#131 新入団員を選ぼう
フレメヴィーラ王国の王都カンカネン、そこからほど近い場所に幻晶騎士のための訓練場がある。普段は近衛騎士団が訓練に利用しているこの場所は、今日は大勢の騎士によって埋め尽くされていた。
彼らはそれぞれに微妙に異なった意匠をもつ服装を身に着けている。それぞれフレメヴィーラ王国の騎士であるのは明白なのだが、所属は同一ではないということである。
普段は住まう場所すらばらばらな彼らがこの場所へと集まった理由はただひとつ。それが現れる時を待ちわび、ざわめきが訓練場を満たしていた。
騎士たちが集まっている場所から少し外れ、建物内の通路を数名の人物が歩いている。前後を近衛騎士が守るなか、中央を進むのは誰あろう国王リオタムスその人であった。
一行はふと足を止め、響いてくる声に耳を澄ます。国王は背後をちらと見やり問いかけた。
「……エドガー、ディートリヒよ、聞こえるか。国中から大勢の騎士がここへと集まっている。目的はもちろんわかっているだろう」
「はっ。だんだんと大事になっておりまして、非常に気が重くなってまいりました」
「おいディー……。エホン、陛下、この肩にかかる期待を感じ、改めて身の引き締まる思いであります」
彼の背後に続く二人の騎士がそれぞれに姿勢を正して答える――が、内容には少々温度差があった。片や生真面目で、片やどうにもやる気に欠ける。
周囲の近衛騎士たちがこっそりと呆れる中、国王は小さく笑いを漏らしていた。
「その重みは当然のことだろう。お前は己が身で騎士としての在り方を示して見せたのだ、ならば次は責務を果たさねばな?」
「……陛下のおっしゃる通りでございます」
視線をそらし気味に答えるディートリヒの姿に、エドガーは口を開きかけ途中で閉じた。普段ならば注意のひとつも入れているが、何せ国王の前である。当の国王に気にした様子がないことだけが救いであろう。
再び進みだした一行は通路を抜け、訓練場を囲む観客席へと出た。近衛騎士が国王の到着を告げるや、集まった騎士たちは静まり返ってゆく。
一段高く張り出した桟敷へと上がり、国王が椅子についた。
「我が国が誇る若き騎士の諸君、本日はよく集まってくれた。皆すでに耳にしていることだろう。我が命により新たなる騎士団を設立する。この場にいるのは、騎士団の一員となるべく最後の試験を受けてもらうためだ」
皆承知のことであったが、改めて告げられた言葉にわずかに声が漏れた。リオタムスは少しだけ間をおいてから言葉を続ける。
「これに先立って銀鳳騎士団はボキューズ大森海へと踏み込み、その神秘の一端を明らかとした。もはや森は禁秘の地ではない。いずれ多くの者が踏み出してゆくことであろう。飛空船が運ぶ変化は、我らの想像を超える速さで訪れてくる。よって我らは将来に備え、さらなる力を蓄えねばならない」
国王の言葉を聞く騎士たちは、静けさの中に強い意志をたぎらせていた。この場に集まった彼らは、未来への変化を担う旗手たらんとする自負に溢れている。
「騎士たちよ、諸君らには役目に耐える能力があると期待する。それでは騎士団を率いる団長を紹介しよう。両名、前へ」
国王の後ろに控えていたエドガーとディートリヒが最前へと歩み出た。途端、居並ぶ騎士たちの視線が二人へと集中する。
それは多くの修羅場を潜り抜けてきた二人をして怯みを覚えるほどの圧力を有していた。熱気などとうに通り越し、殺気に近い状態だ。さすがのディートリヒも表情を引き締め、真面目な姿を見せていた。このような状況にあってはやる気がどうこうと言う余地などない。
「それぞれに知る者もいよう。どちらもかつて銀鳳騎士団にありて西方を、大森海の空を駆けた猛者である。彼らを団長に迎え、新たなる騎士団を結成する。その名は……“白鷺騎士団”、“紅隼騎士団”である」
会場に控える騎士たちの間にどよめきが起こる。彼らは騎士団の名を確かめるように繰り返していた。
「いずれ諸君らには我が国の向かう道を切り開いてもらう時が来よう。騎士たちよ、それに足る力があると、存分に示すがよい!」
騎士の上げる怒号が訓練場を揺るがす。
そうした会場の盛り上がりとは対照的に、ディートリヒはため息を漏らしていた。
「改めてこう、人が集まっているのを見ると何とも面映ゆいな」
「素晴らしいことだ。俺たちの騎士団に参加するために、集まってくれたのだからな」
エドガーは自信満々に頷いていた。彼らの背後から、国王の声が呼びかける。
「誰もが強い期待を抱いている。彼らにそれを与えたのはお前たちの名によるもの。それほどまでに高まっているということだ」
「忘れることなきよう、胸に刻みます」
「では後は任せる。お前たちの騎士団だ、お前たちの目で選ぶのだ」
礼の姿勢をとった二人の前を通り過ぎ、国王は去っていった。
騎士団への選抜試験はここからが本番である、同時にこれは、彼らにとっての初仕事なのであった。
「ふうむ。私の騎士団なぁ。まぁせいぜい腕の立つものを選ぶとしようか」
「誰も、各地で選ばれたうえでここにきている。腕に劣るものなどそうはいないだろう」
課せられた役目による緊張はある。二人は雑談で気を紛らわせながら、颯爽と会場へ足を踏み入れてゆくのだった。
「おっとぉ! うちの騎士団に入るには、まず俺たちを倒してからにしてもらおうか!」
「得意な武器を教えろォ!」
「さっそく模擬戦だオラァ!」
「面倒くせえな実戦いくぞォ!」
「止めないかこの馬鹿野郎ども。そもそもなぜ君たちはそんなにはしゃいでいるのだい!?」
第二中隊改め、紅隼騎士団の団員たちがそろって謎のポーズをキメる。銀鳳騎士団の頃からディートリヒと共にあった彼らは当然、紅隼騎士団へも参加しているのだが。
試験を受けに来た騎士たちは、紅隼騎士団の面々を遠巻きに眺めていた。先制攻撃にしても効きすぎだ、なかなか難儀な出だしである。ディートリヒは顔を押さえて天を仰いでいた。わりと逃げ出したい、色々な意味で。
そんな彼の気持ちなどいざ知らず、団員たちは満足げであった。
「いやー銀鳳騎士団の頃から色々ありましたけどー。俺たちにもついに部下ができるってことですよダンチョ!」
「だったらやっぱり命知らずじゃないと!」
「待て君たち。私は別に、そんな危険な奴ばかり集めるつもりはないぞ!?」
「またまた~。今更でしょう?」
やばい、このまま行くと確実に危険人物の巣窟になる。ディートリヒが危機感に震えていた、そんな時。彼らの頭上から影が差してきた。
ふと声を潜めて視線を巡らせれば、覆い被さるような巨漢が日の光を遮っている。
「こちらは紅隼騎士団。クーニッツ騎士団長とお見受けいたす」
「その通りだが。君はどこの誰かな」
巨漢は目を細めて笑みを浮かべると、禿頭をすっと撫でた。身長は二mを超し、良く鍛えていることが窺える体躯は縦にも横にも巨大で見るからに力自慢といった様子である。
「自分はゴンゾース・ウトリオと申す者。つい先日までライヒアラ騎操士学園にて学んでおりまして、この度晴れて正騎士となりました」
「えっ。学園出たてなのか!? ああいや、ゴホン。つまりは我々の後輩君ということだね」
銀鳳騎士団はその設立経緯から、ほぼライヒアラ騎操士学園の騎操士学科の出身者によって占められている。騎操士学園はいわば古巣だ。
その後輩がこれほどゴツイというのも予想外だが、ともあれディートリヒとしても感じ入るものがあった。
その時、彼らの間に団員たちが割り込む。
「おっとぉ、そこのごっついの! ダンチョと話すには、まず俺たちを倒してからにしてもらおう!」
「いやだからそんな決まりはない! 君たちに任せると話が進まない、少しひっこんでいたまえ」
団員たちをわきに押しのけている間にもゴンゾースはのしのしと近寄り。
「クーニッツ騎士団長。試験の前に、ひとつお願いがあります」
「ふむ。あまり良くはないのだけどね。まぁ後輩のよしみで聞くだけは聞こうじゃないか」
ディートリヒは騎士団長、試験を監督する側の人間である。ことによっては聞き入れられない頼みも数多くあった。
そうするとゴンゾースは懐から一冊の書物を取り出し、恭しく差し出して。
「ここに、あなたの署名をください!」
「……………………は?」
ディートリヒはぽかんとした表情でゴンゾースを見上げる。すぐに気を取り直して口を閉じると、視線をゆっくりと本へと向けた。表紙には題名が書かれており、それは――。
「銀鳳……騎士団物語?」
「はい! 最近、ライヒアラの街で最も売れている本であります。いやーこれが品薄で手に入れるのに苦労しました! 幾たびも芝居小屋に通いまして……」
「いや待てちょっと待て。なっ……なんだこれは!? しかも芝居小屋だと、どういうことだ!?」
「おや、ご存じありませぬか。いやぁ、すさまじい人気でありますぞ演劇版“銀鳳騎士団物語”は! 自分は西方で活躍される場面が特に好きでありまして……」
「ちょっ、いったい何を書いた!?」
ひったくるように本を奪い取り、バラバラと頁をめくる。たまたま目についた部分を読んでみれば「苦境にある友邦クシェペルカを助けに銀鳳騎士団は西を目指す。その先頭には紅の剣の姿があり……」などと書かれていて彼は速攻で本を閉じた。
間髪容れず華麗な投擲フォームをとるが、ギリギリで正気が間に合う。
「自分は……何度も夢見てきました。雲霞のごとく押し寄せる敵軍! 一歩も引かず立ち向かう銀鳳騎士団! その最先に立つ紅の剣を!」
「えー、うん、あー、その、なんだ、おう」
ガクガクと目が泳ぐ。銀鳳騎士団における働きに何ひとつ恥じ入るところなどないが、それを他人から語って聞かせられるなどというのはまた話が別だ。ゴンゾースの無邪気に輝く瞳がまた追い打ちをかけてくる。
「劇中の山場です。あの場面を見るために幾たび芝居小屋に足を運んだか」
「というか本当に劇になぞなっているのかい……」
いい加減げんなりとしながら、ディートリヒは呻いた。ゴンゾースにいわく銀鳳騎士団物語は人気の演目であるという。ならばこの場にいる騎士たちの中にも目にしたものは多いのではないか。
――逃げるか、ディートリヒが身を翻さんとすれば、団員たちが退路を阻んだ。なぜこんな時だけ手際が良いのか。
「伝説の中にある銀鳳騎士団。その中でも紅の剣と名高いクーニッツ騎士団長が新たな騎士団を作られると聞いて、自分も是非にと馳せ参じました」
「……伝説にふさわしいのは、銀鳳騎士団の団長であるエルネスティだ。私はただのいち中隊長に過ぎないさ」
「それでも。自分は先陣を切って駆けるあなたにこそ憧れたのです」
溜め息が止まらない。純粋な憧れをぶつけられたことなど、これまでついぞ経験のないことだ。敵であればどれほど強大であっても臆しないが、これは手に余る。
「紅隼騎士団への参加を希望いたします! もちろん、実力はその目でお確かめいただきたく」
ディートリヒはしばし、わなわなと拳を震わせていたが。やがて決然と顔を上げた。
「確かにここは試練の場、確と試させてもらおうか。しかし何せ腕自慢の騎士がそろっている、いちいち戦っていてはきりがないし、余りやりたくはなかったが……なんだか私も少しばかり戦いたい気分なのでね」
ゴンゾースは、にかっと歯を見せて笑ったのだった。
「ディー? まさか模擬戦で確かめるのか」
重々しい足音とともに、試験場へとカルディトーレが入ってくる。操縦席に見慣れた人物が上がるのをみたエドガーは、小さな驚きに目を瞠った。
あれだけ面倒がっていたディートリヒが手ずから試験をおこなうというのはどういう風の吹き回しか。
模擬戦の始まりを悟った騎士たちが、期待に目を輝かせる。騎士団長の実力をその目で確かめられるのだ、捨ておく手はない。
「確かに試験の方法は我々に一任されているが、さっそくとはな」
エドガーの呆れを含んだ視線を華麗に受け流しながら、ディートリヒはカルディトーレの操縦席を閉じた。軽く操縦桿を動かし、具合を確かめる。訓練用のカルディトーレは良く調整されておりグゥエラリンデと比べても遜色なく良く動いた。
そうしていると、対戦相手であるゴンゾースの機体が歩いてきた。ディートリヒは彼の装備を見て取り眉を動かす。
「ほう。可動式追加装甲とは。それが君の得意なのかい」
「はっ、自分は重量武器や盾を得意としております。学園でもこれが最も相性がよく」
「それならエドガー向きなんだけどね……。まぁいい、我々は“得物”を問わない主義だ」
盾や鎧ですら、本人が得意とするならば武器である。紅隼騎士団に必要なのは強い戦う意思に腕前、加えて武器にこだわりがあるに越したことはない。
「始めようじゃないか。いつでもかかってくるといい」
「それではお言葉に甘えまして。一手、御指南お願いいたす!!」
ゴンゾースの駆るカルディトーレが勢いよく踏み出す。ディートリヒ機は構えも取らずに立ち尽くしていた。
可動式追加装甲を備えたゴンゾースが攻め、双剣をもつディートリヒの操る機体はまるで無防備に待っている。本来とは攻守ところが逆だ。それでもゴンゾースは、自分が有利であるなどとはまったく感じていなかった。
「紅の剣ともなればその剣は神速無尽! これを破るには、巌のごとき堅さあるのみ!」
ゴンゾース機が可動式追加装甲を前面へと集中させる。剣を差し込む隙間など許さない。そのまま勢いをつけ、ディートリヒ機へと体当たりを繰り出した。
迫り来る壁を前に、ディートリヒ機がようやく動き出す。
「なるほど堅実だ。ならばその自慢の防御、試させてもらうよ」
一直線に突っ込んでくるゴンゾース機を避けることもせず、背面武装を起動する。相手は可動式追加装甲によって覆われている、どこを撃っても大して効果があるとは思えない。
そこでディートリヒは相手の装甲の“片側”へと集中して法撃を叩き込んだ。模擬戦用の弱法弾とはいえ、まったく威力がないというわけではない。わずかに体勢が揺らいだ瞬間を見逃さず、一気に間合いに踏み込む。
双剣が翻り、法弾が撃ったところへと渾身の追撃を叩き込んだ。
「ぐむぅっ!?」
続けざまに偏った攻撃を受け、ゴンゾース機がぐらりと傾ぐ。慌てて体勢を立て直さんとするが、その間にディートリヒ機が真横へと回りこんできた。
ゴンゾースはすぐさま可動式追加装甲を展開し、ディートリヒ機のいる方に守りを固める。しかしそれは、相手の思うつぼであった。
ディートリヒ機が無造作に剣を突き出し、可動式追加装甲を支える可動部へと差し込んだ。そのまま手首を返し、剣をひねると。
操縦席の中でゴンゾースが顔色を変えるが、時すでに遅し。振り回し勢いに乗った状態のまま異物を挟まれた可動部が、異音とともに破断する。これで片側を護る装甲が、ただの重しと化した。
「さすがは! しかし、これで終わりはしませんぞ!」
ゴンゾースはすぐさま破壊された可動式追加装甲を切り離した。片側の装甲と可動肢を失った機体が大きく均衡を崩すが、無理やり押さえつけて反撃に出る。逆側に構えた剣を、ディートリヒ機へと突き出した。
直後、衝撃とともに剣が宙を舞う。ゴンゾースの狙いなどディートリヒから丸見えだ。そして剣同士の戦いにおいて、ディートリヒを上回ることは極めて難しい。
「まだまだぁっ! 武器は残っている!」
ゴンゾースは裂帛の気合いとともに、残った可動式追加装甲を展開した。もはや防御など考えない、装甲そのもので相手を打ち据えんとして。
その前に、放たれた法撃が脚を直撃した。
軸足を叩かれ、ゴンゾース機が大きく姿勢を崩す。構えようとした可動式追加装甲が重荷となり、逆に機体そのものが振り回されて。
土煙を舞い上げて、ゴンゾース機は地面へと倒れこんでいた。
ゴンゾースはしばし茫然と、幻像投影機に映る傾いた景色を眺めていた。
これが紅の剣、これが騎士団長。強くて当たり前とはいえ、まったく歯が立たないほどとは。
「……参りました。いやぁ、自分の完敗であります。さすがは紅の剣」
「その呼び方はやめたまえ! ともかくだ、武器に頼りすぎだな。しくじった後にすぐ対処できるようになれば、より力を発揮できるだろう」
学園での成績など、本物の前ではこれほど役に立たないものか。彼は胸に少しだけあった己の腕前への自負を、思い切りよく手放していた。
「まぁしかしだ。追い詰められても食らいつく心意気は悪くなかった。足りない部分は、私がいちから鍛えなおしてやろう」
「はっ、精進いたしま……す? 騎士団長閣下? それはつまり……」
「さぁ早く立ちあがりたまえ! 騎士がそのように寝転がっているものではないぞ」
慌てて動き出したカルディトーレが、立ち上がりざま敬礼する。
その慌て具合がおかしくて、ディートリヒは肩をすくめて小さく笑ったのだった。
そうして戦い終わって振り向いてみれば。そこには模擬戦待ちの行列が出来上がっていた。
「……む、しまったな。やはりこうなるか」
彼は操縦席の中で思わず頭を抱えた。騎士団長自ら模擬戦の相手になるといえば、それは盛況にもなるだろう。もはや試験どころではない。
「そんなときはディーダンチョ! 俺たちがいるじゃないか!」
「模擬戦なら任せろー! つうか面倒くさいし全員そろって実戦でようぜ!」
「だから止めろというに!」
ここぞとばかりにしゃしゃり出てきた団員たちを蹴散らして、ディートリヒは機体を降りたのであった。
ちなみにディートリヒたちが騒がしくしている間にも、エドガーは我関せずと地道な試験を課し、しっかりと適性を見極めてから採用したのだという。
そんなこんなすったもんだとありながら、ふたつの騎士団は新たな団員を迎え入れたのであった。