#206 激怒
法撃の爆発による振動が床を伝わってくる。
戦いは続いている。銀鳳騎士団旗騎と紅隼・白鷺騎士団の激突が。
「馬鹿な。そんなことが……」
国王リオタムスは絞り出すように呟いた。
シュレベール城の最奥部。
王族のみしか出入りを許されないその場所には現国王であるリオタムス、先代国王であるアンブロシウスと第二王子エムリスが勢ぞろいしていた。
父親は肘置きを軋むほど握り締め、祖父は瞳を伏せる。
ともにエムリスの口から語られた内容をにわかには受け入れられないでいた。
「……少なくとも、俺がこの目で見た事実だ」
それは伝えたエムリス自身にとってすら同様である。
イカルガに乗った兄の突然の豹変。
おそらく原因は魔法生物であり、それはイカルガの躯体に潜んでいたモノだろうと。
「イカルガに? 今まで排除できなかったのか」
「俺にもよくわかっていないが、少なくとも銀の長が操っている間は何の予兆もなかった。あれに魔獣が潜んでいるなど俺には……いや銀の長自身も想像すらしていなかったんだ」
「なぜウーゼルなのだ……」
リオタムスの疑問に答えられる者はいない。
俯いてしまった彼の代わりにアンブロシウスが口を開いた。
「魔法生物と。つまりは魔獣に憑かれたということか」
「そうなのだと思う。だが魔法生物とは空飛ぶ大地であったきり。それも天を衝くような巨大な奴だ。撃退こそすれ、何ができるのかまったく把握していない」
「ふうむ。詳しく調べる余裕もなさそうであるしな」
戦いの喧騒は徐々に近づいてすらいるように感じられた。
おそらく話し合っていられる時間はそう長くない。
「確かに魔獣が原因なのは疑いない。だが……俺は聞いた。兄上の声を」
イカルガの上に立った兄の顔、兄の言葉。
瞼に残る光景が未だに信じがたい。
「あれは確かに歓喜だった。一片の苦しみすらなく、魔獣を受け入れてすら……!」
その時アンブロシウスがエムリスの腕を掴み、彼はハッと我に返った。
力を籠めすぎた拳からは血の気が引いている。
「目の前のものに囚われすぎるな。感情に頼るのは楽であるが、短慮は過ちを招く」
「すまない、じいちゃん……」
「魔獣という要因があったとはいえ、あれはイカルガを奪って最初にこの城を狙ってきた。ただの獣ごときが考えるところではあるまい。ならば……」
「恨んでおりますか」
誰をとは言わない。
リオタムスの呟きにアンブロシウスはゆっくりと首を横に振った。
「人の心が全て清いなど在り得ぬことよ。あれにも抱えるものがあった。だがそれだけということもまた、在り得ぬ」
振動。
ウーゼルはイカルガという最強の幻晶騎士を奪ってがむしゃらに暴れ続けている。
まるで駄々をこねる幼子のように。
「人に憑りつく魔獣。おそらくはウーゼルの持つ昏い心につながり、映しておるのだ。怒りであれ憎しみであれ、強い感情は強い力を引き出すからのう。わしはそう見ている」
エムリスがはっと顔を上げた。
「だったらじいちゃん! 魔獣と引き離しさえすれば兄上の心は元の姿を取り戻すかもしれないんだな!」
勢い込んだ様子の彼をアンブロシウスが戒める。
「短慮を慎めと言ったであろう。いずれにせよ確証などないのだ。それに離せるともかぎらん。ウーゼルの身体は弱り切っておる、耐えきれるともな……」
だからこそウーゼルには大きな自由が与えられていた。
エムリスが唇をかむ。しかしアンブロシウスの言葉には続きがあった。
「だとしても、事ここに至っては止めねばならぬ。たとえ先が短かろうともウーゼルには人として、王の一族として刻んできた誇り高き人生があった。魔獣などにいいようにされて終わるなど言語道断であろう」
止める。
その言葉の意味するところを理解し父子が息を呑んだ。
「その役目、私がやりましょう」
それまで黙して考え込んでいたリオタムスが立ち上がる。
アンブロシウスが慌てて振り向いた。
「お前もかリオ、落ち着かぬか! あれはよりによってイカルガを奪いおったのだぞ。今も騎士団総がかりで仕留め切れておらぬ。王ともあろうものがしゃしゃり出て良い場面ではない」
イカルガがどれほど尋常ならざる存在かは彼ら王族も良く知っている。
何せ単体で師団級魔獣を相手取ることすら想定しており、現に騎士団に包囲されながら倒される気配すらない。
加えてウーゼルの感情に従って動いているとすれば、国王が出てゆけば優先して狙われる可能性が高かった。
「しかし! ここでウーゼルを止めてやらねば何が父親でありますか!」
「耐えよ、リオ。おぬしは確かに父親であるが、同時にフレメヴィーラの国全てを背負う立場にある。今はまだ出番ではない……」
「ならば俺に行かせてくれ」
「エムリス!」
「騎士団の邪魔はしない。連中とはクシェペルカで轡を並べたんだ。俺ならばともに戦うことができる!」
瞳に強烈な決意を浮かべた様は容易には説得できそうにない。
一度覚悟を決めてしまったら梃子でも動かない、アンブロシウスは良く知っていた。
何せ彼自身の若いころもそうだったのだ。血筋というものを感じざるを得ない。
「貴様の乗騎、ゴルドリーオはどうした」
「うっ……! 急いでたんで置いてきちまった。悪い、カルディトーレを借りるぜ」
「まったく馬鹿孫め。あれと戦うにカルディトーレでは荷が重かろう」
アンブロシウスが放り投げてきたものを反射的に掴む。
手の中にあったのは銀の短剣――紋章式認証機構の、鍵。
「使え。あやつの言うところ見た目以外に違いはないそうだからな。自らの手で真を明らかにしてくるがよい」
「ありがとうじいちゃん! やって見せるぜ!」
走り去ってゆく息子の背を見送り、父親が肩を落とした。
「結局、子供たちに背負わせてしまうとは。己が情けない」
「堪えよ。将というものは最後までどっしりと構えておかねばならん。そうでなければ兵たちが良く戦えぬからな」
リオタムスは祈りと共に天を仰ぐ。
「頼んだぞエムリス、そして騎士たち。不甲斐ないこの身に代わってウーゼルを……止めてやってくれ!」
銀の虎は専用の整備場で静かに佇んでいた。
エムリスは機体を見上げてニィと笑う。
「今日は主が違うが我慢してくれよ! お前の力が必要なんだ」
魔力転換炉の出力を上げる。
咆哮のような吸気音を響かせ、銀の虎が立ち上がった。
「出るぞ、鷲をここに!」
奥より一騎の無人騎が運ばれてくる。
ところどころ黄金の色合いを持つ翼がジルバティーガの背へと接続された。
元々は金獅子用に開発されていたエスクワイアである。
兄弟機であるジルバティーガの背にも良く馴染み、しかし色合いだけがちぐはぐだった。
翼がわりの可動式追加装甲を開き、“ジルバティーガ・イーグル”が大空へと進み出る。
「兄上……今ゆくぞ!」
舞い上がればそこは激戦の最中だった。
地上からは熾烈な法撃が放たれ、それに拮抗するかのように空からも撃ち返されている。
可動式追加装甲を持った幻晶騎士が城への被害を防ぐべく駆けまわっていた。
しかしイカルガの持つ銃装剣は強力であり、完全には防ぎきれず被害を許している。
空には紅と白の機体。
法撃の間を縫って果敢に攻めたてるが墜とすには至っていなかった。
「来たぞ兄上! これ以上の凶行は俺が止める!」
黄金の翼を広げてジルバティーガ・イーグルが接近してゆく。
マガツイカルガニシキが戦いの手を止めて向かい合った。
「ああ、来ると思っていたよエムリス。そして来てくれねば兄として悲しみを覚えるところだった。騎士をけしかけてくるだけかとね!」
「その言葉を発しているのは……兄上か、それとも魔法生物か!」
「どちらも正解であり、間違いでもある」
直接言葉を交わし、エムリスは確信を深める。
会話の中に人としての理性を感じる、ウーゼルの意識は完全に魔法生物に支配されているわけではないと。
「待っていてくれ兄上。今その魔法生物を引き剥がして元の兄上に戻してみせる!」
イカルガの操縦席でウーゼルは呆気に取られていた。
言葉を失い、直後に破顔する。
「くくく、くふふふふふ。はーっはっはっは!! ああなるほど! お前の目にはそう映っていたんだね? 何とも浅はかだなぁ!」
「なん……だと」
「“私たち”は既に人に非ず、魔法生物に非ず! 不離一体の新たな存在となった!!」
「兄上……ッ!」
イカルガが銃装剣を振りかざす。
いつでも攻撃できる体勢。重圧にエムリスが息を呑んだ。
「もう兄上などと呼ばないで欲しいな。人であることが“私”に何を与えた? 苦しみか? 死への恐怖か? 役目を果たせぬことへの絶望か!? そのどれだって要りやしない!」
「それは……」
「“私”と出会って“私”は気付いたんだ。かつては魔獣と戦い、雄々しく死ぬことを夢見ていた……。だが違った、逆なんだよ! 騎士たちと戦って確信した……“私たち”自身が魔獣となるべきだとね!!」
ウーゼルの声で、かつて穏やかに語り合っていた時と同じ声で悍ましい言葉を叫ぶ。
エムリスにはもはやそれが兄であったなどと信じられそうにはなかった。
「何故だ……何を言っているんだ!」
「だから“私たち”はもたらそう。フレメヴィーラ王国の宿敵らしく、禍いをね!!」
構えた銃装剣が展開する。
魔力が迸り、全てを焼き尽くす轟炎と化して放たれた。
白鷺騎士団の騎士たちが立ちはだかる。
しかし彼らの消耗は限界に達しており、防ぎきるだけの余力がなかった。
王城の壁が砕け破壊が広がる。
「ようく……わかった。兄は死んだ。魔法生物と遭遇したあの時! 人としての死を迎えた! ここに在るのは抜け殻に過ぎん!!」
「ああ嬉しいよ。ようやく理解りあえたようだ」
喜色すら感じさせる声音に、エムリスは表情を歪める。
このような結論は望んでいなかった。
しかしウーゼルの姿をしたこの“魔獣”を見逃すことだけは決してできない。
「ならば倒す。人に仇なす魔獣は斃す……それが! 俺たちの、王族たるものの使命だ!!」
グゥエラリンデとアルディラッドカンバーがジルバティーガの隣に並ぶ。
「お前たち、話は聞いていたか」
「はい。これ以上の被害は俺が許しません」
「若旦那、あれは必ず墜としますよ。エルネスティが言っていた、それが銀鳳騎士団にいた者の責務だとね」
「わかっている。俺からも頼む。あれを……兄であったものをここで止めてくれ!」
「承知!」
「もとより!」
紅、白、銀の幻晶騎士に囲まれながら、ウーゼルから余裕が失われることはない。
「ははははは素晴らしいよ! 楽しいなぁエムリス! 思うがままに暴れられるっていうのはさ!」
「それ以上! 兄の口でほざくな!」
ジルバティーガの突撃をかわし、その先に斬り込んできたグゥエラリンデと切り結ぶ。
力任せに押し返したところでアルディラッドカンバーからの法撃を飛び退って避けた。
攻撃に備えながらエムリスは考える。
「(兄上……いや、ウーゼルの腕前はお世辞にも高くはない。どれだけ座学で学ぼうと、身に染みていない動きは出てこないものだ)」
だが事実として彼と二機の騎士団長騎を相手に渡り合っている。
もはやイカルガの性能だけでは説明がつかない。
「あの動き、まるで銀の長を見ているようだ。ウーゼルでなくば、イカルガが覚えていたとでもいうのか?」
実は当たらずとも遠からずである。
イカルガはエルが手塩にかけて調整してきた特注のなかの特注騎である。
搭載された魔導演算機にはエルの動きを補助するための数多の術式が収められている。
奇しくも魔法生物は魔法術式を読める。
そのためにイカルガの動きをどんどんと学習しているのである。
「ああ、なんて気持ちがいいんだ。わかる、わかるよ。この身体が“私たち”に力を与えてくれる!」
「すぐに終わらせてやる!」
再び三機の攻撃を凌いだところで地上からの法撃がイカルガを狙う。
ゆるく回避しながら、時折直撃するものだけ可動式追加装甲で弾いた。
「うーん。そろそろ邪魔だね君たち」
そうしてマガツイカルガニシキが地上へと降りてゆく。
狙うは大通りを爆走する人馬騎士と、背後に牽かれた荷馬車だ。
「おうわー!? こっち来たぜーッ!」
「マッズ。全軍迎撃!」
紅隼騎士団の機体が全力で法撃を開始する。
もはや余力など残している場合ではない。
彼らの全力の抵抗は、しかし実を結ぶことはなかった。
「これくらいのこと“私たち”にもできるよ!」
機動法撃端末群がイカルガの後を追って法撃を開始する。
王都の石畳を穿ち、爆発が土煙を噴き上げた。
「オラァ! 総員降車! 抜剣即突撃!!」
「イィィエェェフゥーラッシャァァァ!!」
法撃での応戦が困難とみるやすぐさま、荷馬車を蹴り倒す勢いで幻晶騎士が飛び出してゆく。
法撃の雨を意に介せず、あらゆる方向からイカルガへと斬りかかった。
「おっと、出迎えないとね!」
イカルガがその多腕に武器を構える。
様々な得物を手に襲い掛かってくる騎士たちを怯むことなく迎え討った。
「く、押しきれねー! 膂力の違いがマジやべーぞ!」
「後ろは法撃で押し返されんぞ!」
イカルガは世にも珍しい一対多を想定して作られた機体である。
エルネスティという強力すぎる騎操士の力を生かすためにはそうならざるを得なかったとはいえ、それが今最悪の結果を導き出していた。
「まったく化け物だな! 二騎士団の総がかりなんだぞ!」
紅隼、白鷺騎士団による総攻撃。
間違いなく現在のフレメヴィーラ王国において最強と呼ぶにふさわしい強者たちの全力を相手に、しかしマガツイカルガニシキは小動もしていない。
まるで悪夢という他ないが、だからこそ誰もが心から理解した。
ただの旗機に止まらず、それそのものが銀鳳騎士団を体現する存在であると。
「下がりたまえ! あとは我らがやる!」
最後まで食らいつくのはやはり銀鳳騎士団で中隊長を務めていた二人であった。
アルディラッドカンバーの法撃をかわしグゥエラリンデの斬撃から逃れたところでウーゼルは首を傾げる。
「お前たちだけなのかい? エムリスは怖じ気づいてしまったのかな。なんて残念なことだろう」
弟の姿がない。
威勢のいいことを言っておきながらもう脱落してしまったのか。
「だが心配はいらないよ。お前たちを斃せば慌てて飛び出してくるだろうから!」
的が減った分、カササギ群と執月之手の攻撃が全て二機に向かう。
猛攻に晒されながらしかし、それは彼らの狙い通りであった。
「お前こそ自らの心配をすべきだったね!」
「仮にも兄というのならば知っておくべきだ。若旦那は諦めの悪い御仁だと!」
「なに……ッ?」
ジルバティーガ・イーグルは戦闘を離脱したわけではなかった。
それは今大地に両足を踏ん張り、魔力を溢れんばかりに溜め込んでいる。
「ディートリヒ! エドガー! 見事だった!」
騎士団の総攻撃、そして騎士団長騎の奮戦によってイカルガは釘付けとなっている。
狙うならば今。
「力を貸せ、イーグル!」
エスクワイアに内蔵された紋章術式が展開し、ジルバティーガへと接続される。
専用に開発されたエスクワイア・イーグルはゴルドリーオが持つ最強の魔導兵装をさらに強化する能力を有する。
それは当然、兄弟機であるジルバティーガにとっても然りであり――。
「兄上、これで去らばだ!! 喰らえ、真・獣王轟咆!!」
強化連動型魔導兵装“真・獣王轟咆”。
限界以上まで凝縮された大気が解放され、圧倒的な密度を以て放たれる。
あらゆる存在を粉砕する大気の暴威を前に、ウーゼルは正面から抗った。
「やるなぁ! だけど“私たち”だってまだまだ全ての力を出し尽くしてはいないんだ! さぁ見せてあげなよ“私”ィ!」
晴天に霹靂が啼く。
執月之手とカササギ群が集まり、強力な雷撃の系統魔法を放った。
それらは絡み合い、イカルガの周囲を編み籠のように覆って――。
「受けて立つよ! この“雷霆防幕”でね!!」
それは西方最強たる機械の竜が用いた、攻防一体の連動型魔導兵装。
眩い雷と轟風が激突する。
あらゆるものを飲み込む轟風はしかし、降り注ぐ雷の群れによって削られ食らい尽くされていった。
それらは共に魔法現象。
激突した場合、勝敗を決めるのは込められた魔力量に他ならない。
「馬鹿な……。防がれただと!?」
そうして必殺の轟風は鬼神の雷によって下された。
魔力貯蓄量の大半を消耗したジルバティーガが膝をつく。
今の一撃はまさに全身全霊を賭した必殺であった。
もはや銀の虎に余力はない。
だがマガツイカルガニシキは違う。
師団級魔獣の心臓を持つ化け物は魔力切れという言葉とは無縁である。
悠然と空にあり、憐れな獣を見下ろした。
機動法撃端末がうるさく飛翔し、ジルバティーガを取り囲む。
丁寧に退路を断ってから銃装剣を突きつけた。
「確かにね。エムリス、これで去らばだ。かつて弟であったものよ」
銃装剣へと魔力が流れ込んでゆく。
赤々と輝く轟炎の槍が生み出され、全てを破壊すべくまさに放たれんとし。
――光が瞬いた。
はるか彼方の空に輝いた光が、常軌をブッ千切る速度で接近してくる!
「いいいいいいいいいいいいいいかあああああああああああああるううううううううううがああああああああああああ!!!!!!!!!!」
限界まで振り絞って飛翔する、執念の塊。
ほんの微かにすら減速せずむしろガンガンに加速しながらマガツイカルガニシキへと突っ込んでゆく。
「んなっ!?」
そのまま衝突したら諸共に潰れるだろうとか、正気を疑う暇すらなかった。
ウーゼルが反応するより早くそれは眼前に迫っており。
「そぉぉぉの壱! 小手調べの対大型魔獣用破城鎚改!!」
馬鹿みたいに太くて長い槍――むしろ鉄の柱と表現する方が正しい――を構えたまま一切の加減なく突撃を敢行してくる。
「うっおぉぉぉぉぉ!?」
彼が何かするより早く魔法生物が動き出した。
既に避けるだけの余裕はない。
有り余る魔力を注ぎこみ嵐の衣の出力を上げ、さらに強化魔法を振り絞った。
真・獣王轟咆を上回る衝撃が嵐の衣を食いちぎる。
多腕を繰り出して迫りくる槍を掴み防ぐ。
師団級魔獣すら貫きそうな攻撃を受け止めきった、マガツイカルガニシキの出力を褒めるべきであろう。
しかし機体は無事でも勢いまでは止めきれない。
槍を受け止めた姿勢のままふっ飛ばされる。
王都の上空を軽く飛び出し、オービニエの山肌まで。
「このままではッ!」
迫りくる山肌を前に慌てて動き出す。
全力を振り絞って槍を投げ捨てるとそのまま上昇する。
眼下では槍が山肌に突き刺さっていた。
相当な重量がありしかも速度が乗っている。
衝撃で山肌は抉れ派手な土煙が吹き上がった。
「なん……だいこれは。いったい何者だい!?」
振り向いたマガツイカルガニシキの視界に、蒼い騎士がいる。
全体を蒼に染め、いくらかを金と銀色に塗り分けている。
奇しくもイカルガを彷彿とさせる色合い。
当然だ、何せそれらは同じ人物によって設計された兄弟ともいえる機体なのだから。
その名は“玩具箱之弐式改・ロビン・完全武装”。
操る騎操士の名は――。
「来ましたよ、僕が来ましたよ! 貴方の望みどおり戦いましょう! 貴方の願いどおり立ちはだかりましょう! さぁ戦いの始まりです! 存分に、死ぬほど楽しみ尽くしましょうね!!」
銀鳳騎士団長、エルネスティ・エチェバルリア。
最高潮にて来る。
玩具箱之弐式改・ロビン・完全武装 (書籍版:参式改)
元々はエルネスティが試験用に建造した機体。
奪われたイカルガとの戦闘のために駆り出され、その際に積めるだけの武装を取り付け乗っけて飛び出してきた。
いわばエルネスティの祭りをそのまま形にしたものといえる。