#192 決戦騎、その名は
戦馬車紅が空飛ぶ大地の森を駆けてゆく。
時に障害物を粉砕し、時に悪路を強引に突破しながら走る様は力強さを感じさせる。
馬車を牽くツェンドリンブルを駆りながら、アーキッドはぼやいていた。
「これさー、試作で止まってたはずなんだけど。ディーさんが完成させたのかよ?」
「ははは! 大団長がイカルガに乗ってしまったからね、倉庫にしまい込んでいたのを拝借……もとい譲り受けたのだ! 安心してくれ、ちゃんと埃は払ってあるとも!」
「まー使いたいってのならエルは喜ぶと思うけど。こいつ、普通の荷馬車より重くて扱いにくいんだよなぁ……」
言いつつ、キッドのツェンドリンブルは些かもブレることなく駆けている。
地表とはいえ少なからず暴風が吹き荒れている。
だというのに晴天と同じ調子で走り続けていた。
ツェンドリンブルは機体の装甲の一部が可動式になっており、それによって重心位置を制御している。
それを利用しているのだとわかってはいても、動きの滑らかさには感嘆せざるを得ない。
ゴンゾースは隣を走りながら、滴る汗を拭う暇もなく操縦棹にかじりついていた。
彼は憧れの人馬騎士を己の乗騎として以来、血の滲むような訓練を積んできた。
いかなる環境でも人馬騎士を自在に操れると自負していたが、蓋を開けてみればこの通り。
キッドの走りについてゆくのがやっとである。
最古の人馬騎士乗り。その実力に疑うところまるでなし。
「(これこそ……! これこそ銀鳳騎士団! 並走するは名誉であるぞゴンゾース! 全身全霊を傾けて走るのだ……!)」
己を叱咤しながら、彼は実力以上の力を発揮し続けていた。
なにしろ隣を最高の手本が走っているのだ。ここで学ばずして如何するのか。
彼は歯を食いしばりながら、口元にはいつのまにか笑みが浮かんでいた。
部隊は不気味なほど順調に進むことができていた。
大地の状態は良くないし、相変わらず暴風雨は続いているが妨害らしきものもない。
「さては“魔法生物”の戦力はほぼ拠点に向かっているのか」
「足元がお留守ってことだな」
「油断はできないところだがね。順調であるに越したことはない」
森を駆け抜け山肌を登り、最初は距離があった光の柱もずいぶんと近く感じるようになってきた。
「いようし最終確認だ。抗エーテル装備の起動を忘れるなよ。だが柱の周りのエーテル濃度はただ事ではないぞ。長時間の行動はできないと心得ておいてくれたまえ」
抗エーテル装備とは“嵐の衣”を簡易的に応用したものである。
簡単に言えば機体の周囲に大気の層を作ることで過剰なエーテルから内部を守るものである。
そうして騎操士の呼吸、魔力転換炉の吸気を助けている。
だが後付けの簡易装備だけあって効果は限定的だった。
光の柱の周囲では今も高純度のエーテルが噴出し続けている。本来はそのようなところに突っ込むことを想定していない。
紅隼騎士団の機体は間に合わせで機能を強化してあるが、時間制限は確かに存在していた。
「戦馬車の力があればなんとかなるって」
「左様! 左様! 団長閣下も源素晶石塊も見事運んでお見せしましょう!」
軽口を叩いている間に目的の源素晶石塊が木々の合間に見えてきた。
よほど豪快に吹っ飛んだのだろう。つららのように尖った先端部が地面に突き刺さっている。
「ようし、まずは周辺の安全を確保するんだ! その後に牽引策を設置して……」
ディートリヒが指示を言い終わる前に戦馬車が急発進した。
直後、入れ替わるかのように飛来した炎弾が地面を抉り、派手な爆炎を噴き上げる。
「あっぶねぇ!」
「まったく言っているそばから! 早速おいでなすったね!」
戦馬車紅が駆け、後続のツェンドリンブル隊もそれぞれ戦闘陣形についた。
奇怪な咆哮をあげながら幻魔獣が飛来する。
魔導兵装からは魔法現象に特有の光が漏れ、複数ある貌は今にも法撃を放たんと力を溜めていた。
「拠点に現れたのと似ている……しかしさらに巨大な!」
出現した幻魔獣の多くが拠点への襲撃に出ているが、残ったものがいないわけではない。
まるで源素晶石塊を守護するかのように立ちはだかった幻魔獣。
それは複数の幻晶騎士と複数の混成獣が混ぜ合わさった、恐るべき巨体を有していた。
機械部品はデタラメに融合し、肉体はブクブクと膨れ上がっている。
子供が放埓に混ぜ合わせた粘土細工であるかのような、悍ましく醜い姿であった。
「まったく気分の悪い奴ばかりで気が滅入る。しかし目的の品を手に入れるにはこいつをどうにかせねばならんようだな!」
巨大幻魔獣は何故か源素晶石塊の周囲から離れようとしない。
一見して守護しているようにも思えるが、まさか“魔法生物”がこちらの作戦内容を知っているはずもない。
「ええい。わからないことを考えている暇はないな!」
戦馬車紅が旋回し巨大幻魔獣へと切っ先を向けた、その時。
「ぐぎききキキキ……させ……させナイぞ……!」
予想だにしないものが聞こえてきて、ディートリヒが訝しんだ。
「私の聞き間違いやもしれませんが……今、人の声のような音が聞こえたような?」
周囲は今も暴風雨が続いている。
もしかしたら風の音が変な聞こえ方をした可能性もあった。
「これハ……これハァ!! 俺のヲ! 利益なのダぁ!」
巨大幻魔獣から突き出した幻晶騎士の躯体がぐるりと首を巡らす。
その視線はぴたりと戦馬車を追っていた。
「まさかあの幻晶騎士みてーなとこに人が乗っているのかよ!? ……っていうか人なのか?」
キッドの疑問は何も不思議なものではない。
ここは光の柱の足元、空飛ぶ大地の中でも高い位置にあるうえ噴きだすエーテルによって酷いことになっている。
どれほどの防御装備を用意したところで人が長く生きられる環境ではなかった。
「ギキキキ……もっと、もっとォ源素晶石ヲぉ、持ってこおおおい!」
もはや人の声が聞こえてくること自体は疑いようがない。
しかし――ディートリヒはしばし考えてからぽつりと呟いた。
「……さてもあれを生きていると表現すべきかね」
巨大幻魔獣として肉とひとつになった幻晶騎士。
仮に内部に人間が残っていたとして、まともな状態だとはとても思えない。
聞こえてくる言葉も支離滅裂なものだった。
「団長閣下! 彼奴らが何ものかは存じませぬが、斯くなる上は速やかな慈悲を与えるのが騎士の道かと!」
「同感だぜ」
「いずれにせよ立ちはだかる者は全て排除する。そのための戦馬車だ!」
土を蹴立ててツェンドリンブルが走り出す。
グゥエラリンデ・ファルコンが魔導兵装“轟炎の槍”を掴み、照準を巨大幻魔獣へと合わせた。
「法撃開始!」
眩い光と共に燃え盛る槍が放たれる。
“轟炎の槍”、それはイカルガの銃装剣の元になった強力な爆炎系魔導兵装である。
その威力故に大量の魔力を必要とするのが難点であるが、エスクワイアを連結した今のグゥエラリンデにならば使用可能だった。
およそ破壊できぬものなどない強力な一撃。
しかしその光景を見たディートリヒは表情を歪めていた。
「なるほど。面倒だね……」
“魔法生物”である。
エーテルによってできた彼らはいかなる法撃も防いでしまう。
「しまったな。せっかくの戦馬車だが源素化兵装を振り回すには少々不便だ」
念のため持ってきた源素化兵装はある。
しかし装甲に囲まれたグゥエラリンデにとって扱いやすいものではなかった。
「俺ノ利益からァ! 離れろォ!!」
法撃を防いだ巨大幻魔獣が敵意も剥き出しに突撃してくる。
青白い“魔法生物”が全身を這いまわり、あるいは外へとたなびきながら走っていた。
「格闘戦なのかよ!」
「やるしかない……獣斬剣、用意!!」
戦馬車紅の両側に突き出た肉厚の剣、獣斬剣。
強力な格闘用武装であることは疑いようがないが、さりとて幻魔獣に対してどれほど効果的かといえば疑問が残る。
「突撃! 一当てしてから次を考えるよ!」
「出たぜ、ディーさんの悪い癖。なんかそれエルも同じなんだよなぁ!」
戦馬車紅が走りながら法撃。
法弾はやはり防がれるものの、それを目眩ましに接近する。
「加速斬撃!」
グゥエラリンデがマギジェットスラスタを起動。
ツェンドリンブルの踏み込みと共に爆発的に加速すると、幻魔獣とすれ違うようにして獣斬剣を叩き込んだ。
「なんという硬さだ!?」
最高に速度の乗った攻撃であったはずである。
これに耐えられる魔獣など数えるほどしかいない――今そこに幻魔獣の名前が加わった。
ぶくぶくと膨れ上がった身体が、獣斬剣を食いこませながらも受け止めていた。
さらに青白い“魔法生物”が刀身に絡みつく。
「逃がさないつもりか!?」
「離せよ!」
キッドのツェンドリンブルが騎槍を振るう。
だが“魔法生物”と魔獣の身体、双方を振り払うには至らない。
「ギキカカカ……すべ、すべ、全てのリエキはァ……俺だけのモノォ!!」
幻魔獣の幻晶騎士部分が動き出す。
刃こぼれした剣を握り、背面武装を構える。狙うは戦馬車に乗ったグゥエラリンデ。
「ええいこの!」
グゥエラリンデが推進器を起動し抵抗する。
だが幻魔獣の肉体は圧倒的な強靭さを持ち、“魔法生物”が法撃すらも許さない――。
剣風が吹いた。
突風のように何かが吹き荒れたと思った瞬間、うねっていた青白い“魔法生物”が端から細切れになって散った。
「ギキ?」
獣斬剣にかかる圧力が減る。
瞬間、ディートリヒが猛然と動き出した。
「好機だ! “魔法生物”さえいなくなれば!」
“轟炎の槍”を幻魔獣へと向け、触れるほどの距離から発射。
放たれた燃え盛る法弾が、幻魔獣の肉体に大穴を穿った。
「ギィィィザマァァァ!!」
衝撃が幻魔獣を吹き飛ばし距離が開く。
「何ものかは知らないが、せめてもの慈悲だ! 遠慮なく受け取ってくれたまえ!」
グゥエラリンデ・ファルコンが魔力転換炉を最大稼働する。
生み出された魔力を潤沢に吸い上げながら“轟炎の槍”が次々に法撃を放った。
「アガァァァァァ! お、オデの、リエギ……」
混成獣の貌が、肉体が、幻晶騎士の部品が、魔導兵装が。
全てが轟炎によって塵と化してゆく。
そうしてついに幻晶騎士の胴体が直撃を受けて砕け散った。
おそらくは乗り込んでいた何ものかも同様の末路を辿ったはずである。
巨大幻魔獣が爆散する。同時、飛び散った肉片から“魔法生物”が出現した。
空を泳ぐように戦馬車へと迫ってくる。
「まだ残っていたか!」
「く、走るぞゴンゾース!」
「承知!」
戦馬車が急発進しようとして。
瞬間、宙を泳いでいた“魔法生物”全てが細切れになった。
ばらばらと“魔法生物”だったものが飛び散り、後には吹き抜ける暴風雨しか残らない。
「なにが……起こったんだ!?」
「わかりませぬ! ただ、我らの攻撃ではありません! 我らにこのような……!」
馬車に乗り込んだグゥエラリンデはもとより、ツェンドリンブルでこのような真似をすることは不可能である。
ならばいるのだ。
彼ら以外に、コレを為した存在が――。
パキパキッ。
刃の形に加工された源素晶石が刃こぼれのあまり砕け散る。
残った持ち手を投げ捨てながら、それは現れた。
「かーっ! こんなちゃっちぃ代物を剣と呼ぶんじゃあねぇよ! 剣てなぁもっと強く、鋭く、ギラッギラじゃねぇとなぁ!!」
それは黒い幻晶騎士であった。
嵐の夜に溶け込むような闇を血のような赤が縁取る。
「そうは思わねーか。双剣のォ?」
幻晶騎士“ブロークンソード”。
その乗り手たる“グスターボ・マルドネス”は言うなり新たな刃をつかみ取った。
「まさか……なん……貴様。連剣のォ!!」
「あっはははァ! まぁた会えるなんてぇ俺っち感動で剣を抜いちまったぜェ!! しっかしおもしれぇ玩具に乗っかってんなァお前ェ!」
戦馬車を前にしてもまったく警戒した様子もなく、剣の魔人はべらべらと喋っている。
「団長閣下、こいつは……?」
「以前に戦った相手だよ。確か名前はグスターボ……“黒の狂剣”のほうが通りがいいかもな」
ゴンゾースは理解しなかったが、この場にパーヴェルツィーク王国の人間がいれば驚愕に表情を歪めたことであろう。
それほどまでに“黒の狂剣”の名は恐れられ、敵視されている。
「この地に居るとは聞いていたが……なぜだい?」
「助太刀の理由かい? まぁそんな面倒な話じゃねぇよ」
ブロークンソードが手の中でくるくると刃を玩ぶ。
「当ててやろうかぁ。お前ら、あのでっけぇ源素晶石を光の柱にぶつけちまおうって考えてる。どうだぁ?」
「……だとしたらどうする」
「うーっし。道案内してやるから運ぶのはおめーがやれ。その馬ッツラならできるから来たんだろ?」
ディートリヒが怪訝な様子で眉をひそめた。
「君が私に協力を言い出すとは。そりゃ確かに嵐にもなろうものだね」
「うっせぇな。俺っちぁ知ってんだよ。このままだとこの大地が自国の庭先に落ちてくんだろ! ふっざけんなよォ? 許せっかよんなことォ!」
「……うんまぁ、そりゃあその通りだね」
空飛ぶ大地の落下先は明確ではないが、西方諸国のどこかであるのは確実である。
先の戦いで疲弊しているジャロウデク王国としてはなおさら切実に回避したい事態であろう。
だからこそディートリヒは疑問を抱く。
「(しかし随分と詳しい。これは身中に虫がいるな)」
フレメヴィーラ王国の可能性は低い。藍鷹騎士団の結界を越えられるとは思えないからだ。
残るはパーヴェルツィーク王国か、シュメフリーク王国か、もしかしたらハルピュイアかもしれない。
いずれにせよ特定は困難であるし今はそんな場合ではなかった。
「では一時的に手を組むということでいいのかい」
「はぁーつまんねぇ! がー! 仕方ねぇ。こればっかりは俺っちがやるより早ぇからなぁ」
ブロークンソードが歩き出す。
全身に装備した剣と鞘をじゃらつかせ、さらに増設した鞘から源素晶石の刃を持つ短剣をもう一本引き抜いた。
「へっ。んだからよう、キリキリ走れや馬っツラ! 気合入れてかねーと置いてくぜ!」
「ぬかすじゃないか。キッド、ゴンゾース。奴に身の程を教えてやれ」
「もとより承知! 人馬の騎士が疾走の冴え、とくとご覧あれ!!」
「まさかあいつが手伝ってくれるなんてなぁ」
黒い剣鬼が走り、その背後を戦馬車と人馬騎士部隊が追いかける。
間を置かず幻魔獣が現れた。
理由は不明だがどれもが強烈に源素晶石塊に執着しており、一行へと強烈な敵意を向けてくる。
だが無意味である。
「あーだっり! だっり! だっりぃ! せっかく双剣のがいるのに、んなつまんねー奴しか斬れねーとか! 俺っちを退屈で殺そうって魂胆かよォ!? やれるもんならやってみろやァ!!」
剣風は片時も止まない。
愚痴りながらですらグスターボの剣捌きは恐るべき冴えを見せていた。
青白い“魔法生物”は首を出した瞬間に刈り取られてゆく。抵抗も逃走も許されない。
縦横無尽に駆ける刃の魔人に護られ、戦馬車紅が爆走する。
“魔法生物”さえいなくなればその火力を遺憾なく発揮できる。
“轟炎の槍”が幻魔獣の肉体を片端から吹き飛ばしていった。
「あいつ、わけわかんねぇくらいつっえぇんだけど。ディーさん、本当に一度は倒したのかよ?」
「勝利を疑うとは酷い後輩だよ。まぁ、正直なところほぼ相討ちだったがね」
「だ、団長閣下と……!?!?」
おそらくグスターボはあの時よりもさらに腕を上げている。
もう一度戦えば果たして――。
「同じ結果にするつもりもないがね」
魔剣が切り開き、戦車が撃ち抜く。
そうして襲い来る幻魔獣を粉砕し、一行はついに源素晶石塊のもとへと辿り着いた。
「っかーっ! あーストレスたまるぅ~何でもいいから幻晶騎士斬らせろ~今なら雑草でも喜んで刈ってやるぜ~」
「これまた酷い台詞もあったものだね」
グスターボは放っておいて源素晶石塊を見上げた。
「しかし巨大だな。運べないことはないが中々に骨が折れる……」
「そいじゃ! 後はしっかり働けよ双剣の!」
「む。いちおう帰り道もあるのだが?」
背中にかけられた言葉に、ブロークンソードが歩みを止めてわずかに振り返る。
「これ以上ここにいると、我慢できなくなっちまいそうだからよ」
それ以上何も言わず、黒の狂剣は嵐の中に消えていった。
「恐ろしい奴もいたものですな」
ゴンゾースが汗を拭う傍ら、キッドは腕を組む。
「とりあえずアイツ、さんざんっぱら威張るだけ威張り散らして帰っていきやがった」
「助けられたことは事実だ。互いに利するものだとしてもね。ともかく残る作業を進めるよ。雑談に興じていられるほど余裕はないからね」
「それもそうだな」
人馬騎士隊が源素晶石塊に牽引策をひっかけてゆく。
全員がかりで地面から引き抜くと、源素晶石塊は地響きと共に大地に横たわった。
最も強力な戦馬車紅を中心に陣形を組む。
「よし! このまま拠点まで駆け抜ける! 魔獣による妨害があった場合、振り切ることを優先するぞ! 人馬騎士の脚、今こそ見せてみろ!!」
「応! 応!」
斯くして紅隼騎士団は拠点へ向けて走り出す。
ディートリヒたちと別れたグスターボはそれから山肌を少し下ったところまでやってきていた。
そこでは防護服に身を包んだグスターボの部下たちが忙しく出航の準備を進めている。
「お頭! お帰りで!」
「おう。世話の焼ける奴らだったぜ」
グスターボはブロークンソードを下りて飛空船へと向かう。
「しかしお頭、あの源素晶石塊。見送っちまってよかったんですかい? いったいいくらの値がつくかわかりませんぜ?」
「まー惜しいっちゃ惜しいがよ、ここが庭先に落ちてくんなぁ俺っちでも御免だからな」
部下が渋々といった様子で引き下がった。
グスターボが顎で示す。
「それにいいんじゃねっか? なんせ……」
そこにあるのは飛空船の船倉を占拠する、巨大な源素晶石塊の欠片である。
「根元切っただけで船一隻満杯になっちまったしよう。アレ全部なんざ運んでられねーんだよなぁ」
既に挑戦はしていたのである。
さすがに全部は無理であり、ならば恩と共に渡してしまえばいいと判断したのであった。
「まぁこんだけありゃあ国許も一息つけんだろ。あいつらはまた何かやらかしてるみてーだが、それだって広まるには時間がかかるだろうさ」
部下たちは出港準備へと戻る。
その場に残った副長がふと呟いた。
「お頭。そのわりにご不満がおありのようですが」
「あン? ……ああ、あいつらを見逃したからな。くく、ありゃあ前より強くなってやがるぜぇ、この大地で最高に美味そうな獲物だった」
グスターボが歯を剥き出しに笑う。
実際危ないところであったのだ。あれ以上つまらない剣を振っていたら、理性も損得勘定も投げ捨てていたかもしれない。
「別に、一人くらい殺ってしまっても良かったのでは」
「いいんだよ。あれだけ騒がしい奴らだ、生きてりゃーまたどっかで面合わせることもあんだろ。焦ることはねーさ」
話は終わりだとばかりに踵を返す。
「よっしお前ら、嵐が止んだらすぐに国許に向かえ。俺っちは残りの野暮用を済ませてくるかっよ」
「はぁ、野暮用とは……」
振り向いたグスターボがニヤリと笑う。
「ちょっと挨拶がのこってっかんな。俺っち隊長だからよォ、礼儀ってやつを忘れるわけにゃいかねーんだなァ」
戦馬車紅を先頭に人馬騎士隊が走る。
幸いにも大した妨害にも合わず、無事に荷物を拠点の近くまで運んでいた。
「! 団長閣下、前方に影が見えまする……!」
暴風雨の向こうにうっすらと浮かび上がる巨大な影。
片側だけ歪に膨れた形。間違いない、飛竜戦艦である。
「あれは飛竜戦艦……いや、“決戦騎”か! エルネスティめ、迎えに来るとは相当急いでいるようだな」
「間に合ったようで何よりですな! さっそく大団長閣下に我らの成果を捧げなければ!」
飛竜戦艦は嵐に負けず、低空を力強く進んでいる。
人馬騎士が打ち上げた発光法弾を目印に、ゆっくりと接近してきた。
「ようし各自切り離し後、荷物から離れるよ!」
牽引策を放し、人馬騎士が荷物から距離を取る。
巨大な源素晶石塊めがけて飛竜戦艦が降下し。
修復された格闘用竜脚が伸ばされ、源素晶石塊をがっしりと掴む。
嵐の最中にあるというのにまったく危なげのない動きである。
それだけであの飛竜を操っているのが誰か、一目瞭然であった。
「エル! ハルピュイアたちの大地を頼んだぜ!」
推進器の放つ轟音が跳ね上がり、飛竜戦艦が力強く加速を始める。
これから向かうのだ。決戦の空へと。
「ようし。では我らは拠点の防衛に加わる! 残してきた奴らと合流するよ」
「承知!」
「……これで最低限の準備が完了しました。まだ終わっていない部分はぶっつけでやります!」
「く……結局最後まで巻き込まれるのかい! ハルピュイアのためでなくば、このような屈辱……ッ!」
「あー嫌だ嫌だ。試験もしてない機能で一発突破なんて正気の沙汰じゃねぇよ」
エルネスティの通達を聞いた同乗者たちが口々にさざめく。
どれほど嘆いたところですでに決戦騎は動き出しており、今更止められない。
にっこにこのエルネスティが増設した機能を起動する。
「では小王! “魔王”の力をお借りします!」
「んおのれぇい……ぬあぁ! ここまできて否やは言うまい! さっさとやるがよいよ!」
銀線神経によって魔法的に接続した“魔王”の力をイカルガから操作する。
その能力である“囁きの詩”の不可視の波動が広がり。
「凌駕連結を立ち上げます! 各補助騎、制御下に移行!」
地上で待機していた竜闘騎と飛翔騎士が目覚めを迎える。
まるで魚群のごとく集まりながら飛竜戦艦のもとへと馳せ参じた。
“囁きの詩”は魔法演算回路や魔導演算機へと干渉して情報を伝達することができる。
ならば、つながった先の機体を制御することもできるのではないか?
そんなエルネスティの冗談が現実のものとなった。
無人のまま用意された機体たちが“魔王”という生きたハブを介してイカルガの――エルの隷下へと入った。
「これは、なかなか……制御の負荷が重いですね。アデルトルート、飛竜戦艦の側を任せていいですか」
「まっかせてエル君! さぁキリキリ動きなさい!」
「ひぃ……ほどほどに頼むぜ」
戦々恐々としているオラシオのことなど知ったことかとアディが飛竜戦艦をぶん回す。
「それでは開始位置まで向かいましょう」
群れを率いた飛竜戦艦はそのまま光の柱とは逆方向へと進み続けた。
空飛ぶ大地を離れ、ついに嵐の範囲から脱出する。
旋回し、空にわだかまる黒雲の塊を睨んだ。
そうして後を追ってきた竜闘騎と飛翔騎士が飛竜戦艦の後部へと集まった。
竜脚を、手足を使用して飛竜戦艦に取り付く。
さらに強化魔法を上書きし、接続を強固とした。
「全騎位置に着きました……これより“流星槍作戦”を開始します!」
晴れ渡る空の下、“決戦騎”の全貌が明らかとなる。
主体は“黄金の鬣”号を接続した飛竜戦艦。
その背に主操縦騎としてマガツイカルガニシキが乗っており、さらに後方には“魔王”の姿までもがある。
それら全てを魔法的に接続しひとつと成した。
人類がもちうる究極の兵器――。
ついにエルネスティの言葉が“囁きの詩”によって全軍に伝えられる。
「飛竜戦艦あらため! 決戦騎“魔竜鬼神”!! 全速前進! 出撃します!!」
ちなみに命名したのは当然、エルであった。
・決戦騎・魔竜鬼神
本章のファイナルラストボス。
始まってしまった祭り。
飛竜戦艦二番艦を土台として、主操縦騎としてマガツイカルガニシキが騎乗している。
その後方には“魔王”も騎乗しており、これらすべてを魔法的に接続している。
史上最強の騎体を集めた、まさしく人類の持ちうる最終兵器であった。
本機は最大の“魔法生物”である光の柱に対する撃退作戦“流星槍作戦”を遂行するために構築された。
時間的な余裕の問題から作戦内容はかなり強引なものであり、これを完遂せしめるためには三騎の力を結集する必要があると判断してのことである。
このうちマガツイカルガニシキにはエル、アディが。“魔王”には小王が。飛竜戦艦の船橋にはオラシオが乗り込んでいる。
最小限度にもほどがある乗員だが、自殺行為同然の作戦内容から他に人員を乗せるわけにはいかなかったという経緯がある。
ちなみに本機の命名をおこなったのは当然、エルであった。




