#69 王都奪還戦・中盤2
クシェペルカ王国軍本陣へと、旗艦“ストールセイガー”を主とした飛空船部隊により、奇襲を仕掛けたジャロウデク王国軍。
ストールセイガーより投下されたソードマン率いる黒騎士部隊は、本陣の護衛についていた銀鳳商騎士団第二中隊と交戦を開始した。
両部隊が衝突している隣では、同じく防衛線を構築する銀鳳商騎士団第一中隊と、銅牙騎士団が交戦状態へと突入していた。
銅牙騎士団の幻晶騎士“ヴィッテンドーラ”は、素早い動きで相手を翻弄する戦法を身上とする。しかしそこは守備を旨とする銀鳳騎士団第一中隊である。そう簡単には挑発に乗らず、巌のごとき堅牢さを見せて付け入る隙を与えない。
“間者”用の機体として数々の特殊機能を有する代わり、純粋な格闘能力には劣るヴィッテンドーラにとっては非常にやりにくい相手だった。
だが銅牙騎士団の中には、そうした不利な状況を一切考慮していないかのように積極的な攻撃に出る者がいる。銅牙騎士団の長ケルヒルトが駆る“ヴェイロキノス”だ。
ヴェイロキノスもヴィッテンドーラに似て細身で軽量な機体である。その動きは、幻晶騎士としては驚異的なまでの速さに達していた。相対するは、純白の鎧を身にまとい、可動式追加装甲を構えた第一中隊長機アルディラッドカンバーである。
「あの時の借りは、ここで返させてもらう。お前の首級、もらいうけるぞ!」
「ああら、ずいぶんと熱烈なことだねぇ! 少し、ときめいちまうよぉ!!」
一足飛びの踏み込みから、ヴェイロキノスが刺突剣を突き出してくる。目にも留まらない速度の攻撃を、アルディラッドカンバーは可動式追加装甲を駆使して迎え撃った。
その攻撃は、エドガーの記憶にある攻撃よりも数段早く、鋭い。以前戦った時、ケルヒルトは不慣れなテレスターレを操っていた。それでもアールカンバーを打ち倒すだけの力はあったのだ。それが今は彼女のためだけに用意された機体に乗っているとなれば、一体どれほどの力を秘めているものか。
僅かに防御が先行し、剣先は装甲の表面を滑りぬけていった。すぐにエドガーは可動式追加装甲を動かし、敵の剣を腕ごと跳ね飛ばそうとする。その頃には、ヴェイロキノスはその場を駆け抜け既に離脱していた。追撃は間に合わない。
徹底した一撃離脱戦法、速度に圧倒的な差があるからこその選択だ。
そうして数回も攻撃を繰り返すが、どちらも有効な攻撃を入れることが出来ずにいた。
エドガーは、少々流れを変えることにする。可動式追加装甲の防御に物を言わせ、アルディラッドカンバーが強引に前に出た。ヴェイロキノスの剣を逸らし、内側に剣を差し込むようにして突きを返す。
「はは! そういう強引なのは嫌いじゃないねぇ!」
ケルヒルトは奇妙な余裕をもって、アルディラッドカンバーの動きを見ていた。次の瞬間、ヴェイロキノスの背部が一斉にざわめく。
細身の躯体のわりに、ヴェイロキノスの背部は奇妙に盛り上がっている。それが突如として弾け開き、数多の“腕”と化していた。多数の関節を持つ、補助腕のような形状をした腕。例えるならば、凶悪な爪を備えた腕が、ヴェイロキノスの背後から生えてきたのだ。
直後、内部に仕込まれた綱型結晶筋肉が強力なバネの役割を果たし、補助腕モドキは痛烈な加速を果たす。その先端部にはそれぞれ鋭利な爪刃が鈍い光を放ち、アルディラッドカンバーの全身へと降り注ぐ。
可動式追加装甲は先ほどの攻撃を防御したために、間に合わない。エドガーは思考よりも先に反応した。踏み込んだ足を軸に、とっさに機体を捻る。避けきれないと悟り、身体を傾けて相手から急所を隠したのだ。
さらに身体ごと動くことで、間に合わないはずの可動式追加装甲を無理やりに防御に使う。そこへ、アルディラッドカンバーを包み込むように異形の腕が押し寄せてきた。数が多い、防ぎきれずに装甲の至るところをガリガリと削られてゆく。
損傷は少なくないが、アルディラッドカンバーは致命傷は避けていた。踏ん張り、重心もぶれていない。すぐさま反撃に出ようとしたところで、ヴェイロキノスは先んじて飛び退り間合いをあけていた。
「チッ、相変わらず妙に反応のいい。これで仕留め損なうなんてねぇ。どうだい、なかなか洒落ているだろう? 可動式攻撃腕っていうんだよ、これは。器用に動くものさ……こんな風にね!」
一度晒した手札だ、もはや隠すことなく可動式攻撃腕を広げたまま、ヴェイロキノスが走る。
「ッシャァァァァァッ!!」
「くっ!」
蛇のような唸りを上げ、しかし蜘蛛のような姿をもったヴェイロキノスが姿勢を低くして突撃をかけた。
本体の攻撃に、可動式攻撃腕の刺突が重なる。横殴りの豪雨のような攻撃を、エドガーは可動式追加装甲を巧みに操ることで凌いでいった。
攻撃と防御――可動式攻撃腕と可動式追加装甲、その性質こそ真逆だが両機の特性は非常に似通っている。危うい均衡が、その間にあった。
「あはは、思い出さないかい!? あの時と同じさ、あんたは亀みたいに守ってばっかでさぁ!!」
攻撃の合間に挟まれたわざとらしいケルヒルトの挑発にも、エドガーは反応を返さない。黙々と攻撃を防ぎつつ、ひたすら相手の隙を窺っている。
「(これだけ攻めかかってるって言うのに、欠片も動揺を見せないねぇ。あの時も思ったけど、無駄に堅くて厄介なヤツだよ)」
純白の騎士が守備に傾いた動きを主とし、僅かな隙に反撃を叩き込む戦法を得意とすることを、ケルヒルトはようく知っていた。以前の戦いにて、それで彼女は機体の腕の一本を持っていかれたのである。今回の戦いに、油断はなかった。
彼女は一旦ヴェイロキノスを後退させると、距離を離して相手の様子を観察する。
「(ろくな損傷が入っていない。また魔力貯蓄量切れまでつき合わされちゃ、たまらないねぇ)」
純格闘戦用のアルディラッドカンバーの戦い方に付き合っては、まず間違いなくヴェイロキノスのほうが先にへばることになる。それは下策だ、ケルヒルトは戦い方を変えようとし。
先んじて、アルディラッドが違う動きを見せた。可動式追加装甲が開き、その下に隠されていた魔導兵装が露となる。次いで放たれた朱に輝く法弾が、ヴェイロキノスへと襲い掛かった。
ケルヒルトの反応は素早い、すぐさまヴェイロキノスを屈ませると、低い姿勢のまま駆け出す。その背中では可動式攻撃腕が蠢き、地面へと突き刺さっていた。踏み込みにあわせて攻撃腕が地面を弾き、機体にさらなる加速を与える。
その動きは、まさに蜘蛛のごとく。奇怪な化け物と化したヴェイロキノスが、猛速で地を這いずる。
「ひひひ! その動き! いいねぇ、お堅いだけじゃあないってかい!?」
「次から次へと、出し物が尽きないな……!」
一瞬のうちに間合いに入り込んできたヴェイロキノスを、エドガーは可動式追加装甲を閉じて迎え撃つ。再び刺突剣と可動式攻撃腕が装甲を抉る――ことはなかった。
目前で深く身を沈ませたヴェイロキノスは、そのまま全身の結晶筋肉と可動式攻撃腕の力をつぎ込み、土煙を蹴立てて飛び上がったのだ。幻晶騎士にあるまじき軽業、アルディラッドカンバーを飛び越えながら柔軟に身を捻り、そのまま背後を取る。
「あっはっは! お馬鹿さんだねぇ。こいつが、そんじょそこらの幻晶騎士と同じだとでも思ってたのかい!」
背後から抱きつくように、刺突剣を構えてヴェイロキノスが突っ込んでくる。エドガーに対して曲芸じみた技が何度も通じるとは考えていない、ケルヒルトはこの攻撃で勝負を決めるつもりだった。
曲芸的な動きにより先手をとられ、エドガーは不利な状態に追い込まれる。振り向くより早く襲い掛かってくる可動式攻撃腕に対し、彼は大胆不敵な行動を見せた。可動式追加装甲が翼のように大きく広がる。それは、包み込むように襲い掛かる攻撃腕と衝突し、そのいくらかを防いでいた。
メキリメキリと音を立て、攻撃腕と装甲がぶつかり絡んでゆく。しかしヴェイロキノスの本体は止まらない。刺突剣の切っ先が、致死の威力をもって正確に鎧の継ぎ目を狙っていた。一瞬の攻防においてこそ、ケルヒルトの技が冴え渡る。
「まだだっ! 手は残っている。アルディラッド! お前の力を……見せろ!!」
瞬間、エドガーは操縦桿に増設された、覆いのつけられた釦を押し込んだ。それは、一回きりの非常手段の合図だ。指令を受けた魔導演算機が、ある機能の“解除”を命じる。
それにより、局部的に機体にかけられた強化魔法が途絶した。指令を受けた部位とは、可動式追加装甲だ。固定をはずされたことで、装甲の重なりによってなる可動式追加装甲は、つながりを維持できずにばらばらに分解する。
可動式追加装甲が分解したことで、可動式攻撃腕の攻撃がそれた。そして瞬間的に身軽になったアルディラッドカンバーが、渾身の力を持って身を捻る。致命の勢いを持ったヴェイロキノスの刺突は狙いをはずし、強固な鎧に弾かれて火花を散らすだけに終わった。
「ええい、往生際が悪いねぇ!!」
失敗を悟った瞬間に距離を開けようとするヴェイロキノス、そこへアルディラッドカンバーが喰らいついた。最初ほどの速度の違いはない、装甲を捨てたアルディラッドカンバーが追いすがる。腕部につけた小振りな盾を打突武器と化し、勢いのままヴェイロキノスの頭部めがけて殴りかかった。
最新式としての強力な出力がヴェイロキノスの頭部を破砕し、その視界を奪う。鎧の破片を撒き散らしながら、ヴェイロキノスはそのまま姿勢を崩していた。
「なんてことをするんだい! このっクソがぁっ!!」
光を失った幻像投影機を睨みながら、ケルヒルトは即座に反撃に出ていた。受けた勢いを逆に生かし、反動を加えた可動式攻撃腕を叩きこむ。アルディラッドカンバーの全身をめがけて攻撃腕の爪が襲い掛かった。肩に、腕に、胴に爪が食い込んでゆくが、エドガーはその一切を無視して、アルディラッドカンバーの手にもつ剣を、突き出した。
態勢を崩し視界を失ったヴェイロキノスに、その攻撃は避けれない。甲高い鋼の悲鳴を引き連れて、腹部を剣の一撃が貫いてゆく。奇しくもそれは、アールカンバーとテレスターレが戦ったあの時と、まったく逆の構図となっていた。
腹部を貫いた一撃は吸排気機構を損壊していた。金属が引っかかる異音が操縦席に満ち始め、さしものケルヒルトも敗北を悟る。魔力の供給を絶たれてはどうしようもない。直後に、彼女は舌打ちの音も高らかに次の行動を起こした。
機体の胸部装甲を開くと、彼女は恐るべき身のこなしで外へと飛び出す。全高一〇mという幻晶騎士の高さは、彼女にとって何の障害でもない。敵がヴェイロキノスに構っている間にこの場を離脱しなければならなかった。地上に降りた彼女は、わき目も振らずに走り出そうとして。
その目前へと、先回りをするような形で破壊されたヴェイロキノスの躯体が投げ込まれた。
舞い上がる土煙を払って振り返れば、全身のあちこちを歪ませたアルディラッドカンバーが彼女を見下ろしている。いかに身軽な彼女とて、幻晶騎士に狙われては脱出は困難だ。
「あは、あははは……おいおい、冗談はよしなさいよ。まさか騎士様ともあろう者が、生身の人間を相手にして、そのでっかい剣を振るおうってのかい?」
この絶体絶命の窮地にあっても、ケルヒルトは執念深く逃げ道を探していた。わざとらしく哀れな振る舞いを見せながら、相手の様子を伺う。その言葉が少しでも相手を動揺させることが出来れば、生き残る道も見えてくる。
しかしそんな願いも空しく、アルディラッドカンバーは躊躇なく剣を振り上げた。
「ここでお前を、見逃すわけにはいかない。あの時テレスターレを奪われたことが、この戦いの一因にある……。それを止められなかった者として、決着を、つけさせてもらう!!」
ひきつるような呼吸音だけを残し、ケルヒルトは既に駆け出していた。それを、巨人が持つ破壊的な鋼鉄の剣が追う。結晶筋肉の性能は強烈だ。人間よりも何倍も速く動き、かつ比べ物にならない力を発揮する。
叩きつけられた剣が地を抉った。衝撃で土煙が巻き起こり、瓦礫が周囲へ撒き散らされる。
荒ぶる戦場の風が土煙を流し去った後、そこにはもはや何の痕跡も見出せなかった。幻晶騎士の攻撃を直に受けては、人間など跡形も残らない。
少しの間、剣を振り下ろした姿勢のままで動きを止めていたアルディラッドカンバーは、やがて全身をギシギシと軋ませながら立ち上がった。
操縦席のエドガーに、勝利を思わせる表情はない。彼は首を振ると、拡声器を動かし周囲へと戦果を知らしめた。
「…………敵の指揮官は討ち取った! 第一中隊よ、集中して残敵を押し込むぞ!」
中隊長の戦果に勢い付けられ、第一中隊が圧力を増す。彼らの鉄壁の守備に押し込まれた銅牙騎士団は、その後各個撃破を受け、今度こそ壊滅したのであった。
銀鳳商騎士団はジャロウデク軍を良く防いでいた。しかし、ジャロウデク軍もこの場にかなりの幻晶騎士を投入しており、数の力を頼みに新生クシェペルカ軍本陣へと迫りゆく。
すでに明確な防衛線は存在せず、あちこちで乱戦にもつれ込んでいた。そんな混乱の隙をついて、一機の黒騎士がクシェペルカ軍の防衛線を突破する。その黒騎士を駆る騎操士の名は、ドロテオ・マルドネス。総大将クリストバルの右腕たる人物だ。
「ジャロウデクめ! ここを、通すものか……ガッ!?」
「退けい! 貴様ごときを相手にしている暇はない!」
近衛騎士が駆るレーヴァンティアが進撃を阻まんと立ちふさがるが、それを一撃のもとに倒してドロテオの黒騎士が突き進む。彼の動きは、周囲の黒騎士とは何もかもが違っていた。ジャロウデク軍に名を轟かす老将、その腕は未だ錆付いてはいない。
彼が目指す先にあるのは、翻る新生クシェペルカ王国旗――その下にいる、“国王騎”だ。それ以外には目もくれず、ドロテオはただ突き進んだ。
そしてついに、彼は近衛軍の護りを突破する。槍の穂先ですらない、放たれた弓の一射として、彼は敵陣の中心まで達していた。同時に、彼は近衛軍に取り囲まれていた。周囲の全てが敵で、後退は不可能だ。
陣地を貫き現れた黒騎士を前に、国王騎は呆然とした様子でいた。動きが鈍い、新女王は戦にはまったく長けていないのだろう。それでも最前線まで出てきた度胸は評価しても良かったが、ドロテオにとっては千載一遇の好機でしかない。
ドロテオは息を吸い、腹に力を込めた。すぐさま腰の剣を抜き放つと、そのまま地面へと突き刺す。
「……新生クシェペルカ王国、女王陛下の機体とお見受けする! 我はジャロウデク王国王下直属騎士、ドロテオ・マルドネス! 御身に決闘を申し込む、我が挑戦を受けていただこうか!」
たった一機。厚い防衛陣を貫き、ようやく届いた一矢にて敵首魁を討ち取るには、これしかない。かつて、前クシェペルカ国王アウクスティが取った手段を逆に返したのである。
しかし、今回はあの時とは事情が異なっていた。国王騎が何らかの動きを見せる前に、彼らの間に割って入った者がいる。
「その決闘、待ってもらおう! 俺の名はエムリス・イェイエル。そこの黒騎士、その声には憶えがあるぞ!! あの戦い、痛みわけで終わっていたな。陛下の前に、まずはこの俺と決着をつけてもらおうか!!」
現れ、同じく剣を大地に突き刺したのは、金獅子を駆るエムリスであった。記憶にある金色の騎士の姿を見て、ドロテオが顔をしかめる。
「(あの時の未熟な騎士か! ……国王騎以外に用はないが、下手な問答を重ねる時間もない、か……)よかろう金の騎士よ、阻むというのなら押し通るまで!! まずおぬしからだ、参るぞ!」
両機とも剣を抜くやいなや、躊躇なく走りより真正面から激突した。互いに出力に長けた機体同士、下手な小細工は抜きだ。ただひたすらに相手を打ち倒すべく大剣を、重棍を振るう。
大振りな得物同士が火花を散らしてぶつかり合い、衝突音が叫声のごとく響く。周囲を囲む近衛軍のレーヴァンティアが見守る中、二機は猛獣のごとく暴れ狂っていた。
「さすが、ただ一機で辿り着いただけはある! 戦場で鍛えられた剣……誰かを思い出すな!」
力ではティラントーに分があり、素早さでは金獅子に分がある。一進一退の攻防の中、エムリスは強敵と見えたことに歓喜の叫びを上げる。肉食獣さながらの笑みが深くなり、それこそ獣じみた唸り声を上げ始めていた。
「ええい、貴様ごときに構っている暇はないのだ!」
そのままでは埒が明かないと見たドロテオが、攻め手をさらに強める。まさに烈火のごとき攻撃、鈍重な重装機を巧みに操り、僅かな隙も見せずに驚異的な手数を繰り出す。
その老練な戦法を前に、同じく突撃を主体とするエムリスは徐々に押し込まれていった。
彼も果敢に大剣を振るい喰らいついているが、ドロテオの重装甲と動きを組み合わせた巧みな防御により、思うような威力を出せていない。
ドロテオの攻撃がさらに熾烈さを増す。
黒騎士が持つ重棍という武器は、大抵の幻晶騎士を一撃で葬ることの出来る威力と共に、生半には扱えない凄まじい重量を持っている。そのため振るう度に大きな隙が生じやすい武器であった。
しかしドロテオは、重棍を振るった反動を機体の動きで減殺し、かつそれにより止まることなく位置を変える攻防一体の技を会得していた。それが、隙を見せない攻撃を生み出す秘密である。
鋼鉄の暴虐とも言うべき破壊を撒き散らし金獅子を大きく押し込みながら、その裏では、ドロテオが焦れ始めていた。
「すぐにカタをつけるつもりが、存外に梃子摺らせてくれる! 騎士の腕でなくば、この金色の騎士の性能か!?」
重棍の暴威に晒されながらも、金獅子は未だ力失わずドロテオの前に立ちふさがっていた。彼の必殺とも言うべきこの攻撃を受けて、ここまで喰らいついてきた者は未だかつていない。
確かにエムリスは彼から見れば未熟な騎操士だ。しかし、その勇猛果敢な精神力は攻撃を恐れず前に出ることを選び、金獅子の能力が重棍に怯まぬ攻撃を繰り出すことを可能とした。
ここで中途半端に下がっていれば、彼はたちまちに重棍の錆と果てていたことだろう。エムリスの闘争心こそが、彼をいまだ健在たらしめているのだ。
「強いな……だが、俺もそう易々と負けるつもりなどない! 戦いはこれからだ!」
金獅子の予想外の粘りを前に、ドロテオは徐々に焦りを増してゆく。
何しろ彼はこの後に国王騎に戦いを挑まねばならない。先ほど見た限り女王は戦いを得手とはしていなかったようだが、油断は禁物である。
さらには仮に金獅子を倒したところで、そこで下手な損傷を負って近衛兵に囲まれるようなことになれば厄介だ。彼は、あくまでも十分な余力を残したままで金獅子を倒さねばならない。
そんな焦りから、ドロテオは勝負を急いでしまった。
黒騎士の全身の筋肉が躍動し、軋みをあげる。鎧の下にはち切れんばかりに詰まった結晶筋肉が生み出す壮絶な膂力がこめられ、それまでとは違い大振りの一撃が繰り出された。
何者をも倒しうる、勝負を決める一手だ。
「ほう! ようし、受けて立とう!!」
対する金獅子は、あまりにも馬鹿正直に、正面から対抗していた。エムリスの脳裏に、回避という選択肢は一切思い浮かばなかったのだ。
吸排気機構が甲高い吸気音を叫び、金獅子の出力が跳ね上がる。金獅子は僅かに身を撓め力を溜めると、迫り来る重棍へと向けて渾身の一撃を叩き込んだ。綱型結晶筋肉が爆発的な力を発揮し、大剣は大気を歪ませるほどの速度を見せる。
両者の攻撃が激突した瞬間、衝撃波が大地を揺らした。
激甚なる威力の衝突により金獅子の大剣が砕け飛び、黒騎士の重棍が折れ曲がる。さらに、鋼の巨人の全力はただ武器を破壊するに留まらず、互いの躯体を弾き飛ばしあっていた。
戦闘の始まりよりずっと格闘を続けてきた両機の間に、距離が生まれる。
「かわしもせずに受けきっただと!? 金色の騎士よ、褒めてやろう……しかし! これで貴様は武器を失った。その細っこい予備の剣で、わしと黒騎士に勝てるなどとは思わぬことだ!!」
睨みあいながら、ドロテオが吼える。彼と黒騎士は健在だ。重棍は曲がっているが、鈍器であるゆえにさほどの支障もない。
対して、金獅子は無傷とはいかなかった。確かに本体は軽傷と言っていい程度なのだが、主武装である大剣を失ってしまった。予備として持っている長剣を抜くが、重厚長大な相手の得物に対して力不足な感触は否めない。
「はは! まったくその通り……ならば黒騎士よ! そろそろ俺も、とっておきを見せてやろう!」
ドロテオは訝しげに眉根を寄せる。金獅子の持つ長剣では重棍を受け止めることは出来ない。そして、ドロテオの攻撃は易々とかわせるほど生易しいものではない。
圧倒的に不利な状況に陥りながら、溢れる自信の根拠は何なのか。
つかの間の疑惑に囚われた彼は、ふと気付いた。いつの間にか、彼らを囲んでいた近衛兵たちが距離を開け、周囲に広い空間が出来あがっていたということに。
「なんだ……!? なぜ下がる」
ドロテオが疑問に捕らわれている間に、エムリスは不敵な笑みと共に操縦桿に備わったトリガーを押し込んだ。
指令を受けた金獅子の肩の装甲が開き、内蔵されていた紋章術式が露わとなった。同時に背面の魔導兵装も展開し、その全てが一斉に駆動を始める。
金獅子の持つ魔力を存分に吸い上げ、駆動の唸りを高めていった。
「見るがいい……この金獅子の、真の力を!! ゆくぞ、“獣王轟咆”!!」
これこそが、複数の魔導兵装を連動させることによって威力のみに特化した大規模な魔法を放つ、金獅子に搭載された特殊魔導兵装“獣王轟咆”だ。
刻み込まれた戦術級魔法の種類は、大気操作。金獅子の周囲の大気が渦を巻いて集まってゆく。密度差のあまり光を屈折させ、その姿が歪みだした。
収束、圧縮された大気は直後に指向性をもって解き放たれ、激烈な衝撃波と化した。
その瞬間、ドロテオはなぜ周囲が手を出してこないのかを知った。金獅子の攻撃に巻き込まれないために、わざと後ろに下がったのだ。
黒騎士に、回避という言葉はない。とっさに防御の姿勢をとるが、時既に遅し。金獅子が放った轟風は、まさに獣王の咆哮のごとく圧倒的な威力をもってドロテオ機を直撃した。
荒れ狂う暴風が黒騎士を飲み込み、強靭なはずのその装甲を簡単に歪めてゆく。
「黒騎士の、鎧を! なんという……威力か!?」
建造時にひたすら力を求めたエムリスの要求に応え、エルが“とりあえずいっぱいあれば強いだろう”と組み上げた獣王轟咆は、その設計思想を余すところなく発揮した。
その暴風は重量機であるはずの黒騎士すら、その威力のままに吹き飛ばす。巨体が宙を舞い、強かに地面へと叩きつけられた。
黒騎士は鎧の破片と結晶の欠片を撒き散らしながら地面を転がり、そして二度と立ち上がることはなかったのである。
同時に、獣王轟咆を放った金獅子もまた膝をついていた。こちらは損傷ゆえのものではない。
「おい、銀の長よ……。確かに強力な武装が良いとは言ったが、だからといって、なんだこの馬鹿げた魔力消費は!? 一発使っただけで動けなくなったではないか!?」
確かに獣王轟咆の魔力消費量は威力に見合い、通常の魔導兵装に比べて桁外れに多い。
しかしここで金獅子が膝をついたのは、直前まで黒騎士と激しい戦いを繰り広げていたために元々魔力貯蓄量が減っていたためだ。
これが止めとなったから良かったものの、もし外れでもしていたら、倒されていたのは彼のほうであったことだろう。
さしもの豪胆な彼の背中にも、冷たいものが流れ落ちる。
ともあれ直撃を受けた敵は破壊され、彼は勝利を得た。大きく息をつき気を取り直すと、そのまま金獅子に剣を振り上げさせた。
「諸君、陛下の身は守りきった! 本陣に襲い掛かってきた敵も倒されつつある、勝利は近いぞ!!」
高らかに勝利を謳う金獅子の姿に、近衛兵の間から鬨の声が上がったのであった。