#199 彼らは真面目に働いています
銀鳳騎士団の本拠地であるオルヴェシウス砦は、今日も鍛冶師の振るう鎚の音で満ちている。
「仕上げ終わりー! 通りまーす!!」
掛け声とともに幻晶甲冑たちが台車を押してゆく。
上に寝かされているのは身の丈9mにも及ぶ鋼の巨人――幻晶騎士である。
「おう坊主、ご注文の品だ」
親方が額の汗を拭う。
これは彼ら鍛冶師隊の手になる新造機。その名を――。
「お待ちかねの“玩具箱之弐式”の完成ですね!」
「やれやれまさか坊主の玩具をまた作ることになろうたぁな。前回ん時ゃ大旦那誤魔化すのに大変だったんだぞ」
すっかりとエルネスティお決まりの色となっている蒼に塗装された機体。
名を継いだだけあって外見そのものは初代トイボックスから大差ない。
目立つところでは背中に断刃装甲がなく通常の補助腕となっており、より素の状態に近かった。
「大丈夫です。初代トイボックスは空飛ぶ大地で全機能を満足したので、もうバレることはありません」
「こいつ……」
初代は鉄屑となり空飛ぶ大地に散った。
その時のことを思い出し、横で話を聞いていたアデルトルートが眉をひそめる。
「エル君? またへんなのついてないよね?」
「……もうやりませんよ。安心してくださいアディ」
じとっと睨んだままのアディからすっと視線を逸らして、エルは力強く頷くのだった。
「ともかく! これで試験機体も用意できたのでもっと試験が捗りますね」
「まぁな。イカルガであれこれやんのはちぃと面倒だ」
何と言ってもイカルガは現役で銀鳳騎士団の旗騎であり戦力なのである。
いかに銀鳳騎士団が開発に重きをおく集団だとはいえ、騎操士であるからには有事に戦力として働かねばならない。
いざ出撃という時になって試験中の機器をつけたままにしているわけにもいかないのである。
「安心して好きなだけ実験ができるというのは素晴らしいことです」
「おめーに好きなだけやられたらこいつも三日で屑鉄になんだろ」
「そんな勿体ないことはしませんよ。……多分」
エルはうんうんと頷いているが、周囲もまたそんな彼のことを全く信用しておらず。
「三日もつと思う?」
「もたねぇに食堂のメシ一食、だな」
「私デザートも欲しい」
「おいコラ」
そんな声が聞こえて来たりするのだった。
ちなみにこの四日後。
トイボックスマーク2は先だってのブースターユニットを背負っての飛行試験で、離陸時にバランスを崩して地面に突っ込みあえなく大破したのだった。
「……ふふふ。この大型ブースターユニットを背負って飛ぶのは、どうやらお勧めできないようですね」
「よくまぁケロっとしてやがる。久しぶりに冷ッとしたぜ」
「そうだよ。やっぱり次の試験機体は二人乗りにしてほしーし」
「いや犠牲者が増えるだけだろそりゃ」
己の大推力のあまり地面にめり込んだブースターユニットを騎士団のカルディトーレ隊が掘り起こしているのを遠巻きに、エルたちがぼやきあっていた。
アディのわがままを一蹴した親方が溜め息を漏らす。
「本当に昔っから変わんねーなおめーらも」
「そんなことはありません、僕とて何度も同じ轍は踏みませんとも。今ならばどんな事故が起ころうとも無事に生還できるよう、防御用の魔法術式をたっぷり用意してから試験に挑んでいます!」
「そもそも事故らねーって選択肢はねぇのか!」
「失敗とは次なる成功の若木ですから。恐れていては前進できないのです」
無理そうだった。
「この調子でオメーの言う試験なんぞやってちゃあ命がいくつあっても足りねーぞ」
「だから僕自身が担当しているのですよ。他の方だと対処が難しいかもしれませんし」
「私にはたまにやらせるくせにー」
「アディのことは信頼していますから。ね、僕の一番弟子さん」
「……そんなんじゃ誤魔化されません」
がっしりとエルを抱きしめて頬ずりしているのでは何をかいわんや。
「そうかい。言って俺もいつまでもおめーらの心配してるほど暇じゃあねぇ。トイボックスも修理すんだろ」
簡易イカルガとでも言うべき特殊な機体だった初代トイボックスとは異なり、トイボックスマーク2は構造的にはさほどカルディトーレと変わりない。
そのため修復も、なんなら量産もそこまで難しいことではなかったりする。
「やれやれ。試験中にいったい何騎潰すつもりなんだよ」
「さすがにそんなに潰しまくるのは僕も忍びないです」
「たりめーだ。鍛冶師隊で反乱起こすぞ」
どれだけ簡単であっても実際にやりたいかどうかはまた別の話である。
鎚を構えて威嚇する親方をなだめながらエルは腕を組んだ。
「このブースターユニットですが。前にイカルガからの制御に成功したのは、イカルガ自体が飛翔可能だからですね。ブースターユニットだけで動きを制御するのはかなり難しいです」
「そりゃ単に使い物にならんってことじゃねーか」
「私はつけないからね」
「もちろん改良しますとも。制御機構について見直して、いずれにせよトイボックスの修復も必要なことですし。あわせてしまいましょうか」
「待て、何をだ。一気にややこしいことすんな」
こういう時のエルは危険である。
思いつくまま際限なく作業量が増えてゆき、結果として化け物が出来上がるまで止まらない。
今までに何回その罠にハマったことか。
「そうですね。確か、こういう時に使えそうな案がどこかに」
「ぐっ、坊主の無茶ぶりノートまで出やがった……!」
エルが荷物からひょこっと取り出した使い古された冊子。
びっちりと書きこみのなされた頁が連なるそれは、彼の思い付きが延々と書き連ねられた書物である。
うっかりと覗き込んでしまえば、まるで正気とは思えない無数の案を目にしてあたまがおかしくなると噂の狂気の書。
かと思えばひょっこりとエスクワイアの原型なんかが飛び出てきたりするので侮れない。
だいたい大変な目に遭うことになる鍛冶師たちからは特に恐れられていたりする。
「うん。これなんか良さそうですね」
「頼む、まっとうな形をしていてくれ……ふむ、当たりの方だな。ぱっと見はエスクワイアの改造案ってところか」
「そうですね。これは“流星槍作戦”が終わった後、あれを再現すべく考えた案のひとつです」
「一瞬でロクでもなくなったぞ。飛竜戦艦抜きでアレをやるだって?」
「正しくはマギジェットスラスタを超過駆動させずに実行する方法ですね」
記載されているあらましを眺めた親方が顎をなでさする。
「肝はエーテルか。空の上はほぼエーテルしかねぇって話だったが」
「はい。そんなエーテルの空でもやりようによっては浮揚力場を安定させることができます。ただし……」
「高純度エーテルの直接吸入と圧縮たぁな。これまでみたく魔力転換炉を濾過器扱いした日にゃあ速攻で死んじまうだろ」
「そこなんですよね。ですがエーテルの圧縮だけなら方法があるのは実証済みです」
「無理くりでもなんでも、確かに一度やったことがあるってのは事実か」
実行するのに多数の飛翔騎士、竜闘騎、挙げ句の果てに飛竜戦艦を使い捨てにするだけである。
一回やるだけでちょっとした小国程度なら簡単に傾くくらいの費用がかかるが、不可能とは言わない。
「如何に銀鳳騎士団が大旦那から自由を許されてるとはいえ、さすがにぞっとしねぇぜ」
「もちろん僕だってそのままやろうとは考えていません。まず必要なのはとっかかりです」
エルの指が紙の上を滑る。
指し示した先にあるのは円環を形作る機器。
「僕は、その鍵は開放型源素浮揚器にあると睨んでいます」
「……なるほど。その辺の源素浮揚器にゃあ容器の大きさっつう限界が存在する。しかし開放型ならば、保持さえできるなら理論上は無限に出力をあげられるってぇことだな」
もちろん理論は理論であり実際には多くの制約がある。
今は方向性を定めることが重要なのである。
「ということで改良型エーテルリングジェネレータを搭載する新型エスクワイアを制御器として、ブースターユニットと組み合わせた高推力追加装備としてまとめてしまいましょう。かなり具体的になってきましたね!」
「何一つとしてまとまってねーよ。並べただけじゃねーか!」
「ふむ。まずは書き出してみましょう」
エルは傍らの黒板に向かうと即興で図を描き出した。
トイボックスマーク2を先頭に背後にはエスクワイア、さらにブースターユニットが並ぶ。
その姿はまるで――。
「おめぇコレはねぇだろ。まるっきり背中から対大型魔獣用破城鎚生やしたみてぇになってんじゃねぇか」
「エル君……なんていうか、格好悪い」
呆れた表情を隠しもしない二人であったが、当然というべきかエルの様子は違っていた。
「……ふつくしい」
「…………」
周囲の何言ってんだコイツ、という視線を存分に浴びながらエルは両手を力いっぱい握り締める。
「人型兵器を先頭に長大な推進器が伸びるさまはさながら芽吹いた草花のよう……! 武器と推進器はどんなに長くても良いものですね!」
「エル君がもうダメそうだけど、どうしよっか」
「坊主がそれでいいってのなら作ってみりゃあいい。どうせ乗るのも坊主だ」
こと幻晶騎士に関わる限り、エルは非常に頑固になる。
アディも親方も簡単に説得できるとは思っておらず、結局のところ好きにさせるしかないのだった。
「最大の問題は純エーテルの空への対処……これを利用するのであれば最終的には超大型エーテル捕集器を構築する必要がありますね。そうすればほぼ無限にエーテルを供給することができますし……」
放っておかれている間にもエルはぶつぶつととんでもないことを呟き続けていたが、周囲がそれに気付くことはなかったのである。
その後、銀鳳騎士団鍛冶師班はトイボックスマーク2の修復班、新型エスクワイアの建造班に分かれて作業を始めた。
新型エスクワイア建造の方が作業量が多く、その分多くの人数を割かれている。
それとは別に、若干名が異なる作業を命じられていた。
「新型“魔導剣”、紋章術式刻みおわっした~」
「魔導剣だと? 誰か渡すような相手がいたか?」
彼らの報告を聞いた親方が首を傾げる。
いろいろ面倒くさくなってエルに人だけつけて放置しており、内容を詳しく把握していないのである。
それにしても魔導剣とは珍しいことである。
「いえ、これは僕自身のためのものです」
「今更オメーに必要なものかよ」
「イカルガには銃装剣がありますが、トイボックスには有効な武装がありませんから。せめて一振りはもたせておきたいというのが親心というもの」
「なにか本末転倒を感じるが……まぁいい。試験機体でもそれなりの格ってモンがあるしな」
親方は慣れ切って今更疑問にも思わないが、これでいちおう騎士団長の乗る機体ではある。玩具扱いであるとしても。
それに試験中に魔獣と遭遇する危険性もなくはない。
それなりの武器を持たせておく意味もあるだろう。
そんなこんなあれこれと作業が進んでゆくのを眺めて、エルはほくほくと笑顔を浮かべていた。
「こうして案を形にしてゆくのって楽しいですね!」
親方はよっぽど遊びかよ、とツッコミを入れようかと思ったが結局止めた。
よくよく考えてみれば銀鳳騎士団はエルが好き放題するために結成されたような組織であり、正しく今更なのである。
「これが出来上がったら、次はもっと機能的な融合を図って設計を起こしてみましょう!」
「ちったぁ遠慮しろや。せめて今のが終わってからにしろ!」
親方の役目はしばらくの間、どこまでも走りだそうとするこの小さな魔獣を抑えておくことになるだろう。
さもなくば鍛冶師隊が地獄を見ることになるからである。
かくして銀鳳騎士団の日々は、鎚の音とともに始まり鎚の音と共に暮れてゆくのだった。
玩具箱之弐式(参式《マーク3》)
・装備
試製機動性超々強化型エスクワイア“ロビン”
試作型魔導剣“イカヅチ”
試験用の機体を欲したエルが自らのために用意した試験機体。
機体構造はほぼカルディトーレを流用したものであり、建造直後こそ素直な機体であったが、度重なる実験と改装の果てに異形と化してゆくところまでいつも通りであった。
なお戦闘用途のために建造された機体ではないにも関わらず、エルの要望により魔導剣が搭載されさらにエスクワイアとも連動するため、そのへんの騎士団長騎と渡り合える程度の性能は有している。