#188 源素化兵装
「ふぅ。やはり仕事上がりの飯は美味いぜぇ。身体が求めてやがんのよ」
「ようやくイズモと飛空船の補修、片付きましたッスかんねー。もうクッタクタの腹空きッスよー」
「おう、しっかり食っとけ。どうせすぐに坊主が来て忙しくなる……」
「親方! 親方はいらっしゃいますか! 至急作って欲しいものがあるのですが!」
「……んだよ。こういう風にな」
「……ッスねー」
「というわけで“源素化兵装”の試作品をお持ちしました!」
パーヴェルツィーク王国の拠点にズカズカと踏み入ってきたエルネスティを眺めて、騎士たちは呆気に取られていた。
「歓迎されているようには見えないぞ、エルネスティ」
一緒についてきたディートリヒがこっそりと囁く。
「そうですね。では上層部の皆様に話を通しに行きましょうか」
「迷いなく上から墜としにかかるあたり、本当に大団長の行動力には恐れ入る」
「いつものことじゃない?」
「だろうけど、学べても実行が難しくていけない」
勝手知ったるとばかりに歩き出したエルネスティの背中を追ってゆく。
一時期、飛竜戦艦の修理のために出入りしていたため馴染みがあるのは間違いではない。
当然のように同行しているアデルトルートにとってもそうで、ディートリヒとしてはまぁいつものことかと肩をすくめるしかなかった。
「貴様……ッ! ここは現在、パーヴェルツィーク王家による直轄地として扱われる! 他国の人間が誰の許しを得て踏み入るかッ!」
そうして我が物顔で行進する一行の前に、竜騎士長グスタフが厚い壁となって立ちはだかった。
背後には呆れ顔の天空騎士団左右両近衛長、イグナーツとユストゥスが続いている。
エルはくいと首を傾げ。
「許可というならば、飛竜戦艦と“黄金の鬣”号が共にある限りにおいて、殿下にお許しいただけているはずですが」
「フン! 貴様自身はどうあれ後ろにいる者……見ない顔だ。そやつは関係なかろう!」
いつになく強硬な様子のグスタフに、ディートリヒはバレないよう密かにアディへと尋ねた。
「明らかに嫌がらせだが、何をやった?」
「好き勝手したかな」
「把握した」
やってしまったか。
エルネスティという人物は常識や礼儀がないわけではないが、目的のためには手段を選ばないところがある。
そうして無理を通せば反発が生まれるのもまた道理というものであった。
「では殿下にお取り次ぎをお願いします。お伝えしたいことがございますので」
「ならん! 殿下は今ご多忙でいらっしゃる……貴様のふっかけた無体によってな!」
「ううむ、仕方がありません。ではグスタフ竜騎士長、代わりにあなたへとお伝えします」
「……フン。聞くだけは聞いてやろう」
「先日の会議にて挙げた作業項目のうち、源素化兵装の試作が仕上がりました! ですので効果検証のために貴国からも人員をだしていただけないかと」
「貴ッ様……! 我が国の騎士を使いっぱしりか何かだとでも思っておるのか! 確かに光の柱に対抗するため共同戦線を張ることになった……が、貴様に指揮権まで許した覚えなぞない!」
「ですがよろしいのですか。せっかく新兵器の試験なのですよ?」
「くどい!」
「わかりました」
取り付く島もないとはこのことか。
エルは特に気落ちした様子もなく息をつき。そこでディートリヒが声を張り上げた。
「それでは大団長! 効果検証は我が国のみで実施するということでよろしいでしょうか!」
「共同でお願いする予定でしたが。パーヴェルツィークにはご協力いただけないというのならば、仕方がないでしょう」
「承知いたしました。すぐさま準備いたします!」
グスタフの額に浮かんだ血管が増えた。
そのような見え見えの挑発には乗るか、と口元を引き結ぶ。
そこでイグナーツが意を決して一歩を踏みだした。
「……竜騎士長、どうかご再考を。我らに効果検証の任をお与えください」
「なぁにぃ!? 彼奴に阿るというのか!」
すっと近づき、声を潜めて話す。
「しかしグスタフ様、このままでは源素化兵装とやらの情報を失います。加えて作るのが奴らで使うのも奴らとなれば、我が国の発言力が落ちることになりかねません」
「く……ッ! おのれ……」
話してわからぬグスタフではないが、その額に浮かんだ青筋が彼の怒りと苦悩を如実に表していた。
「……殿下のお耳には私から伝えておくッ! イグナーツ、あとはお前が取り仕切れッ」
「はっ。万事お任せを」
グスタフはさっさと踵を返していった。
去り際にユストゥスが呟く。
「うまくやったなイグナーツ。後でどんなものか教えろよ」
「お前がやれば良かったじゃないか……」
嵐のように去り、イグナーツは思わずため息を漏らした。
「お手伝いいただけるなら歓迎です! 詳しい使い方と装備の搬入はディーさん、手はず通りに」
「承知しました。大団長、ここからは私が進めてまいります!」
「お願いしますね」
頷いてエルとアディは立ち去ってゆく。
そうして役目を得たイグナーツとディートリヒは互いに向かい合った。
「さて。私は天空騎士団右近衛隊を率いるイグナーツ・アウエンミュラーだ」
「銀鳳騎士団旗下、紅隼騎士団団長ディートリヒ・クーニッツ。大団長の仰せに従い協働するよ。よろしく頼む」
それぞれの国の形式で礼をかわす。
かりにも他国との接触である。誰もがエルネスティのように自由とはいかない。
礼の姿勢を解いたイグナーツはいくらかの逡巡の後に口を開いた。
「……いきなり失礼かもしれないが、ひとつだけ確認させてほしい」
「わかる範囲であれば答えよう」
「大団長というのはアレの……つまりはエルネスティのことを指しているということで、いいのか」
「あー……その通りだ。かいつまんでいえば我が紅隼騎士団は、大団長率いる銀鳳騎士団から分かれてできたものでね」
「……本当に……騎士団長だったのか……アレが……」
なにか愕然とした様子のイグナーツを見れば嫌でも悟らざるを得ない。
「(こっちもエルネスティ済みと。さてはパーヴェルツィークを相手にドでかくやったなこれは……)」
完全に野放しとなっていた大団長がどれほどのことをしでかしたのか、怖くて聞けないディートリヒであった。
ようやくイグナーツが気を取り直す。
「ゴホン。それともうひとつ……仮にもアレの配下である貴殿に聞くようなことではないかもしれないが」
「ついでだよ、何なりと聞いてくれ」
「貴殿らは何故、源素化兵装の試験を我が国に持ちかけてきた。手勢が少ない時ならばまだしも、今ならば大所帯が合流したのだろう」
「……あー、独占しないのかという意味でいいかい?」
イグナーツは頷く。
確かにその通りである。紅隼騎士団に白鷺騎士団まで揃い、人手は十二分に足りておりわざわざ外に手を借りる必要などない。
そもそもいかに異常事態にあるとはいえ、新兵器なるものの情報を即座に他国に伝えること自体が異様であるのだ。
それでもエルネスティが声をかける理由はただひとつ――。
「そっちの方が楽しいからだな」
「……………………は?」
「新兵器を試験するのは楽しいから招かないのは失礼です……まぁそんなところだと思うよ」
「なんだそれは。子供か?」
「否定はできないね。しかしだからこそ大団長は世界の危機とやらに躊躇なく立ち向かえる。面白いだろう? では、準備にかかるとしようじゃないか。お互い良い成果を持って帰りたいところだろう」
「どいつもこいつも……。わかっている、やるからには全力を尽くすつもりだ」
しばらく後、右近衛隊と紅隼騎士団の飛空船が揃って光の柱向けて出撃していった。
「オラシオさん、いらっしゃいますか」
その頃、パーヴェルツィーク王国拠点内鍛冶整備場にエルとアディの姿があった。
飛竜戦艦の修復のために何度も出入りしていたこともあり、同拠点内において一番馴染みのある場所だといえよう。
「……チッ、来やがったか。何の用だァ?」
飛竜戦艦修復の指揮を執っていたオラシオが顔をしかめてやって来る。
なにせエルが現れてロクなことになった試しがなく、今回も例外ではないからだ。
「源素化兵装の試作品が出来たので、効果検証をお願いしてきました」
「!? なに、もうできただと! まさか前々から作っていたんじゃないのか!?」
“源素化兵装”――それそのものがエルネスティが提唱した概念であり、エーテルを使用した兵器などオラシオにとってすら未知の代物である。
到底短期間で出来上がるようなものとは思えないが、しかしエルネスティはやってのけた。
「種を明かせばそう複雑なことではありません。今回作った源素化兵装というのはもっとも基本的なものでして」
「どういうことだ。詳しく説明しろ」
「そうですね……」
――飛空船が二隻、光の柱を目指して進む。
片方はパーヴェルツィーク王国右近衛旗艦“輝ける勝利”号であり、もう片方は紅隼騎士団の船であった。
「観測班より報告! 光の柱との距離、安全圏限界まであと少し!」
「そろそろ飛空船に感づかれるな。船を泊めろ、これより竜闘騎にて進む! 船は高度を落とし嵐に備えよ。私も竜頭騎士にて出る!」
「ハッ!」
イグナーツに率いられ天空騎士団が出撃する。
隊長騎である竜頭騎士“シュベールトリヒツ”を先端として竜闘騎が綺麗な鏃陣形を描いた。
「さてディートリヒとやら……紅隼騎士団と言ったな。あの馬鹿者が率いる騎操士の実力、どれほどのものかこの目で確かめさせてもらう!」
さほど間を開けず、紅隼騎士団の飛空船から幻晶騎士が出撃するのが見えた。
その様子を遠望鏡によって捉えていたイグナーツが唸る。
「先日は落ち着いてみることができなかったが……まんま幻晶騎士ではないか。まさかその姿で空を飛ぶとはな」
パーヴェルツィーク王国が配備する飛行兵器“竜闘騎”は、高速で飛行し戦闘することを可能とする代わりに人型という姿を捨て去った。
しかし紅隼騎士団の機体は下半身こそ小舟のような形状をしているものの、上半身は人型を保っている。
一見して半人半魚というべき奇妙な姿ではあるものの、竜闘騎に比べれば十分に幻晶騎士の範疇にあった。
「あの馬鹿者の幻晶騎士はマギジェットスラスタの力で無理やり飛んでいたが、こいつらはより安定して飛行している。しかしあれでは機体が重いのではないか。竜闘騎の動きについてこれるか?」
いかにもな重装備を見れば、それは自然な感想だった。
銀鳳騎士団が関わっていなければ、ごく自然であるはずのことだった。
「なにッ!?」
ひとたび船を離れた飛翔騎士が目覚ましい加速で接近してくる。
竜闘騎と比べても遜色ない速度で重々しい機体が飛んでいた。
「……あの姿で飛ぶとは。舐めてかかると痛い目を見そうだ……なぁ!?」
それでもまだ半人半魚の機体であれば理解の範疇にあったのだ。
ど真ん中を突っ切ってくる“近接戦仕様機そのまま”の機体よりかは。
夜明けのように紅い機体だった。
ご丁寧にしっかりと足まで残っており、大仰な背負いものから推進器の爆炎が噴き出ている。
「く、やはりあの馬鹿者の一味だったか!」
蒼い騎士に好き放題足場扱いされた記憶もそう遠い昔のことではない。
イグナーツが複雑な思いに捕らわれている間に、紅の機体は手慣れた動きで接近してきて竜頭騎士を掴んだ。
「……ディートリヒだ! 打ち合わせ通りにゆくよ。狙いは小型の魔獣だが、接近すれば大型が嵐を起こしてくる! まともに食らうとふっ飛ばされるぞ!」
「……ッ! わ、わかっている! なるべく地上に沿って隠れながら進むのだったな! お前こそそんな重い機体で鈍々と飛んでも待たないからな!」
「……心配には及ばない。遅れることなどないからね!」
マギジェットスラスタから眩い尾を曳き、グゥエラリンデ・ファルコンが飛翔する。
それは竜頭騎士にも引けを取らない速度だった。
後に続く飛翔騎士も一糸乱れぬ陣形を描き出す。
「くっ……いい練度だ、侮れない。あの馬鹿者についてゆくにはそんなに実力が必要なのか……!?」
竜騎士たちもまた遅れじと加速してゆく。
高度を抑えて光の柱に接近してゆく。
以前であれば既に柱が解け天候が変わり始めるところだったが、今回の反応は薄かった。
「どれほどでかくても足元がお留守ではな!」
大型の動きは鈍かったが、小型の魔法生物が現れる。
「ようし狙い通りだ。全員“源素化兵装”用意! ……とはいったものの、また心細い代物を持たされたものだよ!」
グゥエラリンデが構える武器。
試作型の源素化兵装と銘打たれたその武器は、形だけを見れば中途半端な長さの金属製の円柱であった。
いかにも急造といった印象のそれを、押し寄せる青白い魔法生物へと向けて。
「効いてくれよ“エーテルスプレー”!」
半ばまで自棄をにじませつつ武器を発動する。
“エーテルスプレー”の構造は単純である。
流し込まれた魔力を直接エーテルへと還元し、大気操作の魔法と共に放出しているだけ。
まさしく霧吹きの名に恥じぬ代物である。
そんな頼りない武器であっても効果は目覚ましかった。
「おっ。本当に怯んだぞ」
虹色の輝きを吹きかけられた青白い魔法生物がいきなり殴られたかのように弾き飛ばされたのである。
どれだけ法撃をうけても平然としていたのが嘘のようだった。
「しかし効果はあっても射程がなさすぎだぞエルネスティ! ようしではもうひとつのほうも試しておくか……“エーテライトスピア”!」
今度は手槍に近い形状の武器を取り出す。
先端につけられた保護用の覆いを外すと、中から源素晶石の刃が露わとなった。
これも見たままの代物であり、源素晶石を刃の形に加工して取り付けてある。
ただ大気中に溶け出すことを防ぐために普段は覆いを被せてあった。
「取り付かれると厄介なのだったな。さっさと斬るとするか!」
青白い魔法生物は幻晶騎士に侵入する。接近戦は非常に危険であるのだ。
だがディートリヒはそれをものともしない。
グゥエラリンデが推進器を小刻みに動かし間合いギリギリを維持したまま斬りかかる。
源素晶石の刃は青白い魔法生物を深々と斬り裂いた。
通常の刃であれば追い払うことはできても切ることまではできない。
「ほう、やはり塊のほうが効果は高いのだな。さすがに霧吹きは冗談だろう……ん?」
数匹の魔法生物を斬ったところで武器を検めれば、源素晶石でできた刃がボロボロと毀れている。
「なんとまぁ脆い。そもそも武器に不向きな結晶だとこんなものか。しかし効果のほどは確と見届けたよ」
グゥエラリンデだけではない、飛翔騎士や竜闘騎もそれぞれ源素化兵装を持ち戦いを繰り広げている。
その時、ディートリヒは視界を埋める巨大魔法生物を見上げた。
事態の本命である光の柱はその太さだけでも青白い魔法生物の数百倍はくだらない。
「エルネスティ、こいつを相手にしようと思ったならばちゃちい霧吹きや手槍では到底足りないぞ。どうせまた酷い代物を作ろうとしているのだろうけどね……」
大団長への信頼は篤い。
むしろ自分の想像力を振り切ってからが本番だと考えているくらいである。
そうしていると、にわかに光の柱が動き出した。
ようやく足元の騒ぎに気付いたらしい。柱が解け、大気が激しく動き出す。
「おっと見つかったか。諸君、検証結果は上々だ。後はとっととずらかるよ!」
「おう!」
発光信号を灯すと紅隼騎士団の面々が一斉に後退を始めた。
いっそ清々しい逃げっぷりである。
「おま、嵐が来るぞ! 我々も撤退する!」
右近衛隊は一瞬呆気に取られていたが、すぐさま気を取り直すと下がっていった。
魔法現象が始まり、急激に黒雲が発生してゆく。
そうして荒れ狂いだした天候を置き去りに、騎士たちは鮮やかに逃げ切ったのだった――。
「……というわけです」
「確かに明かしてしまえばなんてことのない話ではあるがねぇ」
エルネスティから源素化兵装についての説明を聞いた、オラシオは唸る。
確かに源素化兵装などと大仰に名付けられているものの、その仕組みは単純である。
少量のエーテルを発生させるだけならばそれほど難しいことではなく、何よりエルには開放型源素浮揚器で既に習得済みの技術である。
手槍に至ってはまともな魔獣相手には無意味でしかない。
だがしかし単純であることは簡単であることを意味しない。
事実、オラシオは魔法生物の生態に圧倒されまったくその発想に至れなかったのである。
「(こいつぁ純エーテル理論を書き直す時が来たかねぇ?)」
エーテルにはまだ多くの謎が隠されている。
今回の事件はそれを解き明かす良い機会になりそうだった。
「ところでだ。まさか飛竜戦艦に積もうとしているなぁそのエーテル霧吹きなのかよ?」
「いいえ。試作品の源素化兵装はそれこそ小手調べです。本番には現状で考えうる最大最高、一撃必殺の代物を投入しますよ!」
「さいで」
ほっとしたような、頭が痛くなるような何とも言えない気持ちが湧きおこる。
「後は検証の結果待ちですね。今のうちに竜炎撃咆の変更案をまとめたいのですが……いくらか問題がありまして。効果をより確実とするためにも、オラシオさんのお知恵を借りたいのです」
「ふぅ……来やがったか」
知らぬ間に噴き出ていた汗を拭う。オラシオの戦いは今、始まったばかりであった。