#104 誰かを識る者
小鬼族の村を襲った災厄は過ぎ去った。
村には、争いの気配に代わって安堵が広がりつつある。やがて難を逃れ隠れていた村人たちが、おっかなびっくりと顔を出してきた。
「みな、大丈夫か」
「なんとかな。しかし村が……」
最初は互いの無事を喜び合っていた村人たちも、周囲の様子をみてはだんだんと言葉を減らしてゆく。
村は、惨憺たるありさまであった。
巨大兵器と巨人、さらには巨獣までもが思う存分暴れまわったのだ。小鬼族の住処など木っ端のごとくである。
「みな、それでも命がある。これは新たな始まりなのだ、くじけてはならん」
村長が前に出て、全員を見回して言った。
村人たちは意気消沈したままではあったが、しかし完全にへたり込むには至っていない。
彼らは、巨人モドキの襲撃をみて逃げ出していた。さらに加えて多数の魔獣までもが現れた時は、全滅をも覚悟したのだ。
それが巨人族の奮戦と、いくばくかの幸運によって潜り抜けることができた。
村長はゆっくりとした足取りで巨人族のもとに向かうと、その足元で頭を垂れる。
「魔獣と戦っていただき、我々の窮地を救っていただいた。巨人族の御方様がたには感謝の言葉もございません。なんとお礼申し上げればよろしいか……」
「それには及ばず。お前たちは我らが鎧を仕立て、武器を作った。その働きに報いているだけだ。それに、住処までは残らなかった」
さしもの三眼位の勇者も、いくらかきまり悪げに答えていた。
頑強な巨人族であれば住居などなくとも、その辺に寝っ転がったところでさして問題はない。
しかし小鬼族はそうはいかないだろう。彼らには村が必要なのである。
そうこうしていると、上空から推進器の爆音が響いてきた。
巨人族と小鬼族に等しく、虹色の輝きが降り注ぐ。振り仰いだ彼らの視線の先に、恐るべき怪異が下りてきた。
髑髏のごとき面構えをもち、人型の上半身だけという異形。広げた装甲をカシャカシャと鳴らしながら現れたのは、カササギである。
虹色の円環が狭まるとともに、カササギは高度を落とす。やがてそれは全員が見守る中、静かに地上へと降り立った。
圧縮空気の抜ける音が響き、胸部の装甲が開く。その中から姿を現したエルネスティをみて、巨人小鬼を問わず、全員の口からため息が漏れた。
「……小鬼族の勇者よ、本当にお前なのだな」
カエルレウス氏族の巨人たちは知らぬうちに入っていた力を抜き、緊張をとく。
事前に小魔導師より説明されていたこととはいえ、本当にエルの姿を目にするまでは疑いも残っていた。さもありなん。
勇者は、盛大に顔をしかめる。
「このおぞましい代物は、いったいなにものか」
「おぞましいなどと、失礼な。これは僕の新型機です。まだまだ調整中ですけど、なかなか将来性のある子ですよ」
「そういうことを問うているのではない!」
あわや同士討ちに発展しかけたことを思いくってかかる彼を、エルはさらりと流す。
小魔導師が、眼見開く勇者をなだめた。
「いっただろう、勇者よ。しかしエル師匠、我もこれは、少し……わりと……いや相当に変だと思う」
「皆してそんな。しかし材料には限りがありますし、これでも頑張って仕上げたのですよ」
そんな巨人たちを前に、エルはむしろ堂々と胸を張ってみせたのだった。
村人たちと一緒にその様子を眺めつつ、アデルトルートは腕を組みうなる。
「う~ん。幻晶騎士に関することでエル君に反省させるのは、むりかな」
そんな彼らのやり取りを眺めつつ、小鬼族の村人たちは大変に複雑な面持ちで顔を見合わせていた。
何しろカササギを作り上げるために力を貸したのは、彼らである。
製造の苦労について知り尽くしていると同時に、形状に抵抗を覚えるのも理解できる。なんとも微妙な立場にあった。
「カササギのことはともかく。この村のこれからについて、話をしましょうか」
さておき。
気を取り直したエルの言葉を聞いて、彼らは動き出したのであった。
巨人モドキたちとの戦闘から、数日が過ぎた。
村には、急造ながら家屋がちらほらとみられるようになっていた。巨人族の力を借りて再建したものである。
出来は掘っ立て小屋もいいところだが、雨風を防ぐ程度には使えるだろう。
そのあいだに小鬼族の村人たちは、壊された建物を調べて回り使えるものを集めていた。
被害は極めて大きくはあったが、彼らはたくましく立ち直りつつある。
「それで結局、あやつらは何者であったか」
そうして一息を入れたところで、巨人族と小鬼族の長は集まり話し合いを開いていた。
どっかりと座り込んだ勇者が、小鬼族の村長たちを見回していう。
村長は、しばし目を閉じて考えていたが、やがてしっかりと勇者をみつめて口を開いた。
「あれは……我ら小鬼族が、守護騎士様にございます」
「守護騎士と? とてもそのようには見えませんでしたが」
村長の言葉を聞いて、エルは意外そうに首をかしげた。
確かに、村の破壊と守護という言葉はつながらない。
「僕はてっきり、巨人族のお仲間かと思っていましたが」
「我らが一族に、あのように瞳あわぬものはおらぬ!」
不満げに顔をしかめ、勇者がうなる。
「皆様がご覧になったのは、巨人族の御方様ではございません。あれは貴族様の騎獣たる……“幻獣騎士”でございます」
エルが、唐突に動きを止めた。顔には微妙ににこやかな表情を浮かべたまま、妙にゆっくりとした動きで振り向く。
「幻獣騎士、と。おっしゃいましたか」
「はい。幻獣騎士こそ騎士の証。あれを駆るお方こそが、騎操士と呼ばれ、貴族の地位を得られます」
「へー、そうなんだ! あれは騎操士が操ってるって、じゃあ……」
アディが目を丸くする。その言葉を継いで、エルはじょじょに笑みを深めていた。
「幻晶騎士と……カササギと、同じものだと」
「その通りでございます。あのカササギは、あなた様の幻獣なのでございましょう?」
村長が頷く。多少の違いはあれど、彼らからすればそういった理解なのだろう。
「なるほどなるほど。それは予想外でした。そんなものがいるなんて、だとすれば……」
エルはしばし何かを考えこんでいたが、やがて重々しく頷く。
「狩り尽くせばよかったですね」
ぼそっとつぶやかれた一言を、周囲は聞かなかったことにした。
勇者が口を開く。
「お前たちの眼は真を見ておらぬ。その幻獣が、なぜ戦いを挑んできた。どうあれ、お前たちの同胞なのであろう」
「それは……私どもにも、わかりませぬ」
村長たちは困惑も露わに顔を見合わせる。
「ふうむ。小鬼族とは、よくわからぬものであるな」
「ですが、こちらにやってきた理由だけならばわかります」
「ふむ?」
「そろそろ御納めの日が近づいております。おそらくはそのために……」
そうして、村長が説明しようとした時のことだ。
村のはずれで、騒ぎが起こる。間をおかず、一人の村人が血相を変えて駆けこんできた。
「た、大変だ! 貴族様が……幻獣が、またやってきたぞ!!」
「なんだと!?」
浮足立つ村長たちを他所に、ずしと響く足音をあげて巨人族が立ち上がった。勇者は三つの瞳を細める。
「あの時逃れていった幻獣どもが戻ってきたと。そうまでして、我らに問うべきことがあるのか」
「しかし、そのような……」
巨人族の間では、すでに戦いのための熱が高まりつつある。
対して、村長たちは戸惑いをぬぐいきれないでいた。
「戻ってきた理由はわかりませんが、降りかかる火の粉は払うまでです。それにあれが人造の存在だということは、色々と興味があります。ばらしてみたいですし、いい材料になりそうですね」
「エル君?」
「村長さん、僕と巨人たちで当たります。あなたは皆を連れて下がっていてください」
「承知いたしております。あ、後はお願いいたします……」
歩き出そうとしたエルの背後から、アディの腕が伸びてくる。
するりと彼を腕の中に収め、アディが覗きこんできた。
「エールー君。私は?」
「アディは、村人の皆さんの護衛をお願いします」
「ええ! おいてきぼりにするつもり?」
「また幻獣騎士が相手のようですしね。それに、別働隊として騎操士だけが来る可能性もないわけではありません」
「むむむ……エル君。幻獣騎士を捕まえるなら、私にもひとつお願いね! 次は一緒に行くから!」
「ええ、大丈夫ですよ。全滅させるつもりですし」
エルは、とてつもなく笑顔であった。確かに大丈夫だろう、アディは満足げな様子で村人のもとへと向かう。
むしろ村長たちがそこはかとなく動揺していた。彼らの守護騎士は、本当に全滅するかもしれない。
「ぬぅ、様子がおかしいな」
カエルレウス氏族の巨人たちは、いち早く村の入り口に集まっていた。
鎧に、各々の武器をそろえ、さらには魔導兵装もかまえ準備は万全である。
しかし、彼らが攻撃にうってでる様子はなかった。
「どういうことか。どこかに潜み、狙っているか?」
小魔導師が四つの瞳をくるくると巡らせて周囲を見回した。しかし、危惧していたような様子は見受けられない。
そこに、けたたましい推進器の唸りと共にカササギがやってきた。
「敵の様子は? また魔獣連れでしょうか」
「いや、師匠。それが……」
小魔導師がゆっくりと指をさし。カササギが軋みと共に首を動かした。
小鬼族の村へと続く、森の中の獣道。そこには、巨大な人型の姿があった。
――幻獣騎士、この地の騎士たちが駆る騎獣にして、小鬼族の守護騎士。
しかし、そこにいたのは、たったの一体だけであった。
集団ではなく、魔獣の一匹すらも連れていない。本当に一体のみである。
これで戦うつもりならばよほどの実力があるのか、それとも単なる酔狂か。
しかし幻獣騎士のとった行動は、そのいずれでもなかった。
爪の備わった手を開いて見せる。戦いのための構えではない。そのままゆっくりと腰を下ろし、足元から何かを拾い上げた。
幻獣騎士の存在感によって隠れていたが、その足元には一人の小鬼族がいたのである。
自然、その場の注目がその人物へと集中する。
幻獣騎士の手の上で、堂々と立つ小鬼族の男。彼は魔獣の素材を使ったものであろう、凝った細工の革鎧を身に着けていた。
羽毛状の毛を重ねた飾りをもち、艶やかな色彩を添えたそのいでたちは、身に付ける者の位を暗に示している。
「……やぁ! はじめましてだ、ルーデル氏族とは異なる巨人族よ!!」
彼は良く通る声でもって、堂々と呼びかけてきた。
さしものカエルレウス氏族の巨人たちも、ここからいきなり戦いを挑むようなことはしなかった。
巨人たちはいくらかの警戒を残しつつも、ひとまず戦いではないと判断を下す。
小魔導師の視線を受け、頷いた勇者が前に出る。
幻獣騎士と向かい合い、その手の上に立つ小さな人影を見つめた。
「小鬼族よ。お前たちは一度は爪を向けておきながら、今は言葉を交わすというか」
「そこは申し訳ないところだ! 我らにも事情があってね。約定において、ルーデル氏族以外の巨人族とは基本、敵同士でなければいけないのさ! だからほら、一回くらいは当たっておかないとね?」
「お前たちの目算など、知らぬ。一度戦ったならば、あとは百眼に問うまで」
三つの瞳に力を籠める勇者を前にして、その小鬼族の男は、悪びれた様子もなく肩をすくめた。
「はぁ。巨人族はすぐにそういうこと言い出すけど。疲れない? そういうのって」
「問うに及ばず」
戦いの気迫を漲らせる勇者と相対し、その攻撃の間合いにいながらも、彼のふるまいは大胆であった。
あくまでも頑なな勇者の態度を一笑に付したのである。
「まぁ、なんでもいいさ。どのみち私がここに来た理由は、君たち巨人族なんかじゃあない」
「ぬっ」
あくまでも不敵に、射るように鋭い視線の向く先には、巨人族の姿などはない。
そこにあるのは空を漂う異形。この地に唯一ある異分子、幻晶騎士カササギだ。
「巨人どころか、魔獣でもない。さりとて幻獣騎士ですらない……それが、伝説の“幻晶騎士”の姿なのかい、来訪者よ!!」
彼の叫びに、推進器の咆哮が続く。
御指名に応じ、カササギは巨人族の頭上をこえてゆっくりとした動きで前進してきた。
「彼の目当ては、どうも僕のようです。勇者よ、この問いは僕に譲っていただけませんか」
「……いいだろう。だがまた爪を向けるならば、いかにお前の頼みとあろうと眼を向けぬぞ」
「ありがとうございます。その時は、僕も止めませんよ」
話をまとめたエルとカササギは、改めて幻獣騎士と向かい合った。
その手の上で、小鬼族の男が笑う。
「はは! なんてぇ奇怪な姿だ! これが、こんなものが私たちの祖なのかい!?」
怪異そのものの姿をしたカササギを目の前にして、彼に恐れの色は見えなかった。
むしろ虹色の輝きを眩しく見上げ、愉快そうに笑う。
「むぅ。まったく誰も彼も失礼な」
カササギは空にとどまりながら、その胸部装甲を開いた。
相手は生身をさらし、巨人たちの前に立っている。ならばエルも礼儀として、その身をさらしたのである。
しかし。
小鬼族の男は、凶悪なカササギの中から現れた小柄な人影を目にして、今度こそ腹を抱えて笑い始めた。
あまりにも笑い過ぎて、あやうく幻獣騎士の手のひらから転げ落ちそうになるくらいである。
「ふぅっ……ひひっ、な、なんてことだ! き、君が、彼の地からの旅人なのかい? ここまで来るくらいだ、も、もっと鍛え上げられた戦士かと思っていたら! なんと可愛いお嬢さんだ!!」
「さて。正しくは迷子というべきですが、まぁ旅人でも同じようなものですね」
少しして、ようやく笑いの引いた小鬼族の男が姿勢を正す。
「いや失礼、あまりにあまりでね。ようこそだ、お客人! いや、古に分かたれた同胞の末よ。心から歓迎しよう!!」
「その口ぶりからすると、あなたは知っているようですね。僕たちがいったいどこから来たのか」
「知っているとも! ああ、ようくね」
羽根飾りをはためかせ、男は力強く言い切った。
空にあるカササギと、地にある幻獣騎士が睨みあう。そのうえで、二人の人物もまた堂々と我を張って、相対していた。
「僕の名は、エルネスティ・エチェバルリア。銀鳳騎士団の長にして、今は迷子の身の上です。あなたの名をお伺いしても?」
「無論。我が名は“オベロン”。この地にある普く小鬼族を統べる、王さ!」
斯くして、騎士団長は王への謁見へと臨む。