#207 白銀
王都の上空を我が物顔で暴れまわっていたマガツイカルガニシキは、蒼い流星の襲来と共にぶっ飛んでいった。
唐突に戦闘が止み静けさが戻る。
戦っていた騎士たちの間にも困惑が広がっていた。
「騎士団、集合!」
白と紅の幻晶騎士、グゥエラリンデとアルディラッドカンバーが降りてきて騎士団員たちが慌てて集まってゆく。
「いまのうちに消耗した装備を交換しておくんだ。休める時間はそう長くない、急いでくれ」
「次に我々が当たる時はイカルガに止めを刺す時だろう。そのつもりで備えておいてくれたまえ」
「うーッス!」
それぞれの騎士団の古株たちはさっさと休憩に入り、新人たちはまだ戸惑っていた。
つい先ほどまで決死の覚悟で戦っていたのである。
あまりの落差に眩暈がしそうだ。
「団長! 先ほどの機体は大団長閣下のものなので? ならば我々も援護に……!」
「手出しは無用。これは命令だ」
団長であるエドガーが珍しく表情険しく告げるものだから、新人たちは面食らう。
「しかし! 相手は“本物”のイカルガです。いかに大団長といえど“偽物”で太刀打ちできるのでしょうか!?」
エドガーとディートリヒが微妙な表情を浮かべて顔を見合わせた。
どちらからともなく溜め息が漏れる。
「ならばその目で確かめると良い。いったい何が“最強”に足るものなのかを」
騎士団長の言葉に、新人騎士たちは空を見上げた。
体勢を整えたマガツイカルガニシキが蒼い機体を睨みつける。
「なるほど、来たんだねエルネスティ君。わかっているよ。諦めきれないだろう、この身体は元々君の機体なのだから。そうだ、ひとつ思い出したのだけど」
イカルガが両腕と可動式追加装甲を大きく広げた。
「君には一言、礼を言っておきたかった。“私”と出会わせてくれてありがとうと!」
「礼には及びません。まさかこのようなことになるとは僕も思っていませんでしたので」
「“私たち”もだよ。だけど世の中にはなるべくしてなった必然というものがある! それを深く感じているんだ!」
「ふふ。では今日この時、この戦いもあるべくしてあったこと!」
「ああ! 礼の代わりと言っては何だけれど是非受け取ってくれ!!」
銃装剣を構える。
刀身が開き、内部の紋章術式へと膨大な魔力が流れ込む。
イカルガの主力武装にして最強の攻撃、轟炎の槍が空を赤く染め。
「素晴らしい意気込みです! まずは法撃戦、大歓迎ですとも!」
エルネスティは慌てることなく、むしろ嬉しそうに玩具箱之弐式改を操った。
背後に吊り下げている大量の装備、その中からひとつを手に取り。
「そぉの弐! 試作型過剰強化魔導兵装!! まだ名前は付けてません!」
杖のような形をした魔導兵装を構える。
幻晶騎士の全高を追い抜くほどの大物である。
その先端にはやたらと大量の増幅器が並んでいた。
もし全基が正常に稼働するとすれば、その出力たるや銃装剣すらも――。
「ぶっぱーです!」
躊躇いなく、むしろ楽し気に魔導兵装を起動する。
瞬間、銃装剣を超える強烈な光の奔流が杖の先端からぶっ放された。
二色の光は正面から激突。
拮抗したかに思われたが直後、エルの光が轟炎の槍をぶち抜く。
「んなぁっ!?」
慌てて回避したイカルガが余波だけで震えた。
ひたすらに突き進んだ光は背後にあるオービニエの山肌へと突き刺さり、馬鹿みたいな爆炎を噴き上げる。
「……なん……てものを」
戦慄するウーゼルのことなどつゆ知らず、エルはあっさりと魔導兵装を投げ捨てていた。
「うーむやっぱりこの武器はダメですね! あまりに魔力を食いすぎる、とてもではないですが二回目を撃てません。ブースターユニットの魔力貯蓄量が一発で空になってしまいました」
ついでにトイボックスマーク2が背部に接続されていたブースターユニットを捨て去った。
身軽になって腕をぐるぐると回す。
「ふふふ。ご安心ください! ひとつくらい捨てたところで武器はまだまだありますよ。持てるだけ持ってきましたから!」
そう言ってエスクワイア・ロビンが可動式追加装甲を広げた。
内側にあったのは大小さまざま大量の武器。それはもう隙間なくびっしりと。
彼は一字一句間違いなく、工房中の武器を持ってきたのである。
ゆえにこそ完全武装!
「その武器で“私たち”との力の差を埋めるつもりなんだね。だったら早速試してあげるよ! この攻撃、受けきれるかい!?」
次はこちらの番だと意気込んだイカルガが執月之手を切り離す。
魔法現象の光を灯してトイボックスマーク2を包囲しにかかり――。
「ではこちらも! その参ッ! 飛翔燃刃ッ!」
トイボックスが吊り下げられた刃を掴み投げ放った。
回転しながら飛翔する刃は一部が蓄魔力式装甲で構成されており、短時間だけ魔法現象を発生する。
赤熱した刃が宙を舞い、狙い過たず執月之手を弾き飛ばした。
法撃は狙いを大きく逸らされあらぬ方向へと飛んで行く。
ちなみにこの武器には誘導装置などついておらず、当てたのは純粋にエルの技量による。
弧を描いて返ってきたヒートブーメランを掴んでみせる。
「いい加減に! して欲しいな!」
業を煮やしたイカルガが執月之手を回収するより早く銃装剣を構えた。
轟炎の槍が宙を走り、トイボックスが間一髪で回避する――しかしギリギリ過ぎたために背負った装備へと直撃を許す。
じゃらじゃらと提げていた武器が轟炎に呑まれて吹っ飛んでいった。
「はは! どうだい!」
「ああっヒートブーメラン! 重魔導飛槍に八裂回刃、穿孔飛拳まで!? お披露目前に破壊するとはなんという悪逆非道……!」
「知ったことじゃあないよ! だけどこれで邪魔な攻撃はもうできないんだよねぇ!」
「仕方がありません。では次の作戦です」
トイボックスマーク2が武装を吊り下げていた懸架棚を破棄して身軽になってから、ようやく腰につけていた剣を抜き放った。
「本体突撃! 参りますっ!」
「銀鳳騎士団長! 最強と謳われた君の剣を見せておくれよ!」
イカルガもまた銃装剣を構え進む。
激突、二本の剣が交差し軋みをあげた。
互いに強化魔法が適用されており鍔迫り合いにもつれ込む。
推力、膂力ともにイカルガが勝り。
トイボックスは徐々に押し込まれてゆくように見え、しかしエルは愉しそうに笑みを深めた。
「力比べも楽しいものですが、魅せろというなら御覧に入れましょう。この“イカヅチ”の真価を! 推力点火!!」
トイボックスマーク2が装備しているのはただの剣ではない。
その銘を魔導剣“イカヅチ”――トイボックスのために用意された最新鋭装備なのである。
魔導剣たる“イカヅチ”の背の部分には多数の超小型マギジェットスラスタが装備されている。
それらが一斉に炎を吐き、推力が二機の均衡を崩した。
「またも妙なことをしてくる!」
「まぁだまだです! さぁ音に聞き目に焼き付けてくださいね!」
その銘が示す通り、“イカヅチ”に内蔵されているのは雷撃の系統魔法である。
目覚めを命じられた刀身が眩い雷光を迸らせた。
推力はなおも荒れ狂い、銃装剣を押し込んで。
「雷震倶烈破!」
逃れようもなき鍔迫り合いからの雷撃。
視界を眩く染める雷光の脅威に、ウーゼルは叫んでいた。
「“私”よ!」
途端、虹色の紐のようなものがイカルガの全身から這い出てくる。
触れるやいなや破壊的な雷光は端からかき消され、空は凪いでいった。
「魔法生物……なるほどそうでしたね。外からの法撃による撃破は難しいと」
エルはふぅと息を吐くと“イカヅチ”を一気に振り切った。
力尽くでイカルガと距離をあける。
「焦ったよエルネスティ君……“私”が共にいなければ危ないところだった」
「それはそれは。僕としては幻晶騎士同士で戦いたかったところですが」
「“私たち”はもはや離れがたき存在なんだ。共に戦うのは当然のことだよ」
不満げな様子を隠しもしないエルに、ウーゼルはにぃと笑みを浮かべる。
「そして“私たち”は気付いた。君にこれ以上の好き勝手を許すのは、面白くないってね!」
瞬間、執月之手に続き機動法撃端末群が切り離され宙に舞った。
「圧し潰してあげよう!」
「そうです、ようやく辿りついたのですね。法撃能力こそイカルガの力の源。ですが……」
全騎投射――舞い踊る端末群が一斉に法撃を吐き出す。
視界を埋め尽くすような法弾の嵐に、しかしエルに怯んだ様子はなく、むしろどこかつまらなさそうにトイボックスマーク2を操った。
「目の粗い投網を振り回すようなもの。単騎で相手するならば躱すくらい、容易なのですよ!」
法弾まどまるで目に入らぬとばかり、トイボックスマーク2が全開で前進する。
まったく速度を緩めず、にも関わらず全ての法弾をかわしながら接近してくる姿にウーゼルの表情が引き攣った。
「ひとつくらい当たってみたらどうかなぁ!?」
「ご遠慮します。わざと当たってあげるなんてただの失礼ですから」
その間ウーゼルは呆けっと見守っていたわけではない。
銃装剣を構え、狙いをトイボックスマーク2に定めている。
「だとしてもこの距離で避けれるのかなぁッ!?」
単体で最強の火力を誇る轟炎の槍に対し、トイボックスマーク2は当然のように真正面から突っ込み。
あわや直撃すると思われた瞬間、少しだけ横にズレる。
法撃の余波がチリチリと蒼い装甲を炙ってゆく。
直撃しなければ被害は抑えられる。だからといって実行できる騎操士がこの世に何人いることか。
「……!?」
もはやトイボックスマーク2は目の前。
ウーゼルは反応できない。
イカルガを守らんと指示を待たずに魔法生物が出現し。
「法撃が来ると思いましたか? ひとつ教えて差し上げましょう。強化魔法の恩恵を受ける幻晶騎士は……五体全てが武器になり得ると!」
トイボックスマーク2は“イカヅチ”を振るわない。
その代わりに身を翻して足を伸ばし――飛び蹴りの姿勢をとってイカルガに突っ込んだ。
どてっぱらに蹴りが突き刺さる。
全高九mを超す巨人兵器が速度に乗って激突したのである。
いかに強化魔法の恩恵を受けようと、衝撃の全てに耐えることなど不可能だった。
「ぐぅっ……がぁぁぁおぁっ!?」
操縦席が潰れなかったのはひとえにマガツイカルガニシキの圧倒的な出力のおかげだった。
しかし彼には衝撃に耐える余裕すら与えられない。
吹き飛ぶイカルガへと追いつき、トイボックスマーク2が強引に腕を掴む。
「もっとご賞味ください、ロボット同士の格闘の妙味を! 推進逆投げッ!!」
トイボックスマーク2が片側のマギジェットスラスタのみを点火。
推力で強引に高めた回転力でもって質量の差をひっくり返す。
マガツイカルガニシキの巨体を無理やりぶん回し、地表へ向けて投げ飛ばす。
ぐるりと天地を入れ替え、鬼神が強かに地面へと叩きつけられた。
蹴り飛ばされ地面に打ち付けられ、それでもマガツイカルガニシキは健在だ。
まったく頑丈な機体である。
「なぜだ、“私たち”だって最強なんだ! なのになぜこうまで一方的にやられる……!?」
ウーゼルは叫び勢い込んで起き上がる。
瞬間、影が落ちた。
太陽を遮り迫る巨大な足の裏。
「これで終わりなどと誰が言いましたか!」
推力全開でトイボックスマーク2が飛び込んでくる。
無慈悲な踏みつけ攻撃が、起き上がりかけたイカルガを強引に地に沈めた。
そのまま推力で押さえつけイカルガの膂力に対抗する。
「おぐあぁぁぁっ! なんていう屈辱を! “私”よ! あれをどけろぉ!!」
同時、イカルガから出現した紐状の魔法生物がトイボックスマーク2へと絡みついてゆく。
「魔法生物がッ! ロボ同士の戦いになんという無粋をッ!!」
エルの反応は素早かった。
源素晶石でつくられた短剣を抜き放ち、絡みつく全てを瞬く間に切り刻む。
しかしその隙にマガツイカルガニシキが推進器を全力で駆動し、踏みつけの体勢から逃れ出ていた。
「俺たちはいったい……何を見ているんだ」
己が目を疑うような光景だった。
マガツイカルガニシキ――紅隼、白鷺騎士団の総力を結集した猛攻を単騎で凌いで見せた最強の騎体が、たった一機の幻晶騎士に叩き伏せられている。
新人騎士たちは己の頬をつねりそうになっていた。
それも銀鳳騎士団出身の騎士たちにしてみれば何の不思議もない。
「確かにイカルガは最高の器と言える。だがしかし所詮、器は器でしかない。あれが最強と呼ばれるのは、つまるところ最強が操っていたからだというつまらない結論に落ち着く」
「それにしてもこわい。あんなに楽しそうなエルネスティは相手にしたくないねぇ……」
そう、エルネスティは気分屋なのである。
ただでさえ強力な騎操士であるのに、気分が乗ると尚更に実力が上がるのだ。
あんなにも楽しませてしまってはそれこそ師団級魔獣でも持ってこないと止められない。
というかもはや師団級程度では止められないまである。
ディートリヒはかつて見た景色を思い出してぶるりと震えた。
その時、エドガーがふと我に返る。
「さすがにまずいな。全軍出撃、周囲の安全確保に全力を注げ! 重ねて厳命する、絶対に手を出すなよ。あんな戦いに剣を差し挟める者などいない。迂闊なことをすると……最悪死ぬぞ!」
「そりゃそうだ、今のエルネスティに加減を期待するのは無理だからね」
これだけ舞い上がっていればもちろん、周囲への気配りなんてすっかりと抜け落ちているに違いなかった。
上空に浮かぶトイボックスマーク2カスタム・ロビンが傲然とイカルガを見下ろしている。
最強の力を有するはずのイカルガは地に伏し屈辱に震えていた。
何故だ。
機体能力の差ではない、それこそイカルガの方が圧倒的に格上のはずである。
ならば理由はただひとつ――。
「まだでしょう。あなたは何者ですか、マガツイカルガニシキ。僕の最高傑作ですよ? この程度で怯むなど恥を知りなさい! さぁ早く早く! 立ち上がって剣を構えてください!」
絶望がそこにあった。
人の形をとって笑っている。
楽しそうに。
嬉しそうに。
銀鳳騎士団大団長、エルネスティ・エチェバルリア。
フレメヴィーラ王国においてその名を知らぬものは一人としていない。
長く病床にあったウーゼルすら名と活躍を耳にし。
そして今実力のほどを目の当たりにしたところである。
「化け物め……!」
魔法生物などまったく生温いではないか。
彼こそ魔獣よりも恐ろしい何かではないかと、ウーゼルはわりと真剣に信じている。
「何を使えば抗える……!? いったい“私”はどうすればいいんだ!」
ウーゼルには圧倒的に経験が足りなかった。
逆境を打破する底力がない。
窮地をかいくぐる知恵がない。
そして何より己を昂らせる勇気がなかった。
「そちらから来ないのであれば……そろそろ終わらせに、いきましょう」
ウーゼルの心臓が跳ねた。
来る。終わりが来てしまう。
エルにはそれが可能なことが今までの戦いからよくわかった。
「“私たち”はまだ終わりじゃあないッ!」
やる。やらなければならない。
ウーゼルは余裕も冷静さもかなぐり捨て、強く願った。
魔法生物が応える。
半ば以上融合したそれらはふたつにしてひとつの存在である。
かつてないほど活性化した魔法生物がマガツイカルガニシキの隅々まで浸透する。
“皇之心臓”が壊れそうなほどに高鳴り、莫大な魔力を生み出してゆき。
「“私たち”の自由を! 邪魔させはしないぃッ!!」
執月之手が、カササギ群が、そしてマガツイカルガニシキそのものが急上昇する。
開放型源素浮揚器の生み出す円環が急激に広がった。
端末群がトイボックスマーク2を取り囲み、あらゆる方角から一斉に法撃を放つ。
回避など絶対に許さないという執拗なまでの意志を込めた檻。
「うおぉぉぉぉッ!!」
そのど真ん中へと向けて、イカルガが二丁の銃装剣を向けた。
イカルガにのみ許された圧倒的大出力を余すことなく注ぎ込んだ、全力の法撃。
逃れることのできない絶対の破壊を目の前にして、エルは――。
「素晴らしい! それを待っていました!!」
――喜んでしまった。
彼が全身全霊を込め築き上げてきた愛機、“イカルガ”の全力と戦う。
待ち望んでいた状況に、歓喜を押さえられるはずがない!
待ちきれないとばかりにトイボックスマーク2が前進し、自ら法撃に突っ込んでゆく。
有象無象の法弾を切り払い、空いた隙間に機体を滑り込ませる。
ついでに背後から飛来した法弾を背中に目があるかのごとく当たり前にかわした。
全ての法弾は自分を狙って飛んできている、ならば弾道を読むことなど容易い。
あとは自分から動いてみせれば弾着までに時間差が生まれ、対処の余裕ができる。
そんなエルネスティ理論は当然、余人には理解できない。
だが銃装剣は別である。
マガツイカルガニシキの全力をもって放たれた轟炎の槍は、計算上かの“陸皇亀”にすら通用しうる。
「踏ん張りどころですトイボックス! これを破って! この想いを届けましょう!!」
迫りくる轟炎の槍を避ける素振りすらなく“イカヅチ”を構える。
超小型マギジェットスラスタ群に点火。
神速の斬撃が轟炎の槍の穂先を迎え打ち。
「轟きなさい! ライジングバースト……過剰駆動!!」
雷光は集い、眩く輝くひとつの刀身と化した。
一閃。
光の剣が轟炎を両断する。
破壊の炎を貫き、トイボックスマーク2が加速。
限界を迎えて火を噴いた“イカヅチ”を投げ捨て翔ける。
「来ると思っていたんだ! “私”だってぇ!!」
追い詰められればウーゼルとて成長する。
最高の一撃ですら倒しきれないと理解し接近戦に挑む。
トイボックスは剣を失った、ならば勝機はある!
交差した銃装剣で斬りおろし――。
「なぁにぃッ!?」
二本の銃装剣による一撃を、トイボックスマーク2は片手だけで受け止めた。
ウーゼルがぎょっとして目を見開く。
いったいどれほどの技量があればそんなことが可能なのか!
「烈炎之手ォ!!」
トイボックスマーク2の拳が猛烈な炎を放つ。
強力な強化魔法を適用されているはずの銃装剣に罅が走ってゆき、そのまま一気に破砕する!
「連弾!」
トイボックスマーク2はなおも前へ。
突き出された逆側の拳がイカルガの顔面を捉えた。
強化を超え鬼面を砕きながら燃え盛る拳がめり込んでゆく。
「撃滅ッ!!」
残る魔力を注ぎこみ最大出力で爆炎を放った。
突き刺さった拳が真っ赤に燃え、イカルガの頭部が砕け散る。
「ごぉがぁッッッ!?」
頭部だけではない。
被害は背面の魔力転換炉はおろか接続されていたシルフィアーネ三世まで達する。
シルフィアーネ三世の補助腕が耐えかねて折れ飛んだ。
二機の接続が失われたことでエーテル円環が霧散し、支えを失ったイカルガが落下してゆく。
執月之手が、カササギ群がガラガラと地に墜ち。
シルフィアーネ三世に抱かれるように、首のない鎧武者が大地に横たわった――。
ウーゼルは呆然と空を見上げていた。
エルネスティの攻撃はマガツイカルガニシキの機能中枢を的確に打ち抜き、しかし操縦席は無事に残したのである。
だが彼にはそこまで理解する余裕がない。
わかっているのはたったひとつの事実だけ。
「かっ……勝てない。どうやっても勝てないんだ……」
最後の攻撃は、間違いなく彼の為しうる最高の攻撃だった。
魔法生物とウーゼル双方が全力を尽くした。
だがエルネスティは易々とその上をいった。
何しろウーゼルの攻撃はロクな効果をあげず、一方的に痛めつけられるばかりだったのだ。
いったいどれほど隔絶した力を有しているのか。
最強の機体の称号などもはや空しい虚飾と成り果てている。
これが“格が違う”というものなのだ。
所詮己は借り物でしかない、真なる最強の前では容易く地金を晒してしまう。
「負ければ……どうなるのか。“私たち”は、また離れてしまうのかな……」
病から解放されてなお胸が締め付けられるような感触を味わうことがあると、彼はこの時知った。
今までにない深く激しい感情が後から後から湧き出てくる。
彼は長くじりじりと病に冒されてきたために、感情を爆発させるよりも先に諦める癖があった。
これほどまでに強い感情を抱いたのは生まれて初めてかもしれない。
「そんなことは許せない。“私たち”はひとつ。斯くあるべき存在なんだ……!!」
感情の爆発に魔法生物が反応する。
戦いを経てつながりを増したそれらは、より深くまで力を伸ばし――。
「うーん。ギリギリでしたね」
エルはトイボックスマーク2カスタムの状態を確かめて溜め息を漏らしていた。
マガツイカルガニシキを打ち破った、しかし無事にかというとそんなことはない。
トイボックスの両手は完全に焼け付いて使用できなくなってるし、無理をさせた推進器も調子がおかしい。
ぶん回した反動で関節は軋みを上げ金属内格には歪みが出ている。
さすがに機体を強化する魔力を削ってまで攻撃に回したのはやりすぎだったかもしれない。
とはいえイカルガを絶対に仕留めるためには守りなど考えている余裕はなかった。
さらにはあれだけ持ってきた武装も全て失ってしまっている。
すぐに墜ちるということはないが、ありていに言って満身創痍だった。
「ふふふ。イカルガとトイボックスマーク2カスタム! ともに全てを振り絞っての戦い、御美事でした!」
それで満足なのがエルネスティという人間なのだった。
戦場の空気を少しでも味わっておこうと深呼吸してから地上を確かめる。
「では後始末をしなければなりません……あれは?」
そこでは新たな異変が起こりつつあった。
首のない鎧武者がおぼつかない足取りで立ち上がろうとしている。
背面を破壊され動力系に異常をきたしたものの、イカルガはそもそも複数動力機である。
炉の切り替えを担当するエルという重要部品がいなくとも、魔法生物が補うことができた。
異変の正体はイカルガが立ち上がったことではない。
空を貫き七色の光が降りてくる。
光を編んで作られた帯、それは地上にあるはずのない――。
「真空のオーロラ! 魔法生物、まだあがくとは底知れない力ではあります……が、英雄たちの決着に割り込むなどやはり無粋ですね!」
トイボックスマーク2はこれまでの戦いで攻撃能力の大半を喪失している。
しかし目の前の事態を放置するわけにはいかない。
ぶつけてでも止めるかと考えていた、その時である。
「エルネスティ! イカルガを討ち取ったようだねぇ!」
「兄……いやウーゼルは生きているのか!?」
グゥエラリンデ、アルディラッドカンバーにジルバティーガがやって来る。
その背後には両騎士団が続いていた。
エルは機体の拡声器の出力を最大まで上げる。
「イカルガは破壊しました、しかし魔法生物が動いています! ケリをつけます。騎士団! 総員全力で攻撃!!」
「応!」
特に古株たちの反応は目覚ましかった。
まったく遅滞なく魔導兵装を構えると全力でぶっ放した。
嵐のような法弾がイカルガに集中し、あっという間に爆炎の中に姿を消す。
「魔法生物か、法撃は通じないぞ! 抜剣! 動きの鈍い間に叩き潰せ!」
指示したグゥエラリンデは既に双剣を構えて飛び出しており、後にすぐアルディラッドカンバーとジルバティーガが続いた。
法撃の煙が晴れた後、やはりというかイカルガは健在だった。
グゥエラリンデが斬りかかる。
イカルガは避ける素振りすらなく、速度の乗った斬撃を真正面から受け――。
「なに……っ!?」
甲高い音とともに刀身が飛ぶ。
グゥエラリンデの双剣が半ばより折れていた。
反撃を受けたわけではない。
ただイカルガにまったく歯が立たず剣のほうが折れてしまったのだ。
「馬鹿な! いくらイカルガが頑丈だからと、あり得ないぞ!?」
イカルガの“皇之心臓”はその並外れた魔力出力によって全身に強力な強化魔法を適用している。
確かに一般的な機体より頑丈かもしれないが、傷ひとつつかないということはない。
天から降り注いだ七色の光がイカルガへと吸い込まれてゆく。
すると全身の装甲から特徴的だった深い蒼色が失われてゆき、代わりに光沢のある銀色が浮かんできた。
地金の色ではない。
表面にうっすらと淡い虹色の光が揺らめき、絶えず万色に変化している。
確実にまずい何かが進行していることを察し、グゥエラリンデが即座に魔導剣を抜いた。
アルディラッドカンバーもまた同じように魔導剣を構えていた。
互いの考えなど言葉がなくともわかる。
寸分の狂いもなく同時に踏み出し、魔導剣を起動した。
「うおおお!!」
超小型マギジェットスラスタにより加速された刀身がイカルガに届く。
魔法生物すら構わず両断する必殺の一撃は、しかしイカルガが伸ばした両手によって受け止められた。
イカルガがそのまま魔導剣の刀身を握りつぶす。
強化魔法の徹った刀身をだ!
トイボックスマーク2ですら烈炎之手が必要だったというのに、今のイカルガは素手でやってのけた。
「な、なんだいこの硬さは!」
「知る限りイカルガにこんな力はない。魔法生物か!?」
打つ手を失った二機の目の前でイカルガにさらなる異変が現れる。
“形が変わる”――人型としての均整を失ってゆく。
腕は太く、さらに手から爪が伸びた。
脚には関節がひとつ増え、獣のような形をとる。
背部ではシルフィアーネ三世を取り込み一体化してゆく。
尾のように長く伸びた胴体はそのもの尻尾へと変化し。
鰭翼は大型化し蝙蝠の翼のようになった。
ついには失われたはずの頭が生えてきた。
怒りを湛えた鬼面はそのままに首が伸び、顎が大きく開く。
その姿はまるで怒れる龍神のごとく。
変異を続けるイカルガへとジルバティーガが向かう。
「……答えろ、ウーゼル! 貴様はッ……!」
エムリスの叫びに応えるように、イカルガだったものが起き上がった。
禍々しく、まるで獣のような躯体である。
膨れ上がった分全高も伸びており、ジルバティーガを見下ろしてくる。
「あアアア……ワタ……シ……は……ああっ……ぐきっきゃばっ」
龍の口が動き、人語のようにも聞こえる呻きが漏れた。
直後、イカルガだったものが苦し気に頭を抱えだす。
機械である幻晶騎士がそんな挙動を取るはずがない。
それはまるで何かしらの生物のようであり――。
「ぎゃあぉぉぉおおおおおォォォォォッ!!」
周囲が反応するより早く、白銀の姿となったイカルガが飛翔した。
すぐさま幾重にもエーテル円環が出現し莫大な浮揚力場を発生させる。
どこまでも。
源素浮揚器の限界高度をあっさりとぶっちぎり、瞬く間に星の高みまで。
ソレは何ものの追跡も許すことなく、戸惑いだけを残して姿を消したのだった。
ボロボロのトイボックスマーク2が地上に降りる。
限界を迎えていた機体に膝をつかせ胸部装甲を開く。
奥から顔を出したエルが眩しそうに空を見上げた。
「イカルガが見せたあの防御力、あの色……。僕は、あれを良く知っている」
後方にいたトイボックスからはイカルガが変異してゆく様子がよく見えていた。
「この世の何よりも硬く、七色に煌めく金属。そんなものはひとつしかありません……まさか、己の素材を置換した?」
いったい何が起こっていたのか、外から窺い知ることは難しい。
だが推測ならば可能である。
「そしてあの出力、すでに本来のイカルガを凌いでいました。もはや違う存在なのでしょうね。幻晶騎士と、騎操士と……魔法生物が一体となって生み出した、新たな魔獣」
まるで龍のごとく変化した頭部から言葉を放っていた。
おそらくあれは幻晶騎士のように操縦する必要はなくなっているのだろう。
「ならば新たな名が必要でしょう。“イカルガ・シロガネ”! かつての生みの親として、僕からあなたへの最後の贈り物です」
聞こえているはずなどないが、空に一筋の光が走ったような気がした。
「また会いましょう。僕たちの縁がこの程度で終わることなどありえません。それに次はアディも招かねばなりませんから。こんなに楽しい戦闘に妻を呼ばないなんて、ロボ好きの名折れですからね!」
勝手に頷くと上機嫌で機体から飛び降り、颯爽と歩き出したのだった。
イカルガ・シロガネ
ウーゼルの意思と共鳴した魔法生物がイカルガの機体そのものを取り込んで融合した存在。
融合の過程で変質をきたし、元となったイカルガから大きく見た目が変化している。
エーテルの操作が可能な魔法生物としての能力を生かし、装甲材質を精霊銀へと置換している。
精霊銀は地上における最高強度の物質であり、物理的な破壊は極めて困難となった。