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Knight's & Magic  作者: 天酒之瓢
第3章 実機製作編
36/224

#36 彼らはその頃

 雨の舞い散るライヒアラ学園街にある大通りを、雨具に身を包んだ少年少女が歩いてゆく。

 時刻は朝、授業の開始までにはやや早い、街に住む学生達がぞろぞろと登校してくる時間帯だ。

 

 そんな登校途中の学生の中に、アーキッドとアデルトルートの双子の姿があった。

 互いに挨拶を交わしたり、雑談しながら和やかに歩く学生達の間にあって、不機嫌な空気を撒き散らしている双子は周囲からやや浮いている。

 

「しっかしエルも薄情だよなぁ。まーた置いていきやがった」

「先に説明くらいしてくれてもいーじゃない。ねー?」

 

 彼らはつい先ほど、いつものようにエチェバルリア家へと向かい、エルネスティに登校の誘いをかけようとしたところで、セレスティナからエルが騎操士学科の生徒達と共にディクスゴード公爵領へ向けて出発したことを知らされたのだ。

 昨日エルは教室へと戻ってこなかったが、さすがにそのままどこかへ行くとは思っていなかった双子は突然の旅立ちに驚き、さりとてティナに当るわけにもいかず、なんともいえない気分で歩いていた。

 

 陸皇亀ベヘモス事件に続き、彼らがエルに置いてきぼりを食らったのはこれで二度目になる。

 今は彼らも、以前のように戦う力がないわけではない。

 幻晶甲冑シルエットギアの動作にも十分に慣れ、最近はエルと共に幻晶騎士シルエットナイトの作業にまで参加しており、共に過ごしていた。

 それがまさか再び置いていかれるとは思っていなかったため、彼らは憤懣やるかたないと言った様子だった。

 今回は突然の話であり、エルを責めても仕方のないところはあるのだが、彼らもそこまでは知らない。

 

「っつっても昨日の内に出たんじゃ、今更どうしようもねぇなー」

 

 憮然とした様子でキッドが腕を組む。

 キッドの横で膨れに膨れていたアディが、不意に握りこぶしを固めて振り返った。

 

「諦めるなんて駄目よ! 私たちもこれまでとは違う、幻晶甲冑があるんだから!

 探し出して、追うのよ!!」

「……で、行き先は、どこだよ?」

「え? えーと、ディクスゴード公爵領だって、ティナおばさんが……」

「公爵領の、どこだよ? しかも行き方わかんねぇんだよなぁ」

 

 ぐぅ、とよくわからない唸り声だけを残し、勢い込んで拳を突き出したポーズのまま、アディが言葉に詰まる。

 幻晶甲冑を使えば、並の馬を凌ぐ速度で移動できるとはいえ、行き先がわからないのでは意味がない。

 ティナもそこまで詳しくは教えてくれなかった。

 

「俺も納得いかねーけど、一週間もすれば戻ってくるって話だし、待っておこうぜ」

 

 むすっとした響きを残したキッドの言葉に、膨れたままアディが口を閉じる。

 

「……エル君、戻ってきたらしばらくの間、抱き枕の刑ね」

 

 ぼそりと呟かれたアディの言葉に、キッドは直前まで抱いていた怒りも忘れ、彼の妹を宥めるエルが払うであろう苦労を想い、天を仰いだ。

 このとき馬車で移動中のエルが悪寒に襲われたかどうかは、脇に置く。

 

 

 

 カザドシュ砦に向かった学生達は雨雲を連れて行ったのだろうか、彼らが出発した後、ライヒアラ学園街を覆う雲は序々に穏やかさを取り戻していった。

 空に流れる厚く黒い雲はその面積を減らし、所々から明るい部分が顔を覗かせている。

 雨ももはや小雨と言ってよく、街のあちこちで住人達が嵐に荒らされた箇所を片付ける光景が見られた。

 

 ライヒアラ騎操士学園でも、校舎のいたるところに嵐の爪あとが残っている。

 嵐の本番を抜けた現在、授業を進める前に、生徒と教師が総出で校舎の修理を行っていた。

 と言っても、彼らに本格的な修理が出来るわけではない。

 後々本職の人間を呼ぶことにはなるだろうが、その前に応急の処置を施しているのだ。

 学園の敷地は規模相応に広いため、簡易な作業であっても大勢の人数が必要になり、数日の間はこれに忙殺されることになった。

 

 

 大気を切り裂く鋭い飛翔音を残し、やじり型の物体が校舎の屋根の上へと飛びあがった。

 鏃は屋根の上へと落ちると、がしゃりと音を立てていかり型へとその形を変えた。そのまま先端部は屋根の上の突起に引っかかり、固定される。

 間もなく、屋根の下から幾つもの歯車が噛み合う、騒々しい音が響いてくる。

 巻き上げ機構により、鏃に結び付けられたワイヤーを収納しながら壁を蹴り走った幻晶甲冑が屋根へと上ってきた。

 

 危なげなく屋根へと上った幻晶甲冑が背負っていた資材を降ろすと、屋根の上で待っていた学生達がわらわらと集まってきてそれを受け取る。

 彼らはそのまま屋根のあちこちで補修作業を開始した。

 幻晶甲冑に乗ったキッドも、中でも大きな資材を手に取ると、一緒に作業に加わっている。

 

「しかしこれはすごいな。幻晶騎士とはまた別の、小回りの効く故の便利さと言うか……」

 

 作業に勤しむ幻晶甲冑を見上げていた生徒が、腕を組みながら呟く。

 五指を備え人と同様の器用さを持ちながら、人を遥かに上回る力をも持つ幻晶甲冑は、こうした作業において極めて大きな戦力となっていた。

 幻晶甲冑は小型の幻晶騎士と言った趣の、鎧を模した外見から戦闘用途を想定しがちだが、小回りが効く分それ以外の用途にも高い適性を持つ。

 

「まぁ数少ないんで、あちこちに呼ばれていっそがしいけどな」

 

 力仕事は言うに及ばず、修理での工作作業、果てはワイヤーアンカーを用いて高所での作業すらこなすその万能性は、周囲の人間を驚愕せしめると共に、それを扱うことの余りの困難さに怨嗟の声をあげさせたと言う。

 それは、建設重機など概念すら存在しないこの世界において、初めて誕生した万能の建機といえた。

 

「是非使えるようにして、うちの建築学科において欲しいな」

「おいおい、それなら鍛冶師学科にもだろう、打つの楽になるぜ」

「いや、服飾学科にだね」

「何を織る気だよそれ……」

 

 一度雑談に入ると止まらない学生達に、キッドは面倒くさそうな様子を隠しもせずに言う。

 

「あー、とりあえず目の前の分、片してしまおうぜ」

 

 そういった光景は、キッドの行く先々で見られるのだった。

 

 

 屋根の応急処置を終えたキッドは、断りを入れてから休憩を取っていた。

 幻晶甲冑の前面装甲を開くと、内部に溜まった蒸し暑い空気が一気に入れ替わる。

 

「あっちー。蒸すなんてもんじゃねぇぜ、これは」

 

 流れ込んだ外気が彼の身体を撫でてゆき、身をつつんでいた熱気が冷まされる感覚に、彼は大きく息をついた。

 余裕のほとんどない、身体に密着するような状態で装着する幻晶甲冑を動かしていれば、どうしても内部には熱がこもってしまう。

 雨の続く日々は大気に飽和寸前の湿度を与えていたが、それでも彼には外の空気に当ったほうが、幻晶甲冑を着込んだままでいるより遥かにましに思えた。

 

 流れ込む空気で少しでも涼を得るべく、手を団扇代わりに扇いでいたキッドの下へと、もう1機の幻晶甲冑――アディ機がやってくる。

 

「キッドー、そっち終わったー?」

 

 キッドは風を起こしていた手をひらひらと横に振った。

 

「おーう、とりあえず一旦休憩だ。これ着て動くの、暑すぎだ」

「確かにねー」

 

 圧縮空気が噴出する音と共に、横に並んで座るアディ機の装甲が開く。

 アディは機体から降りると、タオルで汗を拭いながら機体の脚を椅子代わりに座り込んだ。

 

「うーん、役に立つのはいいけど、ちょーっと私たち大変すぎない?」

「こいつを動かせるのが俺達しかいねーっつーのがまず間違ってるな」

「なんだっけー? どうにかしたら、皆でも使えるようになるんだよね?」

「そのへんはエルがいねーとどうにもならねぇよ」

 

 その時、彼らを探していたのだろう、彼らの担任である教師がやってきた。

 

「おーい、二人とも……」

「まーたお呼びかよ」

「いそがしー! あとでなんか奢ってもらおうよ」

「本当だ、しばらくは奢ってくれてもいいくれーだな」

 

 二人は幻晶甲冑を起動させると、再び作業へと向かう。

 彼らの活躍もあり、作業自体はほぼ終わりに近づいている。

 もうひと頑張り、と彼らは気合を入れなおすのだった。

 

 

「むー」

「よかった、熱は下がったみたいね」

 

 無事に補修作業を終わった後、数日間の頑張りが祟ってか、アディは風邪を引き寝込んでいた。

 最初こそ熱が出ていたが、それはもう治まっている。

 すると、普段無駄なほどの元気さが目立つ彼女だけに、大人しく寝ていることが出来ずに落ち着かない様子だった。

 

「お母さん、もう大丈夫よ! 熱も下がったし、だるさもなくなっ……もがっ」

「駄目よ、風邪は治りかけが肝心なのよ。もっとちゃんと寝ていなさい」

 

 ベッドから抜け出そうとするアディを、彼女の母イルマタルが押し戻す。

 無理矢理布団をかぶせられたアディは、そろっと頭だけを外に出すと、上目遣いに懇願するような目線を母親へ向けていた。

 

「明日にはもう大丈夫でしょうから、今日は大人しくしなさい」

 

 苦笑を浮かべてアディの髪を撫でながら、普段は子供達に甘いイルマもこのときばかりは鉄の意志を貫く。

 

「じゃあ、ちゃんと治るようにお薬を置いておくわね。寝る前に飲んでおくのよ」

 

 そういって、イルマはベッドの傍らに、水と薬の載った盆を置く。

 それを見たアディの表情がしっかりと引き攣った。

 イルマが持ってきた薬は、風邪に対するものとしては一般的な薬草を用いたものだが、その効き目と比例するかのように猛烈に苦い。

 一昨日あたりの、熱があったときならば我慢してそれを服用していたアディも、峠を過ぎ去った今、再びそれを用いる勇気はなかった。

 むしろ彼女には、服用したほうが体調が悪くなるのではないかとすら思える。

 

「だ、だ、大丈夫よお母さん! 寝る、ゆっくりと寝て治すから、お薬はいらないわ!!!」

「ええ、お薬を飲んでからね。アディ、このお薬は苦手? ならお母さんが飲ませてあげるわ」

 

 薬を用意する、イルマの様子はどことなく嬉しそうだ。

 彼女の子供達は普段は驚くほど手がかからない。年頃の子供が持つはずの無尽蔵のやんちゃ心とスタミナは、大事件を連続させるエルネスティとの行動に費やされ、かつ周囲へのフォローも彼が勝手に終わらせている。問題の大半が親の元まで届くことがない。

 それだけに、こうして子供の世話を焼くことが、彼女は楽しかった。

 それが病気の看病であることに、彼女はほんの少しの申し訳なさを感じるが、この機会に彼女はアディを十分に甘やかすつもりでいる。

 

 しかしそれと薬の件は全く別の話であり、つまりイルマは容赦なくアディに薬を飲ませ。

 アディの悲痛な叫び声が、家から通りに響き渡った。

 

 

 

 あけて翌日には、学園初等部の教室では久しぶりに双子の姿が揃っていた。

 苦味に満ちた薬から解放されたアディが、奇妙なハイテンションを示していたが、そこには概ねいつもどおりの日常が戻っていた。

 授業を受け、休み時間にクラスメイトと他愛のない談笑に興じ、放課後には通りをひやかしながら菓子を買う。

 いつもどおりのはずの、日常。

 しかしそこには大きな欠落が存在した。

 

「まだ、帰ってこないのかな……」

 

 思わず、と言った風に漏れ出た言葉を聞きとがめ、横に座るアディの顔を見やったキッドは、そのまま視線を通りへと移した。

 様々な人が行き交う大通りでは、露店の店主が客を呼び込み、道行く人がそれをひやかしている。

 手に持つ菓子の甘さを味わいながら、キッドも首をかしげた。

 

「うーん、確かに遅いな。聞いた話だと、もうとっくに帰ってきてもいい頃なんだが」

 

 エルネスティと騎操士学科の生徒がカザドシュ砦へと出発してから、はや一週間以上が経過している。

 最初に聞いた話では、往復に一週間程度と言う事だったのだが、彼らの姿は影も見えない。

 それは、エル達が道中に地砕蚯蚓シェイカーワームと遭遇したことにより、予定が大幅に狂ったことが主な原因なのだが、そこまでは彼らのあずかり知らぬことである。

 連絡手段も持たない彼らは、ただ待つことしか出来なかった。

 

 彼らはいま一つ晴れない気持ちを抱え、しかしできる事もなく時間は過ぎる。

 更に数日が過ぎた後、ようやく学生達がライヒアラへと戻ってきた。

 

 

 

 馬車の群れが、ライヒアラ学園街の門をくぐる。

 その護衛についていたのであろう、幻晶騎士・カルダトアが馬車と別れ、城門付近の工房へ入っていった。

 馬車はそのまま大通りを進み、ライヒアラ騎操士学園へと入ってゆく。

 

「おう、懐かしき我らが古巣よ」

「一週間ちょっとしか経ってねーっすよ、親方」

「気分だ、馬鹿野郎」

 

 長距離の移動で凝り固まった手足をほぐしながら、親方を始めとした騎操士学科の面々がばらばらと馬車より降りてくる。

 人がおらず、静かだった工房が俄かにいつもの活気を取り戻していった。

 

 だが、そこには出発時に存在したものが、ない。

 彼らと共にカザドシュ砦へ向かったはずのテレスターレの姿が、1機も見当たらなかった。

 護衛として付いていたのは全て朱兎騎士団所属のカルダトアのみ。それも全て街の入り口で別れている。

 現在、彼らは全くの“手ぶら”で戻ってきたのである。

 それだけではない。

 ここに居るのは騎操士学科の学生ばかり。

 

 出発時には彼らと共にいた、一際小柄な少年の姿を見つけることは、できなかった。

 

 

 

 学園の授業が終わり、放課後を過ぎ、傾いた日がオービニエの山に沈んでゆく頃。

 中等部の生徒達が暮らす学生寮にある自室で、ステファニア・セラーティ(ティファ)はその日の課題をこなしていた。

 彼女は時折顔にかかる見事な金髪を邪魔そうに後ろに戻しながら、黙々とペンを進める。

 

 しばらくして課題の大半が終了し、彼女が一息ついたところで来客が現れた。

 ルームメイトが戻ってきたのかと思ったが、慌しく扉がノックされるのを聞きつけ、その可能性を否定する。

 扉へ向かいながら、彼女は少しの戸惑いを見せる。

 今日は生徒会に関係する作業はなかったはず、何かしら緊急の案件ができたのか――そう首を傾げながら、彼女は来客を迎えるべく扉を開いた。

 

「姉さん……!」

 

 そこに居た、必死の形相を見せる自分の弟妹の姿を見て、彼女は珍しく、目を丸くして固まった。

 

 

 ティファは突然自分の下を訪れてきた腹違いの弟妹を、邪険にする事もなく部屋へと招き入れていた。

 珍しい事もあるものだ、と彼女は笑顔の裏で思う。

 最近は以前のようなわだかまりがなくなり、ずいぶんと仲がよくなってきたとは言え、双子が彼女の自室までやってきたのはこれが初めてである。

 とは言え、遊びに来たようには見えない。

 常と変わらぬ、どこか面倒くさそうな態度を見せる弟と違い、考えていることが表に出やすい妹をみれば、何かしらの、それも火急の頼みをもってここを訪れたことは明白だ。

 彼らが話しやすいように、ティファは飲み物を用意しようとしたが、それよりも先にアディが勢い込んで身を乗り出した。

 

「姉さん、力を貸して欲しいの!!」

「ええ、話はちゃんと聞くから、まずは少し落ち着きなさい。

 飲み物を用意するわ、少し待ってね」

 

 どうどう、とキッドがアディを宥めている間にティファは紅茶を淹れて戻ってくる。

 二人はそれを飲み、少し落ち着いてから、それでも早口に用件を切り出す。

 

「……それで、親方達は砦から戻ってきたのに、そこにエル君が……エル君だけが居ないの」

 

 途中まではにこやかな表情で話を聞いていたティファも、話が進むと共にどんどんと真剣な表情へと変わっていった。

 テレスターレの完成から、父親であるヨアキム・セラーティ侯爵への連絡、そしてディクスゴード公爵からの召喚、学生達の帰還という説明が終わる頃には、ティファは目を伏せて考えこんでいた。

 

「そうなの……。お父様から少しは話を聞いていたけど、そんなことに……」

 

 彼らの父親が何を考えているのかはわからないが、エルが何らかのトラブルに巻き込まれているのは間違いなく思える。

 以前、彼女達中等部の生徒は、エルの活躍により窮地を救われたことがある。

 次はこちらが彼のために動く番だ、ティファは強い決意を胸に抱き、決然とした表情で顔を上げる。

 

「行きましょう」

「姉さん?」

「父様の元に、行きましょう。今ならカンカネンの別邸にいらっしゃるはずよ。

 ……せめて理由だけでも聞かないといけないわ」

 

 キッドとアディも、力強い頷きを返していた。

 

 結論を下した後のティファの行動は実に迅速だった。

 翌日、即座に行動を開始した彼女は、生徒会長という権限を最大限悪……駆使し、かつ実家の都合があると押し通して、教師や生徒会役員の嘆息と涙を踏み越えて、そのままキッドとアディを連れてカンカネンへと急行したのだ。

 

「……あの時はちょっと、姉さんは敵に回さないほうが良いと、思ったわ」

 

 とは彼女の妹の談である。

 

 

 

 その日、カンカネンにあるセラーティ侯爵家の別邸は、過ぎ去ったはずの嵐の再来に混乱に陥っていた。

 まさに威風堂々の文字を体現しながら突き進む侯爵令嬢を止めること叶わず、慌てた使用人が右往左往しつつも、どうにか館の主へと取り次ぎを行う。

 幸か不幸か、ヨアキムは別邸内におり、間もなく彼の書斎にて会うことが叶った。

 

「突然何事だ? ティファ。今日は授業のある日だろう、何故ここに居る」

 

 凡そ記憶にある中でも最大風速をたたき出す娘の暴走に、ヨアキム・セラーティ侯爵は顔を合わせるなり不機嫌な様子で言葉を投げつける。

 そしてティファの後ろから更にキッドとアディが現れるのを見、思わず眉間に深い皺を刻んだ。

 

「お前たち……」

「お父様、この二人を見れば私たちがいかなる用事でここに来たか、お分かりでしょう」

 

 父親の不機嫌にも全く怯まず、優雅なしぐさで挨拶を述べ、そして微笑むティファは静かな、しかし厳しい迫力を満たした態度で挑む。

 彼女は伊達や酔狂でライヒアラ騎操士学園の生徒会長などやっているわけではない。

 その上かの師団級魔獣との邂逅を体験している彼女は、歴代の生徒会長の中でも出色の精神力の持ち主と言えよう。

 

 だからと言ってヨアキムもそれで萎縮するような事はないが、一方的な命令で引き返させることはその時点で諦めざるを得なかった。

 彼は喉まで出かけた嘆息をギリギリで飲み込むと、手に持つ書類を片付けて椅子に深く腰掛け、子供たちと向かい合う。

 

「……新型機についての件か?」

「それだけではありません。新型機開発の中心人物であり、この子達の友人でもあるエルネスティ・エチェバルリアについて」

 

 何かを言おうとしたヨアキムの機先を制し、ティファは更に言い募る。

 

「過日のベヘモス事件において、私たち学生の大半は彼の活躍により窮地を救われています。

 ……その彼が、ただ一人公爵領より帰ってきていません。

 お父様達が何をお考えなのか、私にはその全ては量りかねますが、恩義ある彼を害するような真似は、私は許すことができません」

 

 キッドとアディを左右に従え、彼女らは父親と向かい合う。

 

「お父様、納得の行く説明を聞かせていただきますわ」

 

 嘘偽りも、逃げることも許さない。

 まるで決闘に挑むかのような意気を以って、彼女達は進軍を開始した。

 


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― 新着の感想 ―
うーんやっぱりアディもステファニアも嫌いだなー
[気になる点] 憮然とは気持ちが落ち込み表情が消えた表情
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