#191 騎士団の奮闘
魔法現象による炎が、暴風雨にもかかわらず噴きあがる。
人々が逃げまどう中を異形の影が躍った。
全ての根源、エーテルによって強引につなげられたもの。
幻晶騎士の上半身と混成獣の下半身を持つ異形の存在。
その名を“幻魔獣”。
「汚らわしい獣が! 消え失せろ!」
領土を荒らす災いを討つべく、パーヴェルツィーク王国の制式騎であるシュニアリーゼが仕掛ける。
メキメキと音を立てて幻魔獣の一部と化した幻晶騎士が動いた。
人型を留めつつも明らかに人ではない意思によって制御される機体が、不気味な挙動を見せる。
背に生えた補助腕が魔導兵装を構え撃ち放った。
「なっ……法撃を!?」
魔獣が魔法現象を操ることには慣れていても、異形と成り果てた幻晶騎士が背面武装を使うとは予想だにしていなかった。
防御には成功したが出鼻をくじかれ体勢を崩す。
そこに混成獣の身体が圧し掛かってきた。
重量をかけられた装甲がひしゃげ、鋭い爪によって斬り裂かれる。
さらに獅子の貌が大口を開き炎を放った。
窮地に陥った仲間を救い出すべく割って入ったシュニアリーゼが横合いから放たれた雷撃の魔法を受けて吹き飛ぶ。
見れば幻魔獣は次々と飛来し、数を増していた。
「なんて強力な魔獣だ! しかも数が多い、もっと戦力が必要だ!」
「嵐で飛空船を飛ばせない! 幻晶騎士は自力で向かってくれ!」
「こっちにも加勢を……! 早く!」
パーヴェルツィーク王国の拠点は大混乱に陥ってゆく。
幻魔獣の攻撃は無差別である。建造物を破壊し人を襲い幻晶騎士を倒す、まさしく手当たり次第であった。
シュニアリーゼ隊は苦戦している。
魔獣との戦闘経験が少ないこともそうであるが、幻魔獣が非常に強力なのも原因のひとつであった。
加えての嵐によって飛空船が動けないでいる。
状況は何処までも不利であった。
そんな時だ。新たに現れた幻晶騎士の一団が猛然と反撃を始めたのは。
純白に十字の印を描いた機体が隊伍を組んでいる。
それらは補助腕で保持した特殊な追加装甲を装備しており、幻魔獣の猛攻に正面から抵抗していた。
「なんだ、シュニアリーゼじゃないぞ……!?」
パーヴェルツィーク王国の騎士が訝しむ。
見慣れない機体である。しかしその強力さは一目見れば明らかであった。
いずれにせよ今は幻魔獣に対抗することが第一である。
強力な援軍はありがたいものであった。
魔獣の暴れる音が内部まで響いてくる。
状況は混乱しているが、しかし統制を失っていない部隊があった。
「魔獣がまさかこちらの陣地を襲撃してくるとは」
「つくづく“魔法生物”というのは俺たちの知る魔獣とは違うらしいな」
地上に降り格納庫として運用されているイズモの船倉で、エルネスティとエドガーが話していた。
フレメヴィーラ王国に住む者たちは経験から、魔獣の多くが自らの縄張りのようなものを持っていることを知っている。
魔獣からの攻撃というのもしばしば発生するが、基本的には捕食あるいは繁殖による縄張りの変化が関係していた。
純粋に攻撃のために襲い掛かってくるというのは実は非常に珍しい。
「イカルガを出します。この時期に邪魔をされたくはありませんから」
「いや。大団長にしかできないことがまだまだ残っているのだろう。ここは我らに任せてくれ」
乗騎に向かおうとしたエルをエドガーが引き留める。
「エドガーさん。しかし」
「我らは盾、何かを守るのは得意だ。良く知っているだろう?」
「……そうですね。わかりました、ここはお願いします」
「ああ、任された」
「では僕は僕の仕事に専念します。ここを凌げば反撃は目前ですよ」
「期待している。これ以上、魔獣の狼藉は許さない」
エドガーが振り返ると、そこには白鷺騎士団の団員たちと準備万端の“カルディトーレ”部隊が揃っていた。
「状況の全体は不明だ。確かであるのは魔獣がこの拠点へと攻撃を仕掛けていること。そして大団長が決戦に備え準備を進めていることだ!」
「おお!」
団員たちの顔に不敵な笑顔が浮かぶ。
大団長が動いているのならば、決戦に関しては問題がないだろう。
「ならば我らの役目はこの拠点を守護することにある! これ以上なにものも傷つけさせるな。魔獣を打ち斃せ! 白鷺騎士団出撃!!」
「応!!」
白銀のカルディトーレが駆けだしてゆく。
戦いはそこかしこで発生しており、すぐに接敵していた。
「騎士団前進!」
カルディトーレが可動式追加装甲を構えて前進する。
幻魔獣から放たれる魔法現象は多彩かつ強力であるが、白鷺騎士団は堅固な防御力を以て対抗した。
「次、攻撃開始!」
隙をついて騎士団が反撃にでる。
法撃の光が瞬き、爆炎が雨中に咲いた。
「……やはりか」
法撃の効果を確かめ、エドガーが口元をゆがめる。
幻魔獣の体表面で青白い“魔法生物”がうねっており、それらが法撃のほとんどを無効化していた。
魔獣の身体も強靭であり多少の法撃ではビクともしない。
「相手は“魔法生物”付きだ! それぞれ小隊に一機は源素化兵装持ちを配置しろ! 複合的に攻撃するぞ!」
エドガーの号令下、源素化兵装持ちが武器を構える。
“魔法生物”に対してのみ効果的なこの武装であるが、いかんせん有効射程が非常に短いという欠点があった。
「接近する! “魔法生物”の動きに注意しろ! こちらの機体を取り込まれるかもしれない!」
白鷺騎士団が距離を詰める。
幻魔獣は全ての貌、全ての魔導兵装から法撃を放ち暴れまわった。
「どうにか動きを止めないと厳しいな、これは」
幻魔獣の暴れっぷりにはさしもの白鷺騎士団も手を焼いていた。
なにより“魔法生物”によって法撃が防がれるのが状況を厳しくしている。
それでもまだ白鷺騎士団は奮戦している方であった。
一方でシュニアリーゼ隊は苦戦を続けている。
ただでさえ厄介な幻魔獣であるが、さらに次々と現れている。
シュニアリーゼ隊は決死の抵抗を続けているが、いつ何時崩れてもおかしくない状態にあった。
そんな危うい均衡に、ついに破局が訪れる。
「ぐあっ……!?」
幾度も攻撃を浴び、限界を迎えたシュニアリーゼがついに倒れ始める。
倒され穴の開いた防衛陣へとここぞと幻魔獣が押し込んできた。
「ゆかせるな! これ以上は下がれんぞ……!」
背後には拠点がある。
シュニアリーゼは盾を構え必死に抵抗を続けた。しかしそれもいつまでもつものではない。
その時、にわかに風が吹いた。
“魔法生物”によって起こされたものではない、鋭い風が幻魔獣を打ち据える。
翼をはためかせる巨体。三つの首が甲高い嘶きを発する。
現れた三頭鷲獣が、風雨をものともせずに駆けた。
その高い魔法能力によって風を起こし自らの身体を守っているのである。
「クアァァ!!」
三頭鷲獣が一気に距離を詰め、至近距離から魔法現象を浴びせる。
“魔法生物”がそれを防御したところで跳躍。その鋭利な爪をもって幻魔獣の身体を抉り取った。
それまで我が物顔で暴れていた幻魔獣が初めて怯みを見せる。
「お前たち……!」
戦いに加わったのは三頭鷲獣だけではない。
鷲頭獣が、さらには魔王軍の混成獣までもが現れる。
群れを成し、幻魔獣に対して猛攻を加え始めた。
「なんと……すさまじい」
しばし圧倒されていたシュニアリーゼ隊であったが、やがて気を取り直して加勢し始めた。
少し離れた場所、建物の上にハルピュイアが集まっている。
彼らは雨に濡れるがまま幻魔獣との戦いを見つめていた。
風切のスオージロは周囲に集ったハルピュイアたちを見回す。
「魔王軍よ。そもそもここは我らの大地。我らの翼で覆わず地の趾だけに任すなど、嘴が折れるというものではないか」
「その通りだ!」
雨音にも負けない確かな羽ばたきの音が同意を返す。
幻魔獣と戦う鷲頭獣の中にひときわ若い個体が混じっている。
エージロを乗せたワトーが幻魔獣に向かって突き進んでゆく。
迎え撃つかのように、幻魔獣の三つの首が口を開き――。
「でっかい人!」
「任せよ! その瞳に刻むがよい!」
巨人が疾駆する。
幻魔獣がワトーに気を取られているうちに、死角から接近した小魔導師が魔法を放った。
即座に青白い“魔法生物”が現れ防御する。
そこに重なるようにワトーが突撃し爪の一薙ぎで深々と斬り裂いた。
「このまま奴を抑え込む。いけるな、小さき翼よ!」
「まっかせてー!」
その奮戦を見た、スオージロの口元に小さく笑みが浮かぶ。
「今こそ爪を見せよ、風よ唸れ! この空は我らハルピュイアのものである!」
ハルピュイアたちが気勢を上げて攻勢を強めた。
エドガーは白鷺騎士団を指揮しながら周囲の状況を確認する。
「“味方”が奮戦しているな。もう一息で押し返せそうではあるが……」
その一息が難しい。
ハルピュイアたちの参戦により一時は盛り返したかに思えたが、再び幻魔獣の暴威が首をもたげている。
その地力の高さに加えて“魔法生物”の能力がとにかく厄介である。
これを押し返すにはより圧倒的な攻撃力が必要だった。
「俺がゆこう。騎士団、道を空けてくれ!」
白鷺騎士団の鉄壁の布陣が割れ道ができる。
中央をアルディラッドカンバー・イーグレットが駆けた。
「これまで様々な魔獣を見てきたが、悍ましさでいえば一番だな!」
幻魔獣が吼える。
辛うじて原型を残す幻晶騎士の上半身が奇怪な動きを見せ、異様な角度で突き出した魔導兵装を放つ。
アルディラッドカンバーの可動式追加装甲が苦も無く法弾を弾いた。
嵐の中ゆえに飛行こそしていないが、マギジェットスラスタを使用して高速で突撃する。
可動式追加装甲を閉じての体当たり。十分な加速を与えての一撃は幻魔獣の巨体すらも揺るがした。
何しろエスクワイアを装備したアルディラッドカンバーは近接戦仕様機の中でも抜きんでて重い。
それをマギジェットスラスタの推力にまかせて強引に動かしているのである、衝撃のほどはいかばかりであるか。
しかし幻魔獣とて尋常の魔獣ではない。
肉体に衝撃が加わろうとも内部の“魔法生物”は無事であり。
うぞうぞと這い出した青白い“魔法生物”がアルディラッドに襲い掛かる。
「それくらい予想済みだ」
可動式装甲の裏に保持していた源素化兵装を掴む。
エーテルの噴射を受けた“魔法生物”が明らかに怯み、すぐさま魔獣の肉体へと引っ込んでいった。
源素化兵装は“魔法生物”にはよく効くが、魔獣に対しては無力である。
「魔獣のわりに良く知恵が回る。だが甘い。その程度でこのアルディラッドが揺るぎはしないぞ」
再び動き出す幻魔獣。
アルディラッドカンバーがエスクワイアに装着された巨大な剣に手をかけた。
「魔導剣、脱鞘!」
それはグゥエラリンデと対を成す、ただ二振りの魔剣。
鞘が左右に割れて歪な刀身が露わとなる。
起動を命じられた刀身に微細な溝が開いていった。
魔力が流れ込むとともに吸気音が響き渡る。
「この一撃、受けれるものなら受けてみるがいい!」
アルディラッドカンバーが渾身の力で魔導剣を振るう。
同時、全ての溝から爆炎が噴き出した。
――魔導剣の刀身とは、そのものが小型マギジェットスラスタの集合体として構成されている。
瞬くほどの間に爆発的に加速。
もはや技もへったくれもない。これでは吹き飛ぶ先を幻魔獣へと向けただけだ。
轟音と共に爆炎の塊となった魔導剣が、幻魔獣へと叩きつけられる。
もはや金属の装甲であるか、魔獣の肉体であるか、あるいは“魔法生物”であるかも関係がない。
狂った加速力が生む馬鹿げた威力により、幻魔獣の肉体に半ばまで食い込んだ。
だが半ばで止まる。
それは幻魔獣の頑強さがなしえたことである。
瀕死の幻魔獣が咆哮する。
どれほど肉体が損傷しようとも“魔法生物”の力ある限り動くことができる。
自身に深手を負わせた敵を危険と認め、せめて相討ちに持ち込もうとして。
「……起爆」
魔導剣にはもうひとつの機能が隠されていた。
それはつまり執月之手に似て、刀身から強烈な爆炎の魔法を放射するというものだ。
轟音と共に幻魔獣の肉体が消し飛んだ。
「すっげぇ……なんだあれ」
「魔獣が粉々になったんだけど」
「え? こいつらそんな柔らかくないんだけど?」
味方のはずの白鷺騎士団の団員たちすらちょっと引いていた。
「やれやれ。威力はすさまじいが使い勝手が悪すぎると思うぞ。エルネスティ……」
アルディラッドカンバーが魔導剣を一振りしてから鞘へと納める。
その時、飛び散った幻魔獣の肉体から青白い“魔法生物”が抜け出てきた。
依り代たる肉を失って、“魔法生物”はエーテルの希薄な大気中で長く存在できない。
それでも攻撃に出る。
本体のために何としてもアルディラッドカンバーを排除すべしと襲い掛かる。
「さらばだ」
だがアルディラッドカンバーは源素化兵装を持っている。
頼りないエーテルの噴射が“魔法生物”を弾き飛ばした。
幻魔獣を一体、完全に葬り去ったエドガーが檄を飛ばす。
「魔獣は強靭であるが無敵ではない! 各自火力を絶やさず叩き続けろ! 脅威を排除するまで徹底的に叩け!」
「お、応……!」
白鷺騎士団の士気が若干上がった。
「では一体ずつでも確実に倒してゆくか」
アルディラッドカンバーの魔力を回復させながら、エドガーは新たな獲物へと向かうのだった。
幻魔獣との激しい戦闘が繰り広げられる中、紅隼騎士団もまた動いていた。
「団長閣下! ここは我らも加勢に参りましょうぞ!」
「待て。我らには我らの役目がある」
逸る団員たちをなだめながら、ディートリヒは集まった者たちを見回す。
「拠点の防衛にはエドガーたちがついた。おっつけ我らも加わるが、その前に大団長から我らに任務が下された!」
「!!」
すっと団員たちの表情が引き締まる。よく練られた兵たちである。
「我々はこれより巨大な源素晶石塊を回収しに向かう。これは来るべき決戦において“魔法生物”に対する切り札となるだろう。つまりは我らの働きこそがこの戦いの趨勢を決するのだ!」
「応! 応!!」
「しかしこの嵐により飛空船は使えない。よって編成は人馬騎士を中心とした陸上輸送部隊となる! 残った者はエドガーたちの援護に回れ!」
「チッ……!」
「おおおおお!!」
居残り組が荒み、人馬騎士乗りたちが雄たけびを上げた。
「ようやく出番が参りましたな! いやぁ人馬騎士が興奮して嘶き鳴りやみませんぞ!」
「まったく、お前たちの執念が実ったというところだよ。しかし向かう先は光の柱のほぼ直下だ。容易い任務ではない、心してかかれ!」
「望むところであります! ……してこちらの方はいったい?」
人馬騎士隊の視線が端っこにとりあえず並んだ見慣れぬ人物へと集まる。
アーキッドは居心地悪そうに頭を掻いた。
「いや、なんかいきなりディーさんに捕まったんだけど。ツェンドリンブルで荷運びすればいいんだよな?」
ざわめきが起こる。
確かに荷運びは荷運びであるが、“魔法生物”の足元から巨大な源素晶石塊を運ぶという最重要にして困難極まる任務である。
とても軽々しく扱ってよいものではない。
さらには団長であるディートリヒを気安く呼んでおり、それがまた若手の団員たちの気に障った。
人馬騎士隊の若手の中から、ゴンゾースが一歩前に出る。
「どなたかは存じませぬが……そのような気軽に考えるのはいかがですかな。我ら誇り高き人馬騎士乗り! ただの荷役と思われては困りまする!」
「そ、そんなもんか?」
やたらとゴツい禿頭の巨漢に凄まれて思わず引いてしまうキッドなのであった。
もちろん馴染みの古株である第一中隊の面々はにやにやしながら事の推移を眺めている。
こいつらが助け船など出すはずがなかった。
どいつもこいつも、ディートリヒが頭を抱える。
「ええい、待ちたまえゴンゾース。確かにキッドにとってはこれくらい“ただの荷運び”に過ぎないぞ」
「そんな。何故ですか団長閣下!」
「何故も何も。彼は銀鳳騎士団団長補佐の片割れにして歴戦たる、最古の人馬騎士乗りであるからね」
「そう言われるとなんか大層だな……」
若手の団員たちが目を見開く。ことにゴンゾースは口まで開いて魂消た表情を晒していた。
「おっすキッド。久しぶり~」
「クシェペルカ帰りの色男! また男があがったかぁ~?」
「勘弁してくれよ皆……」
その間に当のキッドは第一中隊に囃し立てられ、露骨に嫌そうな表情を浮かべている。
「……キッド殿!」
いきなりぬっとゴンゾースの禿頭が生えてきて、キッドは思わずのけぞった。
ゴンゾースはしばらく額に血管を浮かべて小さく震えていたが、急に懐から本を取り出すとガバっと跪く。
「貴方様が! かのクシェペルカでの戦役を雄々しく駆け抜けた、最初の人馬騎士乗りでいらっしゃるのですな! 私めとしたことがなんたる迂闊! これまでの非礼をお詫びいたします!! ……さらに非礼を重ねて申し訳ありませぬが! 是非! こちらの冊子に署名をいただけないかと……!!」
「ディーさん! ディーさん助けてくれ! なに、なんだよこいつ!?」
「あー。銀鳳騎士団が好きすぎてうちの騎士団に入ってきたらしい。署名くらい入れてあげたまえよ。私もしたぞ」
「わけわかんねー!?」
ちなみにゴンゾースは署名をもらうまで梃子でも動かなかったので、最終的にキッドが折れたという。
そんな一幕がありつつキッドも合流し、紅隼騎士団はそれぞれに出撃の準備を始めた。
「君たちには特別な役目がある。気合いをいれてくれよ」
「お任せください! 身命を賭して務めます!!」
「いったい何をやらかすつもりなんだよ?」
「そいつは見てのお楽しみだね」
ディートリヒに先導されるまま、紅隼騎士団専属の飛空船“紅の剣”号へと乗り込む。
キッドは訝しむ。嵐のため厳重に係留された船に何があるのかと。
「さぁご覧あれ。これが我らの秘策さ」
「ええー……ディーさん、こんなモノ持ち出してきたのかよ!?」
「何を言っているんだい。片側は君だといっただろうキッド」
「あ、そういうこと」
「参りましょう団長閣下! 今宵の人馬騎士はいちだんと昂っておりますぞ!」
「そう急くな。各自騎乗せよ。準備が整い次第、船底を完全開放する!」
そうして“紅の剣”号が腹を開いた。
幻晶騎士を搭載する形式の飛空船は通常、船底を開いて機体を投下できるようになっている。
その中でも“紅の剣”号は珍しく、船底のほぼすべてが大きく左右に開く形式となっていた。
何故ならそれは荷物があまりにも巨大であるからであり――。
「浮揚重腕機、エーテルの大気希釈開始。降下速度に注意せよ!」
多数の鎖に吊り下げられて荷物が降りて来る。
重量のあまり通常の設備では足りず、小型の源素浮揚器が取り付けられた特別製となっていた。
「着地! 浮揚力場完全消失。切り離し完了! 団長、ご武運を!」
「ああ、感謝するよ!」
人馬騎士が大地を踏みしめる。
そこに在るのはツェンドリンブルだけではない、その後方には一台の馬車がつながれており。
「ようし、戦闘展開を開始する!」
馬車に収まったグゥエラリンデ・ファルコンからディートリヒが操作をおこなう。
周囲の装甲がざわめき、補助腕によって連結された可動式装甲が動き出した。
装甲はグゥエラリンデを守るような配置につき、内部に納められていた二基の魔導兵装が起き上がる。
“轟炎の槍”と名付けられたそれが、切っ先を威嚇的に突き出していた。
さらに車体の左右に鈍く輝く重厚な刃が現れる。
それは人馬騎士二頭立てにて牽く、巨大な戦闘馬車である。
紅く塗られた装甲に囲まれたグゥエラリンデから檄が飛んだ。
「それでは征くぞ……三式装備・戦馬車紅!! これより我らが先導する! 全軍後に続け!」
「応!」
戦馬車を追って人馬騎士隊が走り出す。
空飛ぶ大地の命運を背負い、紅隼騎士団の最終兵器が出撃していった。
雲を突き抜けどこまでも昇る。
聞こえるのは推進器の放つ轟音のみ。
やがて視界は開け、機体が日の光を浴びる。
「うーん。抗エーテル装備はなんとかもってるけど、やっぱり長時間高いところにいるのは厳しいよー」
「ええ。ですが必要な時間を稼ぐには十分です。そして……」
マガツイカルガニシキが掌を伸ばす。
そこには小さな結晶が握られていた。光の中で虹色に輝く石。
「掴みましたよ。これが勝利への道標です!」
三式装備(改)・戦馬車紅
エルネスティが作って倉庫にしまい込んでいた玩具を、ディートリヒが引っ張り出してきた。
紅隼騎士団には一部根強い人馬騎士愛好家がおり、それならばと配備したという経緯がある。
運用するために専用の改造を施した飛空船一隻丸々を必要とするなど、非常に手間がかかるが切り札としての意味合いは小さくない。
陸上に限るものの、人馬騎士二頭立てで牽く戦馬車の突撃力は比類なきものがある。
さらに車体部分にグゥエラリンデ・ファルコンを配置することで、マギジェットスラスタによる加速をおこなうことを可能としている。
まさしく攻防速の全てに秀でた最終兵器といえよう。
紅隼騎士団にちなんで、車体の色合いは深い紅となっている。