#221 獲物をかっさらえ
天に聳える白銀の巨大魔獣――イカルガ・シロガネ。
虹に濡れた巨躯を置き去りに、その頭部が開いて幻晶騎士大の何ものかが抜け出してゆく。
それはまさしくイカルガの原形に近しい姿であり、しかし全身は輝く白銀のまま、エルネスティたちの駆るアメノイカルガ・カギリと向かい合った。
一機と一体のイカルガ同士、雌雄を決する時が来た。
互いに全力で飛び出す。ほぼ時を同じくしてパーヴェルツィーク王国軍が動き出した。
「魔獣の本体を引きずり出したな……戦いの潮目が変わった! 者ども、出番が来たぞ。出撃せよ!!」
号令一下、竜闘騎が次々に飛空船より飛び出してゆく。
飛竜を模して翼を備え、マギジェットスラスタを主推力とする空戦用機体群だ。
推進器の立てる轟音が空を埋め尽くす中、イグナーツの竜頭騎士“シュベールトリヒツ”が先陣を切って飛び出してゆく。
さらにやや遅れて、ユストゥスの同型機“シュベールトリンクス”が続いた。
「やはり黙っていてはくれないか、北の巨人。大団長が役目を果たされるまで、後顧の憂いを断つのが我らの役目! ゆくぞ、騎士団前進!」
対する銀鳳騎士団では、エドガーのアルディラッドカンバー・イーグレットが剣を構え指し示していた。
彼の騎士団配下、白い十字を示した半人半魚の空戦仕様機が前進する。
その後方ではディートリヒのグゥエラリンデ・ファルコンが双剣を構えている。
「ようし! エドガーたちが盾であり壁ならば、我らは矢だ! 放たれたならば敵を射抜くのみ! 弦を引き絞れ!」
「応!」
檄に応えて、元気とやる気に満ち溢れ余りまくった様子で紅の十字を示した飛翔騎士が跳ねる。
その傍らに新緑のごとき翠の飛翔騎士がやってきた。
エルと共に戻ってきたアーキッドの“ザラマンディーネ”である。
「防衛の連携は難しいからなぁ。ディーさん、突っ込むならお供させてくれよ」
「歓迎しよう。遅れるなよ?」
「誰に言ってんだって」
ディーがケラケラと笑った。
空中に取り残されて漂う巨獣の抜け殻を傍らに眺めながら、両軍が睨み合う。
「銀鳳騎士団の本隊! さて、せめて礼儀は果たすとしよう。空中伝令騎、前へ!」
イグナーツの指示により特殊な装備をまとった竜闘騎が進出した。
その後ろにはシュベールトリヒツが続き、両者の間には銀線神経が張り巡らされている。
竜闘騎が、背負った特殊な魔導兵装を開いた。
それは大気操作の系統魔法を利用した、指向性の大出力拡声器というべきものである。
「……銀鳳騎士団に告ぐ! この地は我らがパーヴェルツィーク王国の領土である。貴君らは我らが母なる大地を侵している。ただちに退去すべし!」
常に風が吹き荒れ意思疎通に難のある空中にありながら、その声は対岸に布陣する銀鳳騎士団まで届いていた。
これまで空中での意思疎通には魔導光通信機が用いられることが多かったが、これは互いに符丁が一致する必要があり組織が異なると通じなくなる欠点があるのだ。
「おやまぁ、これはまた好き放題言ってくれるものだよ」
「最初に言葉をかけてくれるだけ、道理を弁えてるだろう。話して通じるというのならそれに越したことはないが……」
銀鳳騎士団に同様の装備はない。
エドガーとアルディラッドカンバー・イーグレットは受け取った旗を掲げると、一騎のみで進み出た。
緊迫した空気の中を泳ぎ、特殊な装備なしでも声が通じる範囲まで近づく。
アルディラッドカンバーの頭部がわだかまる無数の小飛竜を見回した。
「貴国の通告に返答しよう! 我らとてここが貴国の領土であることは十分に承知している。しかし侵略の意図はまったくない。加えて、当騎士団大団長が貴国の王女殿下と話し合いをされ、我らの目的である魔獣の討伐を許可いただいている。そう聞くが、いかに!」
「その通りだ。我らが王女殿下は大いなる寛容を示され、貴国の魔獣討伐を認められた……しかし! 先刻、その魔獣より核たるものが抜け出たのをこの目で確かめた! そこにあるのは抜け殻のみ。貴国のいう魔獣討伐は既に完了したと認識する。“狩り”が終わってなお居座るというのであれば……話は別である!」
「それはいかにも乱暴な物言いだ。まさか狩るだけ狩って、獲物は全ておいてゆけとでも?」
「その通り。すぐさま立ち去るべし」
「貴国のこれまでの計らいには感謝している。しかし我らとて討伐の証は必要だ。許可の対価として、いくらかを残してゆくことはできる。それでは駄目なのか?」
「できないな。“一番美味しいところ”を、持ち去られては意味が無いのでね」
エドガーは唸る。
銀鳳騎士団、フレメヴィーラ王国としては元王族“ウーゼル”の暴走の跡を回収しておきたい。
痕跡があるとすれば、魔獣の中枢部分だ。
対するパーヴェルツィーク王国としては魔獣の抱える何かしらの秘密を暴きたい。
最も大きな秘密のありかは、魔獣の中枢部分だ。
結局、両者の狙いは同じものなのである。
「……“呑めない”な。個人的な感想を言わせてもらえば、大変に残念だが」
「我らは常に個人よりも大きなもののために動いている。交渉は決裂だ。これより、実力をもって退去願うとしよう」
アルディラッドカンバーがパーヴェルツィーク王国軍を睨んだまま後退してゆく。
彼が自陣に戻るまで、パーヴェルツィーク王国からの攻撃はなかった。
紅の騎士がエドガーを迎える。
「彼らは何と?」
「魔獣の死骸を全て置いてゆけと。少なくともど真ん中をご所望だな」
「うげー。横取りじゃんそんなの」
「ふむ。まぁ予想の範疇さ。では予定通り、力づくで持ち帰るとしよう」
白と紅、翠の騎士が配置につく。
その間にイグナーツは後方からの報告を受け取り、頷いていた。
「……よし。既に魔獣の脅威はない、甲竜船を投入せよ!」
同時、パーヴェルツィーク王国軍の布陣の奥から一隻の巨大な飛空船が進み出てきた。
その船は、かつて空飛ぶ大地での戦いにおいて“孤独なる十一国”が旗艦としていた“重装甲船”に酷似していた。
標準的な輸送用よりも一回り以上大きな船体は十分に厚い装甲によってくまなく覆われており、強大な防御力を予想させる。
差違と言えば巨大な船体に申し訳程度の短い首のような舳先があり、さらに左右には帆翼を備えていること。
しかも推進系はマギジェットスラスタに置き換えられているようで、速力については目を瞠るほどの改善をみていた。
パーヴェルツィーク王国の――その鍛冶師長オラシオによって手を加えられた改良型重装甲船。
それがこの“甲竜船”なのである。
「これはまたデカブツだな。まったく、あの国はよくよく船が好きなことだよ」
「あの鍛冶師の影響というやつなのだろう」
「なんか納得できるの嫌だな、ソレ」
フレメヴィーラ王国が何でも幻晶騎士にしてしまうのと似た空気を感じる。
軽口をかわしつつ、銀鳳騎士団は徐々に前進してゆく。
そろそろ法撃の有効射程に入ろうかというところで、甲竜船の各所に搭載された法撃戦仕様機が立ち上がり、魔導兵装の切っ先をあげた。
「まぁそう来るだろうね。各機、回避!」
完全装備の法撃戦仕様機による、猛烈な法撃が始まる。
飛翔騎士はこの世界の飛行機械としては重装甲であるが、それでも雨あられと降り注ぐ法撃を受け止められるようにはできていない。
逃げながら反撃を試みるが、船の全体を包む重装甲と強化魔法によってさしたる効果も上げずに終わった。
「さすがはパーヴェルツィークかな。どこぞの紛い物とは一味違う」
「飛竜戦艦が出てこないだけマシとはいえるな」
「どっちもどっちだって!」
空中に陣取る甲竜船は厄介である。
移動しながらの戦いとなればその足の遅さが弱点となろうが、現状のような陣取り戦ともなれば堅牢な装甲の強みが生きてくる。
それこそ飛竜戦艦級の火力でもなければ、これを突破することは難しい。
「あれと正面からの撃ち合いは避けろ! 回り込み、機動性で対処する!」
飛翔騎士の利点はなによりその機動性にある。
甲竜船が守る地点を迂回しようとするも、その行く先には竜闘騎が待ち構えていた。
「前方に敵、飛竜部隊を確認! 数、多数です!」
「このまま進むと囲まれる、か。さすが地の利はあちらにありだな」
竜闘騎は単体の戦闘能力こそ飛翔騎士に劣っているものの、それも数の差があれば補うことができる。
何よりもパーヴェルツィーク王国軍にとって明確に有利な点があるとすれば、ここはまさに彼らの国ということである。
長距離を遠征せざるを得ない銀鳳騎士団に比べて補給するにも援軍を出すにも圧倒的に有利なのだ。
鈍足な甲竜船の存在など、その最たるものであろう。
甲竜船と竜闘騎による包囲網に囚われゆく銀鳳騎士団の様子を確かめ、イグナーツは頷いた。
「かの魔獣のごとき人知を超えた“化け物ども”ならばともかく。銀鳳騎士団、諸君ら人の為すことであれば対抗手段はある! 征くぞ諸君、ここが攻め時だ!」
竜闘騎士を切っ先とし、小飛竜の群れが飛び出してゆく。
同時に甲竜船がゆっくりと移動をはじめ、銀鳳騎士団へと圧力をかけた。
「敵が陣形を変えます! 小飛竜、群れで接近!」
「迎え撃て!」
小飛竜の群れが銀鳳騎士団の只中へと斬りこんでゆく。
十分に加速した槍の一突きが陣形の中を突っ切っていった。
竜闘騎は装甲が薄く正面きっての殴り合いには向いていない。
とはいえ、その分だけ速力に優れており一撃離脱は得意とするところだ。
飛翔騎士はその装甲、または盾を使って攻撃を受け止め、あるいはそらす。
互いに被害は微々たるものだった。
「敵もさるものだね。穂先は私たちに任せたまえ、ゆくぞキッド!」
「あいよう!」
紅の騎士が身を翻し、飛び出してゆく。
その直後に翠の飛翔騎士が続き、紅隼騎士団第一中隊の荒くれどもが後を追った。
「任せる! 白鷺騎士団よ、後続は通すな! 我らの護り見せてやれ!」
白い飛翔騎士たちが可動式追加装甲を翻してずらりと並び、前線を構築しなおした。
「ディーたちは首尾よく食らいついたようだな……むっ!?」
周囲の状況を確かめたエドガーは、視界の端に違和感を捉える。
みれば、いつの間にか回り込んできていたもう一機の竜闘騎士が竜闘騎とともに攻撃態勢をとっていた。
「後詰がいたか! 俺が当たる!」
アルディラッドカンバーが飛び出す。
全身の可動式追加装甲を集中させる、全面防御形態をとり。
そこへ突っ込んできた竜闘騎士・シュベールトリンクスの騎槍が直撃、しかし装甲の表面を滑って流れてゆく。
「ほう、なかなか目敏いじゃないか! 甲竜船に目を奪われないとはね!」
「騎士団、後方防御!」
ユストゥスのシュベールトリンクスが飛び去ると同時、後続の竜闘騎が一斉に法撃を放ってきた。
その全てを可動式追加装甲で弾き、お返しの法弾を放つ。
すれ違った竜闘騎のうち二機が直撃を受けて墜ちてゆく。
「手ごわいな。名を聞こうか、白い騎士!」
「白鷺騎士団団長、エドガーだ。見知りおくといい!」
エスクワイア・イーグレットのマギジェットスラスタに点火し、アルディラッドカンバーがシュベールトリンクスの後を追う。
それを見たユストゥスがニィと笑みを深めた。
「来るかい。しかし、我らにばかりかまけていてもいいのかな?」
はっとして振り返れば、本陣の前方にある甲竜船が目前まで迫っていた。
各所の法撃戦仕様機が激しく法撃を放ち、銀鳳騎士団へと圧力をかけてくる。
「よほど我らを叩き出したいらしいな」
「それが我が国の、我が主のためならばね!」
白い騎士と竜闘騎士が空中で激突する。
銀鳳騎士団の後方まで突き抜けたイグナーツとシュベールトリヒツが、再び攻撃すべく旋回する。
「立て直しが早いッ。さすがは銀鳳……むっ!?」
彼らを抜き去り影が走る。
ぎょっとして振り返った視線の先、翠の装甲がその行く手を阻んだ。
最大推力で強引に突っ込んできた飛翔騎士が鰭翼を大きく羽ばたかせ、急制動をかける。
荒れ狂う大気の上を滑るように、宙がえりで振り返ってみせて。
そのまま両腕に備えた複合型空対空槍を伸ばした。
直後、炎と共に魔導飛槍が放たれる。
「クシェペルカの、魔槍ッ!?」
イグナーツが表情を引きつらせ、機体に急制動をかけた。
大ぶりな翼を羽ばたかせ、動揺を尻尾のうねりで吸収しながら身を捻る。
間一髪、シュベールトリヒツを掠めるように魔導飛槍が背後へと抜けてゆき。
しかし後続の部下を直撃し、竜闘騎が墜ちていった。
「くっ……貴様、クシェペルカだと! なぜ銀鳳騎士団に混ざっている!?」
イグナーツの絶叫に、翠の飛翔騎士――ザラマンディーネを駆るキッドはほんの一瞬だけ考えて。
「色々と……あれだ、事情があんだよ!」
すぐに説明が面倒になって怒鳴り返した。
同時、シュベールトリヒツへと影が降ってくる。
イグナーツが見上げた先、剣を掲げた騎士が彼を目がけて降ってくるところだった。
「よくぞ足止めしてくれた、キッド!」
「この程度でッ!」
シュベールトリヒツが大ぶりな騎槍を振り上げ、剣を受け止める。
「ほう、さすがだね。一撃で葬り去るつもりだったが」
「貴様、紅の騎士! ディートリヒか!」
「ご名答だよパーヴェルツィークの騎士! 久しいね、ぶっ倒れてくれたまえ!」
「そちらこそ!」
すぐさま加速し離脱しようとするも、グゥエラリンデ・ファルコンが追い縋る。
竜闘騎士と紅の騎士が切り結ぶ。
その頃には後続の紅い飛翔騎士部隊が雪崩れ込んできており、竜闘騎との乱戦にもつれ込んでいた。
「ええい、振り切れんか! ……ッ、なんだ!?」
歯を食いしばったイグナーツが、ふと強烈な悪寒を覚える。
慌てて周囲を見回した彼は見つけ出した。
天に上った太陽に濁りのような黒点があることを。
それは急激に大きさを増してゆき――。
「おぉぉぉもしろっすぉぉぉなことやぁってぇんじゃぁぁぁんんん!!」
間を置かず、ドス黒い闇に染まった剣が一直線に降ってきた。
「なっ……“狂剣”!?」
“狂剣”ことグスターボの駆る“ブロークンソード・リーム”だ。
叩きつけるような大剣の一撃をシュベールトリヒツの騎槍が受け止める。
宙に火花を撒きながら共に沈み込んだ。
「我らの相手は銀鳳騎士団……貴様などを相手にしている暇は、ないッ!」
浮揚力場の作用によって両機が浮き上がってゆく。
その力を利用し、シュベールトリヒツが騎槍を振ってブロークンソード・リームを振り払った。
振り払われた勢いのままブロークンソード・リームが加速する。
あっさりと狙いを変え、次はグゥエラリンデへと斬りかかった。
「いよぅ双剣の! 今日もイカした剣振ってっかぁ?」
「貴様、連剣の! 何しに来た!」
「何しにだァ? 聞くまでもねっだろォ。まぁつりにィ! 俺っちをハブにするなんざァ! 冷ッてぇじゃあねぇかぁ!? なぁオイ!」
飛び掛かってきた狂剣をグゥエラリンデが双剣で弾く。
グスターボはそのまま大きく飛び退ると、ちょうど飛んできた飛翔特化騎体“カイリー”の上に着地した。
甲高い推進器の叫びと共に高速でその場を離れる。
黒い刃がぐるりと周囲を見回し、再び飛び出した。
竜闘騎からの法撃を切り払い、そのまま返す刃で翼を切り飛ばす。
飛翔騎士の突撃を大剣でいなし、その腹に蹴りを叩きこむ。
まさしく“狂剣”。
興奮に任せて、その刃はありとあらゆる存在を斬り裂いてゆく。
瞬く間に、戦場は地獄のような混乱の只中へと引き込まれていった。
「連剣の! 君はお呼びじゃあないぞ!」
「狂剣め! この場の全てを敵に回すつもりかッ!」
慌てた様子のグゥエラリンデとシュベールトリヒツがブロークンソード・リームめがけて突っ込んでゆく。
奴は危険である。
部下に任せていては被害が広がる一方となるだろう。
その後ろで、つい先ほどもグスターボの襲撃を受けたキッドがうんざりした様子を隠しをせず怒鳴った。
「こいつ! あの足場が厄介なんだよ!」
「一気に畳みかける、征くぞキッド!」
「了解!」
パーヴェルツィーク王国と銀鳳騎士団との激突のはずが、異物の乱入により流れが変わる。
自らを目がけて殺到する強敵たちの姿を前に、グスターボは昂ぶりきった様子で咆えた。
「ああ、最高だぁ。なんだよここぁ、楽園かよォ! イカした敵がより取り見取りじゃねっかッ!!」
そうして涎を飛ばす勢いで飛び出してゆくのだった。




