯であった。さらに余力に大きな差がついたとなれば、勝利は非常に困難なものとなるだろう。


「なかなか、意地の悪い戦い方も出来るものだね! エドガー、少々気合を入れる必要があるぞ!」

「賭けにはまだ早い。が、多少の無理はすべき場面か」


 この期に及んで軽口を叩きつつ、前後から呼吸を合わせて二機が攻め込む。それを、デッドマンズソードは竜巻のごとく回転すると力任せに弾き返した。

 大剣の一撃を受けよろめくアルディラッドカンバーとグゥエラリンデへと、鋭い軌跡を描いた短剣が追い討ちをかける。可動式攻撃腕の一部を、投擲に最適化しているのだ。


「へっ、焦ったな。さてじゃあ、止めといこうかね」


 短剣が刺さったことで損傷を負い、さらに動きに精彩を欠いてゆく二機へと、死者の大剣が迫る。




 白熱する三機の周囲では、黒騎士たちと銀鳳商騎士団による激戦が続いている。

 そこからしばし離れたところで、レーヴァンティア隊は空の様子を警戒しながらゆっくりと後退していた。


「クソッ、状況はどうなっている!? このまま竜が戻ってくれば、我々は今度こそ一巻の終わりだ」


 新生クシェペルカ軍の隊長が苛立ち混じりに叫ぶ。飛竜戦艦の対地攻撃により、彼らは大きな痛手を負っていた。ばら撒かれた法撃により幻晶甲冑シルエットギア隊にも被害が出ており、それがさらに移動の足を遅くしている。


 そんな彼らのもとへと、爆音轟かせながら異形の幻晶騎士シルエットナイトが飛来した。


「おお……エチェバルリア騎士団長殿!」


 マギジェットスラスタの噴射音も高らかに現れたイカルガを見て、クシェペルカ軍は安堵の吐息を漏らす。

 飛竜に傷を負わさしめ再び上空へと撤退させたイカルガは、彼らの希望そのものだ。その異様な戦闘能力、異貌すら味方であるならばこれほど心強いものもない。


 エルはクシェペルカ軍の被害をざっと見て取ると、ふむ、と考え込んだ。

 飛竜の強みは攻撃力の高さもさることながら、その機動力から来る攻撃範囲の広さこそが真の脅威である。傷ついたいまのレーヴァンティア隊では、密集したままでも、下手に散開しても危険はそう変わらないだろう。

 竜と戦うには、その強みを最小としなければならない。ならば、方法はひとつだった。

 エルは彼らを見渡すと、口を開く。


「……よし。いずれ時間を置けば、あの竜はまた襲い掛かってくることでしょう。その時は僕が迎撃にあがります。そこで、皆さんにもやっていただきたいことが……」




 上空を進む飛竜戦艦は、ぶるりと巨体を震わせると帆翼ウイングセイルを畳み始めていた。降下し、戦うつもりであるだろうことは明らかである。

 船首に突き出た竜騎士像フィギュア・ヘッドの操縦席で、ドロテオは飛竜戦艦の“封じられた機能”を解放する決意を固めていた。伝声管を開き、静かに指示を下す。


「……“最大化戦闘形態マキシマイズ”、発動準備」


 源素浮揚器エーテリックレビテータを操作する部下たちは、準備を進めていた。

 飛竜戦艦は強力であるが、その巨体ゆえ消耗も激しい。雷霆防幕サンダリングカタラクトや多数の魔導兵装シルエットアームズまで駆使すれば、いかに数多の命を持つ竜であってもそうそう支えきれるものではない。

 ゆえに度々“息継ぎ”をする必要があるのだが、この状況では鬼神という超常の存在がそれを難しくしていた。


 飛竜戦艦の戦闘能力に匹敵しかねない“単体の幻晶騎士”。それを相手に安穏と上空での回復を繰り返すというのは、竜のもつ強大な戦闘能力を封じられるも同然の状態である。

 彼らにとって、それは許容しがたい事態だ。


「ここで退く選択肢はない。……全員、使命を尽くせ」


 竜の体内に、鈍い駆動音が響き渡る。部下たちの操作により、船内の気流経路バイパスが変更されていった。

 源素浮揚器は、器内のエーテル濃度を操作することで高度を変更する。通常、降下する場合に浮揚器から排出した高純度エーテルは、周囲の大気中へと放出される。

 ここで、本来ならば大気へと還ってゆくはずのエーテルを魔力転換炉へと導いたならば、どうなるだろうか。


源素晶石エーテライト崩壊、連続します! 高純度エーテルを各アンキュローサに供給継続……最大化形態、始まります!」


 それは、源素供給器を使用しているのと同様の現象を引き起こす。高純度エーテルを供給された炉は異常な反応をみせ、莫大な魔力を生み出し始めていた。

 ――“最大化戦闘形態マキシマイズ”。

 それは、飛竜戦艦に搭載された全ての幻晶騎士へと高純度エーテルを供給し続ける、一種の暴走状態のことを指す。

 これを続ける限り、飛竜戦艦はただでさえ強力な戦闘能力を、さらに限界以上に発揮し続けることが可能となるのである。


「この戦いを切り抜けても、竜は長い休息を必要とするであろうな」


 ただし、これは諸刃の剣だ。

 魔力転換炉は、大地に生きるヒトが生み出した道具である。地上の希薄なエーテルを前提として設計された炉は、異常な高濃度のエーテルに耐え切れない。

 かつてジャロウデク王国開発工房において行われた試験では、源素供給器を使いすぎた炉は、ある時点より急激に機能を失ってゆきやがて完全な“死”へと至った。いかなる処置も受け付けず、廃棄するほかなくなったのだ。

 最大化戦闘形態マキシマイズをとった飛竜戦艦は、まさにその問題に直面している。最高の能力は、時間制限つきだ。一線を越えてしまえば竜は死に至る。


 魔力転換炉がおぞましい唸りを増すと同時、ドロテオが握る操縦桿から異様な手ごたえが返ってきた。


「おおおっ。最大化、これほどとは。暴れおる……やはりまだ、制御が追いつかぬか」


 爆発的な魔力の供給を受けた竜の力は、人が制御できる範疇を超え始めていた。ありとあらゆる動きが熾烈なまでの力をはらみ、その身は荒れ狂う嵐の化身と化す。

 ヒトが積み上げてきた技術は、いまだそれだけの力を御しきるには未熟であった。その荒ぶりようは、騎操士として有数の能力をもつドロテオをして手を焼くほどだ。


「悠長にはしておれん。操る必要など、もとよりない! この力の全てをそのままぶつけるのみよ!」


 精細な制御は諦め、荒ぶる力を敵へとぶつける。

 そうしているうちに、器内のエーテルを放出したことにより浮揚力場レビテートフィールドが減衰し、飛竜戦艦を支えきれなくなっていた。

 竜は滝を落ちるがごとき勢いで高度を落とし始める。


「ぬぅ……っ……っ!!」


 落下による浮遊感が、ドロテオたちに襲い掛かった。飛竜戦艦の巨体が勢いを増して地面へと迫ってゆく。


「た、隊長! そろそろ、比エーテル高度、均衡域に、入ります!」

「よし! 引き起こしと同時に、“全ての装備”を全開で使用する。一息に焼き払い、片をつけるぞ!!」


 源素浮揚器を使用した航空機の挙動は、非常に独特なものがある。それは外乱がない限り、浮揚力場の強さに依存した一定の高度(それは比エーテル高度と呼称される)に留まろうとするのである。


 上空からの降下の勢いで安定となる比エーテル高度を割り込んだ飛竜戦艦は、今度は浮揚力場の作用により急速に減速していった。

 全体にかかる猛烈な慣性により、綱型結晶筋肉を張り巡らせ強化魔法がかかっているはずの船体が、悲鳴のような軋みを上げる。




 落下と見紛うような飛竜の動きは、クシェペルカ軍の度肝をぬいていた。

 竜の攻撃に備えて迎撃の姿勢を固めていた彼らではあるが、猛速で迫りくるその姿を前に怯みを覚える。


「ぶつかる……!? いや、そのまま戦うつもりか!」


 地面に衝突するかと思われるほど低くまで降りた竜であるが、そのまま浮き上がるかのように船体を引き起こしながら彼らへと向かってくる。

 落下の速度はそのまま勢いとなり、竜の迫力をいや増していた。圧倒的な力の形。彼らはその力を前にいつの間にか後退りしていたが、すぐに歯を食いしばって踏みとどまる。


「怯むなっ……! すぐに、騎士団長殿が、向かわれる……!」


 その言葉を、言い終わるかどうかという時だ。

 クシェペルカ軍の頭上を抜けて、鎧武者が空を駆ける。マギジェットスラスタの甲高い噴射音を残し、イカルガは矢のような速さで竜へと迫った。


「さぁ、仕切り直しといきましょうか!」


 真正面から向かい来る鬼神の姿を認め、竜は待ち構えていたかのように動き出す。それは、音なき咆哮のようであった。圧倒的な魔力の滾りが、無形の圧力となって周囲に満ちる。

 飛竜戦艦の奥の手、最大化戦闘形態――その真なる力。

 瞬間、雷霆防幕サンダリングカタラクトがその船体を覆い尽くした。残る全ての魔導兵装がいっせいに法弾を放ちだした。

 マギジェットスラスタは巨体を蹴り飛ばすように加速し、その反動を圧倒的な強化魔法により押さえ込む。


 それは、竜の姿を模して、純粋な破壊が顕現した瞬間であった。

 魔法現象によって形作られた破壊を纏う、飛竜の巨体がイカルガへと迫る。近づくものの一切を砕く雷の化身、いかにイカルガとてぶつかれば死は免れない――にも拘わらず、エルには後退の意思が、欠片も存在していなかった。


「なるほど、巨大さを生かした体当たりとは素敵です、が。何も“その力の全て”を相手にする必要は、ないのですよ」


 迫りくる竜に対抗するかのように、“皇之心臓ベヘモス・ハート”がいっそう出力を上げた。師団級魔獣の名に恥じない、膨大な魔力がイカルガの全身を駆け巡る。


「あなたに比べれば、イカルガは小さい。だから貫くはただ一点で、いいのです!」


 エルの両手が軽やかに操鍵盤キーボードの上を舞い踊った。

 瞬間、イカルガは全てのマギジェットスラスタを停止する。慣性だけで空を漂いながら、彼は溢れこぼれそうになる魔力のすべてを、両手に持つ銃装剣ソーデッドカノンへと注ぎ込んだ。

 刀身が開き、内部の機構が露出する。銀板に刻まれた刻印紋章エンブレム・グラフの上を魔力の河が流れ、戦術級魔法オーバード・スペルを形作る。


あなたの信念(ヴィーヴィル)僕の趣味(イカルガ)、根競べといきましょう!」


 目前に迫った飛竜へと、イカルガが銃装剣を突き出す。

 その先端より濁流のごとく轟炎の槍が放たれ、空中に紅く燃える大輪の花を咲き乱れさせた。徐々に重力に捕らわれ落下に移りながら、イカルガは一心に法撃を続ける。


 根競べは、そう長くは続かなかった。

 雷霆防幕と銃装剣、この二つを比べた場合、威力だけで言えば雷霆防幕に軍配が上がる。しかし、雷霆防幕は“飛竜戦艦の全体を覆う雷撃の盾”だ。

 正面のただ一点のみに直撃を続けた銃装剣は、圧倒的な竜の怒りに支えられた雷の盾に穴を穿ってみせた。


 炎の花を掻き散らすように、雷撃の盾の内側へと侵入してくる鬼神の姿を見て、さしものドロテオも恐怖を覚える。

 彼には、自身が感じる振動が船体の震えから来るものか、それとも己が恐れ震えているのか判断がつかなかった。それを振り払うべく、腹に力を入れ操縦桿を強く握り血走った目を見開き叫ぶ。


「正気か、こやつ! たった一機の幻晶騎士で、この飛竜に抗してみせるだと! ……だが、我らもこれで終わりではない!! 竜の炎にて! 焼き尽くしてくれよう!」


 雷の守りを突破したイカルガを前に、飛竜戦艦が大きく顎門あぎとを開いていた。圧倒的な魔力量に飽かせて、突撃の直前より準備を進めていたのだ。

 飛竜戦艦の最大兵装、竜炎撃咆インシニレイトフレイムが放つ煉獄の炎が、イカルガへと押し寄せる。

 イカルガが穿った穴は一点のみ、未だ周囲には雷撃が荒れ狂い、正面からは炎が迫る。逃げ場は背後のみ、それも迫り来る炎から逃げ切らないといけない。


 炎がイカルガを飲みこんでゆく。いかな鬼神とて、防御力においては幻晶騎士の限界を超えるものではない。圧倒的な破壊力がその身を焼き尽くす、かと思われた。

 マギジェットスラスタに、炎が灯る。銃装剣へと送り込まれていた魔力を、今度は全ての推進器へと集中させる。可動部がうなりをあげて推進器を振り回し、全ての噴射方向を前方へと向けた。

 そして、イカルガを高速で後退させた――わけではない。


 イカルガは、全身に装備された推進器による噴射を、押し寄せる竜炎撃咆の噴流へと向けて放っていた。爆炎同士がぶつかり合い、狂える輪舞を踊りながら絡み合ってゆく。

 煉獄の炎がためらったほんの僅かな隙を見逃さず、推進器が再び向きを変える。推力のベクトルが横方向へと変化し、イカルガは独楽のように回転を始めていた。


「イカルガ・トルネードスピィィィン!」


 余談ではあるが、技名はその場の思いつきである。

 さておき、イカルガは回転したまま異様なまでの器用さで推進器の向きを調整し、竜炎撃咆の炎を散らしながら上昇していった。そのまままるで川面を跳ねる石のように、噴流の上をさかのぼってゆく。


 ドロテオは、今度こそ正気を手放していた。

 鬼神は“空中で”不可思議な踊りを踊るように無茶苦茶な機動を披露すると、致命的な爆炎の流れをいなし炎を撒き散らしながら、ついには彼のいる竜騎士像へと迫ってきている。

 何が起こっているのか、理解が追いつかない。いや、状況を正確に理解できるものは、エルを除いて存在しないというべきであろうか。


「こぉぉぉのぉぉぉぉぉぉぉ化け物がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 彼は動揺が口から漏れていることにすら気づかぬまま、ただ身につけた経験から反射的な迎撃行動をとった。

 竜騎士像が、船首に突き立った竜の角を抜き放つ。それは槍として、未だに回転を続けるイカルガを迎え撃った。


 最悪まで追い詰められた状況ながらも、ドロテオが培ってきた経験は彼を裏切らない。

 猛烈に回転する鬼神から繰り出された大剣を、竜騎士像の槍が正確に捉えた。それは大剣の勢いを逸らし、攻撃をいなすことに成功する。火花と金属の絶叫を撒き散らしながら、一瞬の交錯の後、イカルガは背後へと通り過ぎていった。


「……! むっ、向かえ撃てぇッ!」


 正気を取り戻したドロテオが叫ぶより早く、船体から生えたアンキュローサたちがいっせいに法撃で出迎える。

 攻撃の反動で回転を止めたイカルガは、飛竜戦艦の船首に降り立つと、そのまま押し寄せる法撃を切り払いながら船上を駆け出した。このままではまもなく船体中央へと辿り着く。


「その程度の攻撃では、僕とイカルガは止まりませんよ……っとっ!?」


 更なる一歩を踏み出したところで、ぐらりとイカルガが傾いた。

 敵の法撃が当たったわけではない。イカルガが依って立つ足場、つまりは飛竜戦艦の船体自体が急速に傾きだしている。

 無茶な機動によりミシミシと船体から上がる悲鳴を無視して、飛竜は身をよじる。そうしてぐるりと反転し、背に乗る異物を振り落としにかかっていた。

 しかし推進器を持つイカルガは噴射により安定をとり、そのままさらに前進せんとし。


 目前より、巨大な格闘用竜脚ドラゴニッククローが襲い掛かってくる。裏返ったのは、ただ振り落とすだけでなく最強の近接装備を使うためでもあった。


「なるほど、また竜の脚ですか。しかしその攻撃は、既に一度見ています」


 エルの反応は素早かった。幻晶騎士よりも巨大な竜の爪へと、銃装剣を向ける。前回は回避で精一杯だった巨大な竜爪へ向け、今回は攻撃を仕掛けた。

 放たれた轟炎の槍が、その爪の根元へと直撃する。炎を噴き上げ部品を撒き散らし、先端部が吹き飛んだ。

 なおも迫る竜脚へと、イカルガはすれ違いざまに魔導兵装を収納した銃装剣を繰り出した。イカルガの大出力の恩恵を受けて十分に強化された銃装剣は、竜の外装に打ち勝ち、それを抉った。

 イカルガが後方まで通り抜けた後では、半ばで破壊された格闘用竜脚の先端部が地面へと落下してゆく。


 イカルガは、飛竜のすべてをつぎ込んだ多段攻撃を、凌ぎきったのである。



 ドロテオも、その部下たちももはや言葉を失い、茫然自失のていでいた。

 そもそも、対飛空船兵器である飛竜戦艦にとって、幻晶騎士の一機などまともに相手をする敵ではない。さらに最大化まで果たして繰り出した攻撃は、たった一機の幻晶騎士に喰らわせるには過剰ともいえる規模であったはずなのだ。

 幻晶騎士であろうと飛空船レビテートシップであろうと消滅を免れない、必殺の一撃である。

 しかし、現実はその逆を行った。最強を誇った攻撃はすべて打ち破られ、むしろ竜が片脚を失う有様だ。


「あれは、いったい……何だ?」


 ドロテオたちから急速に現実感が失われてゆく。敵は、もはや幻晶騎士の範疇に収まらない存在である。

 その機能も異常ならば、さらにはそれを操りきる騎操士も異常に過ぎる。歴戦の勇士たるドロテオと部下を相手どり、鬼神はたった一機で圧倒しているのだ。

 おぞましき思いに囚われていたドロテオを、船体を襲う揺れが正気に戻した。


「……く、雑兵が。まだ残っておったか……」


 竜騎士像が首をめぐらせれば、船体の各部に巨大な投槍が突き立っているのが見えた。

 すぐに、ドロテオはここが戦場であったことを思い出す。イカルガという“この世のものとは思えない”存在を相手取り、周囲への注意力が落ちていた。その隙を見越して、あらかじめ地上部隊が狙いをつけていたのである。

 いくら非常識と邂逅した直後とはいえ、己の失態を思い彼は表情をゆがめる。しかしすぐに思い直し、ある光明を見出していた。


「……そうだ、己の役目を思い出せ。このままで終われるものか」


 地上にいるクシェペルカ軍は、投槍を寄越すしか出来ない貧弱な部隊である。間違っても鬼神が大量にいるわけではない。

 ならば、飛竜戦艦の力を十分に振るうことが出来る。“今すれ違った”鬼神が戻ってくる前に、敵に損害を与えなければならない。


 飛竜が、上空でぐるりと旋回をはじめる。

 可動式の竜骨キールを備え、結晶筋肉により身体を駆動させることが可能な飛竜戦艦は、従来の飛空船とは比較にならない旋回性能を持っている。すぐに身を翻し、地上のクシェペルカ軍を睨んだ。

 このとき、ドロテオは致命的な勘違いをしていた。鬼神とはすれ違い、離れた場所を飛んでいるものだと彼は思い込んでいたのだ。

 それは悲しいかな、常識的には自然な考えである。


 彼らが間違いを知ったのは、飛竜の尾部で爆炎が巻き上がった時だった。

 船体の均衡をとるため、後方に長く伸びる尾に掴まる異物がある。


「ふうむ。巨大兵器の力も、これで限界ですか」


 イカルガだ。その背にある腕からはワイヤーが伸び、執月之手ラーフフィストが尾部へと食い込んで機体を固定していた。

 竜の攻撃をかわし後方へと通り抜けたかのように見えて、尾に掴まってついてきていたのである。


 そして今、旋回を終えた飛竜戦艦の上を駆け抜け、イカルガは船体中央へと到達した。

 切り抜けたと思っていた戦いの再来に、飛竜戦艦を操る騎操士たちに動揺が走る。まだ生きているアンキュローサが慌てて迎撃に移るも、いかんせんそこは飛竜戦艦の上である。自爆を恐れ、彼らの脳裏を躊躇が走った。

 イカルガに、そのような事情は関係ない。足元から周囲の全て、どこを撃っても敵である。


「なるほど。巨大兵器は確かに強大な戦闘能力があります。しかし、それ単体で動かすのは少々無防備ですね」


 周囲に走る緊張や戦慄などどこ吹く風と、エルは幻像投影機ホロモニターに映る飛竜戦艦の船体を、愛おしげになぞる。


「破壊力を求めるのが兵器の常。とはいえ、むやみに巨大化するだけでそれを果たすのでは駄目なのです。あえて言わせてもらいますが……下品ですらある」


 やがて彼の指は操鍵盤へと移り、軽やかに命令を打ち込んだ。銃装剣が展開し、凶悪な魔導兵装を露わにする。


「やはり人型兵器ですね。ヒトの形の拡大たる、最適化された姿。せっかく、この世界は素晴らしい答えを最初から持っているのですから。それを無視するなんて、いけませんね。とても良い教訓を教えていただき、ありがとうございます。では……あなたはこのまま墜ちて、しまいなさい」


 舞い飛ぶ執月之手がアンキュローサへと突き刺さり、炎を噴き出しその身を砕く。銃装剣が火を噴き、竜の躯体を爆炎が蹂躙する。

 竜とも並ぶ破壊の鬼神がついにその牙を剥き、決着の始まりを告げた。


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